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2話「足りないもの」
しおりを挟む「私に足りないもの?」
アデリンダは小リスのように小首をかしげました。
彼女はこのような可憐な仕草も出来るのです。
彼女の魅力に気づかない王太子はアンポンタンです。
「アデリンダ様に足りないといいますか、持ちすぎているといいますか」
「どういうことなの?」
アデリンダはわからないという顔で、今一度小首を傾げました。
「アデリンダ様は高貴すぎるのです!
種付けするとき牝馬があまりにも高貴すぎると、種馬が臆してしまい、興奮しないことがあるそうです」
「た、種馬……!?」
侍女の口から出てきた「種馬」という言葉にアデリンダは動揺を隠せませんしでした。
アデリンダは王太子妃として閨教育を受けましたが、王太子の渡りがないためまだ生娘のままだったのです。
なので彼女はこういう話には免疫がありませんでした。
「フフフッ、動揺なさってるアデリンダ様は、あどけない少女のように可愛らしいですわ」
侍女は初な反応を見せるアデリンダが可愛くて仕方ありませんでした。
「もう、ブラザったらからかわないで」
ブラザにからかわれ、アデリンダは少しだけ頬を赤らめました。
「そ、それでその種馬はどうしたの?」
それでもやはりブラザの話に興味があるようで、アデリンダがおずおずと尋ねました。
「種馬がた……興奮するように、牝馬の体に泥を塗るのです。
そうすると牝馬の高貴さが薄れ、種馬はたちどころに興奮するそうです」
「牝馬の体に泥を塗ったの……?
本当にそんな方法でうまくいったの?」
「はい、アデリンダ様」
アデリンダはひとしきり考え、何かに納得したような顔をしました。
「そうなのね、体に泥を……。
でも私はもう十九歳、幼子のように泥んこ遊びをする年ではありませんわ」
再びアデリンダの表情が曇りました。
彼女は淑女として厳しい教育を施され、そこから抜け出せずにいまのです。
厳しい淑女教育の果てにまっていたのが、ポンコツ王太子との結婚です。いたたまれません。
「体に泥をつける方法などいくらでもあります。
例えば芋掘りなどいかがでしょうか?」
アデリンダは芋掘りというものをしたことがありませんでした。
いえ、農作業事態見たことはあってもやってみたことはなかったのです。
「芋掘り?
私に農民のまねごとをしろというの?」
「この国の民の九割は農民です。
王太子妃が率先して民の苦労を味わうことは決して悪いことではありませんわ。
むしろアデリンダ様の好感度が上がるかと」
侍女の言うことにも一理あるとアデリンダは思いました。
「で、でも王太子妃が農作業をしたという前例はないでしょう?」
農民の気持ちは知りたい。されど王太子妃としての立場上前例のないことは出来ません。アデリンダはじれんまに襲われていました。
「ございます」
侍女がすかさず答えました。
「えっ? ありますの?」
アデリンダの目は予想外の自体に驚きに見開かれました。
「アデリンダ様は、十代前の王太子妃様、のちの王妃様が破天荒であったことはご存知ですよね?」
「ええ、確か地図にも載らない遠い異国から嫁がれた方で、彼女の行いは初め周囲に受け入れられなかった。
でも彼女のもたらした不思議な道具の数々が民の暮らしを楽にし、周囲は次第に彼女の能力を認めていった……」
「洗濯板、ポンプ式の井戸、石けん、算用数字の導入、彼女がもたらした功績の中で有名なところはこの辺りですね」
十代前の王太子妃がもたらしたものたは、今この国にはなくてはならないものになっていました。
それくらい偉大な方だったのです。
「十代前の王妃様は、よく異国の服を着て民に混じり農作業をしていたそうなんです」
「その話本当なの?」
「ええ、異国の服で農作業をする少女のお姿が当時の王太子のお心にぶっ刺さり、彼女は王太子妃になられ、数年後に王妃になられた。
どうですか?
アデリンダ様も異国の衣服に身を包み農作業をしてみたくなったのではありませんか?」
「そ、そうね。
で、でもこれはあくまでも十代前の王妃様に習い、民の暮らしを知り、彼らの辛さを身を以て体験しようと思っただけのこと。
け、決して殿方を興奮させようとかそんなつもりは……」
アデリンダが頬を赤らめ、言い訳を並ました。
「存じております。アデリンダ様」
そんな主を侍女は生暖かい目で見守っていたのでした。
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