婚約破棄されたので全員殺しますわよ ~素敵な結婚を夢見る最強の淑女、2度目の人生~

とうもろこし

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本編

54 街へ向かう途中の出会い

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「物語の通りか……」

 ほぼ制圧が完了した基地の上空を旋回するヘリの中でスコープ越しにリーズレットを見るマチルダは小さく呟いた。

 北部戦線で敵を食い止める日々を過ごし、先が見えぬ暗闇の中に届いた一通の報告書。

『伝説の淑女が首都に帰還』

 そう記載された報告書を読んだ当初のマチルダは期待と疑惑が半々といった気持ちを抱いていた。

 本当に物語に登場する伝説の淑女なのか? 伝説を騙った悪女なのではないか?

 本物ならばこの終わらぬ戦争に終止符を打ってくれるかもしれない。本物ならば故郷を取り戻せるかもしれない。

 期待と疑惑が入り混じる日々を過ごし、ようやく出会う事となった本人は確かに『本物』であった。

 自分とはまるで違う。

 気高く、優雅で、気品に溢れて。それでいて敵には容赦のない鉄槌を下す。

 味方は背中を押されるように鼓舞されて。敵は恐怖し、恐れ慄く。

 しかしながら、敵も味方も彼女から目を離せない。目を奪われてしまう。

 淑女レディ

 淑女でありながら、世の悪と謳われた存在。

「ああ、なんて……。美しい」

 敵の額に銃口を押し当て、トリガーを引く姿でさえ美が溢れる。

 マチルダが目指していた『強い女性』という概念の結晶たる存在が、まさに目の前にいるのだ。

 開戦から3年間。マチルダにとって辛い日々であった。

 開戦と同時にラディア軍が街に攻め入り、抵抗を続けた家の者達は戦場で散った。

 遂に領主邸の目の前までやって来たラディア軍が屋敷へ攻撃し、屋敷は爆発。

 マチルダは奇跡的に助かったものの、最愛の息子は屋敷と共に燃えて死んだ。

 僅かな生き残り達と森へ逃げ、リリィガーデン軍に救助されて……。

 死んだ家族達の顔を思い出しながら涙が枯れるまで泣いた。

 復讐を誓った日は忘れない。忘れられるものか。いつか必ず、1人残らず殺してやると誓った日を。

「あの方と一緒ならば……」

 必ず復讐を遂げられる。そう思わずにはいられなかった。


-----
 

「着陸しますぅ」

「ええ。わかりました」

 制圧が終わると合図を受けたサリィはヘリを基地の中に着陸させた。

「マム。お疲れ様でした」

「肩慣らしには丁度良かったでしょう?」

 ヘリを降りたマチルダはリーズレットへ駆け寄って声を掛けるが、当人はあれだけ動き回っていたにも拘らず汗1つかいていない。

 同じく地上で戦っていたコスモスが汗だくで肩で息をしているのを見て、彼女の方が異常なのかと思えてしまうほど。

 基地を1つ落とす事を肩慣らしだと言っているのは紛れもなく本心なのだろう、と内心でまた1つ驚愕した。

「この後は如何しますか? ここを使えるようにしながら首都からの援軍を待ちますか?」

 マチルダは地面に転がる大量の死体に目を向けた後に次を問う。

「いいえ。ここは爆破してすぐに先の街へ向かいます」

 リーズレットはリリィガーデン王国首都から派兵される予定の援軍部隊は待たず、すぐに街へと攻め入ると告げた。

 魔導兵器の破壊による爆発で基地が何かしらの強襲を受けたのは敵も気付いているだろう。

 ならば相手の援軍が街に到着する前に街を堕とす。

 手早く堕とし、街を掌握してからじっくり防衛すれば良い。

 その後、援軍が到着したらラディア王国本領へ進軍開始……と今後の展望を語った。

 リーズレットが参戦しているものの、北部戦線で生き残った人数は少ない。

 少数精鋭と言えば聞こえは良いが、数の差は圧倒的である。

「街は貴女達の手で取り返す。これは決定事項ですわよ」

 しかし、リーズレットは異を唱えさせない。

「言ったでしょう。今回は肩慣らし。本物の地獄を用意して差し上げると。貴女達の手で豚共を地獄に叩き落しなさい」

 故郷に巣食うラディア人を排除するのは、奪われた張本人であるマチルダ達の仕事。いや、使命であると。

「容赦無く、完膚無きまでに、1匹残らず殺しなさい」

 首都からの援軍を待たずに街へ向かい、取り返すのは他人に邪魔させないようにだとリーズレットは言った。

「フフフ」

 そう言われ、マチルダ達は笑った。

 何て嬉しい事を言ってくれるのだ、と。

 伝説の淑女が戦場をお膳立てしてやると、憎き相手を殺してみせろと言ったのだ。

「感謝します。期待に応えてみせましょう」

「へへ。当然でさぁ。死んでも喰らい付いてみせますぜ」

 3年間も生き延びた狩人達は獰猛な笑みを浮かべた。


-----


 基地を爆破するとリーズレット達はすぐに北へ向けて進軍を開始した。

 ヘリを操縦するサリィと彼女の補助をするロビィを先に行かせ、街の様子を空から偵察させながら。

『街には敵兵多数。入り口は固められています』

「了解ですわ。あと1時間程度で到着します。監視を続けなさい」

 ロビィからの通信を受け取りながら、森の先にあった山岳地帯を敵基地で鹵獲した魔導車を使って進む。

 街まで残り数キロ。山と貴重な森林資源が残る土地を進むとマチルダ達の故郷が小さく目視できる距離まで到達した。

「街にリリィガーデン王国の国民が残っていると思いまして?」

「どうでしょうか……。当時の私達は逃げ出せましたが、逃げ遅れた者達がどうなったかは……」

 マチルダ達は長く街の情報など手にする事など無かった。たった今、小さく目視できた街に感動を覚えてしまうほどだ。  

 軍司令官であるオブライエンは残っている可能性はゼロじゃない、と言っていたが果たしてどうなのか。

 空からの偵察があるものの、街にリリィガーデン王国国民がいるかどうかは流石に分からない。

 どこかで情報を手に入れたい。そう思っていると――

「ボス、人がいやすぜ」

 双眼鏡で周囲を監視していた男が見つけた方向を指差した。

 リーズレット、マチルダの順で双眼鏡を覗くと確かに人がいる。

 少し先にある山の麓を歩く、背中に弓を背負った青年。狩ったであろう鳥の首を掴み、少々ボロい服を着て1人で山道を歩く様はどう見ても軍人ではない。

「ラディア人でしょうか?」

「それにしちゃ、服がボロすぎやしませんか?」

 青年が着ている服はシャツと厚手のズボン。

 ズボンは洗濯もしていないのか泥塗れでボロボロ。こちらはまだマシな方である。

 シャツなんて穴が空いたり切れていたりと服の機能を半分は失っている状態だ。

「ムカつく話ですが、ラディア人は俺達から街を奪ったんだ。そんな奴等が綺麗な服を着ていないのはおかしいと思います」

 男の言う通り、マチルダ達からしてみれば腹立たしい話であるがラディア王国は現在『戦勝国』と表現しても間違いはない。

 目的の鉱山を手に入れ、国は大いに潤っているだろう。そんな国の国民がボロボロの服を着ているだろうか?

 敵国民か自国民か。どちらであるか答えが出ない中、別の男が双眼鏡を覗いて青年を見ると――

「ありゃ? どこかで見た事があるような……?」

 青年の顔に見覚えがあると言い出した。ただ、それも決定打にはならず。

「捕まえて話を聞きましょう。どちらにせよ、街に住んでいるはずですわよ」

 この辺りに人が住める場所はマチルダ達の故郷しか存在しない。

 軍人ならまだしも、一般人では野生動物や魔獣が住まう山の中で暮らすは危険すぎる。

 世の中には小屋など簡単に破壊する危険な魔獣が生きているのだ。

 ひと睨みで屈服させたり、平然とぶっ殺してバーベキューの肉に変えるリーズレットが異常なだけである。

 それは置いておき、見覚えがあると言った男は他に2人の仲間を連れて青年がいる場所へ接近。怪我をさせずに話し合いで連れて来れた。

「やっぱり知り合いでした。元狩人仲間の息子でロウっていいます」

 見覚えがあったのは知り合いの息子だったからのようだ。3年経って顔つきも体も大きく急成長した事で気付かなかったそうで。

 つまり、ロウと呼ばれた青年はリリィガーデン王国の国民となる。

「マチルダ様!?」

 父親の元仲間に突然声を掛けられ、まだ街で暮しているのかと問われて「そうだ」と返事したら「着いて来てくれないか」と願われる。

 それじゃ訳も分からなかっただろう。しかも、着いて行った先には元領主であったマチルダがいたのだから驚きは増すばかり。

「やっぱり生きて残って……! 皆が言ってた通りだ!」

 ロウはマチルダに驚くとすぐに表情が喜びに変わった。

 どういう事だ? と隊の男が問うと、

「皆が言ってました。マチルダ様は逃げたんじゃない。街を取り返す為に軍と合流したんだって。いつか必ず、戻って来て……」

 街にはまだリリィガーデン王国国民が僅かに残されており、ラディア人に迫害されながら生活しているが皆は希望を捨てずに待っていると彼は言った。

「そうか……。すまない、苦労をかけたな……」

「う、い、いいんです。ちゃんと来て下さったじゃないですか」

 彼も多くを失ったのだろう。生き延びたものの、ボロボロの服を着る身なりからは彼が言った通り、ラディア人に迫害されながら苦しい毎日を送っていたのだと容易に想像がつく。

「ロウ。すぐに街を取り戻す。だから協力してくれないか? 街の中がどうなっているのか知りたいんだ」

 彼の父親を知る男はロウにそう言うと、すぐに頷いた。

「俺達は街の東側に集められています。異端者区画とか呼ばれていて、そこで生活しています」

 生活の場は与えられているものの、住む家は今にも崩れそうな廃屋ばかり。

 鉱山で強制労働を強いられ、3日に一度だけ街に帰れる。ロウは街に帰って来た日であり、狩人である彼は外で狩りをして区画にいる子供達の食事を確保しに来たそうだ。

 外に出られるのは周囲一帯をラディア軍が占拠して、リリィガーデン軍の影が無いから。逃げ出すにも山岳地帯には魔獣が多く、すぐに餌となってしまうと相手が知っているからだ。

「そうか……。3年、よく耐えてくれた。もう安心して良い。この方が手助けしてくれる」

 現状を聞き終えたマチルダはロウに希望を与えようと満を持してリーズレットを紹介した。

「…………」

 が、リーズレットの様子がおかしい。頬を赤らめてジッとロウを見ているじゃないか。

「マム?」

「ほあ!? なんですの!?」

「い、いえ……」

 ジッとロウの顔を見ていたリーズレットが我に返る。マチルダは彼女が小声で「私好みの顔……」漏らした事を聞き逃さなかった。

 マチルダは「マジで?」と内心思いながらもロウを見る。

 ボロボロの服を着て顔には泥が付着しているものの、確かに容姿は整っている。リリィガーデン男子の中でもかなり上位の美形男子としてランクインするだろう。  
  
 しっかりと体を磨いて身なりを整えたら茶髪の爽やかな美青年になりそうだ。所謂、王子様顔と表現するべきか。山岳地帯で見つけた野生の王子様である。

「す、すごく、き、綺麗な方ですね……。女神みたいだ……」

「ホワッ!?」

 リーズレットと対面したロウも彼女の美貌に見惚れていた。彼が頬を赤くして微かに絞り出した本音にリーズレットの肩がビクリと反応する。

 頬を赤らめて見つめ合う2人の間にどこか甘い雰囲気が漂う。

(なんだ、この初々しい反応は……。ここは見合いの会場か……?)

 マチルダがそう思うのも無理はない。

 数時間前は笑いながら敵兵をぶっ殺していた伝説の淑女が可愛らしい乙女に大変身しているではないか。

 マチルダと部隊の男達に動揺が走った。走りすぎて数時間前の事が夢だったんじゃないか、と思ってしまうほどだ。

「おい、少佐。マムはどうして……やめなさい。そんな顔で彼を見るんじゃない」

 どういう事だ、と自分よりも付き合いが長いであろうコスモスに顔を向けると、彼女は歯を食いしばりながら視線だけで人を殺せそうな顔を向けていた。
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