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本編
26 束ねる淑女 1
しおりを挟む女帝。
この言葉を聞いてどんなイメージを思い浮べるだろうか。
「暑いですわよ。もっと強く扇ぎなさい」
「へい!」
「舐められるくらい綺麗に磨きなさい」
「へい!」
女帝。
色々な意味を持つ言葉ではあるものの、圧倒的な権力を持つ女性を指し示す言葉の意味として使われる事が多いのではなかろうか。
まさに今のリーズレットを表現するのにピッタリな言葉だ。
何者かの骨で作られた椅子に座り、横にはモヒカン男が巨大鳥の羽を扇にして。
足元には這いつくばるように身を小さくしたスキンヘッドの男が彼女のハイヒールを磨く。
「姉御、他にもあれば何なりとお申し付け下さい」
嘗てこの場所に君臨していたリーダーすらも土下座するように額を地面に擦りつけ、彼女の顔を見る事すら憚られる。
男達は屈辱を感じているだろうか?
否だ。
この程度の事で命が助かるのであれば安いもの。彼女の機嫌がよくなるのであれば幾らでもするだろう。
「私の言った場所は見つかりまして?」
「へい、今全力で探しております」
「遅いですわね。特徴を教えてから5分以上経っていますわよ」
「へい!! 申し訳ありません!!」
まだ5分。いや、もう5分か。
リーズレットがセーフハウスの特徴を男達に告げて、元首都内を捜索させてから5分経ったが未だ戻って来る者はいない。
サリィの淹れてくれたお茶を飲みながらもう5分経過したところで、ようやく男が一人戻って来た。
「姉御、教えて下さったマークが刻まれた扉を見つけました!」
肩で息をしながら戻って来たスキンヘッドの男がそう告げると、リーズレットは「よくやりましたわね」と労いの言葉を授ける。
「へい! ありがとうごぜえやす! ただ……」
「ただ?」
見つけはしたが、まだその先があった。
男が見つけ出した場所は地下である。地下の入り口は瓦礫の山の中に埋まっていたようだが……。
「扉は壊されていました。中も荒らされた痕跡がありやす」
男が言うには入り口の扉は無理矢理焼き切られた後があるとのこと。
「貴方達がやったのではなくて?」
スッと目を細めたリーズレットが傭兵団のリーダーを見た。
一瞬で恐怖したリーダーはぶんぶんと首を横に振る。
「ち、違います! 地下の入り口なんて探した事ありやせんでしたから!」
リーダーの様子から見て本当の事を言っているのだろう。
リーズレットは「まぁ、いいですわ」と言いながら椅子から腰を浮かせた。
「案内なさい」
「へい!!」
発見した男を先頭に現場へ向かうリーズレット達。
到着すると瓦礫の小山を掻き分けたような光景があった。恐らくこの瓦礫の山がセーフハウスの入り口を隠していた建物だったのだろう。
リーダーは部下の行動力に「よくこんな場所まで探したな」と思ったものの、リーズレットの顔をチラチラ見て様子を窺う姿を見て、死にたくないと思う一心でやったのだろうと納得してしまった。
「サリィ、ロビィ、行きますわよ」
リーズレットが先頭となって地下への階段を降りていく。長さにして3メートル程度だろうか。
降りた先には室内方向へ倒れた扉があった。男が言う通り、リーズレットが教えたアイアン・レディのエンブレムである淑女と2丁の銃がクロスしているマークが小さく刻まれている。
確かにここはセーフハウスで間違いないようだ。
「…………」
男の報告通り中は荒らされて酷い状態だった。
配置されていた機材は何一つ残されていない。朽ち果てて崩れ落ちた棚の中身すらも無く、アイアン・レディが使用していた武器や装備類なども無く。
『戦闘があったようですネ』
ロビィの言う通り、室内が荒れた原因は何者かとの戦闘だろう。
テーブルは何かで切断されたかのように真っ二つ、壁には焼け焦げた跡、床には血痕が広がっていたのか黒ずんだシミがあった。
そして、何より……部屋の奥に放置されている壊れたゴーレム。
ロビィと同型のゴーレムは腕が引き千切られ、足は切断されて無残な姿で床に転がっていた。
『ストレージカードが抜かれております』
胸の部分に備わっているデータ蓄積用のストレージカードがユニットごと引き抜かれているとロビィが告げる。
「という事は、こちらの情報は漏れていたのかしら?」
『こちらは銃器のメンテナンス用のゴーレムです。恐らく、奪われた情報は装備品に関する事項限定かと』
装備に関する事が漏れたのも見過ごせないが、他の拠点や構成員の個人情報等が漏れていないのは不幸中の幸いか。
ただ、個人情報に関しては『まだ』わからない状態だが。他の拠点でもデータを盗まれているとしたら、それが原因で組織壊滅に繋がった可能性も捨てきれない。
「フロウレンスの言っていた敵対組織の犯行かもしれませんわね」
そう断定できる理由としては荒れてはいるものの、これは最近の出来事じゃない。かなり時間が経っているだろう。
その事からリーズレットが死んだ直後、アイアン・レディが敵対組織と戦い始めた頃に行われた事であると推測した。
「どこの組織が……」
リーズレットは脳裏に当時活動していた組織を思い浮べる。
聖なる豚共の残党、リング聖王国を復活させようとしていたギャラクテックだろうか? だが、あそこは小規模でお世辞にもアイアン・レディと戦えるような組織じゃなかった。
他にも傭兵団や国の暗部組織は存在したものの、当時のアイアン・レディと対抗できる組織など思い浮かばない。
「魔女……?」
では、新しい組織か。最初に思いつくのはラインハルト王国を建国するにあたって登場する魔女の存在。
魔女とは、もしかしたら新しい組織を指すのかもしれない。リーズレットが死んでから誕生した組織となれば思い浮かばないのも頷けよう。
『まだ情報が足りませんネ』
「そうですわね」
大きな収穫は得られず、謎だけが深まった結果に終わってしまった。
だが、彼女は諦めない。リーズレットは別の街にあったセーフハウスの位置をロビィに表示させて、傭兵団の男達へと振り返って問う。
「この辺りにここと同じような場所があるはずです。何か知っておりまして?」
地図の上に赤い円が描かれ、この円の中にあるどこかであると告げた。
すると、リーダーの男が「あっ」と声を漏らす。
「ここの位置、俺達と同じように傭兵団が拠点にしている場所がありますぜ。そこも確か前時代の残骸が残された場所でさあ」
指し示した場所はここから北側で、ここから数キロ程度しか離れていないそうだ。
そこも彼等と同じく軍にマークされた凶悪な傭兵団が縄張り指定している場所らしい。
「そう。案内なさい」
「え? 俺達よりも規模が大きな傭兵団ですぜ?」
本当に行くんですか? と問うリーダー。該当の場所にいる傭兵団はお互いに「不干渉」を約束した団である。
自分達よりも所属人数が多く、魔法銃などの装備も充実した傭兵団だ。正直に言って不干渉の約束を結んでホッとしたような相手。そこに行こうと言うリーズレットに驚くが……。
「邪魔するのでしたら、何人か殺せばよろしくてよ」
リーズレットは相手を屈服させる方法は身を以て知っているでしょう? そう言わんばかりに笑いながら言い放つ。
「あ、そっスね……」
男達はぶるりと身震いしながら、これから向かう先にいる傭兵団に心の中で「ごめん」と呟くのであった。
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