天職はドロップ率300%の盗賊、錬金術師を騙る。

朱本来未

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074 盗賊さん、手合わせする。

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 アッシュは討伐した魔物を地面に投げ出し、ボクに笑顔を向けて来た。
「これで気兼ねなくやれるね」
「その魔物、調べなくていいの。洞窟がダンジョン化した原因なんかも気になるし」
「それなら心配ないよ。既に判明してるからね」
 即座の返答に思わず本音が口を突いて出る。
「嘘くさいよ」
「サクラにも聞いてみるといいよ」
 ちらりとサク姉に目を向けると、彼女はこくりと頷いた。
「そいつの言う通りよ。この洞窟を野盗が倉庫の代わりに使ってたのか、強奪品が奥にごろごろしてたから。しかも、その大半が上級ポーション類だったのよ。こんな悪環境でまともに保管なんて出来るわけないんだから、液中の魔素が変質や揮発したりしたのかもね。そのせいで洞窟内が魔素溜まりになっちゃったんじゃないかな」
 どうやら本当にアッシュは原因を特定済みだったらしい。その上でどう対処したのか気になったボクはアッシュに質問をした。
「その粗悪品の処理はどうされました」
「洞窟内で澱んでた魔素は粗方消費し尽くしたんじゃないかな。私の盾と剣としてね」
 アッシュが周囲の魔素を消費し続ける常時発動型の魔術である『ディバインソード』や『ディバインシールド』を使用していたからこその結果のようだった。それとも初めからそのつもりで洞窟に単独で突入したのかな。
「その魔物はどうするの」
 ボクはアッシュが持ち帰って来た魔物を指して、そう訊ねた。
「かなり多くの魔素を取り込んでたみたいだからね。こいつの血液を濃縮すれば魔結晶が生成出来るんじゃないかと思ってね。それに魔物の素材なんて滅多に手に入らないだろう。基本的にダンジョン内だと消滅しちゃうんだからさ。サクラも小型の魔物は回収したんじゃないか」
「まぁね。実体を持った魔物なんてなかなかお目にかかれるものじゃないしね」
「それならこれも収納しといてくれないか」
「別にいいけど、素材の何割か譲ってもらうよ」
「血液以外ならかまわないよ」
「交渉成立ね」
 そんなやり取りを経て、サク姉は人間大の魔物をどこか別の空間に収納していた。
「さ、これで気は済んだかな」
「そうだね。先延ばししても意味なんてないし、さっさと終わらせようか」
「かなりの自信だね」
「そういうわけじゃないよ。ただ天職を得てからボクにも出来ることが増えたからね」
「確かにヒイロが天職を得てから手合わせをするのは初だね。私も気を引き締めていくとしようか。サクラ、模擬剣を」
「はいはい」
 サク姉が気怠げに別空間から模擬剣を取り出そうとしていたので、ボクはそれに待ったをかけた。
「アッシュ、遠慮はいらないよ。魔術の剣の方が使い慣れてるんだろうし、わざわざ模擬剣を使わないでいいよ。魔術で創った剣の刃引きくらいは出来るよね?」
 ボクの言葉を受けたアッシュは、一層笑みを深くして目を細めた。
「言ってくれるね。ならご希望通りに魔術で相対させてもらうとするよ」
「ボクも天職のスキルを使うつもりだしね。アッシュの『聖騎士』が最も得意とする魔術を封じた上で闘わせたんじゃ、不満が残りそうだからね」
 そこからはもう言葉は要らないとばかりに、ボクとアッシュは洞窟前の広場で一定の距離を取って相対した。
 サク姉に目配せすると意図を察してくれたらしく、腕を真っ直ぐに上げ、数拍の間を取った。
 空気が張り詰め、緊張が高まったところでサク姉の号令が響く。
「始めっ」
 その号令と共にサク姉の空に向けて伸ばされていた腕が勢いよく振り下ろされた。
 直後、アッシュは右手に『ディバインソード』と左手に『ディバインシールド』で創造した光の武具を装備し、地面が爆ぜるほどの脚力で一足跳びに距離を詰めて来た。
 迎え撃つボクは、斜め前方に駆け出しながら初見殺しのスキルとしてアッシュの進路上に障害物を設置するように、空気と地面を一体になるよう円柱の柱として複数【施錠】した。
 対魔術戦闘に慣れたアッシュは、その正体はわからないながらも目前に出現した魔力の反応を的確に感じ取って、不可視の柱を縫うように避けて、減速することなく接近を続ける。想定通りの動きに感心しながら、ボクは球状に圧縮して【施錠】した空気でアッシュの足元を狙った。
 不可視の球は【施錠】時にそこ魔力の反応を感知することは可能だが、一度【施錠】してしまえば魔力の有無で判別するのは難しく、ボク以外が視認するのはほぼ不可能に近い。
 しかし、アッシュはボクの投擲動作からなにかが飛んで来ていることだけは察したらしく、ボクの正面から外れるようにステップした。
 直後に地面が陥没したことで、アッシュは自身の判断が正しかったのだと一瞥にて確認した。
 ボクは移動速度を維持したまま、次の投擲動作に入った。それを見て取ったアッシュは、足元を狙われたら盾で防ぐのは難しいと判断を下したのか、新たな魔術を行使した。
 新たに使用されたのは『バーニングタレット』の魔術で、魔力を供給し続ける限り『ファイアブリット』を連射可能な燃え盛る炎の砲台だった。その炎の砲台がふたつアッシュの両肩から一定の距離に留まって浮遊していた。
 アッシュはボクの投擲範囲に『ファイアブリット』の弾幕を張って、迎撃と牽制をしながら魔力供給量を増加させて拡大化した盾を真正面に構えて突撃を敢行した。
 迎え撃てば確実に力負けするのは目に見えている。それなら強引にでも脚を止めさせればいいと、ボクは地面の一部を【奪取】して足場を乱した。
 それを魔力の流れから察知していたアッシュは、一足早く跳躍に踏み切った。空中で起動を変化させるのは難しいとはいえ、アッシュは『バーニングタレット』による弾幕でボクの行動範囲を限定して来ていた。
 脚を止めざるを得なかったボクは、絶え間なく放たれる『ファイアブリット』が左右を掠めて着弾する後方に逃れることも許されない状況に陥らされていた。

 でも、それはボクにとってもチャンスではあった。

 光の大盾を正面に構えて高速で突撃落下してくるアッシュと接触する直前、ボクは圧縮した空気をナイフ型に【施錠】する。それと同時にアッシュの使用している4つの常時発動型の魔術全てを覆い尽くすようにして、周辺の魔素をまとめて【奪取】した。
 直後、魔素の消失によってアッシュの魔術は全て強制解除された。そのことに驚きを隠せないといった表情を見せたアッシュだったが、すぐに気を取り直して空中で姿勢を整えいた。
 着地後に格闘戦に持ち込むつもりのようだったけれど、ボクはそれに付き合う気は一切なかった。
 交錯時に放たれた風を切る拳を躱し、深く相手の内側に踏み込みながら右手に携えた不可視のナイフをアッシュの首元に添えた。
「残念ながら勝負有りのようだね」
 首元に刃引きされたナイフが添えられた感触を得ながらアッシュは、自身の負けを認めた。
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