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#42-1接吻のゆくえがデルタの林檎
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<カリス>
有益な情報は得た。一刻も早くデルタの元に向かわなければならない。足止めを依頼した子供たちの安全確保が次の優先事項である。
瓦礫となった酒場を後にしたカリスは駆けながら夜空にかかる銀糸を見上げた。
上空でドーム状に張り巡らされたデルタの竜気。細緻な模様を成した蜘蛛の糸はカザ村を包み込むように覆っていた。
あの竜気をどうにかしない限り、この村から出ることも入ることもできないだろう。それ以前に肝心の門番が失神していては村の大門が開かないが。
裏路地を走り抜けて大通りに出ると、鐘塔の尖塔が見えてきた。
カリスは駆ける勢いそのままに跳躍する。
地面を蹴り上げ、瞬時に前から後ろへと視界が流れゆく中、カリスは眉をひそめた。
――足が、少し重い。
鐘塔が眼前に迫るも、寸でのところで鐘つき場まで届かない。重力に従い、徐々に身体が落ちていく――前に、腕を伸ばした。難なく掴み取った壁面の出っ張りを起点に、懸垂の要領で速やかに鐘つき場に上る。
再び舞い戻った巨大な鐘の下。
カリスは一人、ふすーと鼻から息を吹いた。
先ほどカザリとリコを抱えた時も僅かに足の重さを覚えていたが、それは増えた重量ゆえかと思っていた。しかしそれは認識違いであったらしい。
カリス自身の人形としての性能が低下しているのだ。
推測するに、それは恐らく第二を破壊してから――
ドン、と重い地響きに意識を戻す。
村で一番高い立体物である鐘塔から見下ろすと、デルタの位置はすぐに見て取れた。遅れて竜の絶叫による衝撃波が頭上の大鐘を震わせる。
カリスは新しく砂埃の上がった場へ向かうべく跳躍した。
そうして降り立ったのは村の西側にある奥まった一角だった。
砂煙が舞う中、刺すような異臭が鼻腔を刺激する。
自身の嗅覚もまた完全に戻りつつあることを認識しながら、カリスは辺りを見回した。
大通りよりいっとう古びた建築物が多い。竜が通ったところが大きく崩れているが、おかげで自身の行くべき方向が見てとれた。
連なる木造家屋に囲まれた瓦礫の道の先に、デルタがいる。
カリスが再び足に力を込めた直後、右手から見知らぬ子供が目の前を横切った。
カリスの腰ほどしかない背丈の女児。ぼろきれの服からのびる小さな手。掴んでいるのは、こぼれ落ちそうなほど揺れる小花の首飾り。
十字型に輝く黄金の光を認識したカリスは、前方に向かうはずだった足の力を瞬時に変え、背後に跳んだ。
爆散する轟音。カリスの右方に建つ家屋が音を立てて瓦礫と化す。飛び散った瓦礫の破片がカリスの眼球すれすれを横切った。二度、三度と跳躍して距離を取る。
破片を撒き散らして右から突っ込んできた黒竜の頭部が、ゆっくりと首をもたげ、大きく口を開けた。
――ギィイイィィーッ!
竜の咆哮にビリビリと鼓膜が振動した。
そういえば、鼓膜の感覚も戻ってきている。
「次は俺だっ。こっちに来い!」
甲高い声に目を向ければ、今度は別の男児が首飾りを振ってデルタの左の足元を動き回っていた。
真っ赤に右目を光らせた翼のない竜が咆哮を上げて追いかける。
カリスが教えた通り、左目が見えないことを利用しているようだ。短い間隔で別の子供に首飾りを渡し、体力を温存しながら巧みに撹乱している。
「いた! 金髪のお兄さんだよカザリ!」
「来たか! おいアンタ、そこアブねえからこっち来い!」
建物の影から顔だけを出したカザリとリコのもとへ向かう。
狭い路地裏に踏み込むと、カザリとリコを含めた十数人ほどの子供たちが一様にカリスを見上げた。
子供たちは全員ぼろを纏っている。どう取り繕っても清潔とは言いがたい。薄汚れた肌は炭をかぶったように灰色がかっている。
だからこそ、強靭な芯を持つ瞳が宝石のように浮いて輝いているように見えた。
その中のひとり、カザリが黒髪の後頭部を掻きながらため息を吐く。
「逃げろっつったのについてきたんだよコイツら……」
「ばっかだなあ。リーダーのカザリ置いて逃げらんないよ」
「しかも村の中で動けるの、私たちだけなんでしょ。ならやるしかないじゃん。こんな村でも私たちの故郷なんだから」
「まー俺らのアジトなくなっちゃったけどなー」
違いない、ときゃらきゃら笑い転げる子供たちの言葉を聞き、カリスは無言で背後を振り返った。
この子供たちが竜を誘いだしたのは自らの住処だったらしい。それでも彼らの瞳は絶望に染まっていない。
「魔術が使えなくて苦労してきたけど、こんな利点があるなんてな」
「竜のお声で気絶しない利点ってのも微妙な感じだけどねえ」
「それよりあの怖くて明るい歌のお兄さんが竜ってことにビックリだよ」
子供たちは和気あいあいと話しているが、この間にも順番がまわってきた子供が首飾りを手渡され、すぐさま駆け出している。
この穏やかな会話も彼らなりに精神を安定させる手段なのだろう。
ただ一人。顔を青ざめさせ、ふるふると恐怖に身を震わせるリコを除いて。
ズボンを固く握り締めるリコの手に、そっとカザリの手が置かれる。
「リコ。大丈夫だ」
「カザリ……ぼく、ぼく」
「大丈夫だ。何があっても大丈夫。俺たちは厄介事に慣れてる。竜が突っ込んできたって、また走って逃げりゃあいい。もしまた食われそうになったって絶対に守ってみせる」
一片の曇りのない黒目の眼差しに、涙ぐんだリコの表情がくしゃりと歪む。うん、と頷いたリコがカザリの胸に飛び込み、周囲で囃し立てる子供たち。
カリスは僅かに目を見開いた。
彼らの顔に、違う顔が重なっていく。
有益な情報は得た。一刻も早くデルタの元に向かわなければならない。足止めを依頼した子供たちの安全確保が次の優先事項である。
瓦礫となった酒場を後にしたカリスは駆けながら夜空にかかる銀糸を見上げた。
上空でドーム状に張り巡らされたデルタの竜気。細緻な模様を成した蜘蛛の糸はカザ村を包み込むように覆っていた。
あの竜気をどうにかしない限り、この村から出ることも入ることもできないだろう。それ以前に肝心の門番が失神していては村の大門が開かないが。
裏路地を走り抜けて大通りに出ると、鐘塔の尖塔が見えてきた。
カリスは駆ける勢いそのままに跳躍する。
地面を蹴り上げ、瞬時に前から後ろへと視界が流れゆく中、カリスは眉をひそめた。
――足が、少し重い。
鐘塔が眼前に迫るも、寸でのところで鐘つき場まで届かない。重力に従い、徐々に身体が落ちていく――前に、腕を伸ばした。難なく掴み取った壁面の出っ張りを起点に、懸垂の要領で速やかに鐘つき場に上る。
再び舞い戻った巨大な鐘の下。
カリスは一人、ふすーと鼻から息を吹いた。
先ほどカザリとリコを抱えた時も僅かに足の重さを覚えていたが、それは増えた重量ゆえかと思っていた。しかしそれは認識違いであったらしい。
カリス自身の人形としての性能が低下しているのだ。
推測するに、それは恐らく第二を破壊してから――
ドン、と重い地響きに意識を戻す。
村で一番高い立体物である鐘塔から見下ろすと、デルタの位置はすぐに見て取れた。遅れて竜の絶叫による衝撃波が頭上の大鐘を震わせる。
カリスは新しく砂埃の上がった場へ向かうべく跳躍した。
そうして降り立ったのは村の西側にある奥まった一角だった。
砂煙が舞う中、刺すような異臭が鼻腔を刺激する。
自身の嗅覚もまた完全に戻りつつあることを認識しながら、カリスは辺りを見回した。
大通りよりいっとう古びた建築物が多い。竜が通ったところが大きく崩れているが、おかげで自身の行くべき方向が見てとれた。
連なる木造家屋に囲まれた瓦礫の道の先に、デルタがいる。
カリスが再び足に力を込めた直後、右手から見知らぬ子供が目の前を横切った。
カリスの腰ほどしかない背丈の女児。ぼろきれの服からのびる小さな手。掴んでいるのは、こぼれ落ちそうなほど揺れる小花の首飾り。
十字型に輝く黄金の光を認識したカリスは、前方に向かうはずだった足の力を瞬時に変え、背後に跳んだ。
爆散する轟音。カリスの右方に建つ家屋が音を立てて瓦礫と化す。飛び散った瓦礫の破片がカリスの眼球すれすれを横切った。二度、三度と跳躍して距離を取る。
破片を撒き散らして右から突っ込んできた黒竜の頭部が、ゆっくりと首をもたげ、大きく口を開けた。
――ギィイイィィーッ!
竜の咆哮にビリビリと鼓膜が振動した。
そういえば、鼓膜の感覚も戻ってきている。
「次は俺だっ。こっちに来い!」
甲高い声に目を向ければ、今度は別の男児が首飾りを振ってデルタの左の足元を動き回っていた。
真っ赤に右目を光らせた翼のない竜が咆哮を上げて追いかける。
カリスが教えた通り、左目が見えないことを利用しているようだ。短い間隔で別の子供に首飾りを渡し、体力を温存しながら巧みに撹乱している。
「いた! 金髪のお兄さんだよカザリ!」
「来たか! おいアンタ、そこアブねえからこっち来い!」
建物の影から顔だけを出したカザリとリコのもとへ向かう。
狭い路地裏に踏み込むと、カザリとリコを含めた十数人ほどの子供たちが一様にカリスを見上げた。
子供たちは全員ぼろを纏っている。どう取り繕っても清潔とは言いがたい。薄汚れた肌は炭をかぶったように灰色がかっている。
だからこそ、強靭な芯を持つ瞳が宝石のように浮いて輝いているように見えた。
その中のひとり、カザリが黒髪の後頭部を掻きながらため息を吐く。
「逃げろっつったのについてきたんだよコイツら……」
「ばっかだなあ。リーダーのカザリ置いて逃げらんないよ」
「しかも村の中で動けるの、私たちだけなんでしょ。ならやるしかないじゃん。こんな村でも私たちの故郷なんだから」
「まー俺らのアジトなくなっちゃったけどなー」
違いない、ときゃらきゃら笑い転げる子供たちの言葉を聞き、カリスは無言で背後を振り返った。
この子供たちが竜を誘いだしたのは自らの住処だったらしい。それでも彼らの瞳は絶望に染まっていない。
「魔術が使えなくて苦労してきたけど、こんな利点があるなんてな」
「竜のお声で気絶しない利点ってのも微妙な感じだけどねえ」
「それよりあの怖くて明るい歌のお兄さんが竜ってことにビックリだよ」
子供たちは和気あいあいと話しているが、この間にも順番がまわってきた子供が首飾りを手渡され、すぐさま駆け出している。
この穏やかな会話も彼らなりに精神を安定させる手段なのだろう。
ただ一人。顔を青ざめさせ、ふるふると恐怖に身を震わせるリコを除いて。
ズボンを固く握り締めるリコの手に、そっとカザリの手が置かれる。
「リコ。大丈夫だ」
「カザリ……ぼく、ぼく」
「大丈夫だ。何があっても大丈夫。俺たちは厄介事に慣れてる。竜が突っ込んできたって、また走って逃げりゃあいい。もしまた食われそうになったって絶対に守ってみせる」
一片の曇りのない黒目の眼差しに、涙ぐんだリコの表情がくしゃりと歪む。うん、と頷いたリコがカザリの胸に飛び込み、周囲で囃し立てる子供たち。
カリスは僅かに目を見開いた。
彼らの顔に、違う顔が重なっていく。
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