踏ん張らずに生きよう

虎島沙風

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ごめん(㊂)

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 風哉がそう言うと、遥輝は海結の前で初めて無表情を崩して苦しそうに眉を寄せた。
「やっぱりお前にも気づかれてたんだな……。全然楽しんでねぇよ。俺がお前を虐めてたのは、あいつらに恩返しするためだ」
「お……恩返し?」
 風哉がきょとんした顔で聞き返すと遥輝は小さく頷いた。やがて何かを堪えるように目をぎゅっと瞑り、再び目を開くと「小三の時」とぼそぼそと話し始めた。
「あるクラスメイトが、『遥輝くんが教室でハサミを振り回してました!!』とみんなの前で担任の先生に報告した……。俺は全く身に覚えがなかったから慌てて席から立ち上がって『そんなことしてない!』と否定した。けど、『嘘吐くなよ! 俺は見たぞ!!』と言い切られて、『私も見た!』『俺も見た!』と発言するクラスメイトまで次々に現れた。
 そして先生が、『みんなはそう言ってるけどどうなんだ?』と俺が犯人に違いないと結論づけているような冷たい目を俺に向けてきた。俺を見るクラスメイトの視線も氷のように冷たかった」
 遥輝はそこで言葉を切った。何の話? という言葉を海結は言いかけて飲み込んだ。その前に風哉がこう耳打ちしてきたからだ。とりあえず最後まで遥輝の話を聴こう?
 ハハッ、と遥輝は疲れ切ったような表情で笑い、
「ああ、これが絶体絶命のピンチかって思ったよ」
 絞り出すような声でそう言うと再び話し始めた。
「俺が犯人だと認めれば全て丸く収まる。絶対やってねぇし、ハサミを振り回した真犯人が密かに喜ぶことは心底腹が立つけど、仕方ないと諦めた俺は認めることにした……。その時だった。ある男子生徒たちが『俺は遥輝が振り回すところ見てませーん!』『あっ俺も見てない!』と発言したのは」
 あっと大きな声を上げたのは風哉である。
「その男子たちってもしかして裕平と優護?」
 遥輝は「ああ」と迷いなく頷いた。
「その後、優護が『ねぇ本当に遥輝だったの?』って最初に発言した奴に質問した。そいつは『そう訊かれると自信なくなってきた……。違ったかも』と答えた。すると、みんながざわめいて『じゃあ一体誰が振り回してたんだよ~?』と犯人探しが始まる。そして……。犯人だとバレて名指しされるのが怖かったのか、真犯人が自ら名乗り出て無事に解決した。俺がハサミを振り回すのを見たって断言した奴らは全員、『見間違えたのかも』って苦笑いを浮かべただけで謝らなかったけど……。別にいい。見てないって声を揃えて発言してくれた優護と裕平のお陰で、犯人という汚名を着せられずに済んだし、これがきっかけで二人と友達になれたしな」
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