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#39-2暴かれるものは空を割るもの
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<カリス>
ひやり、と何かが首筋に触れる感触。
はたと気づけばカリスの視界は酒場に戻っていた。
首筋の違和感に手を当てれば、濡れた感触に瞠目する。
あり得ない。
人形が、発汗している。
しかし確かに手の平を滑り落ちる液体に、カリスは愕然とした。
「おい、お連れさん。大丈夫か」
山賊の頭領ライノルドがうずくまるカリスに声をかけた時、ざわめく酒場に異質な音が響いた。
――グルルルル……
まるで獣の唸り声のような音の発信元は――倒れ伏すデルタだった。
顔を伏せているせいで表情は分からない。だが確かにデルタの位置からその声は聞こえた。
「いっ」
「いーいー!」
「いー!!」
「ちょ、ちょっと。あんたらどうしたんだい!」
一定の距離をとって事のなりゆきを眺めていた死霊たちが一斉に喚きながら酒場の出口になだれ込む。
剣士の装いをした死霊もまた酒場の女主人を抱えて外に飛び出した。
急に騒然としだした死霊たちに酒場の誰もが呆然とする中、カリスの頭に竜の念話が響く。
『そうか、そういうことであったか……!』
デルタの黒いマントを被った【賭しきもの】は小さな死霊に投げ出されたらしく、木張りの床に足をつけてカリスをじっと見上げていた。
『妙だとは思っておった。竜の再生力を持ってしても完全な失明に至らしめる特異な力。魔力が尽きるとも竜気を変換し取り込む魔道具。複数の個体で出鱈目に切り繋ぎなお成立する肉人形。昏倒と起動を繰り返し、人形というには些か動きすぎる機微。そして数は少なくとも妖精をも看破する黄金の瞳』
小さな肉竜の眼窩に青い炎が愉快げに、大きく燃え上がる。
『ハハハハハ得心がいったぞ! 面白くなってきおったわ!』
唸り上げるように豪笑する念話がカリスの脳に響き渡った。
ずきりと走る頭部の疼痛に表情筋がゆがむ。
酒場にいる者たちそれぞれに動揺が走る中。
ふと、ささやかな羽音とともに何かが全員の視界を横切っていく。
「あっ。セラフィーネ」
誰ともなく上がった声に、数多の視線が一点に集中した。
幸運を持ち寄るセラフィーネ。
人形のカリスですら認識する、虹色の羽虫。
その虫が倒れ伏すデルタの二の腕に止まっている。
黒い癖毛の下で真紅に輝く右目もまた、その姿を確かに捉えていた。
その日。
すっかり陽の落ちたグルド山周辺では穏やかな夜風がそよいでいた。
十の夜刻、五十一分。北の森では、魔鳩の新婚夫婦が巣の上で交尾に励んでいた。
十の夜刻、五十三分。カザ村正門の地中では、二匹のミミズが天文学的確率で互いの頭をぶつけていた。
十の夜刻、五十五分。門から二軒隣の家では、蝋燭の火が今夜のひと仕事を終えていた。
十の夜刻、五十七分。門番の自宅では、息子のリコが翌朝鳥にやるための豆を準備していた。
十の夜刻、五十九分。門番の自宅からやや離れた廃屋の隠れ家では、カザリ少年が物憂げに薄汚れた子供たちの寝顔を見守っていた。
十一の夜刻。空が割れた。
一筋の白線が夜空を二分するように伸びていく。
白線が一点を到達すると同時に雲が晴れ、星が瞬き、夜空を裂いて、亀裂を生んだ。
ガラスが割れるように走った亀裂のひびは、その全てがカザ村上空に張り巡らされた純白の糸である。
糸に垂れる水滴はまるでガラスの破片のように飛び散り、ばらばらと村中に降りそそいだ。
異変に気づいた村民の顔は皆一様に上を向く。
各々の瞳に映るのは、割れた夜空でもなく、降りしきる雨でもない。
村の中心部から鳴り響く地響き。世界の終わりを告げる轟音。
幾多もの瓦礫を噴き飛ばし、巨大な何かが頭をもたげる。
月に食らいつくように聳える黒い影。
その中で不気味な血色をした凶光が、爛々と輝いていた。
『ああああああああああぬぁぁああああああああにがセラフィーネじゃああああああああああああああちょっと虹色がかっただけのゴキブリじゃねえかあああああああああああああああああ』
血反吐の勢いで迸る絶叫は村民どころか村外の門番、果ては北の山々に住む生物にまで衝撃波を与える。
カザ村に翼のない漆黒の暴竜が出現した瞬間だった。
ひやり、と何かが首筋に触れる感触。
はたと気づけばカリスの視界は酒場に戻っていた。
首筋の違和感に手を当てれば、濡れた感触に瞠目する。
あり得ない。
人形が、発汗している。
しかし確かに手の平を滑り落ちる液体に、カリスは愕然とした。
「おい、お連れさん。大丈夫か」
山賊の頭領ライノルドがうずくまるカリスに声をかけた時、ざわめく酒場に異質な音が響いた。
――グルルルル……
まるで獣の唸り声のような音の発信元は――倒れ伏すデルタだった。
顔を伏せているせいで表情は分からない。だが確かにデルタの位置からその声は聞こえた。
「いっ」
「いーいー!」
「いー!!」
「ちょ、ちょっと。あんたらどうしたんだい!」
一定の距離をとって事のなりゆきを眺めていた死霊たちが一斉に喚きながら酒場の出口になだれ込む。
剣士の装いをした死霊もまた酒場の女主人を抱えて外に飛び出した。
急に騒然としだした死霊たちに酒場の誰もが呆然とする中、カリスの頭に竜の念話が響く。
『そうか、そういうことであったか……!』
デルタの黒いマントを被った【賭しきもの】は小さな死霊に投げ出されたらしく、木張りの床に足をつけてカリスをじっと見上げていた。
『妙だとは思っておった。竜の再生力を持ってしても完全な失明に至らしめる特異な力。魔力が尽きるとも竜気を変換し取り込む魔道具。複数の個体で出鱈目に切り繋ぎなお成立する肉人形。昏倒と起動を繰り返し、人形というには些か動きすぎる機微。そして数は少なくとも妖精をも看破する黄金の瞳』
小さな肉竜の眼窩に青い炎が愉快げに、大きく燃え上がる。
『ハハハハハ得心がいったぞ! 面白くなってきおったわ!』
唸り上げるように豪笑する念話がカリスの脳に響き渡った。
ずきりと走る頭部の疼痛に表情筋がゆがむ。
酒場にいる者たちそれぞれに動揺が走る中。
ふと、ささやかな羽音とともに何かが全員の視界を横切っていく。
「あっ。セラフィーネ」
誰ともなく上がった声に、数多の視線が一点に集中した。
幸運を持ち寄るセラフィーネ。
人形のカリスですら認識する、虹色の羽虫。
その虫が倒れ伏すデルタの二の腕に止まっている。
黒い癖毛の下で真紅に輝く右目もまた、その姿を確かに捉えていた。
その日。
すっかり陽の落ちたグルド山周辺では穏やかな夜風がそよいでいた。
十の夜刻、五十一分。北の森では、魔鳩の新婚夫婦が巣の上で交尾に励んでいた。
十の夜刻、五十三分。カザ村正門の地中では、二匹のミミズが天文学的確率で互いの頭をぶつけていた。
十の夜刻、五十五分。門から二軒隣の家では、蝋燭の火が今夜のひと仕事を終えていた。
十の夜刻、五十七分。門番の自宅では、息子のリコが翌朝鳥にやるための豆を準備していた。
十の夜刻、五十九分。門番の自宅からやや離れた廃屋の隠れ家では、カザリ少年が物憂げに薄汚れた子供たちの寝顔を見守っていた。
十一の夜刻。空が割れた。
一筋の白線が夜空を二分するように伸びていく。
白線が一点を到達すると同時に雲が晴れ、星が瞬き、夜空を裂いて、亀裂を生んだ。
ガラスが割れるように走った亀裂のひびは、その全てがカザ村上空に張り巡らされた純白の糸である。
糸に垂れる水滴はまるでガラスの破片のように飛び散り、ばらばらと村中に降りそそいだ。
異変に気づいた村民の顔は皆一様に上を向く。
各々の瞳に映るのは、割れた夜空でもなく、降りしきる雨でもない。
村の中心部から鳴り響く地響き。世界の終わりを告げる轟音。
幾多もの瓦礫を噴き飛ばし、巨大な何かが頭をもたげる。
月に食らいつくように聳える黒い影。
その中で不気味な血色をした凶光が、爛々と輝いていた。
『ああああああああああぬぁぁああああああああにがセラフィーネじゃああああああああああああああちょっと虹色がかっただけのゴキブリじゃねえかあああああああああああああああああ』
血反吐の勢いで迸る絶叫は村民どころか村外の門番、果ては北の山々に住む生物にまで衝撃波を与える。
カザ村に翼のない漆黒の暴竜が出現した瞬間だった。
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