帝国特務隊 : クビになった帝国軍人と道具扱いの第四皇女

とうもろこし

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2章

32 貧困街

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 ズロアから話を聞き終えたロイドはブラックマーケットの露店で食糧をいくつか購入した。

 貧困層の者達がブラックマーケットで買う食料は最低等級の原材料を使った最低品質の食品、もしくは食品製造の過程で何らかの問題があった物といった安さ重視の粗悪品ばかり。

 しかし、ロイドは中間層向けの市場でも売っているような『普通の品質』である食料を購入する。

 購入したのは帝国人家庭で愛されているライ麦パンであるが、残飯を食って日々を過ごす貧困層にとっては御馳走クラスの食べ物だろう。

 紙袋に入ったパンを持って、ブラックマーケットを西へ向かう。

 ブラックマーケット西の終点には鉄網で作られた壁と簡単な扉がある。この先が『貧困街』と呼ばれる帝都外周区南エリアの中心地だ。

「気を付けろ。絶対にはぐれるなよ」

 ロイドはアリッサにそう言って貧困街へ足を踏み入れた。

 ブラックマーケットは貧困街の入り口、まだ秩序が保たれている、ロイドはそう説明したが……。

 ブラックマーケットの先にある街はまさに別世界だ。

 廃屋だらけの街並みと薄汚れて痩せ細った住人が道の端っこで座り込む。

 貴族から見放され、中間層からも嫌われる街では当たり前のように犯罪が行われ、路地の奥に死体が転がっているなど日常茶飯事。

 遠くからは銃声のような音が聞こえ、女性の悲鳴が木霊する。ここは帝国格差社会の最下層、何でもアリのクソッタレなエリアである。

「………」

「………」

 ロイド達は黙ったままゴミが散乱する道を真っ直ぐ歩く。

 ロイドは進みながら道端で座る物乞い達を眼球だけ動かしながら見て、アリッサは周囲の酷い環境に目を奪われたのかキョロキョロと顔を振り回していた。

「これからどうするんですか?」

「情報を仕入れる」

 そう言ったロイドはしばらく黙ったまま歩き続けた。後に続くアリッサも同じく周囲を観察しながら黙って続く。

 貧困街を歩き始めて20分程度。木造2階建ての廃屋が隣り合い、その間にある路地へ座り込む老人がいた。

 ボロを着た老人は顔を俯かせて胡坐をかき、彼の前には缶詰の空き缶が置かれている。 

 彼に目を付けたロイドは近づくと声を掛けた。

「聞きたい事がある」

 そう切り出して、老人が顔を上げた。ロイドは紙袋の中にあったパンを1つ差し出す。

「軍人様が何用で?」

 老人はパンを受け取り、さっそく齧り付く。

「ここらでコレを売っている奴等は知らないか?」

 よほど空腹だったのか渡したパンをバクバクと食う老人にロイドは小瓶を見せた。

 小瓶を見た瞬間、老人の体がピクリと反応する。それをロイドは見逃さない。

「パン1つでは」

 帝国軍人に情報提供を求められ、もっと対価を寄越せなんて要求する人間は貧困街以外にはいないだろう。

 人生が終わりかけ、後も先も無い人間。だからこその生存本能と言うべきか。

 情報を得たい、というロイドの心理を顔を見ただけで察したのだろう。

 しかし、要求される事はロイドも承知の上である。

「お前のが有益ならば追加を出す。銃は無しだ」

 そう言ったロイドの顔を見て、物乞いの老人は目を細めた。

 きっと老人は「コイツは貧困街のルールを知っている」と内心思っただろう。

 貧困街では何でもアリだが、特に「口が軽い者から先に死ぬ」といった法則がある。

 どこの誰が聞いているか分からない。特に外からやって来た者の近くでは。

 貧困街に住まう者が身を守る為には何も喋らないのが一番。だが、報酬と引き換えに昔話を語るくらいならギリギリセーフの範疇か。

 まぁ、セーフかどうかは昔話が指し示す相手次第であるが。屁理屈万歳だ。

「……昔は2本先の交差点にパン屋がありましてな。そこのパンが絶品だった。ワシがガキ頃、パン屋の脇にある路地裏で待っていると店主がよくパンを恵んでくれてね。奥にある広場で友と一緒に食べたもんだ」

 そう語った老人は最後の一切れを口に放り込む。

「パン屋の店主はどうなったんだ?」

「ワシが東部戦争から帰って来るとパン屋は無くなっていたよ。店主も徴兵されたらしく、帝都で待っていた女将さんの話じゃ戦死したそうだ」

「そうかい。クソッタレな話だ。今も昔も変わらんな」

「ははっ。その通りさ」

 昔話を聞き終えたロイドは紙袋からパンをもう1つ出して手渡した。更にポケットから1万ローベルグ札を一枚取り出すと、丸めて空き缶の中へ入れる。

「貴重な昔話をありがとよ」

 ロイドはそう言い残して老人の前から立ち去った。

 次に目指す場所は老人が昔話で語った場所。2本先の交差点、パン屋だった建物脇にある路地だ。

「この辺りだな」

 老人の語った場所に到着するとロイドは廃屋と廃屋の間を覗き込む。

 大人2人分程度の道幅で奥に続いており、奥には貧困街特有の迷路のような裏路地が続いているようだ。

「この道で合っているんですか?」

「ああ。この廃屋には煙突があるだろ。昔パン屋だった時の名残だろうよ」

 ロイドが親指で指差す先を見ると確かにボロボロであるが煙突らしき円形の突起物が朽ちた屋根から伸びていた。

「奥に何があるか分からない。注意しろよ」

 ロイドが先頭になって路地を進んで行く。廃屋と廃屋の間を通り続けると、広めな空間に出た。

 恐らくは貧困街がまだまともだった頃、住宅地の裏側に建てられた共用の庭スペースだろう。老人が言っていた広場とはこれに違いない。

 その広場の隅に人影が2つ。1人は貧困街に住んでいると思われる物乞い風の男。彼はポケットから金を取り出していた。

 もう1人はハンチング帽を被った男。身なりとしてはまともで、どう見ても貧困街に住み付く者達と同類には思えない。

 ハンチング帽を被った男は金を受け取るとポケットから小瓶を出した。

 その瞬間にロイド達は立ち合わせた、といった状況である。

「あれって……」

 アリッサがそう漏らした瞬間、ハンチング帽の男がロイド達に気付く。顔を向けて認識するなり、表情が険しく変わった。

 表情を変えたハンチング帽の男は買い手である物乞いの男を突き飛ばすと奥に向かって走り出した。

「チッ。逃がすかッ!」

 ロイドは持っていたパン入りの紙袋を投げ捨て、逃げた男を追う。

「ちょ、ちょっと!」

 アリッサとローラも置いていかれまいと走り出した。

 男は後ろを振り返り、追われていると認識すると走る速度を上げる。 

 それどころか、路地に置かれていた廃材やゴミ箱を倒してロイド達への障害物にした。

「テメェ! 待ちやがれ!」

 ロイドは倒れて壁に立て掛かった廃材を掻い潜り、道のど真ん中に移動されたゴミ箱の上をスライディングするように乗り越えて。

「はぁ、はぁ。と、止めて! ロイドさん! 早く!」

 何とか後を追うアリッサであったが、さすがに息切れが早い。ローラも戦力ではあるものの、アリッサの護衛なので傍は離れられない。

 相手を捕らえるのはロイドしかいない状況だ。しかし、貧困街特有の迷路のような路地で行われる追いかけっこはロイドに分がある。

 彼は背中に差していた銃――マグナムではなくJJの店で購入した通常の魔導拳銃を抜いてトリガーを引いた。

 発射した弾は男の左足の足元にある地面へ命中。外したが、それで良し。

 ロイドの目論見通り、銃撃を受けたハンチング帽の男は『真っ直ぐ走れば背中を撃たれる』と悟ってすぐ右手にあった曲がり角を曲がる。

 曲がった先は……行き止まり。

 木造2階建ての廃屋が奥と左右を封鎖して、路地裏特有の袋小路へと誘い込む事に成功した。

「クッ……!」

「さぁ、これで終わりだ。色々聞かせてもらうぜ」

 男を追い詰めたロイドは魔導拳銃を構え、相手へ銃口を向けた。

 背中に銃口を向けられたハンチング帽の男は障害となっている2階建ての廃屋を見上げ、それからロイドへ振り返った。

「我々の邪魔をするな!」

「我々……?」

 ロイドは男の発した言葉から、相手は集団であると察したようだ。

 近くに仲間がいるかもしれない。そう思ったのか、警戒するように周りを見るが他には誰もいない。背後に現れたのは息を切らしてゼェゼェと呼吸を整えているアリッサと、涼しい顔で立つ護衛のローラだけである。

「我々はッ! 支配から解放されたいだけだッ!」

 男は被っていたハンチング帽を脱ぎ捨てた。すると、帽子の下にあったのは犬のような獣耳。

「獣人?」

 麻薬を売っていた男はロイド達のような人間ではなく、獣耳等の動物的な特徴を持つ人間――獣人であった。

 男は麻薬販売の際に獣人にだけ格安で提供する、と言っていたようだがそれは同族故なのだろうか。

 しかし、同族を麻薬漬けにする意味が分からない。販売において、獣人にだけ優遇するメリットは何なのか。

「我々は同志達を支配から解放するッ! その為に戦うのだッ!」

 獣人の男はポケットから小瓶を取り出した。それは彼等が販売していたという麻薬だろう。

「はぁ!?」

 ロイドが驚きの声を上げるのも当然だ。男は小瓶の蓋を弾いて開けると小瓶を咥えて一気に飲み干したのだ。

 しかし、小瓶の中身は男にとって商品であり、武器であった。  

「ウゥゥ……。ヴヴッ!!」

 麻薬を飲み干した男の目は血走り、両手で体を抱き込むように丸くなった。

 まるで内から膨れる力を制御しようとしているように。

「アァァッ!! アアアアアッ!!」

 獣人の男が奇声のような声を上げると、男の体に変化が起きた。

 上半身が膨れ上がると着ていた服の中に収まりきらずに服がはち切れた。

 腕は太くなって胸板が厚くなる。裸だった上半身には獣のような体毛が生え始めた。手の爪は鋭く伸びて、まるで武器のように変化した。

 血走った目はそのままに、赤い双眸でロイドを睨みつける。

「アアアアアッ!!!」

 雄叫びを上げる口からは大量の涎が溢れ出て、見るからにまともじゃない。

「おいおい、なんだこりゃ……!?」

 変身した男を見るロイドが最初に思い出したのは、オーソーに復讐を果たしたビッグマンだ。

 彼のように体は大きいが、決定的に違うのは獣の特徴があるところか。

 マッシブで濃い体毛に覆われた上半身と頭に生えた獣耳。犬か狼のような耳を持つ男である事から、彼を形容するとなると魔法使いの伝説に登場する『ワーウルフ』に近いと言うべきだろうか。

 嘗て、この世界に生きていた伝説の魔法使いが戦ったという狼男。それがワーウルフと呼ばれる魔物である。

 丁度、ロイドの目の前にいる男のように獣耳と尻尾、濃い体毛を生やした二足歩行の魔物だ。

 しかし、伝説に登場するワーウルフの頭部は動物の狼のような頭部だった。だが、目の前にいる男の頭部は獣人のままだ。

 目の前にいる化け物は、非常にアンバランスで奇形である。

 毛深いゴリラのような上半身に獣人の頭を乗せたような造形。下半身が変身する前の状態のままというのもあるが、男の頭部が動物である狼と同じ頭部に変化していたら胸を張ってこれは『ワーウルフ』であると呼べるだろう。

 しかし、この男の場合は、もしくは本来の姿まで至れなかったといった感じだろうか。

 それでもただの人間にとっては十分な脅威となるに違いなさそうであるが。

「ア"ア"ァァッ!!」

 変身した獣人は奇声と雄叫びが混じった叫び声を上げると、ロイドに向かって走り出した。
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