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本編
46 豚好みの高級餌
しおりを挟む朝食を食べ終えたリーズレットは執務室へ向かおうとするガーベラを捕まえた。
「昨日言った事、覚えていますわね?」
「は、はい。出かけるって話ですよね?」
至近距離でリーズレットの笑顔を見たガーベラの心臓がどきりと跳ねる。
「ええ。さっそく行きますわよ」
リーズレットはそう言いながら、胸元に手を突っ込んで小さな物体を取り出すと自分の耳に差し込んだ。
ガーベラの手を掴むとリーズレットはまず自室へ向かう。サリィが用意してくれたお茶をガーベラと楽しんでから再び部屋を出る。
「あの、どちらに?」
「城の外に行きますのよ」
と、答えたもののガーベラは首を傾げた。
玄関に向かうのならばリーズレットの自室から左側にある階段を降りた方が早い。しかし、彼女はわざわざ右側の階段を使った。
リーズレットの自室がある3階から2階まで降りた時、とある人物が階段を登って来るのが見えた。
「おや? リーズレット様に……陛下?」
降りて来るリーズレット達に気付いたのはヨハン伯爵だった。彼は城の2階にある軍部へ出勤する途中だったのだろう。
「あら、おはようございます」
「おはようございます、ヨハン伯爵」
2人はヨハンに挨拶すると、彼は2人揃ってどちらに? と問うた。
「今日は首都の外へ参りますのよ」
「首都の外へ……?」
「ええ。南に撤退したという部隊の慰問へ。怪我人も多く残されていると聞きましてよ。ガーベラが直々に慰問すれば士気も上がるでしょう?」
「「 ええ!? 」」
リーズレットがそう言うとヨハンとガーベラは揃って驚きの表情を浮かべた。
「首都の外ですか!?」
「ええ。そうですわよ」
「聞いてませんよ!?」
「言ってませんもの」
慌てたガーベラが矢継ぎ早に問うがリーズレットは涼しい顔をして淡々と答えた。
そのやり取りを見ていたヨハンは難しい顔をしながら、
「慰問は素晴らしい考えだと思いますが、護衛は用意しているのですか? 軍部にそのような予定は届いておりませんが」
たった今初めて聞いた事だと漏らす。
「言っていませんわよ。昨日の夜に思いつきましたのよ。そろそろ私も仕事をしないといけないと思いましてよ?」
昨日思いついた事だから何も用意はしていない。
ただ行けば良い。
戦争中、しかも敵国がある南へ向かうが、目的地はあくまでもリリィガーデン王国の領土内。例え戦場であっても安全な場所だから護衛もいらないだろう、と。
リーズレットは無茶苦茶な理論を口にしながら「大丈夫」と言って笑顔を浮かべた。
「そ、そうですか……」
ヨハン伯爵は戸惑いながらも頷いた。十分にお気をつけて、と見送りの言葉を口にした彼に対し、リーズレットは「あら」と声を漏らす。
「ネクタイが曲がっておりましてよ」
「え?」
リーズレットは彼が反応する前にネクタイへ両手を伸ばす。少し下側を引っ張って首元を弄り、ネクタイを整えるとヨハンに美しい笑顔を向けた。
「これでよろしくてよ」
「ど、どうも。失礼しました」
あまりにも美しい笑顔に年甲斐もなく顔を赤らめてしまったヨハンは照れ隠しに頭を下げた。
「さぁ、参りましょう」
「ええ!? 本当に!?」
「ええ。本当にですわよ」
未だ冗談だと思っていたガーベラの背中を押して、階段を降りるよう促すリーズレット。
ヨハンは2人の背中を見送りながら――
「これはチャンスか?」
と、小さく呟いた。
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王城の車庫からキャンピングカーを持ち出し、戸惑い続けるガーベラを半ば拉致のような形で連れ出したリーズレットは南を目指した。
目的地となる南の最前線、リリィガーデン王国の基地は魔導車で2日の距離だ。
さすがにリーズレットといえど、国のトップである自分を連れて本当に最前線まで行かないだろう。
これは冗談で、精々道半ばにある地方の街までだろうと現実を否定し続けたガーベラであったが。
「本当に車中泊……」
ガチのマジで南の最前線を目指しているリーズレットは夜になるとようやく車を停めた。リリィガーデン王国領土内の街道で車中泊をすると宣言したのだ。
「今頃、城では大騒ぎになってそう……」
ガーベラは自分が帰らない事から城の中では大騒ぎになっているんじゃないかと予想していた。
特に専属侍女であるクレアが慌てていそうだ。コスモスあたりに相談して何かしらのアクションを起こすんじゃないかと脳裏に過る。
その時、コンコンと窓がノックされた。ガーベラが振り向くと、そこには――
「ヒッ!?」
頬をべっとりと赤い血で染めたリーズレットが笑顔で立っていたのだ。
彼女はニコリと笑いながらドアを開けると、
「さぁ、ガーベラ。夕食ができましてよ」
怯えるガーベラを外へと誘う。
外へ出ると焚火で肉を焼くサリィの姿があった。彼女の背後には肉の塊となったイノシシらしき動物の死骸が置かれていて、焼いている肉の正体が判明する。
「どうぞですぅ」
「あ、ありがとうございます」
木の串に刺さった肉をリーズレットとガーベラに渡すサリィ。肉を受け取ったリーズレットは容赦なく噛み付いて美味しそうに口を動かした。
「やっぱりこれですわね」
「美味しいですぅ」
リーズレット共に肉を頬張るサリィを見て、串焼き肉に喰らい付くという初めての体験をチャレンジするガーベラ。
「……美味しい」
「ふふ。でしょう。明日はもっと大変になりますわよ。今日はいっぱい食べて明日に備えなさい?」
「え?」
「んふふ」
ガーベラが聞き返すも笑って誤魔化すリーズレット。
食事を終えた彼女をキャンピングカーの後部座席にあるベッドで寝るよう指示を出す。
ガーベラが寝静まった頃、リーズレットは外に出て空を見上げた。
「どうかしら?」
『レディの予想通り豚が餌に釣られました。お見事です』
声の主はロビィと違って、女性の声。あの地下施設に存在するリトル・レディの声であった。
「んふふ。まさか、本当に1本釣りできるとは思いませんでしたわ。ラッキーですわね」
リーズレットは楽しそうに笑い、空に向かって手を振った。
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夜が明けて翌日。
リーズレット達の乗ったキャンピングカーは昼前に最前線の基地へ到着。
まさか首都にいる女王陛下が最前線に来るなど前代未聞……というよりも、危険すぎる行為だ。
現場の指揮官はキャリアを積んだ熟練の軍人であったが、それでも驚きを隠せない。
しかもガーベラを連れて来たのが伝説の淑女であると言われれば驚きは更にドン。もうどうすりゃいいんだと頭を抱えてしまいたくなるほどだ。
「さて、そろそろでしょう」
一方、リーズレットは我関せずと何かを待っている様子。
その直後に基地には警報が鳴り響いた。
「中佐ッ! 敵が来ました!」
指揮官にとっては最悪のタイミングだろう。
基地にいる兵士のほとんどは負傷兵。後方支援を待っていたら、やって来たのは女王陛下である。
ここでガーベラが捕まりでもすれば、リリィガーデン王国は完全に終わってしまう。
「敵の数は!?」
「マードック伯爵の主力大隊です!」
「なにィ!?」
遂に基地を堕としに来たのか。やって来たのは千を超える大部隊。
南の小国――グリア共和国はこれまで2ヵ国をバックアップするような動きを見せ続けていたが、ここへ来て攻勢の意思を見せたのだ。
グリア共和国の中でもリリィガーデン王国と隣接する土地――元リリィガーデン王国領を切り取ってグリア共和国領として新たに居を構えたマードックという男が指揮する兵団の主力部隊が本腰を入れて来たようだ。
「まさか……」
指揮官はハッと気付いた。
ここに女王陛下がいる事を敵が知っているのではないか、と。
情報部隊のサイモンからはネズミがいる可能性が高く、そのせいで作戦が失敗したと内密に伝えられている。
自軍にいるネズミにガーベラがここへ来る事を知られたのかもしれない。
誰の仕業だ、と内心でネズミへ憎しみを向けつつも、ここまでガーベラを連れてきたリーズレットにも「なんて事を」と舌打ちしそうになった。
「さて、やりましょう。ああ、貴方達は手出し無用ですわよ。基地を守っておきなさい」
しかし、そんな目線を向けられる本人は気にもしない。
「え?」
防衛している間にガーベラを逃がさなければ、と考えていた指揮官はリーズレットの言葉に疑問符を浮かべた。
「ふふ。貴方達、内部を見えない豚に食い荒らされているのでしょう?」
作戦が失敗している件を口にして、リーズレットは内部に情報を流している不埒者がいる事を指摘する。
「なぜ、それを?」
当然、その可能性がある事をサイモンから聞かされていたガーベラはリーズレットに問う。
「イージーですわね。過去を遡れば軍が敗走するタイミングが全て良すぎましてよ。大規模な作戦、奇襲作戦……全て失敗しているのでしょう?」
ここ1年間、リリィガーデン王国が行動を起こそうとすると事前情報がズレていたり、別の国の部隊がタイミングよく増援に現れたりと不利状況になる事が頻発していた。
最初は敵が持つ兵器、もしくは高度な魔法技術によって引き起こされているのかもしれないと予想していたが、最近になって目立っていたのは事前情報との不一致だ。
一部小規模作戦は成功しているものがあるものの、リリィガーデン王国が大きく反撃しようとする度に邪魔が入る。
決定的だったのは先日の輸送ルートを潰す件。こちらの編成状況や数など、明らかな情報漏れが発覚したのがこのタイミングだった。
「3年前から食い荒らされていたようですが、貴方達が気付いたのは最近なのでしょう?」
領土を徐々に奪われながら、それでも3年間耐え続けたのは偏にリリィガーデン軍が優秀だったからという事に尽きる。さすがはアイアン・レディの元仲間達が基礎部分を施した軍隊と言うべきか。
リーズレットがアイアン・レディによる基礎構築を誇らしく思っている一方、意外な言葉に驚いているのはガーベラだった。
「3年前、ですか?」
「ええ。豚は3年前から潜んでいましてよ。いえ、動きだしたのが3年前。もっと前から潜んで指示を待っていたのでしょう」
リリィガーデン王国がスパイの存在に気付き、遡って調べたら1年前から動きだしたのではと予想していたのだが、リーズレットはもっと前からだと言った。
彼女の意見が正しければ開戦直後……いや、開戦前から工作されていた事になる。
「どうやって調べたのですか?」
リーズレットはリリィガーデン王国に到着してから軍には関わっていない。軍の記録も読んでいなかっただろう。
ガーベラはいつから気付いていたのか、と問うとリーズレットは悪戯好きの少女のように笑った。
「酒の席で軍人から聞きましてよ。現場の兵士が抱える噂は馬鹿にできませんわ。特に負傷した帰還兵は実体験を語りますもの」
彼女は最近よく酒場で軍人と飲んでいたのは軍の内情を内にいるあらゆる末端兵から聞き出していたようだ。
理由は簡単。内部に豚が潜んでいるとなれば、なるべく上にいるはずだ。敵も全てを見渡せる人材を狙うのがベターである。
見えない豚に悟られぬよう、男好きな女を演じながら軍の内情を酒の肴程度に少しずつ聞き出し、野心家な貴族からはリリィガーデン王国に巣食うパワーバランスなどの闇を聞く。
噂話、今までの戦果、敗走の際に起きた事、実際に現場にいた兵士が帰還するまでの苦難。
全てを合せると違和感として浮き上がってきたのは3年前と少し前。開戦する前にあった出来事――国のトップたる女王の死から全てが始まった。
女王の死について、リーズレットの胸の中にはほぼ確信できる事があった。しかし、この件についてはまだガーベラと中佐には明かさない。
これはもっと、決定的な証拠を得てから明かすべきだ。
「ここ2ヵ月の仕込みで網と豚の目星はつけましてよ?」
彼女は馬鹿な女と囁かれながらも、期待ハズレだったと思われようとも、演じながら準備を整えた。
その仕上げが『コレ』だと言う。
「じゃあ、私をここへ連れて来たのは……」
「ええ。臆病な豚を釣るには特別高級品な餌に限りますわね」
ガーベラをここに連れて来た理由は彼女を餌にしたからだ、と笑いながら告げる。
敵といえど疲弊と犠牲を伴う戦争を長引かせたくはないだろう。予想以上に踏ん張るリリィガーデン王国の女王が最前線基地に慰問に現れれば、強襲したくもなる。
特にいつかバレるかもしれないと長き戦争期間中常に怯える内部の豚は、特別上等な高級餌をチラつかせれば臆病さと焦りから今回の件をチャンスと錯覚して愚かな行動を自ら見せるだろうと予想しての事。
リーズレットの予想はピタリとハマったようで、臆病な豚は自ら愚かな醜態を晒してくれたようだ。
「今日、慰問に行くと告げたのは1人しかおりませんわよ? つまり、貴女がここにいると知るのは――」
ガーベラの侍女や護衛兵、軍人、コスモスとブライアンにすら告げていない。
慰問に行くと目的地を告げたのはたった1人。その人物の名と顔を思い出したガーベラは目を見開いた。
「んふふ」
ガーベラが豚の正体を知った事でリーズレットは嬉しそうに笑った。
「しかし、敵はどうするのです!?」
スパイの正体がわかったところで、現状を打破する策にはなり得ない。
指揮官は迫る敵大隊をどうするのか、とリーズレットに叫んだ。
「こうしますのよ。ロビィ、やりなさい」
問われた本人は髪をかきあげながら、涼し気に指示を出すと――
『ウィ、レディ』
リリィガーデン王国軍南部・前線基地の上空に浮かんでいた雲を突き破って黒いヘリコプターが出現。
無音で飛ぶ黒きヘリコプター。アイアン・レディ製のステルスヘリ『ナイト・ホーク』は備え付けられた8連装ロケットランチャーを敵の大隊へと向ける。
『掃討開始します』
シュパパパ、と放たれたロケットランチャーがグリア共和国軍の豚共が乗る魔導車隊をクソへと変えていく。
ロケットランチャーが撃ち終わり、再装填中には2門の機銃が起動してロビィによる掃射を遂行。
激しい銃声と共に地上の豚共を穴だらけにしながら断末魔を強制的に上げさせた。
「「 ………… 」」
指揮官とガーベラは窓から見える地獄を見て口をポカンと開けたまま何も言えなかった。
「ほぉら。簡単でしょう? 豚共の悲鳴が心地良いですわねェ?」
指示を出していたリーズレットはサリィにお茶の用意を頼み、指令室にあったテーブルで優雅なティータイムを開始する。
リーズレットが好きな茶葉で淹れた紅茶の匂いを堪能しつつ、
「ん~。たまりませんわね。やっぱり豚共が地獄に堕ちる鳴き声を聞きながら飲むお茶は最高ですわ」
基地の中にまで聞こえる爆発音とグリア兵が絶望に墜ちていく悲鳴を楽しみながら爽やかな紅茶の味を楽しんだ。
「お嬢様、私もあれに乗りたいですぅ! すっごく楽しそうですぅ!」
「ええ。あとで乗せてあげますわよ。好きなだけ楽しみなさい?」
「はいですぅ!」
やったー! と喜ぶサリィを微笑ましく見守るリーズレット。
そんな2人を見ながら未だ開いた口が塞がらない指揮官とガーベラであった。
応援ありがとうございます!
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