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本編
103 繭
しおりを挟むマギアクラフト本部に到着したマキはアリアの体をおぶりながら中へと入った。
本部の中はいつも以上に騒々しく慌ただしい。いつもは人気の無いロビーにも大量の人間で溢れ、上位者の証である灰のローブを着た者達が黒いアーマーを着た兵士に指示を出していた。
マキはそれらの様子には目もくれず真っ直ぐエレベーターで下に向かう。
目指すは医務室。到着するとアリアをベッドに寝かせ、首元に大量のガーゼを当てた。
すぐに施設内にある通信機でベインスを呼び出して、アリアの手を握りながら祈るように顔を伏せる。
「どうした!?」
数分後、エレベーターが開くと肩で息をするベインスがやって来る。
「アリアを助けて!」
彼の声に顔を向けたマキは泣きながら懇願した。
ベインスはマキを見て目を見開きながら驚く。彼が知るマキとは様子が全く違ったからだ。
真っ白になった髪にミイラのような状態になった腕。彼はすぐに魔導具のオーバーロードが原因だと察する。
どうしてこんな事に、と一瞬思ったようだが、そちらもすぐに合点がいった。
あの最強と相対したのだろう、と。
「誰がお前達に出撃しろと言った?」
ベインスはアリアの容態を確認しながら顔を険しく歪めて問う。
「お母様が」
「……そうか」
ベインスはマキの返答を聞いて舌打ちした。
というのも、彼は魔法少女が出撃しているとは知らなかった様子。
一体誰が、と。
後で文句を言ってやろうとも思ったが、命令した主が最上位の者となれば文句は言えない。
「アリアを助けてよ!」
泣きながらベインスの白衣を掴むマキ。だが、彼は処置をせずに首を振った。
「もう手遅れだ」
ベッドの上に寝かされたアリアは既に息絶えていた。
原因は首の損傷、切断された手首からの大量出血であるのは明白である。
最強の魔法使い、マギアクラフトで誕生した魔法少女と言えど素体は人間。致命傷を負えば死ぬのは当然だった。
「何でよ!? 死んでない! 助けてよ!!」
マキにとって唯一仲間と呼べた少女。
姉妹のように接していたアリアの死は受け入れられなかったのか、ベインスに縋りついて何度も助けてと口にした。
「……無理だ。俺は神じゃないんだ。死んだヤツは生き返らせる事はできない」
彼は神じゃない。死者蘇生など不可能だ。
エリクサーを完成させて、不老を得たマギアクラフトの技術を持っても死者の蘇生は不可能である。
「なんでぇ……。なんでぇ……」
「…………」
床に崩れ落ち、大泣きするマキを見下ろすベインスは彼女を憐れむように……いや、罪悪感で目を背けたのだろう。
彼女達は捨て駒にされたのだ。信頼する母によって。
彼女達はヴァイオレットを母と慕うが、向こうは違う。
ヴァイオレットにとって魔法少女は都合の良い駒、組織が作り出した兵器としか思っていないだろう。
何故、マキとアリアは捨て駒にされたのか。答えは簡単だ。
彼女達が『旧式』になり下がるから。
マジック・クリエイターが完成させた奇跡によって、新型を作り出す準備が整えられている。
新型の魔法少女は間違いなく誕生するだろう。よって、マキやアリアのような既存の魔法少女は戦力外となる。
廃品の処分、とでも言うように。戦場で少しでも敵の数を減らして死ね。そのつもりで今回の出撃が命じられたに違いない。
「マキ、よく聞け」
だが、ベインスはヴァイオレットのように彼女達を物として見れていなかった。
彼は泣き崩れるマキの両肩を掴み、体を起こす。
「連邦は落ちるだろう。次は俺達とリーズレットの直接対決になるはずだ」
マキは嗚咽を漏らしながらも、コクリと一度頷いた。
「お前はもう戦えない。魔力増幅機のオーバーロードで体は限界だ。俺が静かに暮らせる場所を用意してやる。だから――」
「イヤッ!」
ベインスの提案を聞いたマキは彼の腕を振り払う。
「私は……! 私は絶対にお姉様を殺すからッ! 私が殺すのよッ!! アリアの仇を討つのは私なんだからッ!!」
彼女は首を激しく振って、顔を憎悪に染め上げる。復讐者になった彼女の瞳には殺意で満ちていた。
「マキ……」
どうするか。彼女の反応を見てベインスは大いに悩んだことだろう。
顔を歪ませ、どうすれば彼女の為になるか。頭の中では考えが浮かび、消えていく。
考えた末にベインスは自分の罪悪感を薄めるかの如く、マキに問う。
「本当に、まだ戦う気か?」
「戦う! 私は戦うッ!」
ベインスの問いにマキは強く答えた。
「……わかった。着いて来い」
ベインスとマキはアリアの遺体を医務室に残したまま、更に下層へ向かった。
新設されたばかり研究施設に向かい、エレベーターが開くと……。
「何よ、これ?」
研究施設と併設された生産ラインには多数のミサイルが並べられていた。
それらは移動式の発射台に置かれていき、次々に搬出用エレベーターで上の階層へ送られていく。
「言ったろう。連邦が落ちるってな。いよいよ、うちも本腰入れて戦うつもりなのさ」
リーズレットの読みは正しかったのだろう。長距離攻撃で相手の国を消す、何とも手っ取り早く自分達への被害を最小限に抑えたプランだ。
「あの国を手に入れたかったが、予定が変更されたのさ。さっさと大陸を支配して次に向かおうってな」
ベインスは眉間に皺を寄せながら、マギアクラフトという組織の欲深さを漏らす。
「私にあれを持って特攻しろって言うの?」
「まさか。そんな馬鹿な事があるか。こっちだ」
ベインスとマキは研究施設の更に奥へ向かう。すると、そこには培養槽がいくつも並べられた研究フロアがあった。
「これって……」
10以上の培養槽に入っているのは人間だった。それも、マキと同年代の少女ばかり。
「お前と同じ、新しい魔法少女だ。まだ完成していない素体だけどな」
ここに並ぶ少女達がマキやアリアを越える新型になる予定の素体である。
まだ完成には至っていないがあとはマジック・クリエイターの作り出した『因子』を加えれば素体としては出来上がる。
素体が完成したら各目的に合わせた魔法をインストールすれば――新型魔法少女が完成するのだ。
「お前が再び戦えるようになるには……。リーズレットと互角に戦うには因子の組み込みが必須だ。だが、お前の体は因子が組み込まれるように作られていないから失敗するかもしれない」
この特別な因子を組み込むには、それ専用に体を作らなければならない。
マキは旧型という事もあって因子の組み込みは想定されておらず、定着に失敗すれば体は崩壊してしまうだろう。
つまり、失敗すれば死んでしまう。
「だが、成功すれば次世代型魔法少女と同等に至れるはずだ」
次世代型魔法少女。
リーズレットと同じ、奇跡の力を持ち合わせた最強の魔法少女に。
「どうする?」
「やるわ」
培養槽を見ていたマキは即答した。そして、ベインスの顔を見上げて頷く。
「私が最強の魔法少女になってお姉様を殺す」
「……わかった」
ベインスはマキの決意を受け取り、諦めにも似たニュアンスで言葉と頷きを返す。
彼は魔法少女入りの培養槽とは別に用意された、より大型の――金魚鉢を巨大化したような培養槽に何本ものケーブルを繋げて巨大な端末を操作し始める。
培養槽に魔素を変換したエネルギーが流れ込み、起動音が鳴る。取り付けられていたランプが緑色に光るとマキに服を脱いで中へ入るよう告げた。
その場で躊躇いもせずに全裸になったマキが脚立を使って培養槽の上から入り込むと、ベインスが端末のキーボードを操作すると上部にある開けっ放しの蓋が自動で閉じた。
次は専用の液体を貯蔵したタンク内にある薄緑色の液体がパイプを通って培養槽の下部から流れ込み、マキの入った培養槽を上限限界まで満たす。
液体の中に浮かぶマキは口を閉じて息を止めていたが、液体が満ちた瞬間に下から空気の泡がブクブクと浮かび上がって来た。
「もう息は出来るぞ。まぁ、すぐに眠くなるが」
ベインスが言った通り、マキは液体の中で呼吸を始めた。しかし、液体が体の内部に入って浸透すると徐々に眠気を誘う。
とろんと瞼が落ちてきたマキはそのまま深い眠りの中へ。次に起きる時は――成功した時だ。
眠りに落ちたマキの体は液体の中で浮かぶが、どういう原理か下に引っ張られるように背を伸ばした状態で彼女の体が固定される。
体の固定が終わると培養槽の下部から金属製の細いアームがいくつも飛び出し、先端にはメスやハサミなどの手術に使われるような形状になっていた。
「まずはダメになった腕と傷の修復か」
ベインスはアームを操作しながらミイラ化した腕を切除して、細かい傷には薄い膜のような物を張って行く。
細かい作業を終えると顔にあった汗を白衣で拭う。
彼はすぐ横の作業机にあった計画書に視線を向ける。
計画書の題名は『新型魔法少女量産計画』とあった。中には10体以上の新型魔法少女を量産して戦場へ投入する旨が書かれているが……。
彼は組織の命令よりも先にマキの願いを優先させた。
「…………」
この作業を終えれば因子の定着と魔法のインストール作業……だが、ベインスの顔は苦々しい。
彼女の願いを優先させたのは、純粋にマキのためだろうか。それとも、これ以上魔法少女を作らなくて良いように時間稼ぎをしたかったのか。
ベインスの顔に浮かぶ表情からは葛藤が見えるが彼の手は止まらない。
いや、止められなかったのかもしれない。
「……俺は地獄行きだな」
エリクサーで不老になった彼は簡単には死なないが――死ねば行先は1つしかないのだと、行きつく果てを小さく漏らした。
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