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2章 学園パートの始まり
第24話 性別不詳 シャル・メイアーの覚悟
しおりを挟む翌日、シャルにとって運命を決する時間がやって来た。
先日は勇気を出して兄貴を拒否したものの、あれからずっとシャルは「どうしよう、どうしよう」と不安な様子を見せ続けていた。
当日はBクラスとの合同授業が近付くにつれて、ガタガタと体の震えが大きくなっていく。
「…………」
授業が始まると、Bクラスの生徒とAクラスの生徒による模擬戦が始まった。
模擬戦用のサークル内ではAクラス学年最強と名高いリアムの戦いが始まり、見守る生徒達からは声援が送られる。
そんな中、自分の番を待つシャルは泣きそうな顔で俺を見上げてくるが……。
「そう不安がるなよ」
「で、でも……」
「自信を持て。お前ならやれる」
そう言ってやると、彼は俺の手を掴んだ。
……手、ちっさ。
彼の小さく華奢な手は冷たく、緊張と不安が最大値にまで達していることが読み取れる。
「トレーニングを続けて少しは体力が付いただろ? それに魔法の訓練も続けてきたじゃないか」
「……うん。ど、努力は裏切らないって言うもんね?」
「いいや? 努力と結果は別問題だろ」
しっかり否定してやると、シャルは明らかにショックを受けたような表情を浮かべる。
「努力しても上手くいかないことは多々ある。努力しただけで結果が伴うなら、お前は兄貴にイジメられてないよ」
努力が確実に実る世界だとしたら、この世に生きる人々は全員億万長者で王様さ。
しかし、そうはいかないのが現実ってやつだ。
ならば、何が必要なのか。
「兄貴をぶっ殺してやろうって意志だ。努力して積み上げた力と必ず達成しようとする強い意志が成功に繋がる」
「……殺人は犯罪だよ」
「なら、絶対にぶっ飛ばしてやろうって考えろ。完膚なきまでにぶっ飛ばして、今度はお前がイジメてやろうってくらいの気持ちを持て」
シャルに足りないのは自信だ。
トレーニングと魔法訓練で多少は自信が付いただろうが、最後の一押しが足りない。
そして、最後の一押しとは兄貴を越えることだ。
今日、色んな意味でシャルの人生は変わる。
「訓練の通りにやればいい。お前に足りないのは自信だけだ」
そう言いながらも、サークルの反対側にはニヤつく兄貴の姿が見える。
「悪役たる兄貴をぶっ飛ばして、お前は正しい道へ行け」
俺はシャルの背中を押してやり、彼は一歩、二歩、とサークルの中へ進んでいく。
審判役の講師が二人を所定の位置に案内する中、ニヤついた兄貴は随分と余裕な態度を見せ続ける。
「シャル。今日はお前に現実ってやつをみっちり教え込んでやる」
弟であるシャルを指差し、彼は「今日でお前は完全に俺のモノになるんだ」と言葉を続けた。
「……そ、そうはならない」
対するシャルも覚悟を決めたようだ。
まだ体は震えているが、精一杯の眼力を発揮して兄貴を睨みつける。
周囲に見守る生徒達は両者の雰囲気を読み取って「弱い者イジメにならない?」と感想が漏れる。
「あの子、大丈夫なのかな?」
模擬戦を終えたリアムが俺の隣にやって来て、他の生徒と同じような感想を口にした。
「大丈夫だろ」
傍から見れば、俺は楽観的に思えるだろう。
だが、実際のところ心配はしていない。
模擬戦が始まれば周囲が抱く感想が逆転するぞ、と確信を持っていた。
「始め!」
講師の合図が響く。
先に動き出したのは兄貴の方だった。
「一撃で終わらせてやるぜ!」
どうやら兄貴は派手好きらしい。
強烈な魔法を放ち、一撃で相手を粉砕する。
世間が抱く魔法使いのイメージをそのまま具現化したような、超典型的でイメージ通りの『魔法使い』だ。
口から出た言葉の通り、兄貴は中級魔法の魔法陣を組み上げていくが……。
構築がクッソおせえ。
「……Bクラスの魔法使いって感じだね」
リアムの呟きに同意するよ。
ありゃ、一生掛かっても魔法使いとして大成できないだろうな。
対し、シャルはというと。
「…………」
不安そうな表情を見せながらも、訓練の成果を発揮し始める。
相手の足を止めるための初級魔法。俺のアドバイスを元に完成させた『分裂型初級魔法』の魔法陣を構築していく。
構築スピードは当然ながらシャルの方が早い。
その上、初級魔法の方が中級魔法よりも構築工程は少ない。カスタマイズを施していたとしてもね。
結果は予想するまでもなく、兄貴が魔法陣を完成させる前にシャルが魔法を放つ。
シャルが放った魔法はほんの少し直進したあと、すぐに空へ向かって上昇を始める。
先に魔法を放たれた兄貴は、最初こそ表情を変えるも――
「ハッ! どこ狙ってんだよッ!」
上昇していくファイアーボールを見てニヤけ顔に戻った。
まぁ、そうなるのも仕方ないというか。
日頃から弱気でビクビクしたシャルを見続けてきたからこその油断だろう。
『あの弱い弟が兄に対して暴力を振るえるはずがない。ましてや、魔法を当てるなんてことはできない』
な~んて、慢心してるんだろうなぁ。
「あの子、魔法が……」
シャルの魔法を知らないリアムも心配そうな表情を見せた。
たぶん、リアムも明らかに気弱そうなシャルが「他人に向かって魔法を撃つのは苦手です!」みたいな子に思えたのだろう。
勇者様らしい、終わったら存分に慰めの言葉を掛けてあげなきゃって顔だ。
お優しいね。
そのまま見てろよ、度肝を抜かすぜ。
目で追っていた火球の上昇が終わり、次に起こることの予兆が見えた。
「シャルッ! 降参するなら今のうち――」
兄貴は遂に魔法陣を完成させ、それを見せつけながら降参を促すが、直後に空に留まっていた火球がパンと弾ける。
「あ?」
五つに分裂した火球は兄貴の頭上に降り注ぐ。
降り注ぐ小さな火球を見た兄貴は魔法陣を維持したまま避ける。
防御魔法を使うまでもないって感じ。まだ余裕。
またしてもシャルに降参を促そうとしたのか、何か言葉を発しようと口を開けたタイミングで――シャルは二発目、三発目と魔法を連続で放ち始めた。
「あ? え?」
シャルの連続発動は止まらない。
どんどん、どんどん魔法を放っていく。
上昇を終えた火球から次々に分裂が始まり、余裕な表情で避けていた兄貴の表情も次第に変わっていく。
分裂した火の玉が落ちてくる間隔がどんどん早くなっていくと、危機感を抱き始めた兄貴は構築した魔法陣を解除した。
「う、うわああ!?」
遂に『地獄のシャワー』が始まったのだ。
空中で分裂した火球は火の雨となり、兄貴は防御魔法である『シールド』を傘のように使って防ぐ。
そのまま横に移動して脱しようとするも、地獄の雨は範囲が広すぎて簡単に脱出できない。
しかも、横へ移動した兄貴の姿を見たシャルは更に魔法発動の間隔を早めていくのだ。
降り注ぐ火の玉一つ一つは大したことがない。
しかし、広範囲に延々と降り注ぐ火の玉の中から脱することができなかった。
「ひ、ひいいい!?」
恐怖するだろう。
派手なだけで威力は大したことがない魔法であるが、最大の効果は相手の心を支配すること。相手に『恐怖』を受け付けることにある。
特に実戦経験の乏しい貴族の坊ちゃんなら猶更だ。
周囲で見守る生徒達も、勇者であるリアムでさえ、シャルの放つ魔法のエグさにドン引き状態だ。
だがね、まだまだだよ。
「シャル、訓練を思い出せよ」
俺が一言掛けてやると、シャルは更に出力を高めていく。
上空で分裂する火の玉の数が五つから八つに変わった。
これにより、更に火の雨は強まる。
「うわあああ!?」
上空で分裂する火の玉の数が更に増えたことにより、遂に兄貴は身を小さく縮めて絶叫を上げてしまう。
さて、こうなりゃ終いだ。
シャルは初級魔法の発動を止め、中級魔法の構築を始める。
だが、発動からラグを持って分裂する初級魔法は未だ効果を発揮中。
この間に中級魔法を完成させ、トドメを刺すってわけなのだが――
「止め! 止め! 勝負あり!」
さすがにトドメを刺す一撃は発動させてくれない。
模擬戦だからね。
しかし、勝敗は決した。
「や、やったぁ!」
シャルの勝利が宣言されると、彼はぴょんとジャンプしながら喜びを爆発。
安堵の笑みを浮かべながら俺の元に駆け寄ってきた。
「やった! やったよ、レオン君!」
よほど嬉しかったのか、シャルは飛び込むように俺へ抱き着いてきた。
「よくやったな」
「えへへ」
一言褒めてやると、彼は更に密着しながら笑顔を浮かべて俺を見上げてくる。
シャルの喜びを受け止めてやっていると――
「なんでだよッ!」
サークルの中で両膝をつき、項垂れる兄貴が怒りを滲ませて叫び声を上げた。
「どうしてだッ! どうしてだよッ! なんで俺のモノにならないんだよッ!」
兄貴は何度も地面を拳で叩き、涙を流しながらシャルを睨みつけてきた。
「子供の頃から可愛がってやったじゃないかッ! お前は俺のモノにならなきゃいけないんだッ! 俺がお前を一番幸せにしてやれるのにッ!」
……ん~?
「お前に似合う可愛い服だって用意したッ! お前用の特注メイド服も用意したッ! なのに、どうして!!」
兄貴は錯乱するように泣き喚く。
これには周りもドン引きである。
……待てよ?
リリたんとのデート中に目撃したあれは、シャル用としてオーダーメイドした服を受け取りに行ってたってことぉ?
「俺はお前を愛してるんだッ!」
ふぁあああああ!?
イジメてた理由ってそっち!? 可愛い子をついイジメたくなっちゃうってこと!?
それにしちゃ強引すぎる――いや、待て。そもそも、シャルは弟だぞ。
腹違いと言えど弟。
そもそも男! ……な、はず。
未だ俺も自信無いけど、シャルは男! たぶん!
「シャル、頼むよ……。俺のモノになってくれよ……。小さな頃みたいに、お兄様って言いながら俺の後ろをついて来てくれよ……」
「お兄様……」
ガックリと項垂れる兄貴に対し、シャルは小さく呟いた。
「……僕はお兄様の気持ちに応えられないよ。ごめんなさい」
いや、当然だよ?
シャル君、君の判断は正しいよ。
「……他に好きなやつがいるのか?」
そういう問題じゃねえだろ!? と内心で兄貴にツッコミを入れていると――
「ひ、ひみつ」
シャルは顔を赤くしながら答えを隠し、恥ずかしそうな表情でチラリと俺を見上げる。
……どうしてそこで俺を見る。
シャルと目が合った瞬間、更に顔を赤くして顔を逸らしやがる。
その瞬間、見守る生徒達の一部から黄色い声が上がった。
誤解です! 誤解です!
僕はリリたん一筋です!
慌ててリリたんの姿を探すと、俺を見つめるリリたんの目から光が失われているじゃないか……。
いやああああ!!
違うのおおおお!! リリたん、違うよおおおお!!
内心絶望していると、横からチョンチョンと肩を突かれた。
振り返ると分厚いレンズのメガネを掛けた、三つ編みおさげな女子生徒が鼻息荒くしており――
「わ、私は応援しますよ!?」
胸の前でぐっと握られた両拳を強調しつつ、何度も頷きながら応援の意志をアピールしてきた。
君、だれぇ!?
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