「嫌われ者の公爵令嬢は神の愛し子でした。愛し子を追放したら国が傾いた!? 今更助けてと言われても知りません」連載版

まほりろ

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26話「初めての共同作業と二度目の口づけ」

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私達はギルドの会議室に移動した。

大量の魔石を扱うので、落ち着いて作業できる場所が必要だったのだ。

宿の食堂は他の宿泊客も利用する。

食堂で作業をしていたら、マルタさんや宿泊客に迷惑をかけてしまう。

それに食堂はもともとご飯を食べる場所なので、集中して作業をするには向いてない。

二階の部屋は狭く小さなテーブルと椅子しかないので、やはり作業をするのに向いていない。

ギルド長の話では、ギルドには大きな会議室があり、生活音なども気にせず作業に集中できるそうだ。

会議室の扉を開けると、中央に大きな机と、いくつかの椅子が設置されていた。

太陽の日差しがよく入る見晴らしの良い部屋だった。

ここならクヴェルが作業に集中できそうだわ。

椅子に掛けて待っていると、ギルド長とトーマスさんが魔石の入った箱を持ってきてくれた。

ギルド長さんは使いやすそうな彫刻刀など、魔石を彫るのに使う道具をいくつか揃えてくれた。

会議室は今日一日貸し切りだ。今日中に作業が終わらなければ明日も貸し切ってくれるそうだ。

クヴェルができるだけ作業しやすいように、ギルド長が配慮してくれたのだ。

クヴェルの邪魔にならないように、私はクヴェルを残して部屋を出た。

なにもせずにいると落ち着かないので、受付嬢さんにお願いしてクヴェルの為に軽食の準備をすることにした。

ギルドには有事の際に冒険者に食事を提供できるように、大きめのキッチンが備え付けられていた。

作業しながらでも食べやすいようにサンドイッチや、スコーンなどを作ろうと思う。

クヴェルたん、私の手料理気に入ってくれるといいなぁ。



◇◇◇◇◇◇


会議室に戻るとクヴェルは机に向かって作業をしていた。

「お疲れ様、クヴェル。
 少し休憩しよう」

私は料理とコーヒーを乗せたトレイを机の端に置いた。

私が作ったのは、ハムとチーズとレタスのサンドイッチとスコーンとナッツ入りのクッキーだ。

受付のお姉さんが、スコーンに合う苺ジャムとクロテッドクリームを買ってきてくれた。

クヴェルは集中しているのか、私が声をかけても気づかないみたいだ。

ギルドにゴラードがやってきたのが朝の六時。

ギルド長さんがやってきたのが七時。

それからギルド長さんからいろいろと説明を受けたあと、朝食を食べて、ギルドに移動して作業を開始したのが八時半。

今はお昼だから、クヴェルはかれこれ三時間半も休まずに作業をしている。

あまり根を詰めすぎると体に悪いわ。

「クヴェル、休憩しよう?」

クヴェルが魔石を掘り終わり籠に入れたタイミングで、彼の手の前で手を振った。

そのタイミングで声をかけたのは、魔石にルーンを刻んでいる時に声をかけて、彼が指を傷つけるのを避けるためだ。

「アデリナ……いたんだね。
 ごめん、気づかなかった」

クヴェルは驚いたように目をパチクリとさせていた。

「気にしないでいいよ。
 クヴェルたんがそれだけ集中してたってことだもん」

魔石にルーンを刻んでいる時の真剣な表情もかっこよくて好きだけど、今のように子供らしい表情も可愛いくて好きだわ。

「あまり、無理しないでね」
 
「大丈夫だよ、僕は人間より頑丈に出来ているから」

そういうことを淡々と言わないでほしいわ。胸がツキンと痛む。

「人間より」ということは、やっぱりクヴェルたんは人間じゃないんだ。

人間ではないクヴェルたんは、この先何年生きるのかしら?

私と同じくらい? それとももっと長いのかしら?

好きになった人との種族の差とか、寿命の差とか今はそんなこと考えたくない。

クヴェルたんとずっと一緒にいられたらいいのに。

「クヴェルたんが頑張ってるから、ご褒美に今日は私が食べさせてあげるね」

私は嫌な考えを振り払うように明るく声をかけた。

「アデリナが食べさせてくれるの?
 本当に? いいの!?」

私の提案にクヴェルたんは瞳を輝かせていた。

「もちろんだよ」

「やったーー!!」

無邪気にはしゃぐクヴェルたんが可愛い! 好き! 大好き! ハグしたい!!

私はそんな欲望を抑え、クヴェルたんの口にサンドイッチを運ぶ。

小さな口で大きなサンドイッチにかぶりつく姿が愛おしい。

クヴェルたんはにこにこと笑いながら、サンドイッチを味わいながら咀嚼していく。

彼はあっという間にサンドイッチを平らげてしまった。

「クヴェルたん、口の周りにドレッシングが付いてるよ……」

私は彼の口についたドレッシングを指で拭き取った。そのとき、私の指がクヴェルの唇に触れた。

その瞬間、今朝大人の姿のクヴェルとキスしたことを思い出してしまった。

「ご、ごめん……!
 わざと触れたわけじゃ……!」

「僕はアデリナにならいくら触られても嫌じゃないよ」

そう言ってふっと笑うクヴェルは、あどけなさの中に妖艶さが見え隠れして……なんとも言えない色気と可愛らしさを醸し出していた。

そんな感じで、クヴェルにちょいちょいからかわれながら食事は終わった。

クヴェルを好きだと自覚してから、彼のちょっとした仕草でときめいてしまう。



◇◇◇◇◇



食器を片付けて会議室に戻ると、クヴェルは真剣な表情で魔石にルーンを刻んでいた。

私は邪魔にならないように隅の椅子に腰掛けた。

この国を救いたいと言い出したのは私なのに、結局クヴェルに頼ってばかりの自分が情けない。

「クヴェルたんに任せてばかりでごめんね。
 私も手伝えたらいいんだけど……」

「ならアデリナもやってみる?」

彼は作業を止め、こちらに視線を向けた。

「む、無理だよ!
 だって昨日クヴェルたんが言ってたじゃない。
 ルーン文字は簡単に扱えないって」

昨夜、クヴェルの忠告を無視して魔石にルーン文字を刻んだ魔法使いの男性は、酷い目に遭っていた。

私はあんな目には遭いたくないわ。

「アデリナならできるよ。
 君は僕の祝福を受けているからね」

クヴェルはそう言って微笑んだ。なんともあざと可愛らしい笑顔だった。

卒業式の日、青年クヴェルに祝福のキスを受けたことを思い出す。

あのとき彼の唇が触れた額が、熱を持っているみたいに熱い。

額が熱いのはキスされたことを思い出して照れくさいからなの? それとも別の意味があるの?

「クヴェルの祝福を受けたら、魔石にルーン文字を刻めるようになるの?」

「そうだよ」

クヴェルの祝福を色んな人に与えたら、ルーンの刻んだ魔石を量産できそうね。

でも、悪用されるかもしれないから誰にでも簡単に祝福を与えられないよね。

それに……クヴェルたんが他の人の額にキスするのは嫌だ。

私が魔石にルーン文字を刻めるなら、クヴェルの負担を減らせるわ。

「昨夜、素質もないのにルーン文字を刻んでズタズタになってた男を見たばかりだから怖いよね。
 だから無理には勧めないよ」

「ううん、私やるわ!
 クヴェルにばかり頼りきりでは申し訳ないと思っていたのよね。
 私にもできることがあって嬉しいよ」

少し怖いけど、クヴェルの負担が減らせるならやるっきゃない!

「クヴェル、やり方を教えて!」

「いいよ。
 最初だから大きめの魔石を使おうか。
 魔石を左手に持って、彫刻刀の持ち方は……」

私は他の魔石より一回り大きめの石を手に取った。

ラグはLを逆さにしたみたいな文字で、魔除けソーンは横向きの三角みたいな文字だったよね?」

「最初から両面に文字を刻むのは難度が高い。
 アデリナは、表側にラグの文字を刻むだけでいいよ。
 僕が裏面に魔除けソーンを刻むから」

「うん」

そうよね、最初から両面に文字を彫るのは難しいわよね。

まずはラグのルーンを素早く正確に彫れるようにならないとね!

私はクヴェルの指導のもと魔石にラグのルーンを刻んだ。


◇◇◇◇◇


三十分後。

「出来た!」

私は掘り終えた魔石を天にかざした。ちょっといびつだけどルーン文字に見えなくもない。

「おめでとう。
 初めてにしては良くできてるよ。
 ちゃんとラグのルーンとして作用してる」

クヴェルが満面の笑顔を浮かべる。

「良かった。
 でも三十分もかけて、一個しか彫れないなんて悔しいわ!」

しかもその間、クヴェルの作業を中断させてしまった。

「これじゃあ、お手伝いじゃなくてクヴェルたんの邪魔にしかなってないよ」

私は自分の不器用さを痛感していた。

「始めはこんなものだよ。
 それに邪魔になんかなってないよ。
 アデリナが手伝ってくれただけで僕はとっても嬉しいよ」

クヴェルたんがふわりと笑う。彼の笑顔を見てるだけで元気が出てくる。

「この魔石はクヴェルに渡すね。
 裏面に魔除けソーンを刻んで」

私はクヴェルたんにラグのルーンを刻んだ魔石を手渡した。

クヴェルは私から魔石を受け取ると、裏側に器用に魔除けソーンの文字を刻んでいく。

「出来た!」

クヴェルは宿屋で魔石にルーン文字を刻んだときより、文字を刻むスピードがアップしていた。

前は魔石の両面に文字を刻むのに五分かかっていたけど、今はそんなにかかってないかも。

「僕たちの初めての共同作業だね」

クヴェルは彫り終わった魔石を片手に、私を見てニヤリと笑った。

クヴェルが放った「共同作業」という言葉に「結婚式」を連想してしまい心臓がドクンと音を立てた。

「アデリナが初めて刻んだ魔石を暗い井戸の底に沈めるなんてもったいなぁ。
 ねぇアデリナ、この魔石僕にくれない?」

「いいけど、井戸に入れる魔石が一個足りなくなるよ?」

「それは大丈夫。
 僕たちが持ってる魔石から一つ提供すればいいだけだし」

クヴェルは腰に取り付けたポーチから魔石を一つ取り出すと、まだルーンが刻まれていない魔石の籠に入れた。

「これで井戸に入れる魔石が足りなくなることはないよ」

数さえ合っていれば、誰が用意した魔石かは関係ないわねよ。

「だから、この魔石は僕が貰ってもいいよね?」

クヴェルたんは私が文字を刻んだ魔石を手に小首を傾げる。

「魔石に文字を刻んだのは初めてだから、下手っぴだよ」

「それがいいんじゃないか」

「お守りにするならもっと上達してからの方が」

「やだ! これがいい!」

クヴェルが珍しくダダを捏ねた。

私としては不出来な一作目など井戸の底に沈めて、無かったことにしたい。

だけどこうして問答している間も、私はクヴェルの貴重な時間を奪っている。

「そんなにいうならどうぞ」

クヴェルたんの貴重な時間を無駄にするわけにいかない。

「ありがとうアデリナ!
 一生大切にするね!」

魔石を手にはにかむクヴェルたんが可愛すぎる!彼の笑顔に私の心臓は撃ち抜かれていた。

「それにしても、魔石を彫るのって疲れるんだね……」

精神的や肉体的な疲労だけでなく、謎の疲労を感じる。

「ルーン文字を彫るときに魔力を消耗してるからだよ。 
 慣れれば魔力の消費量をコントロールできるようになるよ」

魔石を彫るのには魔力も必要なのね。

道理で魔石にルーンを刻んだだけなのに、ワームと戦闘したあとのような疲労感があるわけだ。

「クヴェルはそんな作業を何時間も続けてるのよね?
 疲れない?」

クヴェルはいつもと変わらず元気なように見える。 

だけどもしかしたら、私に疲れている姿を見せないようにしているだけかもしれない。

「大丈夫だよ。
 僕は魔力のコントロールに慣れているし、それに僕は人間より魔力量が多いからね」

だからと言って疲れていないわけではないだろう。

「クヴェル、無理しないでね。
 自分でも気づかない間に疲れが溜まってることもあるんだから」

「無理なんかしてないよ。
 でも、そうだな。
 ずっと同じ姿勢でいたからちょっとだけ疲れたかも」

クヴェルが左手を右肩に当てて右肩をぐるぐると回す。

「マッサージしてあげようか?」

「マッサージよりキスがいいな」

「えっ……?」

「アデリナが唇にキスしてくれたら、元気になるんだけどなぁ……なんて……、えっ…………!?」

多分それは、クヴェルが私をからかう為に言った冗談だったと思う。

「……少しは、元気でた……かな?」

本当にキスされるとは思っていなかったようで、クヴェルは口を空けたまましばらく放心していた。

自分からクヴェルの唇にキスしてしまった……! なんてことをしてしまったのかしら!!

私ったらなんて破廉恥なの……!

クヴェルへの恋心を自覚してから暴走しているわ……!

「彫刻刀を一本借りるね!
 それから魔石も何個か貰っていくね。
 私、隣の部屋で作業するから!」

魔石を三個と、クヴェルが使用していない彫刻刀を手に取り、私は部屋を出た。

自分からキスしておいてなんだけど、クヴェルと同じ空間にいることに耐えられなかった!

部屋から出たものの、そこから動けなくて扉を背にしてしゃがみ込んでしまった。

一日に二回もクヴェルとキスしてしまった!

一回目は偶然唇が触れ合って、二回目は自分から……!

私って痴女だったのかしら……!?




◇◇◇◇◇



会議室の前に蹲っているわけにもいかない。

ギルド長さんに個室を用意してもらい、私は作業に取り組んだ。

キスのこともあり、作業にあまり集中出来なかった。

クヴェルが作業を終えたと連絡が入ったとき、私はようやく二個目のルーンを彫り終えたところだった。

疲労感が半端ない。魔石にルーンを刻むのがこんなに大変だとは思わなかったわ。



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