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本編
109 アルテミス
しおりを挟むアルテミス。
アイアン・レディにおいて最高の技術者は誰かと問われれば、組織のメンバーは全員揃って彼女の名を挙げるだろう。
彼女は前時代に存在していた帝国から北にある小さな国の自然に囲まれた静かでのんびりとした村で生まれる。
本人は前世の記憶がある事を自覚していたものの、周囲に転生者である事は秘密にして暮らしていた。
家族構成は両親と弟の4人暮らし。加えて、村に住む気の良い村人達と共に静かで幸せな幼少期を過ごしていたのだ。
体は小さくとも頭脳は大人の思考を持つアルテミスは、この暮らしがとても気に入っていた。
その理由は前世がとてつもなく過酷だったから、と本人は後に語ったが、前世がどんな世界だったかは一切情報を漏らさなかったので詳細を知る者は本人以外に存在しない。
ともあれ、過酷だった前世から静かで平凡な暮らしは彼女にとって何よりも価値のある物だったのだろう。
優しい両親。可愛い弟。自分の子のように守ってくれる村人達。
彼等に何かお返しができないか。純粋な感謝の心から、アルテミスは前世で得た知識を駆使して村人が快適に過ごせるよういくつか発明を披露した。
が、これがいけなかった。
村にやって来る行商人経由で噂が流れ、その噂が帝国にまで届いてしまった。
帝国は大陸を統一するべくより多くの異世界技術を得ようとする動きが活発だった事もあって、帝国は北の小国からアルテミスを奪おうと侵略を開始。
アルテミスが住んでいた小国のトップは大国には勝てぬとすぐに降伏。戦争の『せ』の字すらも起きぬ、宣戦布告からたった3日で属国へと成り下がった。
その後、帝国はアルテミスの住む村へ赴く。
アルテミスを転生者だと見抜き、帝国へ来いと告げるが当然ながら彼女は家族と離れたくないと拒否した。
しかし、相手は自国を簡単に消し飛ばせるほどの力を持った大国である。
アルテミスは来ないのであれば家族や村人の命はない、と銃器を見せつけられながら脅される。
結果、アルテミスは家族と村人を救うために帝国研究所へ収容されることを承諾した。
収容されたアルテミスが抱えていた想いは、諦めや未練、それに人への不信感を混ぜた複雑なモノだったろう。
帝国では感情を殺して、言われた事を素直にこなす毎日を続けていた。
ただ、同時に周囲には自分と同じ転生者が数多くいる事から疎外感などは感じていなかったようだ。
ある程度過ごせば同じ境遇の者と寄り添い合って仲間意識が生まれもした。
それでいて、仲間の持つ知識を知る度に技術者としての心が満たされていくのも感じていた。
全く知らない未知の現象を知っている者。魂の存在すらも解き明かした者。
自分がいた元の世界では解き明かせなかった謎を解き明かし、それを技術転用させた世界から転生してきた者。
自分の知らぬ未知の技術と知識に興味を抱き、分野が違い知識でさえもどんどんと吸収していくアルテミス。
故に、彼女は研究所で『優秀』と評される。
研究所と帝国上層部の橋渡し役も兼ねていた幹部のベインスや研究所のトップであるマリィからも期待され、人として天才であると評価された。
収容されてから2年目にして、研究所トップであるマリィから直接講義を受けるなどの他人とは違ってマジック・クリエイターの『お気に入り』となった。
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優秀であったアルテミスは帝国研究所で重宝され、暮らしの待遇は確かに良くなった。
帝国に連れて来られてから7年が経過すると小さな村で暮していた時とは違い、最新式の生活用製品に囲まれて何1つ不自由のない生活を送れるようになった。
何も知らぬ者がアルテミスの暮らしを見たら「リッチで贅沢、成功者の暮らし」と言うだろう。
だが、彼女の心は一部満たされない。
知識欲は満たされようとも、幼少期に味わった素朴で温かい家族の温もりに代わるモノは一切得られなかった。
「帝国の北にある国で新兵器のテストを行う。随行するように」
ある日、アルテミスは故郷の山岳地帯で兵器のテストを行う部隊に随行するよう指示された。
テスト結果を見て、研究所上層部が満足いく結果に終わらなければ現地で改修するように命令されたのだ。
収容されて7年経ち、一度も故郷には帰っていない。この機会に故郷の村へ立ち寄れないかと期待していたのだが……。
北に向かった彼女の目に映ったのは変わり果てた故郷の姿だった。
小国であり、政治的にも立地的にも価値の無かったアルテミスの故郷は無残にも荒れ果てていた。
素朴でのんびりとした自然溢れる景色は消え、建物の残骸しか残らぬ木々も生えない死んだ大地になってしまっていた。
その様を見て、彼女はすぐに察する。自分達が命令されて開発した兵器の試射場になったのだと。
「この国の人はどうしたの?」
アルテミスが帝国軍人に問うと、帝国軍人は遠くにある山に向かって顎をしゃくる。
「あの山には貴重な金属があってな。あそこで奴隷として働かされている」
既に国として機能しておらず、トップだった王族は全て処刑されたという。
アルテミスの事を何も知らぬ軍人に故郷の村がどうなったか問えば、随分と前に兵器テストで『消滅した』と聞かされた。
家族と村人を守る為に帝国へ降ったのに。命は保証すると約束したのに。
この瞬間、アルテミスの中に憎悪と復讐の炎が生まれた。
必ず帝国をぶっ壊してやると内心で誓ったのだ。
この誓いが、彼女の人生を大きく変える出会いをもたらした。
「おーっほっほっほ! クソ豚共を全員殺しますわよォー! 皆殺しですわァー!」
帝国軍が兵器テストを行う地点に到着した直後、帝国軍はリング聖王国の残党集団に待ち伏せされて襲われた。
その待ち伏せによる襲撃に介入したのが傭兵団『アイアン・レディ』である。
当時のアイアン・レディは急成長真っ盛り。
まだ帝国とも同盟が辛うじて繋がっていて、向かう所敵なしの最強集団と囁かれ始めた頃だ。
後の『どこにでも存在する国家規模の戦力』を手にする一歩手前といった状況だった。
半壊状態の帝国軍を救ったアイアン・レディを見たアルテミスは「これだ」と天啓に似た考えを抱く。
敵集団を殲滅したアイアン・レディのキャンプ地へ単身潜り込み、リーダーであるリーズレットとの面会を果たす。
「私は転生者で役に立つ。兵器も作れるわ。だから、私を匿って」
アルテミスとリーズレットのファーストコンタクトは後の関係性からは想像できぬほどの、淡々として感情の籠っていない要求から始まった。
「何故ですの?」
「…………」
リーズレットの問いにアルテミスは黙ったまま。詳細は告げなかった。
この時、アルテミスは自分の頭脳があれば野蛮な傭兵団など操るなど簡単だと思っていた。
内部に入り込み、隠れ蓑にして将来的には帝国と敵対する構図を作れば良いと画策していたのだ。
「ふふ。良いでしょう。貴女の目、気に入りましてよ」
しかし、アルテミスはこの時のやり取りを思い返して――あの時、自分の目を見たマムは全てを見通していたのだと語る。
その証拠にリーズレットはこの時、既に帝国を潰す計画を構想していた。
ゆっくりと、着実に。
その後、フロウレンスを拾った事をきっかけに帝国殲滅計画はアイアン・レディにとって1つの目標となったのだ。
アルテミスはフロウレンスの復讐を遂げる為にリーズレットが動き出したと思っていたが、帝国革命戦が始まる前夜にリーズレットはアルテミスに告げた。
「ようやく貴女の希望も叶いそうね?」
「え?」
「帝国を憎んでいたでしょう?」
アルテミスにそう告げたリーズレットは「確実に潰して差し上げますわ」と一言だけ言って背中を向けた。
彼女の背中を見て、天才と謳われたアルテミスが「彼女には敵わない」と思ったのは何度目だろうか。
その後、帝国は堕ちた。
革命の炎に焼かれ、偏った思想は廃止となり、他国への侵略も終わりを告げる。
アルテミスとフロウレンスの復讐も同時に終わりを告げて、2人はリーズレットへ恩を返す事を胸に秘めて生きていく。
こういった、リーズレットのカリスマ性や愛情の積み重ねがあったからこそ、アイアン・レディのメンバーはリーズレットを転生させる為に命を懸けたのだろう。
アルテミスも当然その1人であり、中心人物だった。
何しろ、彼女を転生させた張本人である。
アルテミスの心には他のメンバーと同様にリーズレットへの愛と尊敬があった。
同時に迷いもあった。これでいいのか、と何度も迷った。
しかし、彼女は自分のワガママを押し通した。
リーズレットを転生させる計画を遂行して。リーズレットが迎えるであろう未来に備えたギフトを残して。
極秘に開発された拠点に設置された培養槽の中で、アルテミスは再会を祈りながら数百年も眠り続けたが……。
彼女が運命の日を迎えたのは連邦首都が攻撃される3日前のことであった。
「こんなところに隠れていたのね」
そう呟いたのは黒いアーマーを着た兵士に囲まれながらやって来たローブを着た人物。
液体に満ちた培養槽の中にいる「懐かしい人物」に数百年越しに再開したマリィは、フードで隠れた顔は悪意に満ちた笑顔を浮かべる。
「殺しなさい」
彼女が出した命令に従ったマギアクラフト兵は、魔法銃の銃口を培養槽の中で眠るアルテミスへ向けると引き金を引いた。
「機材とデータの回収を急ぎなさい」
アルテミスの排除をその目で見届けたマリィは施設内にあったデータと機材の回収を兵士達に急がせる。
「貴女は特別優秀だったわね。残念だわ」
マリィはそう吐き捨てて、床で倒れるアルテミスの死体に背を向けた。
嘗て優秀と評した転生者を殺したマリィの顔には安堵の表情が浮かぶ。
アイアン・レディ最高の技術者を殺したことでマギアクラフトの将来は安泰?
これで計画は上手くいく?
否だ。断じて否である。
残念ながらアルテミスの願いは叶わなかった。
しかし、彼女が抱いていた深い愛は既に具現化している。
彼女が抱いていた復讐を確実にする為の兵器は既に具現化されている。
その愛と復讐心で満ちた兵器が母へ届いた時――憐れな豚共は地獄へ堕ちるのだから。
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