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#32-1指を差されまして
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その村は北の森に最も近接した集落だった。
人間にとって魔物ひしめく北の森周辺は危険が多いようだ。一見しても長閑とは到底言い難い村である。魔物の討伐目当てに駐留する荒くれの人間たちもまた治安悪化の一因を担っているようだ。
木造と石造の入り混じる不揃いな家屋は泥とカビにまみれ、野ざらしの地面には時折、馬の汚物が無遠慮に撒き散らされていた。
行き交う人間の目には剣呑としたものが宿り、身を守るべく常に警戒を纏わなければならない。
それがこの村の通常であり、日常のようだった。
囲いに覆われた村の最北端。魔物の出没する山側には大きな門が聳え、近隣には野鳥が好んで飛び寄る小さな家があった。
その家には庭で野鳥に一飯差し出す気前のいい人間が住んでいる。毎朝欠かさず窓辺の飯入れに豆を注ぐリコという少年は、鳥達のお気に入りだった。
リコは穏やかな気質の子供で、自分からは絶対に鳥達に触れず、大きな声も出さない。神経質な者が多く、かつ聴覚の優れた鳥達から好感を抱かれやすい存在だった。
「今日は見ない子もいるね。たくさんお食べ。ぼくは今からカザリとドブさらいに行くんだ。人混みを抜けなきゃいけないから気をつけないとね」
コショコショとくすぐるようなリコの声音に耳を傾けながら豆にがっつく中、鳥達は食事中のおしゃべりに興じていた。
――何言ってんだコイツ。
――さあ。人間の囀りはわかんね。
――ま、飯くれるしイイ奴じゃね。
――それな。
鳥のノリは産毛のように軽い。
しかし野生の勘でリコがどことなく怖がっているように感じたので鳥達は全自動飯出し人間を上空から見守ることにした。
リコは門番の息子で、危険の多いこの村でも比較的自由に立ち回れる。この村にいる人間は門番に必ずと言っていいほど世話になるので心証を悪くしたくないようだった。
屋根に留まる鳥達の眼下で、鳥の巣のようなリコの頭が村の表通りに差し掛かる。
暖かな陽射しの正午。
日中も変わらず張りつめた空気が蔓延する村のメインストリートに、一筋の白線が奔った。
リコも、鋭い眼差しの人間達も、なにごとかと仰ぎ見る。
――ヘイヘイヘイヘーイ。退いた退いたー!
そんな囀りと共に、鳥達の目前を黒い影が横切った。
屋根ほどの高さを維持した赤目の黒鳩が純白のリボンを咥えてメインストリート上空を真っ直ぐに突っ切ったのだ。
そのリボンはあまりに長く、なんと村の外から続いている。
重力に従い、リボンが地についた。メインストリートを真っ二つ割った白線は、総レースで仕立てられており、気品に溢れている。
泥と糞にまみれる地面と純白のリボン。その差がより一層、美しさを浮き彫りにした。
人々は異常な事態に慄く者と、欲望に囚われた者に分かれる。
一方は白線を避けるように距離を取り、一方はすぐさま我物にすべく飛びかかった。
鳥達が注視するリコは前者のようだ。
後者の指先が純白に触れようとした刹那、リボンのレースは瞬時に変形した。
白銀の糸がみるみる解れては複雑に絡み合う。
やがて糸は成人男性の胸の高さまであるポールに変化し、地面を深々と突き刺してはメインストリートに連立していく。
さすがに驚いた欲深な人々も、ポールを避けるように道の両脇へ飛びのいた。
瞬きする間もなく、ポールとポールの間に網が張られていく。気づけばメインストリートの中央はがら空きになり、両脇には瞠目した人々がひしめきあっていた。
ふと山側の大門に一番近い、一人が気づく。
一人、また一人と気づき――次々とその旋律に意識を奪われていく。
高らかなと笛の音と共に、弾け飛ぶように山側の大門が開門した。
扉の隙間から一斉に溢れだす手拍子と賑やかなトランペット。
シャカシャカと擦れるような砂音に、軽やかに叩かれる金属音。
その全てをかき分けるように細く伸びる警笛の高音が青空高く突き抜ける。
大門の向こうから姿を現したのは――人間たちが見上げるほど巨大な頭蓋骨だった。
人間にとって魔物ひしめく北の森周辺は危険が多いようだ。一見しても長閑とは到底言い難い村である。魔物の討伐目当てに駐留する荒くれの人間たちもまた治安悪化の一因を担っているようだ。
木造と石造の入り混じる不揃いな家屋は泥とカビにまみれ、野ざらしの地面には時折、馬の汚物が無遠慮に撒き散らされていた。
行き交う人間の目には剣呑としたものが宿り、身を守るべく常に警戒を纏わなければならない。
それがこの村の通常であり、日常のようだった。
囲いに覆われた村の最北端。魔物の出没する山側には大きな門が聳え、近隣には野鳥が好んで飛び寄る小さな家があった。
その家には庭で野鳥に一飯差し出す気前のいい人間が住んでいる。毎朝欠かさず窓辺の飯入れに豆を注ぐリコという少年は、鳥達のお気に入りだった。
リコは穏やかな気質の子供で、自分からは絶対に鳥達に触れず、大きな声も出さない。神経質な者が多く、かつ聴覚の優れた鳥達から好感を抱かれやすい存在だった。
「今日は見ない子もいるね。たくさんお食べ。ぼくは今からカザリとドブさらいに行くんだ。人混みを抜けなきゃいけないから気をつけないとね」
コショコショとくすぐるようなリコの声音に耳を傾けながら豆にがっつく中、鳥達は食事中のおしゃべりに興じていた。
――何言ってんだコイツ。
――さあ。人間の囀りはわかんね。
――ま、飯くれるしイイ奴じゃね。
――それな。
鳥のノリは産毛のように軽い。
しかし野生の勘でリコがどことなく怖がっているように感じたので鳥達は全自動飯出し人間を上空から見守ることにした。
リコは門番の息子で、危険の多いこの村でも比較的自由に立ち回れる。この村にいる人間は門番に必ずと言っていいほど世話になるので心証を悪くしたくないようだった。
屋根に留まる鳥達の眼下で、鳥の巣のようなリコの頭が村の表通りに差し掛かる。
暖かな陽射しの正午。
日中も変わらず張りつめた空気が蔓延する村のメインストリートに、一筋の白線が奔った。
リコも、鋭い眼差しの人間達も、なにごとかと仰ぎ見る。
――ヘイヘイヘイヘーイ。退いた退いたー!
そんな囀りと共に、鳥達の目前を黒い影が横切った。
屋根ほどの高さを維持した赤目の黒鳩が純白のリボンを咥えてメインストリート上空を真っ直ぐに突っ切ったのだ。
そのリボンはあまりに長く、なんと村の外から続いている。
重力に従い、リボンが地についた。メインストリートを真っ二つ割った白線は、総レースで仕立てられており、気品に溢れている。
泥と糞にまみれる地面と純白のリボン。その差がより一層、美しさを浮き彫りにした。
人々は異常な事態に慄く者と、欲望に囚われた者に分かれる。
一方は白線を避けるように距離を取り、一方はすぐさま我物にすべく飛びかかった。
鳥達が注視するリコは前者のようだ。
後者の指先が純白に触れようとした刹那、リボンのレースは瞬時に変形した。
白銀の糸がみるみる解れては複雑に絡み合う。
やがて糸は成人男性の胸の高さまであるポールに変化し、地面を深々と突き刺してはメインストリートに連立していく。
さすがに驚いた欲深な人々も、ポールを避けるように道の両脇へ飛びのいた。
瞬きする間もなく、ポールとポールの間に網が張られていく。気づけばメインストリートの中央はがら空きになり、両脇には瞠目した人々がひしめきあっていた。
ふと山側の大門に一番近い、一人が気づく。
一人、また一人と気づき――次々とその旋律に意識を奪われていく。
高らかなと笛の音と共に、弾け飛ぶように山側の大門が開門した。
扉の隙間から一斉に溢れだす手拍子と賑やかなトランペット。
シャカシャカと擦れるような砂音に、軽やかに叩かれる金属音。
その全てをかき分けるように細く伸びる警笛の高音が青空高く突き抜ける。
大門の向こうから姿を現したのは――人間たちが見上げるほど巨大な頭蓋骨だった。
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