5 / 99
#4-2兄につきまして
しおりを挟むテニスコート二面分はありそうな父の両翼は雲を抜け、地上を覆う深い森林を見下ろした。
着いたのは周りの木々より一際大きな金木犀の根本。金木犀。金・木犀。失礼。金不足もいよいよ深刻である。
それはさて置き、金木犀は好きだ。前世から少々思い入れのある花なので感慨深い。
あちこち芽吹いたオレンジ色の小花と甘い香りに癒されていると、隣から超弩級の爆弾が落っこちてきた。
『お前の母だ』
おおう。
点になった目をパチパチ瞬かせ、眼前の大樹を仰ぎ見る。どこからどう見ても木だ。父親がドラゴンで、母親が木。なんてこった。ファンタジー世界、恐るべし。
聞きたい。切実に聞きたい。
伝家の宝刀「お父さん、子供はどうやったらできるの?」を抜きたい。頭の中で大樹とズッコンバッコン宜しくやっているドラゴンを想像してしまう。それ、最早自慰では。
『お前が生まれる少し前、目の前で我が子を亡くしてな。以来、心を閉ざしてしまった。幾度呼びかけようと答えてくれん』
『我が子……俺の兄弟?』
『そうだ。お前の兄だ』
初耳だ。俺には兄がいたらしい。
『お前の兄は幼きながらも偉大な竜であった。どの竜よりも剛毅であり、どの竜よりも豪胆であり、どの竜よりも竜らしい竜であった。その漲る竜気たるや、荒れ狂う大海のように激しく底が見えぬほどだ。我が子ながら、あれはやろうと思えば世界を燃き尽くすこともできたであろう』
そんなに強いドラゴンだったのかと見上げたオッドアイは、苦し気に細まっていた。
『だが独り立ちを控えたある日……あれは母親の根本で倒れていた。目玉を刳り貫かれた状態で、息も絶え絶えであった』
『一体何が……?』
『分からん。この森は竜窟からの竜気に触れて一部異界化している。竜しか踏み入ることのない竜の聖域なのだ。だが竜は仲間を決して殺さない。竜も皆、我が子の死を嘆き悲しんでいた。我はあの気高き竜達が嘘を吐いているとは思えない。思いたくもない』
父はだが、とオッドアイを和らげた。
『あれはやはり最高の竜であった。我ら夫婦が見守る中、あれは最後の力を振り絞り、狡猾に笑ってみせこう言い放った』
――竜よ、天を貫くほどに傲慢であれ。
その言葉を聞いた途端、胸が焼け焦げるほどの懐かしさに襲われた。眼球の裏側にカッと熱が篭る。そして同時に理解した。
俺は、俺は本当にドラゴンに……竜になってしまったのだ。前世では人間という哺乳類の一種だった。けれど今はもう、大事な何かが根本から違うのを、痛いほど理解してしまった。
『竜は皆、強い。この世の生ける物全てを圧倒する強者だ。強者であるが故に唯一、傲慢であることが許される。竜であるが故に傲慢であり、傲慢であるが故に竜なのだ』
父はかつて兄の倒れ伏せていたであろう妻の根本から、青く突き抜ける大空を見上げた。
『我らに翼があるのはその傲慢にも限界があるという事を思い知らせる為なのかもしれん。若き傲慢な竜ほど空高く舞い上がり、ある到達点に至って翼が凍り、落下する。どれほど傲慢であろうと空の全てを制することは出来ないのだと』
だがそれでも、と父は笑った。
『それでも尚、竜は傲慢であれ。限界を告げる空すら貫くほどの傲慢であれ。竜は皆この言葉を胸にして生きる。空の天辺にすら心を折らぬ竜は真の傲慢であり、それを誇りとして生き、例えその傲慢が我らの身を滅ぼそうと構わない。それが我ら竜というものなのだ』
柔らかい光を湛えたオッドアイが静かに俺を見つめた。
『我は最後まで傲慢を忘れなかった我が子を誇りに思う。あれは傲慢にも己の死すら鼻で笑った。そして光の粒となって消えた。要因が何であれ、目を刳り貫いたのが誰であれ、あれは満足に逝った。それだけで十分だ。それに今、また新たな命がここにある』
『竜よ、天を貫くほどに傲慢であれ……』
『そうだ。それを忘れるな。お前が竜以外の種族で生涯最も守りたい存在が出来た時、その言葉を教えてやると良い。竜よ、天を貫くほどに傲慢であれ。お前もまた竜であるならば、己の心を傲慢に解き放つが良い』
そうか。何故父が俺を母の元に連れてきてくれたのか。何故こんな話をしてくれたのか。すとんと胸に落ちてきた回答に俺は自然と口を開いた。
『父よ、俺は金が好きなんだ。そりゃもう筋金入りさ。愛でたくって愛でたくってたまらない。その愛でたさたるや父の黄色い片目で気を紛らわせないといけない位たまらないんだよ』
父はオッドアイを丸くした直後、大きな笑い声を森中に轟かせた。
『お前はやはり我の子だ!』
ひとしきりを轟音を鳴らした後、喉を引き攣らせながらも父は内緒話をするように俺の耳元で囁いた。
『お前に我の竜名を教えてやろう。我は【慈しむもの】。愛しきものを慈しむことで竜気を得る、慈しみの竜なのだ』
悪戯っぽい眼差しで、そっと頬ずりしてくる【慈しむもの】に【愛でるもの】は笑った。
風もないのに金木犀の梢がさわさわと揺れる。どこか嬉しげな、甘い香り漂う小花を視界に入れながら、俺は考えた。
いつか俺にも、あの言葉を誰かに告げられる日は来るのだろうか。
遠くの方で雷の唸りが聞こえる。
嵐が春を告げていた。
0
あなたにおすすめの小説
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
【完結】ただの狼です?神の使いです??
野々宮なつの
BL
気が付いたら高い山の上にいた白狼のディン。気ままに狼暮らしを満喫かと思いきや、どうやら白い生き物は神の使いらしい?
司祭×白狼(人間の姿になります)
神の使いなんて壮大な話と思いきや、好きな人を救いに来ただけのお話です。
全15話+おまけ+番外編
!地震と津波表現がさらっとですがあります。ご注意ください!
番外編更新中です。土日に更新します。
目が覚めたら宿敵の伴侶になっていた
木村木下
BL
日本の大学に通う俺はある日突然異世界で目覚め、思い出した。
自分が本来、この世界で生きていた妖精、フォランだということを。
しかし目覚めたフォランはなぜか自分の肉体ではなく、シルヴァ・サリオンという青年の体に入っていた。その上、シルヴァはフォランの宿敵である大英雄ユエ・オーレルの『望まれない伴侶』だった。
ユエ×フォラン
(ムーンライトノベルズ/全年齢版をカクヨムでも投稿しています)
拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件
碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。
状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。
「これ…俺、なのか?」
何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。
《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》
────────────
~お知らせ~
※第3話を少し修正しました。
※第5話を少し修正しました。
※第6話を少し修正しました。
※第11話を少し修正しました。
※第19話を少し修正しました。
※第22話を少し修正しました。
※第24話を少し修正しました。
※第25話を少し修正しました。
※第26話を少し修正しました。
※第31話を少し修正しました。
※第32話を少し修正しました。
────────────
※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!!
※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。
召喚されたアラサー元ヤンはのんびり異世界ライフを満喫……できません
七夜かなた
BL
門脇紫紋(かどわきしもん)(30歳 元暴走族総長 現農業従事者)は、偶然歩道橋の上ですれ違った女子校生と共に異世界に転移してしまった。
どうやら彼女は聖女として召喚されたらしい。
そして彼本人のステータスは、聖女を護る聖騎士になっていた。
仕方なく自分の役割を受け入れ、騎士として過ごすことになったが、最初は彼のことを警戒していた人々も、次第に彼に魅了されていく。昔から兄貴肌で、男に好かれていた彼の元には彼を慕う人々が集まってくる。
しかし、彼の思う好意と、相手の好意は何だか違うみたいで…
イラストは樹 史桜(fumi-O)(@fumio3661)さんがXで上げていた名もなきスーツメンを贈呈してもらいました。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい
翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。
それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん?
「え、俺何か、犬になってない?」
豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。
虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する
あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。
領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。
***
王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。
・ハピエン
・CP左右固定(リバありません)
・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません)
です。
べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。
***
2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる