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本編
124 魔女と淑女
しおりを挟むヴァイオレットに軽機関銃の銃口を向けるリーズレット。
相対するヴァイオレットは腕に装着していた腕輪にそっと触れる。
すると、彼女を包み込むように薄い青色の膜が発生した。
「懲りずに魔法防御でして? 魔法少女などというビッチの末路を誰か教えて下さいませんでしたの?」
「いいえ。知っているわよ? でも、魔法少女と魔女を一緒にされても困るわね」
防御魔法を展開したヴァイオレットは手を翳すと、彼女の周囲にあった土が盛り上がって『土の兵士』が4体同時に誕生した。
腕は丸太のように太く、体も大きい。ガツンガツン、と両手を叩き合わせる土の兵士は綺麗な花を踏み潰してリーズレットへ向かって歩き始めた。
「ハッ」
所詮は魔法で操る土の塊。鼻で笑ったリーズレットは軽機関銃を連射して弾をお見舞いした。
高速で飛んでいく弾は土兵士の体に着弾すると体や頭部を貫通して穴だらけに。
『…………』
だが、それでも土の兵士は止まらない。ズンズンと押し寄せる弾など関係ないとばかりにリーズレットへ迫る。
大きな腕にある手を広げ、彼女を掴もうと腕を振り回した。
リーズレットはバックステップで腕を躱すが、躱した先を読んで待ち構えていたのは2体目の土兵士。
握った拳を振り被って彼女に叩きつけようと構えているところを、リーズレットは再びステップで距離を取る。
土兵士が地面に拳を叩きつけると轟音と共に地面が抉れた。
「あくびが出るほど遅いですわね」
「そう? じゃあ、これもプレゼントするわ」
迫り来る4体の土兵士に加え、ヴァイオレットは氷の槍を自身の周囲に5本生成。それをリーズレットに向けて発射した。
飛来する氷の槍は真っ直ぐ飛んできて、リーズレットはそれを撃ち落そうと銃口を向ける。だが、氷の槍は飛んでいる最中に挙動を変えて、弾を避けるように動き出した。
1発目の氷の槍は破壊できず、スレスレで回避するリーズレット。彼女を追い越した氷の槍は背後で向きを変えると再びリーズレットへと向かってきた。
氷の槍はホーミング機能があるようだ。
「チッ」
氷の槍による高速攻撃を躱し、撃墜しようとすると土兵士が迫って来る。
だが、この程度ではリーズレットを捕らえられない。
拳を叩き落しす土兵士を寸前で避けた後、彼女は背後に氷の槍が迫っていると気配を感じ取った。
すぐに地面に腕をめり込ませた土兵士に向かって走り出す。
土兵士の股をスライディングで抜けて体を反転。狙い通り、氷の槍は土兵士の体に突き刺さる。そこに銃弾を撃ち込んで氷の槍を破壊した。
「まぁ。さすがは私達が作った兵器ね」
氷の槍を喰らって体に大穴が開いた土兵士、粉砕された氷の槍を見ながらクスクスと笑うヴァイオレット。
余裕の見える声にイラッとしながら、リーズレットは体をヴァイオレットへと向けなおす。
次はお前だ、と銃口を向けたがニコニコと笑うヴァイオレットの周囲には炎の大蛇が2匹、彼女を守るように待機していた。
それでもリーズレットはトリガーを引く指を止められず、そのまま軽機関銃から弾を吐き出した。
弾は薄い青色の膜と炎の大蛇に阻害され、ヴァイオレットには当たらない。
銃弾を防ぎながら小馬鹿にするような視線と共に炎の蛇達が大口を開けて突進を開始する。
前からは炎の蛇が2匹。後ろからは氷の槍が3本。側面には土の兵士が1体ずつ。
魔法に囲まれたリーズレット。どこに逃げるか、と思われたが、彼女が取った行動は前進だった。
淑女に後退は似合わぬ。
そう言わんばかりに、炎の蛇に向かって走り出したリーズレットは軽機関銃を蛇の口へと突き出した。
口の中に押し込まれた銃は先端部分から高温によって溶けていく。
だが、当たった瞬間に1匹のヘビは銃を飲み込むようにその場で停止。前へ動く挙動を止めた。
ここがチャンス。
リーズレットは銃を離し、ホルスターにあったアイアン・レディを抜きながら地面へダイブするように飛び込んだ。
直前にはもう1匹の大蛇が口を開けていたが、身を低くした事でギリギリ回避。同時に背中から迫っていた氷の槍が大蛇の口に突っ込んだ。
氷の槍と炎の大蛇が激突すると水蒸気が爆発するように白煙が上がる。
ヴァイオレットの視界は白煙に満ちて、リーズレットの姿を一瞬だけ見失った。
どこに行った? 白煙で埋まる視界に目を凝らすヴァイオレット。
「クソババアアアアアッ!!」
罵倒と共に白煙から飛び出してきたリーズレットはアイアン・レディを構え、対魔法少女の時と同じく魔法防御の内側へ突っ込もうとした。
「残念ね」
ヴァイオレットは白煙をブラインドとした強襲にも顔色を変えず、パチンと指を鳴らす。
瞬間、彼女とリーズレットの間に風の塊が生まれた。強烈な打撃武器と化した風の塊はリーズレットの腹部に叩き込まれる。
「ぐっ!?」
やはり魔法防御の他に防御手段を隠していたか。腹部に受けた衝撃に顔を顰めるリーズレット。
だが、彼女には奥の手がある。
白煙の中で装填したマガジンにはAMBが入っていた。
空中で腹に打撃を受けながらも、彼女は銃口をヴァイオレットの腕輪がはまった右腕に向けてトリガーを引いた。
「くたばれ!!」
発射されたAMBは防御魔法の前に展開されていた風の塊を引き裂くように貫通していく。
だが、ヴァイオレットも放たれたのがAMBだと瞬時に理解すると手を翳して魔法を更に発動させた。
彼女の腕にある腕輪はマリィの特別製。魔法少女とは違い、どんな魔法でも制限無く魔法を連射できる物であった。
迫り来るAMBを魔法で防ぐとしたら、銃によって撃ち出された推進力を失わせる以外に無いだろう。
例え魔法を無効化するAMBも、魔法に『一瞬だけ当たってから無効化のプロセスを発動させて貫通』する。
故に発射の推進力が消えてしまえばただの物質である。あくまでも弾丸という基本的な殺傷能力を持ってこそ、威力を発揮する兵器であるのだ。
ヴァイオレットは推進力を奪うように前面へいくつも魔法によって壁を作った。
土の壁、風の壁、氷の壁、炎の壁。
壁に触れた瞬間、僅かながらでも弾が進む力は削ぎ落される。
「おバカさんね」
咄嗟に作り出した10枚の壁を貫通したAMBは推進力がガタ落ちしたところで、ダメ押しとばかりに発動させられた氷の壁にぶち当たった。
ガリガリと氷を削るような音を立て、尚も貫通しようとするAMB。
「チッ!」
再び銃口を向けて、もう一発撃ち込もうとするリーズレット。だが、斜め後方から何かが迫る気配を感じた。
咄嗟に回避しようとするが、背後から飛んで来た氷の槍が彼女の左肩を掠る。威力は絶大で、掠っただけでもアイアン・レディ製のドレスを引き裂いた。
以前、受けたマキの魔法攻撃とは比べ物にならないほどの威力。ドレスの下にあったコルセットまで引き裂く威力は流石魔女といったところか。
淑女の血が宙を舞い、バランスを崩す。その直後にもう1発の槍が彼女の脇腹を引き裂こうとするが、持ち前の身体能力で脚を踏ん張りながら無理矢理態勢を変えて直撃は免れた。
だが、初撃で引き裂かれた脇腹に再び氷の槍が掠る。引き裂かれた傷口から更に血が噴き出る。
「ぐっ!?」
脇腹の痛みに堪えるリーズレット。だが、それだけだ。
魔法の槍が掠ろうと、脇腹を引き裂こうとリーズレットは地に足を付けて踏ん張る。倒れまい、射撃姿勢を崩すまいと両足に力を入れた。
通常弾を装填してあるアイアン・レディをホーミングしてきた氷の槍へと連射して、槍の先端を破壊しながら吼える。
「私はッ!」
その叫びには愛が篭っていた。
アイアン・レディの技術者達が――いや、リーズレットを愛するアイアン・レディのメンバーが創り出した愛の篭ったドレスを着ているが故に。
命を引き換えにしてでも彼女にドレスを残した。銃を残した。兵器を残した。
リーズレットが纏う物。扱う物。それら全てに彼女達の愛がある。
愛すべき者達の愛を背負う淑女は無様な姿など見せてはならない。
「私はああああッ!!」
魔女と淑女。
確かにリーズレットは魔女から多くのものを継承された。
カリスマ性、美貌、頭脳、センス。それら全ては与えられ、作られたものだろう。
だが、魔女との決定的な違いは『独自の愛』を持っていることである。
淑女には愛すべき者達がいた。愛してくれる者達がいた。
愛を与え、愛を受けた淑女はとっくの昔に――最強を越えて無敵となっているのだ。
「ぶっ殺して差し上げますわああああああッ!!!」
氷の槍の先端を潰して無力化したリーズレットは魔女へと振り返って銃口を向ける。
激痛に晒されようとも、血が噴き出ようとも、彼女は理想的な射撃姿勢でトリガーを引いた。
撃ち出された2発目のAMBは氷の壁とぶつかり合う1発目のAMBのケツを捉えた。
ビリヤードで球を打つように。ケツを叩かれた1発目の弾が推進力を再び得て氷の壁を貫通すると魔女の防御魔法に当たる。
一瞬でも当たれば防御魔法を無効化される。それは魔女が使う物であっても例外ではない。
「あっ!?」
1発目のAMBがヴァイオレットの肩に突き刺さる。薄い青色の膜が消えて彼女がよろめいた瞬間、リーズレットは右手に持っていた銃を放すと駆け出した。
よろめくも肩を押さえながらまだ立っていたヴァイオレットの顔面に向けて、思いっきり勢いを乗せた右ストレートを叩き込む。
「ぐぶっ」
リーズレットの右ストレートがヴァイオレットの鼻を粉砕すると、彼女は地面に叩きつけられた。
すかさずヴァイオレットの右腕を踏み、銃で腕輪を腕ごと破壊する。
「ぎッ!?」
顔面への攻撃、右腕にあった腕輪を撃ち抜かれた事で右腕が千切れ飛ぶ。
ヴァイオレットは短く悲鳴を上げて顔を歪ませると同時に発動していた魔法は全て消え失せた。
「さぁ、これで最後でしてよ」
肩で息をするリーズレットはヴァイオレットの額に銃口を押し当てながら、別れを告げるように言った。
しかし、銃口を押し付けられている当人は鼻から血を流しながらも口角を吊り上げて馬鹿にするように笑った。
「何がおかしいんですの?」
「憐れだと思って」
ふふ、と笑うヴァイオレットを見るリーズレット目が鋭くなる。
「自分が、でして?」
「当然、貴女がよ」
ヴァイオレットがそう言った直後、戦場となっていた花畑の更に奥にあった屋敷が大爆発を起こす。まるで彼女が負けた瞬間――腕輪の破壊がトリガーになっていたかのように。
爆風が空へと向かって行く中、他にも遠くから同じような爆発音が響く。
爆発は断続的に続いて、島の北側にあった山が爆発と共に崩れると溶岩が噴き出すのが見えた。
「どのみち、私の勝ちよ」
初めから勝利は決まっていた。勝てれば良し。負ければ島と共にリーズレットと王国軍を道連れにするつもりだったのか。
いや、元々は前世のリーズレットに対して手に負えなくなっていたくらいだ。
初めからこれを狙っていたのかもしれない。
「そう? でも、残念でしたわね。私の仲間はこれくらいじゃ死ななくてよ?」
リーズレットの言葉に信憑性を持たせるように、空には航空機のローター音が鳴り響く。
彼女の真上にもサリィが駆るナイト・ホークがやって来ると、事が全て終わるのを見守るかのように旋回を始めた。
「とても残念ね」
空に浮かぶナイト・ホークを見たヴァイオレットは、最後に諦めるようにため息を零すと一言だけそう言った。
「……もう言い残す事は無いかしら? ごきげんよう、お母様」
皮肉を込めて、敢えて最後に母と呼んだリーズレット。
アイアン・レディのトリガーに指をかけて、あとちょっとで引き金を引くといった時。
「…………」
ヴァイオレットの口角が少しだけ吊り上がったのが見えた。
だが、トリガーを引く指を止められず一発の銃声が響き、発射された弾は彼女の額を撃ち抜いて真意は問えなくなってしまう。
額に穴を開けられたヴァイオレットは死亡した。頭部は粉砕、大量の血が噴き出て、脈も消えて……。
『お嬢様~』
「マム! 早く避難を!」
上空で待っていたサリィと同乗していたコスモスは事が終わったと察して縄はしごを降ろす。
「…………」
リーズレットは縄はしごを掴みながら、ヴァイオレットの死体に目を向けた。
確かに魔女は死亡した。
だが、最後に見せたヴァイオレットの表情は……幻覚だったのだろうか。
それとも……。
応援ありがとうございます!
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