天職はドロップ率300%の盗賊、錬金術師を騙る。

朱本来未

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027 盗賊さん、勘違いされる。

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「ありゃ、確かに手応えはあったんだが【裁断】されてねぇな」
「切り抜ききれなかったのかな。その辺りだけ、他と違って壁厚を3㎝にしておいたんだけど」
 グレンは腑に落ちたといった様子で、眉尻を下げてため息を漏らした。
「それなら納得だな。オレの【裁断】じゃ、どんなにがんばっても3㎜厚くらいある魔獣の皮を切り抜ければいい方だからな」
「それなら今は開けられないだけで、鍵は渡したってことでいいかな。魔力操作に慣れれば、理論上はグレンのスキルで扉を開けられるはずだからさ」
「最低でもここを開けられるくらいの実力を付けろってことか」
「そうだね。そのくらいは出来てもらわないとポーション作製も中途半端な出来になりそうだからね」
「それはわかったが、扉を閉めるときはどうすんだ。切り抜いてそのままじゃ隠し扉の意味がないんじゃねぇか」
「グレンなら大丈夫。扉を閉めるのには【縫製】を使えばいいんだからね」
「そりゃ、壁を縫えってのか?」
「そうだよ。まだ検証してないけど、スキルは基本的に魔力を使った技能なんだから単純に縫うのが上手くなるだけ、なんてことはないはずなんだ。おそらくだけど魔力でふたつの物体を縫い合わせるのが【縫製】スキルの本質なんじゃないかな」
 簡単に【縫製】スキルに関する推測を語りながらウエストポーチから1枚の植物紙を取り出す。それをグレンの前でビリビリと音を立ててふたつに裂いた。
「試しにこれをスキルで縫い合わせてくれないかな」
 困惑しながらもグレンはボクから破れた紙を受け取った。
「本当にそんなことが出来んのか」
「たぶんね。確証はないけどスキルってのは、個々の天職に与えられた固有魔術みたいなものだと思うんだ。本質さえ押さえていれば、魔術転用でいろいろと応用が効くはずなんだよ」
 実際にボクの盗賊スキルも自身で魔力操作することで様々な効果を発揮してるからね。
 ボクの説明を受けたグレンは、ごくりと喉を鳴らしてからスキルを発動させようと意識を集中させた。すると針を持つように形作られた無手のグレンの指先に歪な魔力の針が形成されていた。彼自身は魔力の針を生み出せていることには気付いてないらしく、ただ感覚的に生地を縫い合わせるときと同じような動作をする。その様子を目に魔力を集中させて注視していると、朧げながら彼が縫う動作を行った箇所には、視認するのも困難なほど希薄な魔力濃度の細い糸で縫い合わされていた。
 最後まで縫い上げたグレンの額には汗が浮かんでいた。それほどまでにスキルの発動に集中していたのだと目に見えてわかるほど、彼は疲弊していた。
「出来たのか、これ」
 そっと広げられた紙は、破れた箇所こそ多少残っていたが、1枚に繋がっていた。
「【縫製】スキルはちゃんと発動してたみたいだね」
「にしても下手くそな出来だよな。でもこれを完璧に出来りゃ、破れる前と見分けがつかなくなりそうだ」
「今はまだ魔力操作が不安定で放出してる魔力量も均一じゃないから仕方ないけど。慣れればどんなものでも違和感なく、縫い合わせられそうだね」
「それこそそこの隠し扉もな」
「そういうことだね」
「慣れないことをやるのは、なかなかにしんどいな。身体中の魔力を全部使い果たしちまったみてぇなだるさがあるわ。たった1枚の紙切れを縫い合わせただけだってのによ」
「無駄に垂れ流しちゃってた魔力もあったようだからね。スキルを使いこなせるようになれば、その倦怠感もなくなると思うよ」
「なにをやるにも基礎の魔力循環を会得しないことには、にっちもさっちもいかねぇな」
「基礎は大事だからね。魔力循環が滑らかに行えるようになれば、最大魔力量も底上げされるはずだから、やれることは増えるはずだよ」
「修行あるのみだな。やりたいことを成すために、今はなにをすりゃいいのか、きっちりわかってるってのは助かるな」
「目標が定まってないと道を見失っちゃうからね。明確な展望があるってのは大事だよ」
「道理だな」

 話が一区切りついたところで、ボクは扉予定の壁に目をやる。
「とりあえず今日は、ボクが扉を開けさせてもらうよ」
「頼む」
 グレンの返答を待ってから【奪取】で扉予定の壁を扉の形に盗み取り、縮小化して空気の立方体の中に封入すると【施錠】した。手の中に引き寄せ、縮小化された物品が収められた透明な立方体[アイテムキューブ]をグレンの目から隠すようにウエストポーチにしまう。これに関してはユニークスキルをどう使ってるかの説明が難しいから、今しばらくは秘匿かな。
「ヒイロがとんでもない実力者だってのは、今更だが。一体なにをどうしたらこんなことになるんだ」
「ボクからはスキルを使ったとしか言いようがないよ。どこか別の空間にでも格納されたとかなのかな」
 適当なことを言うとグレンは驚いたような顔をした。
「他人のスキルを詮索するのはマナー違反だってわかっちゃいるが、もしかしてヒイロのユニークスキルって【アイテムボックス】か」
 【アイテムボックス】って、滅多に所持者が現れないっていうユニークスキルだったかな。過去に数人しか所持者が確認されてないってパパも言ってたし、相当に珍しいのかも。数が少ないってことは、その実態もあまりわかってなさそうだし、スキルを偽るならそれを利用するのもありかもしれない。ボクのつくった[アイテムキューブ]なんて【アイテムボックス】と使用感は似たようなものだろうしね。
「それに関してはボクからはなにも答えられないよ」
 グレンの言葉を肯定も否定もしない。あくまでも彼が脳内で導き出した結論を利用するだけでいい。下手に肯定や否定をすれば、なにかと話に綻びが出たときに対処に困るからね。
「いや、いい、なにも言わなくていいぜ。事情はわかってっからさ。オレの曾祖父さんが【アイテムボックス】持ちだったんだが、ここにギルドを構えるまでにあちこちでトラブルに巻き込まれてたらしいからな。有用なスキルは、どんなに親しくとも他人には隠しておくもんだって、家訓にされてるくらいなんだ。だからよ、オレは絶対にヒイロのスキルを誰かに明かしたりなんてしねぇから安心してくれ」
 そう言って勢い込むグレンは、明後日の方向に使命感を燃やしていた。
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