成金竜と金色青年の黄金ライフ ~ドラゴンに転生したので惚れた人形をミュージカルで救います~

すずり

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#7人形の任務

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<カリス>


 【竜降りゅうくだり】
 ――天上に住まう竜が地上に舞い降りる現象。

 晴れの天候でもどこからともなく雲を割るようにして現れ、その異様さと神々しさから竜が天の使いであると一部の地域で崇められる要因の一端である。これは竜の下降中、雲の切れ間から注ぐ薄明光線を伴い現れる場合が多いためだと推測される。

 竜は稀少種ということもあり、竜の目撃情報と同様、目にする機会は非常に少ない。

 尚、我が国では目撃した場合、速やかに騎士団への連絡が義務付けられている。
 

 そこまで読んだカリスが次の頁を手繰ろうとしたところで、本を取り零した。

 詰所のソファに寝そべり読書をするカリスの上で腰を振っていた男がラストスパートに入ったのだ。カリスは一心不乱に腰を打ちつける同僚の騎士を特に気にかけることなく涼しい顔で床に落とした本を取った。 

 増した揺さぶりでソファに強く押し付けられるカリスの股間は、やはりピクリともしない。互いに騎士服の下だけをずり下げて交わる即物的な行為も、焦るように叩きつける忙しない腰使いにも、カリスは汗一つ掻いていなかった。

 無感動な金色の瞳が再び文字の羅列を追い始める。

 揺れる視界の中で続ける読書は多少の読みづらさはあるものの、完全に読めないというほどでもない。むしろ団長の「この本に目を通しておけ」という命令と、同僚の「ヤらせろ」という命令を同時進行できるこの状況はカリスにとって好都合ですらあった。

 同僚側の命令遂行が比較的おざなりであるのは仕方がない。同僚の騎士より団長の命令の方が遥かに優先度が高いのは明白だ。同等程度の身分である同僚の命令を多少蔑ろにした所で文句は言われまい。

 そもそも「ヤらせろ」という命令より「本を読め」という命令の方が数段、難易度が高いのだ。前者は寝台に転がっているだけで終わる命令だが後者はそうもいかない。

 読書というのは興味や関心がなければ文字を追うだけの作業と化してしまう。本の中に内包されている知識を頭に入れて、初めて読書は成立するのだ。

 以前団長から同じ命令を受けた時その場で文字を追うだけ追って本を突き返したことがあったが、数秒の沈黙後、すかさず拳骨を喰らった覚えがあるので読書の命令についてはこの解釈で間違いないはずだ。

 読書という命令は興味も関心も存在しない空っぽの人形であるカリスには、そこそこ意識をしなければ続けられない苦手分野である。

 耳元にかかる男の荒い息遣いには我関せずと目下の本に集中する。
 
 ――人類よりも高位の生物とされる竜はその力も脅威的であり、かつ極めて奔放な行動をとる傾向が強い。そのため、竜降り地点の近隣住民は十分な警戒が必要となる。竜の行動次第では地図を書き換えるほどの大幅な地形変化等、多大な影響が及ぶことを留意しなければならない。

 休日出勤を要請されて溜息混じりの団長が強引にこの本を押し付けてきた理由を漸く理解する。

 騎士団にとって竜降りという現象は確かに多忙の原因となる案件だ。現在、騎士団のほとんどが出払っているのも腑に落ちた。そしてコミュニケーション能力に乏しく、掃討や暗殺、破壊等攻撃性の強い任務に特化しているカリスが詰所の留守を預かっているのも当然の理だった。

 カリスは最低限の受け答えしかしない人形であるし、人の顔をまるで覚えられない。覚える気もない。他人に対する興味も関心もないからだ。

 相手を識別するのに、まず制服の肩章を見るほどカリスには覚える気がなかった。

 聞き込み調査等を要する任務では馬以下のお荷物状態に成り下がるため、もう詰所の留守番など慣れたものだ。

 ふと気づけば背中の重みが消えていることに気付く。室内を見回せば既に詰所から同僚の姿は消えていた。
 カリスの読書に対する集中ぶりに萎えたのかもしれないが尻に後始末をした感覚があるのでやるだけやって満足したのだろうと推測される。
 騎士は装いを正さねばならない、という規則が脳裏に過ぎりズボンを引き上げた。

 再び本を広げる。
 同僚の騎士の顔など、もちろん覚えていなかった。




 ……というのが昼前頃の出来事である。

 鬱蒼と生い茂る魔物の森の中、カリスはダンジョンの洞窟に向かって歩を進めていた。邪魔なロープ状のシダを片っ端から毟り取っていく。裸足に小枝が刺さった気がするが確認する気も起らないので放置する。装いは正さなくても良いのだ。

 この森は中級者以上でなければ骨も残らないという悪評をいつだったか耳にしていたが、やはり森は森だった。邪魔なものは壊せば道が開ける。

 洞窟は北にあるはずなので太陽と影の位置を確認しながら進めば直に着くはずだ。

 右耳からの出血で、しとど肩を濡らしながらカリスは歩き続ける。
 命令は遂行しなければならない。

 あれから同僚の命令を終えたと認識し再度読書に集中したカリスだったがその数分後、詰所に派手な制服の兵士が大人数押しかけたかと思いきや、気づけばこの森の手前まで連れてこられたのだった。

 何の命令も受けていないカリスは着の身着のままぼんやり雲を眺めながら佇んでいると、派手な群れの中でも一際派手な服を着た人物が一歩前に出た。

 派手な制服、派手な肩章。上半身に色んなものが付きすぎていて全体的にゴチャゴチャしている。それは団長より上の身分ということを意味していた。であれば団長の命令より優先順位は上。
 カリスはここまで持ってきていた本を即座に投げ捨てた。

 派手な人物は終始不機嫌そうに長話を始めたが、その余りの修飾語の多さにカリスは全体の一割も理解できなかった。語尾に「しろ」「するな」と付けられた部分だけが重要なので聞き逃さないよう神経を尖らせる。

「――、――身の程を弁えろ――、―――――、――故に貴様にはグルド山のダンジョンに棲みついた竜の討伐を命ずる―――、―――分かったか?」
「はい」

 最後が疑問形だったので了解を示したが、派手な人物は顔まで派手に顰めた。とはいえ命令は理解したので問題ない筈だ。

 身の程を弁えるという第一の命令は自身の立場を考えて行動するということだ。ならばカリスは既に命令を終えている。騎士団の騎士でありながら人形であり、団長の良心で入団を許されている騎士団中でも特に下位の身分。
 正しく認識している。以上だ。

 となれば次は第二の命令。

 今まで魔物の討伐や組織の壊滅、指定された人物の殺害等の任務をこなしてきたが竜の討伐はカリスも初めてだ。というより聞いたことがない。人類より遥かに高位といわれ畏れられている竜だが、現に殺せと命令されたのだ。殺してもいいのだろう。カリスは首肯した。

 背後の大勢いる派手な兵士達が動く気配を見せないのでこれは単独任務とカリスは認識した。森に踏み入るべく踵を返すと背後から「待て」と命令されたので立ち止まる。

 振り返れば派手な人物が口角を釣り上げて笑っていた。

「貴様が今着ているものは騎士団から貸し与えられたものだろう? どうせ戻ってくる可能性は万に一もない。借りたものは返さねばならん。それが税金で賄われたものなら尚更だ。こちらで返却しておいてやる。ここで脱いでいけ」
「はい」

 手早く騎士服を脱ぎ捨てながら、もしかしたらこの人物は団長よりも遥かに国の事を考えている立派な御仁なのかもしれないと認識を改めた。

 竜の討伐はこれまで以上に難しい任務だ。竜は人間より遥かに高位な種であり、驚異的な力を持っているという。村中に蔓延ったオーガの群れを血の海に変えたこともあるカリスだが今回ばかりは遂行できるか分からない。むしろ任務に失敗する確率の方が高いだろう。

 失敗イコール税金の無駄、というのは空っぽのカリスでも理解できる簡単な図式だった。その上カリスは幼少の頃から騎士団に身を寄せている。現在、二十五の歳になるまでの長期間、ありとあらゆるものを騎士団から貸し与えられていた。衣服は言わずもがな、腹に消化された朝食のパン、身分、果てには命まで。
 死する前に衣服だけでも返却するというのは、むしろ当然ともいえた。

 下着、靴下……と脱いだ所で右耳のピアスを思い出した。
 留め金からぶら下がる青色の鉱石には特殊な魔術が仕込まれており、遠くにいたとしても持ち主の位置を特定できる代物と聞いている。これは騎士団の中でもカリスにしか貸与されていない。任務に集中すると度々周りが見えなくなるカリスに呆れた団長が直々にその手で付けたものである。

 随分長い間付けっぱなしだったので存在を忘れていた。これも返却しなければならない。

 カリスは留め金に手をかけ、握り――力任せに引きちぎった。裂けた耳から鮮血が飛び散る。右の肩回りと足元の草に血が走っていたが脱ぎ捨てた衣服とは逆方向なので問題はないだろう。

 このピアスは位置の特定とは別に、留め金を外せば周囲もろとも吹き飛ばす爆破魔術も施されている。これは「常時ピアスを付けているように」という団長の命令をより良く遂行できるための手心だと思われる。
 しかし今従うべき命令は団長ではなく、目の前の派手で高尚だろう人物によるものだ。

 返却すべきものは返却しなければならない。なのでピアスは外さねばならない。ピアスの留め金が外せないなら、留め金の周りの肉を外せば良いだけだ。

 呆然とこちらを見守っている派手な集団を横目に、血で汚れたピアスを手近な雑草で拭い、脱いだ衣服の上に置いた。これで第三の命令は完了だ。

 こうして第二の命令を遂行すべく踵を返し、カリスは魔物渦巻く森へと歩を進めたのだった。全裸で。

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