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本編
30 時代は魔法少女
しおりを挟む「お姉様? 生憎ですけど、私に姉妹などいませんわよ」
魔法少女に銃口を向けるリーズレットがそう言うと、少女はニコリと笑う。
「知らないのも当然だね。だって、私達が生まれたのはお姉様が一度、死んでからだし」
リーズレットの肩がピクリと跳ねた。一度、死んでから? 目の前にいる少女は自分が転生した事を知っているのか、と。
「貴女、何者ですの?」
リーズレットは鋭い目つきでもう一度、少女に存在を問う。
「私はマギアクラフトの魔法少女・マキ。お姉様とは違って完璧な存在だよ。時代遅れの淑女なんて、もう流行らないからね!」
魔法少女――マキは向けていたスティックの先端から炎の渦を発生させた。
木の枝のような短いスティックから生まれたとは思えぬ炎の量。火炎放射器をぶっ放したような火力であった。
「チッ!」
横っ飛びで炎を避けると背後にあった棚に炎が直撃して燃え盛る。
勢いの強い炎は一瞬にして燃え広がり、倉庫の中は徐々に火の海になっていく。
「逃げろ! 外に出ろ!」
倉庫の中にいた傭兵達は炎に飲まれないよう外に飛び出そうとするが、
「はい、ダメ~!」
スティックの先端から炎を生み出しながら、まるで鞭のように炎を操って3人の傭兵達を囲った。
「あ"あ"ァッ!?」
炎で体を縛り上げられた傭兵達は一瞬で体が燃えて黒焦げになってしまう。触れれば最後、魔法少女が放つ炎の火力が凄まじい事を証明してみせた。
「あはは! 銃なんて時代遅れ! 魔法がサイキョーなんだよ!」
3人の傭兵を殺したマキは腕を振るって炎の鞭をリーズレットへと振り上げた。
それが見えた瞬間に地面を蹴って横っ飛びしてアイアン・レディを発砲するが、
「無駄無駄ッ! 無駄だよ、お姉様ッ! 魔法がサイキョーなんだって!」
アイアン・レディから放たれた弾は左手を前に出したマキの目の前で静止して床に落ちた。
叩きつけられた炎の鞭から火の子が飛んで、さらに倉庫内を燃やしていく。
もう既に倉庫の壁はゴウゴウと燃えていて、今にも崩れ落ちそうだ。入り口が開いているおかげで室内に煙が充満しないだけマシな状態だった。
「げほっげほっ!」
まだ倉庫内にいる傭兵やサリィが煙で咳き込むのが聞こえる。
目の前のファイヤービッチを殺すにも、ここから脱出しなければ話にならない。
だが、マキはリーズレット達を外に出す気は無いだろう。
(防御魔法は炎も防ぐのかしら? それとも別々に何らかの対策が……)
例えば火傷しないよう防御魔法な物があるとか、着ている服が特別製だったりとか。
銃弾を無力化する防御魔法も脅威であるが、燃え盛る炎に対して余裕の表情というのも気になる。
リーズレットは相手が何らかの対策をしているからこそ、燃え盛る倉庫内で自信満々に戦っているのだろうと推測した。
どちらにせよ、持久戦はこちらが圧倒的に不利。というより、もうヤバイ状況に片足を突っ込んでいる状態だ。
では、どうすれば良い? どうすればこの状況から脱出できる?
「押し通るしかないですわねェ!!」
手っ取り早い解決方法はパワーだ。リーズレットが誇る突破力で突き破るしかない。
防戦など淑女には不似合いだ。
淑女は常に前へ。
前へ進み続け、恋と結婚までの邪魔者をぶっ殺して理想の旦那様を得るのが淑女たる者。
故にリーズレットはマキに向かって駆け出した。
「あはは! お姉様ってば、婚期を逃し過ぎたせいで気が狂っちゃった?」
マキは自身に突撃して来るリーズレットを見て、炎の鞭を振り上げながら彼女を煽る。
「私はまだピチピチの18歳ですわよッ!!」
「嘘つき! 人生2周目なんだからババアじゃん!」
「ビィィィィィッチッ!!!」
このマジカルビッチは絶対に殺そう。リーズレットがそう決意するには十分な煽り文句だった。
両手のアイアン・レディを交互に撃ちながら駆ける。
弾はマキの目の前で静止するが気にしない。むしろ、それで良いとリーズレットは更に踏み込む。
振り下ろされた炎の鞭をステップで躱して、至近距離で撃ちながらマキの視線を釘付けにする。
「今ですわよ! 全員、外に出なさい! サリィ、ロビィのところにいって魔導車を! 野郎共は応援を連れて首都の入り口を確保なさい!」
マキの煽りによってブチギレてはいるものの、思考は冷静に。
「はいですぅ!」
「へい、姉御!!」
彼女の言葉を合図に傭兵達とサリィが外に向かう。
「逃がさないんだから――!」
マキが外へ向かう者達へ炎の鞭を振るおうとするも、回り込んだリーズレットによって邪魔される。
銃弾を防御した事で傭兵達とサリィは無事に脱出する事が出来た。
「経験不足ですわね!! マジカルビッチッ!!」
「くっ、この!」
リーズレット越しに逃げて行くサリィ達を見て奥歯を噛み締めるマキ。
その一瞬の隙すらも逃さないリーズレットは、正面に銃弾を撃ち込みながら素早く相手の側面に潜り込んだ。
防御魔法を使う相手と初めて戦った相手はリング聖王国の聖女。だが、それ以降も銃弾を無効化する『防御魔法』との戦いは何度もあった。
リーズレットが前世で生きていた頃は、異世界技術によって作られた『銃器』という遠距離武器が急速に普及・発展していく成長期から全盛期の期間だったと言えよう。
となれば、当然ながら対策が講じられる。その1つとして各国が着目したのが聖女が使用していた『防御魔法』である。
魔法の解析と再現、類似魔法の開発が行われていくとアイアン・レディが各国に武力介入する際は必ずと言っていい程に登場する銃器に対しての『対策手段』だったのだ。
この対策手段。聖女と同等の物、もしくは類似魔法に共通する弱点は発動のトリガーとなる術者の意識。
銃器に対する脅威、対策されて来た中で戦っていたリーズレットは当然ながらその弱点を知っている。
「このッ!」
側面に潜り込んだリーズレットを顔で追うマキ。彼女の眼前に影が飛び出した。
咄嗟に防御魔法でそれを弾く。弾いた物の正体はリーズレットがリリースした空マガジン。
マガジンを弾く、という意識に集中したマキは一瞬だけリーズレットを見失った。
「ハッ! 頂きましたわよ!」
その隙にマキの背後に回り込み、リーズレットはリロードを終えたアイアン・レディを構える。
「なッ!?」
背後に回り込まれた事に気付いたマキは驚愕の声を上げた。
人間の反応速度には限界がある。常識的に考えれば、今からマキが体勢を変えて至近距離から放たれた銃弾を防ぐ事は不可能だろう。
チェックメイト。
アイアン・レディの銃口から飛び出した弾はマキの背中から心臓を――
「なぁんちゃってぇ」
貫かず、背中に触れる事もなく床に落ちた。
「なんですって!?」
「昔と同じく、意識外からなら撃ち抜けると思った?」
今度はリーズレットが驚愕する番であった。
マキはクスクスと笑い声を漏らしながら、背後にいるリーズレットへ向けて鞭を横薙ぎに振るう。
咄嗟に鞭を躱したリーズレットは床をゴロゴロと転がり、ドレスと頬を散らばった灰と煤で黒く汚した。
「ばぁか! だから時代遅れだって言ったんだよぉ? 全身防御魔法なんてもう常識だしぃ~! もう銃なんて魔法には敵わないんだからぁ~!」
華麗なる淑女には似合わぬ装飾を見たマキは胸のペンダントを指差して「ざまぁみろ」と言わんばかりに言い放った。
「魔導具……」
「せいか~い!」
彼女が指出すペンダントが全身に防御魔法を施す魔導具であり、自ら生み出す炎に対しての対策……というリーズレットの推測は当たったようだ。
このビッチを殺す手段は無いのか。淑女に成す術無しか。
「ふふ。時代遅れのお姉様にしては頑張った方じゃない? でも、残念でした。時代は魔法少女なんだよね。淑女なんて古い存在はもう終わり。ここで死んじゃおう?」
マキの言う通り、淑女は魔法少女という新しいカテゴリに負けてしまうのか。
また彼女は理想の旦那様を得る事無く、死んでしまうのか。
「ふふ。流石は防御魔法などという温い魔法に縋るおフェラ豚。安全圏にいると過信している輩はどいつもこいつもよく喋りますわね」
否だ。
淑女は例え灰で汚れようとも、泥に塗れようとも、諦めない。
銃が時代遅れ? 時代の流行は魔法?
だからどうした。何事にも突破する方法は確かに存在するはずだ。それが魔導具であるならば――
「私はァ!」
リーズレットはアイアン・レディを片方だけ持ち、燃え盛る倉庫の中で魔法少女に向かって駆け出した。
倉庫の屋根が焼け落ちて来るのを視界の端に捉えた彼女はスライディングしながら銃を撃つ。
「ぶっ殺したい相手を、ぶっ殺したい武器で、ぶっ殺すだけですわよォォォッ!!」
防御魔法で無力化される。構わない。
立ち上がって、再び前進。
「は、はぁ!?」
心折れずに向かって来るリーズレットを見て、マキは恐怖した。
どんな距離、角度からも銃弾を無効化される状況でありながら相手の間合いに突っ込んで来る淑女に。
それはマキにとっては正気の沙汰じゃない。普通ならば逃げるのがベターだ。彼女はそう教育されたのだから、同じ状況に陥ればその選択肢を選ぶ。
だが、リーズレットは前に進んだ。相手を絶対に殺す。その意思を爆発させて。
狂人。狂気。死をも恐れぬ選択肢。
マキは確かに恐怖したのだ。
リーズレットという、時代遅れと口にした『淑女』に対して。
「こ、このッ!」
マキが炎の鞭を縦に振るう。
サイドステップで躱し、勢いを殺さずダンスのターンをするかのように回転しながら銃を撃つ。
放った銃弾を追うようにまた前進。
「えっ!?」
弾を防いだマキに肉薄したリーズレットは、彼女の顔面に向かって銃を向ける。
リーズレットの向ける銃口とマキとの間にあるのは透明な壁だけ。距離にして5センチもない。
その距離でリーズレットは銃を弾切れになるまで連射した。
「おーっほっほっほっ! ほらほらァ! 魔法で防御なさい! じゃなければ顔面がミンチになりますわよォ!!」
ドンドンドンドン、と連続で鳴り続ける発砲音。
弾は防御魔法に防がれて当たらない。事実、マキは無傷だ。
「ファック! ファック! ファックですわよォォォォッ!!」
しかし、耳元で鳴る音と目の前にある淑女の華が咲き誇るかのような笑顔。
何でこの状況で笑えるのか。マキは恐怖を覚えながら理解が出来ない。
これが組織によって正常な教育を施された流行の最先端である魔法少女と、嘗てはヤクをキめまくってイカれたジャンヌダルクとも称された淑女との違い。
「は、離れろッ!」
マキはスティックを持った華奢な腕を伸ばしてリーズレットの顔面に向けるが、精神的に追い詰められた彼女の行動には恐怖の影が見えた。
恐怖支配を得意とする淑女は、マジカルビッチが犯したミスを見過ごさない。
マキが伸ばした腕にリーズレットの長い髪が触れたのだ。触れたのを見た瞬間、やっぱりと内心で思った。
恐らく防御魔法は銃弾などの術者へ危害を加える物に対してだけ反応するのだろう。もしも、敵対者を丸ごと全てを拒むのであればリーズレットの髪も弾かれるはず。
この推測が正解か、否か。リーズレットは空いている手を伸ばす。
「捕まえましたわァ」
正解だ。淑女は賭けに勝った。
これで御魔法用魔導具の性能がほぼ推測出来た。
リーズレットは敢えて空けておいた左腕で伸ばしてきたマキの腕を掴む。爪が肉に食い込むほど握り締めると、マキの着ていた白ブラウスに小さな赤いシミが出来た。
アイアン・レディをホルスターに仕舞い、代わりに取り出したのは先のセーフハウスで回収したファイアクラスターマイン。
リーズレットは起動ボタンを押して床に落とす。
「いたっ! ぐっ!?」
マキは防御魔法の要であるペンダントを奪われまいと抵抗する。
片方の腕を伸ばし、奪われる前に接触魔法の人体発火を行おうとするがリーズレットに腕を払われた。
まずい、とマキの顔が青ざめる。
だが、リーズレットはまだ防御魔法を発動させる為の魔導具を奪うつもりはなかった。
マキの足を払い、掴んでいた腕を捻り上げて床に叩きつける。
リーズレットの方が体術のスキルは上手。経験値の差が出た結果だが、当然だ。彼女は人生2周目なのだから。
マキはファイアクラスターマインの上に腹を叩きつけられる。
床、マイン、マキのサンドイッチが完成すると、リーズレットは腕を捻り上げたまま彼女の背中に足を乗せて逃げられないようにした。
「離せええええッ!」
じたばたと暴れるマキを見下ろしながらリーズレットは微笑む。
「お得意の炎に貴女は本当に耐えられるのかしら? 防御魔法は高火力の爆薬も防ぐのかしら? 私、自分で見たものしか信じないタチでしてよ? ですから、実験致しましょう?」
次の瞬間、マキの腹の下にあったファイアクラスターマインが起動して、爆炎と共に倉庫が吹き飛ぶのであった。
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