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本編

117 旧知の仲 1

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 リーズレットとリリィガーデン王国軍は下層へ向かうエレベーターと非常階段を見つけた。

 エレベーターのパネルには『B2』『B3』『B4』と数字がある事から、現在地から下に3つのエリアがあることが判明した。

「部隊を分けますか?」

「ええ、そうしましょう。私が地下3階に行きますわ」

 マチルダの提案に頷いたリーズレットは迷わず地下3階を選択した。

 彼女の並外れた嗅覚……いや、淑女の勘はそこに自分と関わりの深い人物がいると告げる故に。

「マギアクラフトの幹部がいたらなるべく捕獲しなさい。情報端末の調査も忘れずに調査して下さいまし」

 彼女は燃料切れになった火炎放射器を下ろしながらマチルダに指示を出す。

「ハッ。承知しました」

 リーズレットはエレベーターのスイッチを押して扉を開けた。

「下で合流しましょう」

「はい」

 マチルダとコスモス、精鋭であるブラックチームとグリーンチームは地下2階を目指して非常階段の制圧に向かう。

 チン、と音が鳴るとエレベーターが開く。

 中は赤い絨毯が敷かれ、壁は木製の壁を模した特殊な材質でコーティングされている。

 上部には小さなランプ型の照明が灯りとなって、金の装飾がパネルや壁にワンポイントとして取り付けられたレトロな雰囲気を醸し出す凝った造りになっていた。

 乗り込んだリーズレットは『B3』のボタンを押してエレベーターを稼働させる。

 ぐんぐんと下に向かうエレベーターが目的の階に到着すると、リーズレットはアイアン・レディを構えて敵に備えるが……。

「…………」

 扉の向こう側には誰もいない。

 それどころか、フロア全体が静かだった。微かな銃声が上の階から聞こえ、敵兵は地下2階に集合していたのかもしれないと推測する。

「ここは……」

 リーズレットが一歩踏み出し、エレベーターの外に出て周囲を見渡す。

 地下3階は研究所のようなフロアで右側には開発中と思われる魔導兵器がバラバラになった物が散乱していたり、大きなガラス窓の奥には生産工場らしき場所があった。

 ただ、生産ラインは稼働しておらず、生産した物を置くであろうスペースがガランと空いているだけであった。

 恐らくは地上に搬出された兵器が置かれていたのだろうと彼女は推測する。

 コツ、コツ、とハイヒールを鳴らしてフロアの奥を目指すリーズレット。床には文字の書かれた紙が散らばっていて、研究所内で起きたであろう慌てふためく様子が想像できる。

 奥に向かうにつれて床には太いパイプやケーブルなどが見え始めた。それらは最奥にある部屋へ続いているようだ。

 待ち伏せが無いと判断したリーズレットの足取りは早くなり、最奥の部屋に繋がるドアを開ける。

 すると――奥にはアドラの研究所で見た培養槽と同じような物がいくつも並び、中には魔法少女らしき少女の体が浮いている。

 その前にあった端末を操作し、リーズレットに背を向ける白衣を着た男の姿があった。

「久しぶりだな」

 両手を挙げなさい。

 男の背に銃口を向けながら、そう言おうとしたリーズレットよりも早く告げられる。

 その声はリーズレットにとってひどく懐かしいものであった。

「ベインス……」

「ああ」

 背を向けていた男が振り返り、顔を晒す。その顔は声と同じく懐かしさを感じられた。

 前世で生きていたリーズレットがベインスと会ったのはアドラの葬式よりも前だろうか。

 初めて会った頃より歳を取って、髪には白髪が混じっているが……彼女の記憶に残るベインスの姿はそのままだった。

「随分と長生きしていますわね?」

 ハッ、と鼻で笑ったリーズレットは皮肉を込めて言い放つ。

「お嬢さんも同じようなモンだろう?」

 ベインスもまた鼻で笑いながら言葉を返した。

 このやり取りもひどく懐かしい。まだ敵対していない頃、まだリーズレットが全てに気付く前に交流していた時と同じ態度で。

「まさか、あの武器屋の亭主が敵だとは思ってもいませんでしたわよ?」

「今ここで初めて知ったって顔じゃないが?」

 リーズレットの態度を笑うベインス。彼は彼女が既に敵がどんな相手なのか知っている事を察しているのだろう。

 故に彼女も嘘偽りなく告げた。

「ええ。勿論。私達の共通する友人と再会しましてよ?」

「……アドラか。奴から全てを聞いたか?」

 共通の友人、そう言われて彼が思い浮かぶ人物は1人しかいない。

 ただ、彼の名を呟くベインスの顔には後悔に似た何かがあった。

「本当はしたくなかった、とでも言いたげですわね?」

 アドラへの仕打ちを後悔しているのか、と意味を込めて問えばベインスは首を縦に振る。

「ああ。その通りだ。計画通りになれば……アイツがああなる事はなかったろうな」

 利用しておいて随分な言い草だが、口ぶりからすればベインスはアドラに対して本物の友情のような感情を抱いていたのかもしれない。

「どこから計画が狂い始めたのか……。原因はハッキリと分かってる。お前を生み出した時からだ」

 しかし、その原因はお前にある。

 そう断言して、ベインスは睨みつけるようにリーズレットを見た。

 転生したリーズレットの姿は前世の頃と変わっているが、纏っている雰囲気は変わらない。

 その醸し出される雰囲気によって、ベインスの目には前世の頃に観察していた彼女の姿と重なって見えた。

「聞きたい事があるんだろう?」

 ふぅ、とため息を吐いたベインスは弱々しく言葉を口にするが、目だけはリーズレットの表情が動く様子を伺っていた。

「随分と察しがよろしい……いや、これは昔からですわね?」 

「ハッ」

 ベインスは鼻で笑うと昔話を語り始めた。 


-----

「お前が生まれるきっかけとなったのは、魔女達が始めた殺戮人形スロータードール計画だった」

 ベインスはリーズレットに銃口を向けられ、項垂れながらも話を始めた。
 
「計画の内容は最強の兵士を作ること。武力を要する際に使用する、命令に忠実で誰にも負けない人間の創造だ」

 内容自体はシンプルなものだろう。

 例えば何かしらの問題が発生して、他の組織や国と衝突した場合に武力行使できる集団を用意しておくことは組織においてベターな考えと言える。

 現在のマギアクラフトが保有する軍隊もその考えからきているのだろう。

 相手が広大な土地を持って国民を兵士として徴兵できる、国という存在を相手にしても負けない武力を持つ。

 イコール、最強の兵士を創造するという事は考えとしては間違ってはいない。

 最強の兵士とはつまるところ、どんな兵士だろうか?

 絶大な威力を持つ魔法を連発できる兵士か? 様々な武器を全て使いこなせる兵士か?

 否だ。

 負けないとは、あらゆる局面、あらゆる状況に適応できて、どんな人間よりも優れていること。

 身体能力、頭脳、まずこれら人間としての基礎となる部分が全ての人間よりも優れていなければ最強とは言い難い。 

 優れた魔法能力や武器の使用に関する熟練度、適応力はこの前提をクリアしてから付与すべき要素である。 

「異世界から持ち出した技術を使い、人の体を強化する事自体は簡単だったが……。難題が1つあってな」

 ただ、ベインスはここに魔女と魔女の右腕であるマリィの持つ独自の考えが付与されていたと語る。

「奴等は最強の女性を欲していた。男ではなく、女をな」

「女性を?」

「そうだ。自分達の遺伝子を受け継いだ、誰にも負けぬ最強の女性を創ることこそが最終目標だった」

 自分達の遺伝子――ヴァイオレットとマリィ、どちらも遺伝子を受け継いだ女性であること。

 再度確認であるが、ヴァイオレットとマリィはどちらも女性である。2人の遺伝子を同時に1人の人間が受け継ぐというのは、方法がかなり限られるだろう。

 2人は女性なので男女間で行う人間の自然的な繁殖行為は不可能だ。次に考えられる方法は2人それぞれの遺伝子を持った子供、男女を用意して子を作る事。

 しかし、その方法を2人は『薄まる』と言って却下した。

 よって、2人の遺伝子を採取して組み合わせる研究から始まる。

 といっても、ここまではマリィの持っていた生体工学の範疇で実現可能である事は既に分かっていたそうだ。

「実現可能であったが、奴が異世界で使っていた素材と同等の効果を得られる物がこの世界に存在しなかった。だからか、人工的に創られた人である素体は作れたものの、最強には程遠い存在しか生まれなかった」

 人間には性別が男女2種類あって、その男女が繁殖行為を行う事で子を残す。これが自然の摂理であり、もしも人間を作ったのが神であったなら、神が決めたルールである。

 別の世界では可能であった技術も必要な物が揃わねば完全再現はできない。

 不完全な遺伝子の組み合わせ、素材の不足が要因となって性別が一定にならず。

 研究が開始された直後は失敗の繰り返しだったと言えるだろう。

 だが、2人はそれでもルール外の方法に拘った。

 2人の遺伝子を持ちながら、女性しか認めないという難題をクリアするべく研究は続く。

 研究途中で様々な方法が試され、男が生まれるとデータ用の検体として扱われて。性別面がクリアされないまま、最強兵士の基礎となる身体・頭脳面の強化部分だけは有益なデータが集まっていった。

「完全ではないものの、2人の遺伝子は確かに素体へ継承された。これは事実であり、唯一の成果だった。行き詰っていた頃、別の転生者が見つかったのをきっかけに計画は加速する」

 魔女達は行き詰ってはいたものの、この時に別の転生者を見つける事に成功した。

 確保された転生者が生きていた世界では人の体に『種』を植え付け、それが開花すると才能や特殊能力に目覚める……という要素があった事を知る。

 この『種』という要素。どうやら異世界の人間には種を保有するべく、こちらの世界には存在しない新しい臓器があったようだ。

 しかし、こちら側では種に合わせた新たな臓器の形成をするのではなく別のアプローチが考えられた。

 種の機能や構造を参考にして、種に似た新技術の開発である。

 素体が人の形を形成する前の段階で植え付けて素体を適合させれば、素体に適合・順応した状態で成長するのではないかと手段が考案される。

 才能や特殊能力を付与・開花させる『種』としての機能はそのままに、素体に対して製作者が考案した素体のデザイン通りに成長する、といった素体の成長過程の設計図を埋め込むのが狙いだった。

 種に代わり、この世界でマリィが生み出した新技術は『因子』と名付けられる。

 この因子に蓄積された身体・頭脳面での素体成長データと能力を組み込み、基礎となる2人の遺伝子と結合させて適合実験が開始された。

 すると、実験は成功。

 ランダム性を含んでいた性別も女性に限定する事が可能となり、組み合わせた遺伝子の付与も失敗しなくなった。

 貧弱だった素体の身体能力は飛躍的に向上し、実験的に埋め込んだ魔法を行使する能力も再現性が確認される。

「この時点で最強の女性兵士を作る方法はほぼ確立していたと言える。あとは各技術のブラッシュアップを進めれば成功は近いと言われていた」

 生み出した初試験素体を成長させ、過程を見守ると生後7歳半程度の時間が経過したところで急激に身体機能の衰えが始まって死亡するという結果を迎えた。

 素体の寿命が短かったのは、新技術である因子と生体工学の最適化が不完全だと判断されたが、計画自体が進歩したのは明らかである。

 同時に計画を開始してから初めての革新的な新技術の獲得であった。

「この因子の登場は画期的だった。今までは成長段階による教育プランを用意せねばならなかったが、素体に対して必須項目ができるようになったんだからな」

 因子で能力の後付けを行えるならば、素体をハイクオリティで仕上げれば更なる向上が望めるだろう。

 研究成果が仕上がっていた素体の生成は順調だった。しかし、次は因子の生成についていくつかの問題が発生する。

「因子の構成はかなり繊細なんだ。ちょっとしたズレで出来上がりが代わる」

 同じ手順で作ろうとも、全く同じ物が誕生しない。そういった代物だった。

 例えば因子に埋め込んだ才能や能力が開花しても、デザイン通りに成長しないなどという作用が発生する事も。

 種を作る技術にマリィの持つ知識を加えた事で効果は上昇したが、複雑な構成と繊細な組み合わせが相まって不安定さが増してしまっていた。

 外法を用いて人が人を作り出す。禁忌を犯すベインス達は世界に否定されたような思いを抱く。

 が、研究から20年弱。遂に運命の日を迎えた。

「この研究を行っている際、奇跡の確率で誕生したのが……お前だよ」

 ヴァイオレットとマリィの遺伝子を埋め込んだ素体は長年の研究成果によってハイクオリティの質を実現した。

 因子に関しても二度と同じ物が出来ない中で、これまで蓄積したデータを完璧に再現できる最高の1品が作られた。

 最高品質。芸術品といっても遜色ない2つの材料が適合試験に回され、完璧な適合率を叩き出して完成に至る。

 全ての要素が完全にマッチした結果はまさに奇跡。

 ベインスは初期から研究に携わっていた事もあって完成した至高の存在に歓喜した。

 長い人生の中であの時ほど歓喜した瞬間は無かった、と彼は語る。

 ただ、彼の喜びに反してヴァイオレットとマリィのリアクションは薄かった。まるで、それが通過点としか思っていないように。

 ――今思えば、2人の反応は至って普通の事だったと理解できているが。そう小さくベインスは言葉を漏らした。

「つまり……。前世の私は作られた人間だったというわけですのね?」

 ベインスの話を聞き、リーズレットの表情は険しい。

 自分が誕生したきっかけがヴァイオレットだったとしても、そこには純粋な親子関係は無い。

 それどころか、前世で父であった人とさえ関係が無かったのだから。

「ああ。そうさ。お前は殺戮人形計画において唯一の完成作とされただった」

 果たして彼女の前世は本当に『人間だった』と呼べるのだろうか。

 それともベインスの言う通り、人工的に創られた作品なのか。

「ふふ……」

 しかし、当の本人には笑みが浮かんでいた。  
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