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第二章・リシェルとエカードの出会い

第2章・12話「何年経過しても初心な人」

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その日はリシェルが婚約の手続きに帝都にある城を訪れることになっていた。

リシェルと会うのは十一年振りだ。

「髪のセットよし、リシェルの髪と瞳の色の漆黒のジュストコールをまとったし、香水は臭くない程度に付けたし、ハンカチも持ったし、歯磨きもしたし」

俺は玉座の間を、右に行ったり左に行ったりを繰り返していた。

「息子よ、少しは落ち着け」

隠居した上皇となった父が。俺をたしなめる。

「やっぱりもう一度、歯磨きしてきます!」

「もう五度目だぞ。
 いい加減にしないと歯茎から血が出るぞ」

父は呆れた顔をしている。
   
「これが普段氷の貴公子だの、クールな皇帝だの言われている息子の正体だとわかったら、帝国中の未婚の女性ががっかりするでしょうね」

上皇后である母がため息をつく。

誰にがっかりされてもいい!

リシェルにだけ好いて貰えれば、他の誰もいらない!

「申し上げます!
 ゼーマン辺境伯ならびに、ゼーマン辺境伯令嬢リシェル様がご到着なさいました!」

そのとき、玉座の間に入ってきた衛兵が告げた。

「どこだ! リシェルは今どこにいる!?」

俺は衛兵の肩を掴み思いっきり揺すった。

「た、ただいま馬車で正門に……」

「正門だな! わかった!」

俺は衛兵の言葉を最後まで聞かずに部屋を飛び出していた。

「まったく、待っていればここに来るのに。
 誰に似たのかせっかちですねぇ」

母が呟いた言葉は俺の耳には届かない。







正門に行くとゼーマン辺境伯家の馬車が止まっていた。

辺境伯はすでに馬車から降りているようだ。

黒髪の少女の姿は見えないから、リシェルはまだ馬車の中だろうか?

ゼーマン辺境伯が馬車にいる人物に手を貸している。

あの日に焼けたしっかりした手の持ち主がリシェルなのか?

「リシェルーー!!」

俺は馬車に向かって駆け出した。

馬車から下りた黒髪の少女が俺を見て、目をパチクリさせている。

艶のある黒く真っ直ぐな髪、きらきらと光る黒曜石の瞳、きめ細やかな肌は健康的に日に焼けていた。

ハーフアップされた髪には紫のリボンが結ばれ、引き締まった体は藤色のAラインのドレスに包まれている。

「やっぱりリシェルだ!
 会いたかったよ!!」

俺はリシェルを抱きしめてその場でくるくると回った。

「ちょっ、エカード様! 人が見ていますよ!」

「見られても構うもんか!
 俺のリシェルが目の前にいるのにじっとなんかしていられないよ!」

十数年ぶりの再会に俺は喜びを抑えきれなかった。

ひとしきりリシェルを抱きしめてくるくると回ったあと、リシェルを地面におろした。

「会いたかったよ。俺の愛しい人」

「私もよ、エカード様」

リシェルからは花のような甘い良い香りがした。

彼女のみずみずしい桃色の唇に口づけを落としたい。

彼女に顔を近づけたとき……。

「これは皇帝陛下、お久しぶりですね。
 ところでまだ二人の婚約は結ばれていません。
 なので今の二人の関係はただの幼なじみです。
 節度のある関係を心がけてほしいものですな」

「わかっている辺境伯。
 だから殺気を押さえてくれないか?」

背後からの殺気が凄いのだが。

俺の脳内に、リシェルにキスしたのが辺境伯にバレて彼が暴れまくった幼い頃の映像がよぎる。

この人は殺気だけで人を殺せるんじゃないのか?



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辺境伯から牽制されたものの、リシェルとの婚約は滞りなく進んだ。

「ゼーマン辺境伯領は我が帝国の領地に組み込まれた。
 貴公の爵位は帝国でもそのまま辺境伯、土地の呼び名もそのままゼーマンでよいかな?
 異論はありますか?」

「ございません陛下」

「口うるさい古参派のツァベル公爵には事前に根回ししておいたし、貴公に辺境伯の地位を与えることと、リシェル嬢を俺の婚約者にすることに反対する者もいないだろう」

ツァベル公爵の孫娘が辺境伯親子が取ってきた不死鳥の葉で回復したのは、有名な話だ。

「これにてゼーマン辺境伯家の長女リシェルと、皇帝である俺エカード・フリーデルの婚約を正式に結ぶこととする」

こうしてリシェルは正式に俺の婚約者になった。



☆☆☆☆☆




「はぁ~~。
 リシェルと婚約したら好きなだけイチャイチャできると思ってたのに……」

その日の夜、俺は枕に顔を埋めてへこたれていた。

辺境伯に「結婚するまでは清い関係を保つように」と釘をさされてしまった。

別に俺だって、結婚前にリシェルの処女を散らす気はない。

皇族の結婚は処女性が重要視される。

だけどちょっとくらいハグしたり、お姫さま抱っこしたり、キスするぐらい、いいじゃないか!

というかリシェルとキスしたい!

「あーもう!
 結婚式まで待てないよ!」

枕をポカポカと殴っていると、「枕に当たるクセは変わりませんね」窓の方から声がした。

振り返ると、窓の外にリシェルがいた。

「リシェル! どうしてここに?!」

ここは四階なんだけど?

「このくらいの壁、不死鳥の住む山に比べたらなんてことありませんわ」

どうやらリシェルは素手で壁をよじ登って来たらしい。

子供の頃、リシェルが俺の部屋に来るときはロープを使っていたが、成長したリシェルにはそれすら必要ないらしい。

「お菓子を持ってきました。
 思い出話に花を咲かせながらいただきましょう」

リシェルが持ってきたのは、あの日と同じアールグレイとチーズケーキだった。

リシェルが手際よくテーブルに皿とフォークとナイフを並べ、カップにアールグレイを注ぐ。

「リシェルにお茶を淹れてもらうのはあの日以来だね」

「あの頃より格段に上達しましてよ」

リシェルに淹れてもらったお茶を一口含む。

「美味しいよリシェル」

「上達したのはお茶の入れ方だけではありませんよ」

リシェルが美しい所作でチーズケーキを食す。

リシェルのテーブルマナーは、マナーのお手本と言って差し支えないほど綺麗だった。

「上達したね、リシェル」

「これでも王国にいたときは、王太子妃教育を受けておりましたので」

王太子妃教育という言葉に、ちょっとだけムカッとした。

「ニクラス王国の元王太子にもお茶を淹れてあげたの」

「いいえ。
 あの方は私とのお茶会を直前になってキャンセルしてばかりでしたから」

リシェルとのお茶会をキャンセルするとか、元王太子め許せん!

「エカード様、眉間にしわが寄ってますわよ」

「君とのお茶会をすっぽかした元王太子に腹が立ってる」

「では元王太子と仲良く、お茶を飲んでいた方が良かったですか?」

「それはもっと嫌だ!」

「殿方の心理は複雑ですね」

リシェルは困ったように眉を下げた。

「ケーキが食べ終わったらダンスをしましょう。
 あの日と同じように」

「いいね! 楽しみだ」

「私の華麗なステップを見て、驚かないでくださいね」

「心しておくよ」

ケーキを食べ終えた俺たちは、部屋の真ん中に移動しダンスを踊った。

あの日と同じワルツを。

「本当に上手くなったね。
 これなら国中の貴族の集まるパーティでも安心して踊れるよ」

「エカード様が帰国されてからも、レッスンを続けてましたから」

「元王太子とも踊ったの?」

「いいえ。
 あの方にエスコートされたことは一度もありませんわ」

「良かった」

元王太子が愛しのリシェルと仲良くダンスしているところを想像しただけで、腸が煮えくり返りそうだ。

「早く婚約披露パーティを開いて、みんなに君を見せびらかしたいな」

「まあ、エカード様ったら」

「覚えてるリシェル?
 あの日俺たちはダンスのあと口づけを……」

「覚えていますわ。
 私あれが初めてのキスでしたもの」

「俺もあれが初めてだったよ」

いつの間にか、ふたりとも踊るのを忘れていた。

リシェルの黒曜石の瞳をじっと見つめると、リシェルは頬を赤く染めた。

「リシェル、キスしてもいい?」

「結婚するまでは清い交際をすると、父の前で誓ったはずですが?」

「わかってる。
 結婚式まで君の処女は奪わないつもりだ」

「しょ……!」

リシェルが顔を真っ赤にする。

ちょっと言葉選びに失敗したかな?

「触れるだけのキスだけ、それもだめ?」

「…………お父様には内緒ですわよ」

「わかってる」

辺境伯に話したら、八つ裂きにされてしまう。

リシェルの頬に触れると、彼女は瞳を閉じた。

俺はリシェルの唇と俺の唇を重ねた。

触れるだけのキスで止めるつもりだったけど、止まりそうにない。

俺はリシェルから唇を離し、何度も口づけを落とした。

口づけはやがて深いものに変わっていき……。

「皇帝陛下、ゼーマン辺境伯がお越しです」

「陛下、昼間はすまなかった!
 お詫びの印に珍しい酒をもってきた!
 不死鳥の住む山に向かう途中でエルフの里を見つけてな。
 エルフと仲良くなって譲ってもらったのだ。
 近い将来舅と婿になるんだ、男同士で一杯やろう!」

突如部屋に入ってきたゼーマン辺境伯に、リシェルとキスをしている現場を押さえられ、キレた辺境伯に斬り殺されそうになったのはまた別の話だ。



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