1 / 5
1話「フンメル国の王太子妃」
しおりを挟む
フンメル国には完璧な淑女と称される王太子妃がおりました。
金色の艶のある長く美しい髪、白磁のようにきめ細かな肌、エメラルドのように輝く瞳、聡明でしとやかな彼女は、完璧な淑女と称され、フンメル国の宝石と称されていました。
しかしそんな彼女にも人知れぬ悩みがありました。
「はぁ……、今日もバナード様のお渡りがなかったわ。私はそんなに魅力がないのかしら……?」
アデリンダがエーレンベルク公爵家から嫁入りして一年。
彼女の夫である王太子バナードは、新婚初夜に寝室を訪れず浮気相手の元に通っていました。
それから一年、王太子は一度も寝室を訪れたことはありません。
アデリンダは王太子が放り出した政務を代わりにこなし、美しく輝ける期間を仕事に費やす日々を送っていました。
「バナード様は今日も彼女のところにいるのかしら……?」
アデリンダが彼女と呼ぶのは、ミラ・シェンク男爵令嬢のことです。
ミラは王太子と学生時代からの仲で、彼は新婚初夜もミラの元に通っていました。
バナードは「結婚して一年経過しても王太子妃が懐妊しなければ、アデリンダ王太子妃は妻の勤めを果たしてないと言える! よって役立たずの正妃を補佐するためにミラ・シェンク男爵令嬢を愛人として迎え入れる!」と公言していました。
「王太子の夜のお渡りがなくては、懐妊のしようがないわ。
そう思わなくてブラザ?」
ブラザはアデリンダに幼い頃から公爵家に仕える侍女です。
王家への輿入れの際、公爵家から連れてきたのでした。
アデリンダはブラザをとても信頼していました。
彼女にとってブラザは姉のような存在で、ブラザにとってのアデリンダは仕えるべき主であり、可愛い妹のような存在だったのです。
「アデリンダ様に、あのようなポンコツ男はふさわしくありませんわ」
「そんなことを言ってはだめよブラザ。
不敬罪で捕まるわよ」
アデリンダは侍女に注意しました。
彼女が侍女を注意したのは、侍女の身を案じてのことです。
「捕まっても構いません。
アデリンダ様は、幼い頃から容姿端麗、淑女としてのマナーもパーフェクト、学園を主席で卒業され、王太子妃教育も歴代最高の成績で納められた、完璧な淑女と称されております。
そのアデリンダ様を妻として娶りながら一年間も放置しているなんて、あの男が王太子でなかったら殴っているところです!」
「落ち着いてブラザ。
それだけ私に女としての魅力がないということよ。
彼女……ミラ様はきっと殿方を虜にする魅力に溢れているのね」
学生時代の二人が、学園の中庭で仲睦まじく腕を組んで歩いていた姿を思い出し、アデリンダは深く息を吐きました。
「私にもミラ様の半分でも愛嬌があれば……」
アデリンダの長年の淑女教育で培われた感情を読み取れない優雅な微笑みは、バナードの心を掴むことはできなかったのです。
彼の心を掴んだのは子供のように無邪気に笑うミラだったのです。
「私もミラ様のように無邪気に笑えたら……」
アデリンダは手鏡を覗き込み、そこに映る無邪気さとはかけ離れた、社交的なほほ笑みを浮かべる自分の顔に辟易していました。
幼い頃から王太子の婚約者として厳しい淑女教育を受けてきたアデリンダには、もう幼子のように無垢に笑うことはできなかったのです。
彼女はその事をとても気に病んでいました。
「アデリンダ様、あれは愛嬌とか無邪気とかそんな可愛いものではありませんわ!
例えるなら蝶の鱗粉、蜘蛛の巣、雀蜂の針です!
男を篭絡し、確実に仕留めるための罠や毒です!
あんな軽薄な笑顔にころっと騙される王太子の気がしれません!」
侍女は思いつく限り、ミラの悪口わ並べ立てました。
彼女は頬を赤らめ、眉間にしわを寄せ、それはそれほとそろしい顔をして、ミラの事をけなしました。
よほど腹に据えかねる思いがあったのでしょう。
「それでも彼女は殿方に一途に愛されている……羨ましいわ」
アデリンダは美しい眉をハの字に下げました。
彼女はそんな表情も淑やかで、絵になりました。
「おいたわしやアデリンダ様。
あんな安っぽい女に王太子がのめり込んだばかりに、こんなご苦労を……。
はっ、安っぽい!
わたくし、アデリンダ様に足りないものがわかりました!」
ブラザは何かに気づいたようで、瞳をキラリと光らせたのでした。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
金色の艶のある長く美しい髪、白磁のようにきめ細かな肌、エメラルドのように輝く瞳、聡明でしとやかな彼女は、完璧な淑女と称され、フンメル国の宝石と称されていました。
しかしそんな彼女にも人知れぬ悩みがありました。
「はぁ……、今日もバナード様のお渡りがなかったわ。私はそんなに魅力がないのかしら……?」
アデリンダがエーレンベルク公爵家から嫁入りして一年。
彼女の夫である王太子バナードは、新婚初夜に寝室を訪れず浮気相手の元に通っていました。
それから一年、王太子は一度も寝室を訪れたことはありません。
アデリンダは王太子が放り出した政務を代わりにこなし、美しく輝ける期間を仕事に費やす日々を送っていました。
「バナード様は今日も彼女のところにいるのかしら……?」
アデリンダが彼女と呼ぶのは、ミラ・シェンク男爵令嬢のことです。
ミラは王太子と学生時代からの仲で、彼は新婚初夜もミラの元に通っていました。
バナードは「結婚して一年経過しても王太子妃が懐妊しなければ、アデリンダ王太子妃は妻の勤めを果たしてないと言える! よって役立たずの正妃を補佐するためにミラ・シェンク男爵令嬢を愛人として迎え入れる!」と公言していました。
「王太子の夜のお渡りがなくては、懐妊のしようがないわ。
そう思わなくてブラザ?」
ブラザはアデリンダに幼い頃から公爵家に仕える侍女です。
王家への輿入れの際、公爵家から連れてきたのでした。
アデリンダはブラザをとても信頼していました。
彼女にとってブラザは姉のような存在で、ブラザにとってのアデリンダは仕えるべき主であり、可愛い妹のような存在だったのです。
「アデリンダ様に、あのようなポンコツ男はふさわしくありませんわ」
「そんなことを言ってはだめよブラザ。
不敬罪で捕まるわよ」
アデリンダは侍女に注意しました。
彼女が侍女を注意したのは、侍女の身を案じてのことです。
「捕まっても構いません。
アデリンダ様は、幼い頃から容姿端麗、淑女としてのマナーもパーフェクト、学園を主席で卒業され、王太子妃教育も歴代最高の成績で納められた、完璧な淑女と称されております。
そのアデリンダ様を妻として娶りながら一年間も放置しているなんて、あの男が王太子でなかったら殴っているところです!」
「落ち着いてブラザ。
それだけ私に女としての魅力がないということよ。
彼女……ミラ様はきっと殿方を虜にする魅力に溢れているのね」
学生時代の二人が、学園の中庭で仲睦まじく腕を組んで歩いていた姿を思い出し、アデリンダは深く息を吐きました。
「私にもミラ様の半分でも愛嬌があれば……」
アデリンダの長年の淑女教育で培われた感情を読み取れない優雅な微笑みは、バナードの心を掴むことはできなかったのです。
彼の心を掴んだのは子供のように無邪気に笑うミラだったのです。
「私もミラ様のように無邪気に笑えたら……」
アデリンダは手鏡を覗き込み、そこに映る無邪気さとはかけ離れた、社交的なほほ笑みを浮かべる自分の顔に辟易していました。
幼い頃から王太子の婚約者として厳しい淑女教育を受けてきたアデリンダには、もう幼子のように無垢に笑うことはできなかったのです。
彼女はその事をとても気に病んでいました。
「アデリンダ様、あれは愛嬌とか無邪気とかそんな可愛いものではありませんわ!
例えるなら蝶の鱗粉、蜘蛛の巣、雀蜂の針です!
男を篭絡し、確実に仕留めるための罠や毒です!
あんな軽薄な笑顔にころっと騙される王太子の気がしれません!」
侍女は思いつく限り、ミラの悪口わ並べ立てました。
彼女は頬を赤らめ、眉間にしわを寄せ、それはそれほとそろしい顔をして、ミラの事をけなしました。
よほど腹に据えかねる思いがあったのでしょう。
「それでも彼女は殿方に一途に愛されている……羨ましいわ」
アデリンダは美しい眉をハの字に下げました。
彼女はそんな表情も淑やかで、絵になりました。
「おいたわしやアデリンダ様。
あんな安っぽい女に王太子がのめり込んだばかりに、こんなご苦労を……。
はっ、安っぽい!
わたくし、アデリンダ様に足りないものがわかりました!」
ブラザは何かに気づいたようで、瞳をキラリと光らせたのでした。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
129
あなたにおすすめの小説
離婚します!~王妃の地位を捨てて、苦しむ人達を助けてたら……?!~
琴葉悠
恋愛
エイリーンは聖女にしてローグ王国王妃。
だったが、夫であるボーフォートが自分がいない間に女性といちゃついている事実に耐えきれず、また異世界からきた若い女ともいちゃついていると言うことを聞き、離婚を宣言、紙を書いて一人荒廃しているという国「真祖の国」へと向かう。
実際荒廃している「真祖の国」を目の当たりにして決意をする。
巻き戻される運命 ~私は王太子妃になり誰かに突き落とされ死んだ、そうしたら何故か三歳の子どもに戻っていた~
アキナヌカ
恋愛
私(わたくし)レティ・アマンド・アルメニアはこの国の第一王子と結婚した、でも彼は私のことを愛さずに仕事だけを押しつけた。そうして私は形だけの王太子妃になり、やがて側室の誰かにバルコニーから突き落とされて死んだ。でも、気がついたら私は三歳の子どもに戻っていた。
【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください
あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」
「恩? 私と君は初対面だったはず」
「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」
「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」
奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。
彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?
皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜
百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。
「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」
ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?
ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……?
サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います!
※他サイト様にも掲載
地味な私では退屈だったのでしょう? 最強聖騎士団長の溺愛妃になったので、元婚約者はどうぞお好きに
reva
恋愛
「君と一緒にいると退屈だ」――そう言って、婚約者の伯爵令息カイル様は、私を捨てた。
選んだのは、華やかで社交的な公爵令嬢。
地味で無口な私には、誰も見向きもしない……そう思っていたのに。
失意のまま辺境へ向かった私が出会ったのは、偶然にも国中の騎士の頂点に立つ、最強の聖騎士団長でした。
「君は、僕にとってかけがえのない存在だ」
彼の優しさに触れ、私の世界は色づき始める。
そして、私は彼の正妃として王都へ……
私知らないから!
mery
恋愛
いきなり子爵令嬢に殿下と婚約を解消するように詰め寄られる。
いやいや、私の権限では決められませんし、直接殿下に言って下さい。
あ、殿下のドス黒いオーラが見える…。
私、しーらないっ!!!
追放された悪役令嬢は辺境にて隠し子を養育する
3ツ月 葵(ミツヅキ アオイ)
恋愛
婚約者である王太子からの突然の断罪!
それは自分の婚約者を奪おうとする義妹に嫉妬してイジメをしていたエステルを糾弾するものだった。
しかしこれは義妹に仕組まれた罠であったのだ。
味方のいないエステルは理不尽にも王城の敷地の端にある粗末な離れへと幽閉される。
「あぁ……。私は一生涯ここから出ることは叶わず、この場所で独り朽ち果ててしまうのね」
エステルは絶望の中で高い塀からのぞく狭い空を見上げた。
そこでの生活も数ヵ月が経って落ち着いてきた頃に突然の来訪者が。
「お姉様。ここから出してさし上げましょうか? そのかわり……」
義妹はエステルに悪魔の様な契約を押し付けようとしてくるのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる