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4話「白い結婚」
しおりを挟む――数日後――
「えっ?
白い結婚により王太子との結婚自体が白紙になったのですか?」
「はい、アデリンダ様。
本日を以て、アデリンダ様とバナード殿下が結婚して、一年が経過いたしました。
一年間、バナード様はアデリンダ様の寝室にお渡りにならなかった。
私や他の侍女や近衛兵が証人です。
陛下はアデリンダ様と王太子の結婚をなかったことにし、アデリンダ様への精神的な苦痛に対する慰謝料を保証し、結婚を白紙撤回した後のアデリンダ様の自由を約束してくださいました」
「えっ? 待って話についていけないわ。
私とバナード様の結婚は政略的なものよ。
バナード様がいくら浮気者だからと言っても、簡単に離婚できるものではないわ」
「離婚ではなく、結婚の白紙撤回です。
アデリンダ様を傷物になどいたしません」
ブラザは結婚した事実自体がなくなることを強く主張しました。
「でもバナード様は陛下のたった一人のご子息。
他に跡継ぎになられる方もいらっしゃらないから、筆頭公爵家の私がバナード様に嫁ぎ、当家が彼の後ろ盾になり、彼に足りないところは私が補うことになっていたのではなくて?」
「あの王太子は足りないところだらけでしたので、九割以上はアデリンダ様が補っておられましたけどね」
ブラザが苦々しげに呟きました。
「それがつい最近、お世継ぎが見つかったのです!
陛下の兄上であられたデアーグ殿下のご子息で、
名はエドワード様!
御年十三歳!」
「デアーグ殿下は確か先の大戦で亡くなられたはず」
「はい、デアーグ殿下は二十年前の戦争で戦死したと思われていました。
エドワード様の話ではデアーグ殿下は二年前まで生きておられ、辺境の国で暮らしていたそうです。
殿下は戦争で深い傷を負い、その時の傷が元で記憶を失い、名前以外は覚えていなかったとか」
「デアーグ殿下は、自分が王族であることも忘れていたのね。
お気の毒に。
だから戦争が終わっても帰国されなかったのね」
「デアーグ殿下は、記憶が戻ることなく、辺境の国でお亡くなりに」
「まぁそんなことが。
でもどうして今頃になって、その方がデアーグ殿下とそのご子息の所在が明らかになったの?」
「たまたま外務大臣が辺境の国を訪れた際、エドワード様をお見かけし、あまりにも若い頃のデアーグ殿下にそっくりだったので、彼の素性を調べ魔力鑑定を行ったそうです」
魔力鑑定とは、その者の持つ魔力を調べることで、血筋を明らかにするものです。
本人が亡くなっていても、体の一部が保存してあれば、鑑定は可能です。
「デアーグ殿下が出陣される前に残されていった髪や爪と照合した結果、
ほぼ十割に近い確率でデアーグ殿下とエドワード様は親子であると判明したのです。
念のために陛下や王太子の魔力と、エドワード様の魔力も鑑定いたしました。
その結果、エドワード様は陛下のかなり近しい親族であることが判明いたしました」
「まぁ、ということは……?」
「はい、無理にポンコツ王太子……バナード殿下をお世継ぎにしておく必要がなくなりました。
それはつまり、アデリンダ様が人生を犠牲にし、能無しを支え、時間をドブに捨てなくても良くなったということです!」
ブラザは嬉しさのあまり、歯に衣を着せられなくなっていました。
「王太子は凡庸な顔立ちに無能な中身を合わせ持つ穀潰しでしたが、エドワード様はハンサムで賢くて向上心が高く勉強熱心な方だとか。
王太子とは正反対ですね!
エドワード様は一年間王太子になるための教育を施されたそうです。
さらに、この度陛下の養子に入られたので、彼が跡継ぎになる準備万端です!
ああ、何故もっと早くエドワード様を発見できなかったのでしょう!
エドワード様がもっと早くに見つかっていれば、アデリンダ様がゲスな王太子の為に、無駄に時間を費やすことはなかったのに!」
ブラザは口惜しそうに呟きました。
アデリンダは当時唯一の跡取りだと思われていたバナードを支えるため、九歳の頃から厳しい王太子妃教育に耐えてきました。
王太子は無能なポンコツでしたが、無能なりに考えある結論に達しました。
「自分がいくら努力してもアデリンダには敵わない」と、彼は早々に悟ったのです。
バナードは「仕事は優秀な婚約者がすればいい」と開き直り、王太子教育をサボっては狩りや乗馬に興じました。
そして年頃になった王太子は、学園で可憐な男爵令嬢に出会い夢中になったのです。
馬鹿でもアホでも女好きでも、バナードはこの国の唯一の跡取り。
彼を廃太子にすることはできませんでした。
せめて次の世継ぎとして生まれて来る子が少しでも優秀になるようにと、結婚相手には美しく聡明なアデリンダが選ばれました。
エーレンベルク公爵は、国の為に泣く泣く愛娘をアホ王太子に嫁がせたのです。
しかし二人の結婚式の翌日に、亡き王兄の忘れ形見が見つかったとの報告が入りました。
しかも彼は現王太子より、百倍見目麗しく、一万倍優秀だというのです。
「なんでもっと早くエドワード様を見つけられなかったんだ!
せめてあと一日早ければ……!」
エーレンベルク公爵家の者は、アデリンダの事を思い、涙を流しました。。
結婚前ならいくらでも取り返しがついたのです。
しかし愛娘はすでに王太子の毒牙にかかっている……この事実にエーレンベルク公爵は絶望しました。
ですがここで現王太子が初夜をすっぽかし、男爵令嬢の元に通うという予想外の事態が発生したことが発覚したのです。
その知らせを聞いたエーレンベルク公爵は歓喜したのは言うまでもありません。
エーレンベルク公爵は、アデリンダの清らかな体を一年間ケダモノ王太子から守り抜き、白い結婚による結婚の白紙撤回を思いついたのです。
エーレンベルク公爵家の後ろ盾がなくなったバナードなど紙くず同然。
彼を追い落とし、優秀なエドワードを王太子にすることは容易い。
エーレンベルク公爵はすぐに国王にかけあったのでした。
国王は最初は渋っていましたが、亡き兄への負い目もあり、エドワードを自分の養子に迎え、彼を世継ぎにすることを承諾したのでした。
国王はアデリンダをエドワードの婚約者にと提案したが、「年が違いすぎます! 女性が六歳年上なのは辛い!」と国王の提案を突っぱねたのでした。
エーレンベルク公爵はこれ以上、娘を王家の犠牲にしたくはなかったのです。
しかたなく国王は、優秀なアデリンダを手放すことに同意しました。
国王は、エドワードと同年代の貴族令嬢の中から賢い者を選び、彼の婚約者にすることを決めました。
そして一年かけてエドワードに王太子の教育を施し、アデリンダとバナードの結婚が白紙撤回されたあと、バナードを廃太子し、エドワードを新しい王太子として発表する段取りをつけていました。
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