成金竜と金色青年の黄金ライフ ~ドラゴンに転生したので惚れた人形をミュージカルで救います~

すずり

文字の大きさ
10 / 99

#8-1任務の遂行

しおりを挟む
<カリス>



 違和感を覚えたのは猛然と向かってきた猪の脳天を叩き割った時だ。
 血濡れの拳を解き、倒れ伏した茶色い毛玉の死体から静かすぎる周囲へと警戒を移す。

 何かおかしい。魔物の森の奥地まで進んだというのに、魔物との遭遇が一切ない。進めど見るのは鳥や兎、猪などの動物ばかり。
 
 カリスはこの森には何度か任務で来た覚えがあった。決まって己の力量を見誤った冒険者の救助を主とした任務だったが、救援に向かう途中で幾度なく魔物の足止めを食らい、結局間に合わなかったことも多々あるほどこの辺りは魔物が多い。ここまで魔物が現れないのはカリスの経験上、早々ないことだった。

 可能性を挙げるのならば、やはり竜。
 強大な力を持つという竜の存在を察した魔物が恐れて巣から出てこないのか。若しくは竜に従い敢えて出てこないのか。

 ともあれ任務の遂行第一のカリスには都合の良い状況だった。体力の温存と無駄な時間の軽減は、円滑な命令遂行の基本である。任務の邪魔はないに越したことはない。

 首肯したカリスはさっさと裸足を動かした。どこか気の抜けた鳥の鳴き声が長閑に響く森を一気に突き進む。

 ふと先ほど猪を破壊した際、皮を剥いで腰に巻きつけるべきだったかと自身の行動を省みたが、騎士は装いを正さねばならないという規則には反していないので大丈夫だろうとそのまま歩を進めた。

 そもそも正すべきべき『騎士の装い』は森の手前で置いていったのだ、ないものは正しようがない。もし規則違反だとしても命令を下した上司の責任能力が問われるだけの話だろう。

 懸念事項を排除したカリスは猪や熊、狼といった進行方向の邪魔となる障害の排除に再び精を出す。
 草場の影で殺気の欠片もなく横たわる数多の魔物には、最後まで気がつかなかった。




 程なくして辿りついた目当ての洞窟。自身の生まれ育った国から北に位置するグルド山のダンジョン、その入口だ。

 カリスは城の門ほどありそうな高さの穴を無感動に見上げた。

 洞窟周辺は付近から湧き出る湧き水で湿気ているのか、どこか水気のある草木が茫々と生い茂っている。おまけに小高い木々に囲まれているせいで、この一帯だけ薄暗く影になっているようだ。

 まともな人間の騎士が傍に居れば「陰鬱で不気味だ」と愚痴を零したのかもしれないが、人形のカリスには当然関係のない話である。

 黒い大口を歪に開けた洞窟。その上から腐り落ちたカーテンのように垂れ下がるシダを何の感慨もなく引きちぎり、洞窟内部へと歩を進めた。

 シダを投げ捨て、外部からは視認できなかったものを振り仰ぐ。
 洞窟内部のそこかしこには巨大な蜘蛛の巣が広がっていた。打ち捨てられた古い屋敷に長い年月をかけて降り積もったものとは違い、まだ真新しく瑞々しい。綿密に織り上げられた糸は緻密な模様が全面に描かれている。貴族の装いでよく見かけるレースというものによく似ていた。

 洞窟の外から僅かに入り込む光を反射させているところを見ると、蜘蛛の糸は漏れなく全てが濡れているようだ。まるで一雨過ぎ去った後のようだが、いくら湿気ているとはいえここまで濡れるものだろうか。

 よく見れば糸自体が薄っすら発光しているらしく、洞窟の奥部まで続く蜘蛛の巣が闇で覆われた道をぼんやりと照らし出している。

 毒液を持った魔物の縄張りという可能性が高い。こういうものは無闇に触らず無視すべきである。

 そう判断を下したカリスだが、濡れた光の粒から妙に目が離せなかった。腕が、蜘蛛の巣に向かい、意思に反して上がっていく。命令は遂行しなければならない。だというのに。

 指先が光る線に触れた。




 ぼやけたカリスの視界がまず捉えたのは、暗闇の中で緩く歩を進める灰色の背中。
 執事服をできるだけ簡略化させたような装いの男が前を歩き、カリスは男を追従しているようだ。

 ようだ、というのはカリスの意思が余りにも反映されていないためである。試しに歩みを止めようと意識してみるも、足は一向に止まらない。肉体の動き全てがカリスを無視した形で進行している。

 カリスはそもそもこの体が自身のものでないことを漠然と感じ取っていた。
 先ほどから胸元を刺々しく突くような感情が湧き出しているのを確認したからだ。これは確実に、人間の体だ。人形の体ではない。
 恐らく、カリスは何者かの内側に入り込んでいた。

 洞窟に向かい竜退治の命令を遂行していたはずが、奇怪な状況に陥っている。因果関係を全く見出せずにいるカリスだが、幼少の頃以来の胸を衝く感覚に新鮮さを覚えながら、静かに状況把握を始めることにした。

 この体の持ち主は落ち着きのない人物なのか、忙しなく足元と男の背中を見比べている。下を向いた拍子に、視界の端でこの体の持ち主の装いを確認することができたが、上下共に黒い衣服を着崩している位で前を行く男ほど際立った装いをしている訳ではない。

 男は随分、背が高い。団長のように頑強な造りの体ではなく、全体的にすらりとしていて大型の猫科を思わせる体つきだ。褐色の項の上で曲線を描いた黒い癖毛がふわふわと揺れている。ズボンのポケットに両手を突っ込み、自由気儘に行きたい所へ行っていると言わんばかりな足取り。
 これらの要素から、男は全体的に飄々とした人物と判断する。

 ふと体の持ち主が唇を動かしていることに気付いた。その声は厚い壁を隔てているように遠く、何を喋っているのかまるで聞き取れない。歩きながら口を開いたり閉じたりを繰り返す。前の男と会話しているのかもしれない。

 辺りはいつの間にか暗闇を抜けていた。木々に囲まれ、広場のような場所だ。やたらと強く光を放つ真っ白なランプがカリスの目に焼きついた。広場には何に使うのかよく分からない鉄製の設備が点々と設置されている。

 脇にあるのは鉄でできた簡易的な椅子であろうことはカリスにも分かったが、その隣の動物を模した乗り物であろう物体は奇妙すぎて最早理解不能だ。乗り物は杭のようなもので地面と繋がっている。あれでは前に進まないだろう。

 木々の向こうには箱のような建築物ばかりが立ち並び、無尽蔵に取りつけられた強い光のランプが星のない夜空を煌々と照らし出している。

 明らかにカリスの生まれ育った国ではなかった。何か、根本的な何かが違っている。それとも国外にはこのような場所が広がっているのだろうか。国を一度も出たことがないカリスには、そう予想することしか出来なかった。

 前を行く男は広場を突っ切るように歩いていく。すると出入口の手前で徐に足を止めた。
 体の持ち主も合わせたように立ち止まる。

「だから俺の行動は全て、お前の為にやっているものじゃない」

 不意に明瞭になった男の低い声。カリスは見えない厚い壁が取り払われたことを知った。同時に風に煽られた木々のざわめきと、聞きなれない生活音がわっと耳に襲いかかる。

「全部、きんの為なんだ」

 瞬間、爆発的な感情が体の持ち主の全身を焦がした。

 内側にいるカリスにも二次的な被害が胸に押し寄せる。
 火掻き棒で抉られたように熱く、汚泥のようにどろりとした感情。それらが体の内で波打ち、荒れ狂い、振り回され、叩きつけられる。余りに強烈な感情の渦に叩き込まれ、今まで空っぽに生きてきたカリスは気が狂いそうだった。

 こんな感情は知らない。ありとあらゆる負の感情で囚われていた幼少期でさえ、こんな感情を持った覚えはなかった。

 こんな、胸を掻きむしりたくなるほど、頭がおかしくなるほどの、熱く禍々しい激情は。

 空っぽの盃がどす黒い感情で満たされていく中、目の前の男がゆっくりと振り返る。ふわふわとした黒い癖毛が持ち上がり、翻った。

 体の持ち主の目が大きく開いていくのが分かる。

 その顔は――……



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

目が覚めたら宿敵の伴侶になっていた

木村木下
BL
日本の大学に通う俺はある日突然異世界で目覚め、思い出した。 自分が本来、この世界で生きていた妖精、フォランだということを。 しかし目覚めたフォランはなぜか自分の肉体ではなく、シルヴァ・サリオンという青年の体に入っていた。その上、シルヴァはフォランの宿敵である大英雄ユエ・オーレルの『望まれない伴侶』だった。 ユエ×フォラン (ムーンライトノベルズ/全年齢版をカクヨムでも投稿しています)

【完結】ただの狼です?神の使いです??

野々宮なつの
BL
気が付いたら高い山の上にいた白狼のディン。気ままに狼暮らしを満喫かと思いきや、どうやら白い生き物は神の使いらしい? 司祭×白狼(人間の姿になります) 神の使いなんて壮大な話と思いきや、好きな人を救いに来ただけのお話です。 全15話+おまけ+番外編 !地震と津波表現がさらっとですがあります。ご注意ください! 番外編更新中です。土日に更新します。

召喚されたアラサー元ヤンはのんびり異世界ライフを満喫……できません

七夜かなた
BL
門脇紫紋(かどわきしもん)(30歳 元暴走族総長 現農業従事者)は、偶然歩道橋の上ですれ違った女子校生と共に異世界に転移してしまった。 どうやら彼女は聖女として召喚されたらしい。 そして彼本人のステータスは、聖女を護る聖騎士になっていた。 仕方なく自分の役割を受け入れ、騎士として過ごすことになったが、最初は彼のことを警戒していた人々も、次第に彼に魅了されていく。昔から兄貴肌で、男に好かれていた彼の元には彼を慕う人々が集まってくる。 しかし、彼の思う好意と、相手の好意は何だか違うみたいで… イラストは樹 史桜(fumi-O)(@fumio3661)さんがXで上げていた名もなきスーツメンを贈呈してもらいました。

拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件

碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。 状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。 「これ…俺、なのか?」 何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。 《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》 ──────────── ~お知らせ~ ※第3話を少し修正しました。 ※第5話を少し修正しました。 ※第6話を少し修正しました。 ※第11話を少し修正しました。 ※第19話を少し修正しました。 ※第22話を少し修正しました。 ※第24話を少し修正しました。 ※第25話を少し修正しました。 ※第26話を少し修正しました。 ※第31話を少し修正しました。 ※第32話を少し修正しました。 ──────────── ※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!! ※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない

砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生

処理中です...