昼、侯爵令嬢 夜、暗殺者

とうもろこし

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17 聞けば良いじゃない! からの…

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 無事に学園入学を終えたガーベラであったが、そればかりを喜んではいられない。無事に入学できたといえど、死んでしまえば意味がないからだ。

 入学前より傭兵団の件を調べていたが、やはりヨルンと呼ばれる者の所在は掴めず。このまま待っていても仕方がないと判断したガーベラは次善の策に打って出る。

「よっ、ほっ、ふぅ」

 スラムに建ち並ぶ廃屋の屋根を飛ぶように移動する黒い影。ガーベラは戦闘衣装に身を包み、スラムの中を駆けていた。

 彼女が考えた次善の策とは「見つからないなら直接聞けば良いじゃない」作戦である。

 ダニーが得た情報によれば、ヨルンの部下と思われる傭兵達がスラムをうろついているらしい。部下を襲撃し、彼等の口から直接聞けば良い。なんとも簡単な話だ。

「この辺りに……」

 今、彼女がいる辺りはスラムで開催されている闇市の近くらしい。闇市といっても小規模のもので、スラム独自の販売価格で食糧を売っているようだ。

 ただの食糧を闇市で、しかも独自価格で購入する意味は? と疑問に思うかもしれないが、この闇市を利用しているのはスラムに隠れ住む犯罪者達だ。

 指名手配されている彼等は、騎士団が巡回警備する表の世界を無闇に歩けない。よって、スラムの中に作られた闇市で多少価格が高くとも買わねば食事もままならない。この話をダニーから聞いた時は、ガーベラも「なるほど」と唸ってしまった。

 リスクを冒して表に身を晒すよりも、金で解決すれば身の安全は高まるだろう。まさに犯罪者達をターゲットとして絞った、ニッチではあるものの一定の需要がある画期的な商売だ。

 闇市の詳細はさておき、ガーベラは闇市に繋がる道の途中、廃屋の上に身を屈めながら小道を観察し始めた。

 屋根の上にいる彼女に気付いていないのか、小道で着の身着のままの状態で眠る浮浪者は「うーん」と寝言を漏らすのが聞こえてくる。そのまま夜の闇に溶けながら待機していると――

「チッ。足元見やがって」

 小道に一人の男が現れた。男はボサボサの髪と無精髭を生やし、汚れて不衛生なシャツとズボン、それに革の胸当てを装着している。腰にはショートソードが差さっていて、紙袋を持ちながらブツブツと文句を垂れつつやって来た。

「情報通りですわね」

 胸当てには虎が口を開けて牙を見せているようなマークがあった。目視で確認すると彼女は屋根の上から男が道を通過するのを待つ。

「邪魔だッ! どけッ!」

「うぐっ!?」

 ガーベラが待機する丁度真下辺りの地面に寝ていた浮浪者を、ストレス発散と言わんばかりの態度で蹴飛ばす傭兵。脇腹を蹴られた浮浪者は低い唸り声を上げて、痛みに悶絶し始めた。

 その後もブツブツと文句を言い続けながら歩いていく傭兵。ガーベラが待機する位置を通り抜けたタイミングで、彼女は地上に降りる。

 フワッとドレスのスカートが舞い、トンと小さな着地音が鳴った。だが、彼女の足音は浮浪者のうめき声でかき消されたようだ。

 静かに男の背後を取ると、腰のナイフホルスターからナイフを抜いて……背後から間合いを詰めると男の首筋に刃をそっと当てる。首に冷たいナイフの刃が当たった瞬間、傭兵は驚きながらも歩みを止めた。

「動かないで下さいまし」

「だ、誰だ、お前……!」

 ガーベラは素早く腰に差さっていた剣を取り上げて道に捨てる。その瞬間、傭兵が抵抗しようと手を動かすが、ガーベラは首元に当てたナイフの刃を薄皮一枚分押し込んだ。

「ヨルンという名の男に会いたいのですが、居所を知っていまして?」

「黒の……? ああ、お前、闇ギルドを襲撃したヤツだな?」

 質問には答えず。その代わりとして出た言葉にガーベラはピクリと反応してしまう。男はそれを逃さず、くくくと笑い出した。

「馬鹿なヤツだぜ。闇ギルドに喧嘩売るとはな」

 別に喧嘩うんぬんは気にしないが、彼女が気になるのは「どうして闇ギルド襲撃」を知っているかだ。あの酒場にいた者は全て殺したし、闇ギルドの職員らしき者達も全て殺害したはずだ。

 ガーベラの姿を見た者は残っていないはずだが、どういう訳かこの男はガーベラを闇ギルド襲撃犯として認知している。

「どうして知っているんだってか? ははッ! 闇ギルドがあの程度で終わる存在だと思ってたのかよ?」

 首にナイフを押し付けられているにも拘らず、ペラペラと饒舌な傭兵。まるで闇ギルドそのものが自分の力と思っているような言い草だ。所詮は組織の後ろ盾を得ただけの小物のクセに。

 その態度にガーベラは思わずイラッとしてしまった。

「お喋りは結構。ヨルンの居所を教えなさい」

「ハッ。誰が喋るかよ! 俺達はな! 仲間を売らな――ギェェ、ガッ……!」

 再度の問いに対しても抵抗を見せた傭兵に、ガーベラの怒りは限界を迎えた。スパッとナイフを引いて、首を横一文字に切り裂く。

 傭兵は喉を掻き毟るように手を動かして、必死に生きようと抵抗するが無駄な足掻きだ。首から大量の血が滴り始めると、徐々に動きは鈍くなって膝から崩れ落ちる。

 死体に冷ややかな視線を向けた後、ナイフに付着した血を払いながら、彼女は自身が着る黒いドレスに目を向けた。

「ふむ。この位置から殺せば返り血は浴びませんわね」

 闇ギルドで戦闘した時とは違い、彼女のドレスは綺麗なままだ。

 どうして汚れを気にするのかと言えば、闇ギルド襲撃の後に大量の血を吸って汚れたドレスを手洗いするモナを目撃してしまったからだろう。

 額に汗を浮かべながらタライの水で必死に血の汚れを落としていたモナを見て、ガーベラは非常に申し訳なくなった。出来る事ならば使用人達に苦労を掛けたくないと、返り血を浴びぬ戦い方を模索した結果がこれだ。

 この暗殺者のような戦い方は魔法の本で学んではいたのだが、現代の固定概念――騎士のように正面から戦う――に囚われていたが故に、彼女の頭から抜け落ちていた。

 しかし、ドレスを汚さない戦い方の模索。それに次なる死の運命を見たからか、このままではいけないと考えたガーベラは「殺し屋」から「暗殺者」へと戦い方をシフト。

 本日初めての実戦であるが、最初の試みとしては十分な手応えを得られたようだ。

「ヒッ!」

 背後から悲鳴が聞こえ、振り返ってみれば先ほどの浮浪者がガーベラと男の死体に顔を行ったり来たりさせていた。

 ガーベラはゆっくりと浮浪者に近付いて行き、ジャック・オー・ランタンの顔を模した仮面を被った顔を近づける。

「シーッ」

 口に人差し指を当てながら「黙っててね」の意味を込めて。すると、浮浪者は何度も首を縦に振り続けた。そのリアクションに満足いった彼女は、再び廃屋の屋根に上がる。

「さて、どうしましょうか」

 たった今、イラッとした感情のままに殺害した死体を屋根の上から一瞥しつつ、ガーベラはしっかりと考える。

 あの男は死に際に「仲間は売らない」などとほざきかけた。完全に口から出る前にイラッとしたの殺害してしまったが、他の傭兵達も同じような事を口にしてヨルンの居所は吐かない可能性が高い。

「ああ、そうですわ!」

 数秒考えた後、ガーベラは妙案を思いついた。

 今日の作戦は「下っ端から直接聞く」だったが、それが不可能であるなら本人に直接姿を晒してもらうしかない。

 姿を見せてね、とメッセージを送るのだ。方法を思いついたガーベラは屋根を伝いながら移動を始める。

 次のポイントは傭兵団の部下達が寝泊まりに使っているという廃屋だ。

 こういった大所帯の犯罪者達は一塊になってスラムにいると、騎士団の大捜索が始まった時に一網打尽にされてしまう。よって、いくつか小さなアジトに分散させて潜伏させているらしい。

 というわけで、その一つである廃屋に近付くガーベラ。目的の廃屋手前まで屋根伝いに移動して、屋根の上からアジトを観察し始めた。

 廃屋の外で煙草を吸っている傭兵が一人。廃屋の中からは話し声が聞こえ、内容を聞くに喋っているのは二人のようだ。

「まずは外からですわね」

 これまでの正面突入戦法から暗殺戦法に切り替えたガーベラは、意識的に一対多数の戦闘を避ける行動を心がける。となれば、外で一人煙草を吸う傭兵を先に処理するのがベターだ。

 煙草を吸う男の位置は廃屋側面。ガーベラが潜む場所から真正面に位置していた。

 彼女は屋根の上でナイフを抜くと、男の側面に飛び降りる。勿論、真横に人が飛び降りてきたら嫌でも気付くだろう。

「あ――グッ!?」

 しかし、飛び降りた瞬間にナイフを男の喉元に突き刺した。声を殺すと同時に命までも刈り取る一石二鳥の早業。

 突き刺したナイフをグリッと捻りながら喉を引き裂き、地面に倒れた男を一旦放置。ボロボロの廃屋に開いた小さな穴から中を覗き見て、中にいる人数が二人であることを再度確認した。

 確認した後、廃屋の壁をドンドンと叩く。何度も叩くと中から「おい、どうしたんだ?」と外にいる仲間に向けた声が聞こえてきた。

 それを無視しつつ、ガーベラは続けて壁を叩く。すると、中の二人は顔を見合せて床に放り投げていた剣を持って入り口へ向かうのが見えた。

 見えた瞬間、彼女はすぐに廃屋の屋根へと登る。入り口を出た二人は剣を抜き、叩かれていた壁の方へゆっくりと歩き出し――

「お、おい!」

 死んでいる仲間の姿を発見すると、駆け足で寄ってきた。仲間の死体に注意が向いた瞬間、ガーベラは屋根から飛び降りる。降りた場所は二人の背後であり、最後尾にいた男の喉を背後から素早く切り裂く。

「グッギッ!?」

 断末魔が漏れ出ると、もう一人の男が後ろを振り向いた。だが、屋根にいた事に気付かなかった時点で詰んでいる。

 振り向いた男の目には、地面に崩れ落ちる仲間の姿と仮面で顔を隠した黒いドレスの女が映る。それらを目と脳が捉えた瞬間には、ガーベラが素早く一歩を踏み出して、すれ違い様に首をナイフで切り裂いた。

「ヒュッ」

 すれ違い様に首を斬られた男は擦り切れるような声を漏らし、じんわりと滲み出る血を両手で抑え始める。流れ出る血を止めようとするも、やがては体が痙攣し始めて死に至った。

「ふむ。やはり多数戦闘を避ける戦い方がよろしいですわね」

 やはり、闇ギルドで行った初めての戦闘は失敗だったと改めて反省する。夢で見た多数戦闘の果てにある体力的な問題を解決するのもあるが、スリル満点の多数戦闘は本人が好むにしてもリスクが高すぎる。

 場合によっては殺れる自身があったとしても、状況によっては余裕があるうちに「逃走」という選択肢を考慮するべきだとガーベラは認識を改めた。

 ――この日より、ガーベラは「暗殺者」としての道を歩み始めたと言っても良いだろう。

 何より、汚れない。

 以前は返り血塗れだったドレスが今日は全く汚れていない。これならモナに苦労を掛ける事もないのが一番の利点だ。

「さて、仕上げをしなければ」

 ガーベラは男の足を掴むと廃屋の中へと引き摺っていく。

 三人全員を引き摺るのは大変であるが、ヨルンという引き籠りのFuckin' Motherfuckerをご自慢のナニ部屋から引き摺り出すには仕方がない。

 首を引き裂かれた三人の男を壁に並べると、廃屋の壁をナイフで削って文字を書いていく。書いた文字は「次はお前の番だ」とホラーのようなメッセージだ。

 そう、彼女は作戦を変えた。

 直接聞けば良いじゃない作戦から置手紙ならぬ置き死体作戦へと。

 ヨルンの仲間を殺害し、挑発的なメッセージを残して、自ら姿を晒させようという作戦だ。

「ふぅ~。良い仕事をしましたわね」

 一仕事終えたガーベラは意気揚々と廃屋を出て行く。

 さて、これで相手はどう動くかな? と思案していると、彼女の背中にピリリと悪寒が走った。直感的に向けられた殺意を感じ取ると、彼女はその場で身を屈める。

 彼女の行動は正解だった。低くした頭上を通過したのは投げナイフ。避けたと同時に背後を振り返ると、そこにはローブで身を隠した人物が立っていた。 
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