幼なじみに婚約破棄された僕が、隣国の皇子に求婚されるまで・BL・完結・第9回BL小説大賞、奨励賞受賞作品

まほりろ

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二十七話「駅馬車の旅③」

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「リナ、ちゃんと座りなさい」

「ごめんなさい、ママ」

少女の隣に座っていた品の良さそうなご婦人が注意した。婦人は少女と同じ髪の色と目の色をしていた。

「娘がすみません」

リナちゃんのお母さんが後ろを振り返り頭を下げた。

「いえ、お気になさらず」

親子の二人旅か。

「でもママ、お姉ちゃんは本当にヌーヴェル・リュンヌの像みたいに綺麗だったんだよ」

「ヌーヴェル・リュンヌは王都の神殿に祀られていて、王族しか会えないのよ。馬車に乗ってるわけがないでしょ」

リナちゃんのお母さん、情報乙。

ボワアンピール帝国には神子はいないんだな。神子を挟まず王族が直接神に会える分、王族に民の信仰や信頼を集めやすい。

レーゲンケーニクライヒ国では水竜に会えるのは国王と神子だけ。国王ですら神子の許可がないと会えない、だからどうしても神子に力が集まる。

「あたしとママはね、ラック・ヴィルにいるパパに会いに行くの! お姉ちゃんたちはどこに向かってるの?」

ん? ラック・ヴィル? この馬車は王都に向かっていたのではないのか?

「ノヴァさん、この馬車ラック・ヴィル行きなんですか?」

ノヴァさんの服をちょいちょい引っ張る。

「ラック・ヴィルは王都とリーヴ村の中間にある街だ。リーヴ村と王都をまっすぐに結ぶ駅馬車はないので、一度ラック・ヴィルに向かう」

なるほど、そういうことか。

「ラック・ヴィルには大きな湖がある、少し観光するのも良いだろう」

観光? 楽しそうだけど、いいのかなこんなにノヴァさんに甘えて。

「宿屋も大きいし……その、壮麗な星空も見える」

新月が近いからそれはたくさん星が見えるだろう。

さっきからノヴァさんの顔が赤い? 暑いのかな?

「ロマンチックな雰囲気など、シエルが好むのではないかと……」

「はぁ……?」

ロマンチックな雰囲気ね? 俺が女なら喜んだだろうな。

視線に気づき前を見ると、リナちゃんがにやにやしながらこちらを見ていた。

「お姉ちゃんたち新婚でしょう? 絶対そう!」

「はっ?」

なぜにそうなる??

「馬車に乗ったときからずっと手をつないでいるし、距離が近いし、お姉ちゃんの顔を見るときお兄さんの顔が赤いし! 絶対そうだよ! お隣のお姉さんが結婚したときもそれぐらい距離が近かったし、ママがパパと久しぶりに会ったときも、そんな風にいちゃいちゃしてるもん!」

いちゃいちゃって……!

ノヴァさんと手を繋いだままだったことに気づきあわてて手を離す、いつの間にか俺の肩に回っていたノヴァさんの手を払う。

「おっ、俺たちは別にそんなんじゃ……」

「違うの? お兄さんがお姉ちゃんの顔を見るとき、パパがママを見るときと同じ目をしてるよ。大切なものを見るときの優しい目、大好きってビームが目から出てるの」

ノヴァさんの目からそんなもの出てないだろ!

ちらっとノヴァさんの顔を見ると、頬を赤く染めていた。俺と目が合うとノヴァさんは視線を逸した。俺と結婚してるなんて思われたら、ノヴァさんも迷惑だろう。

「お姉ちゃんからもお兄さんが好き好きって光線が出てるよ」

そんな光線出ていてたまるか!

ノヴァさんは単なる親切な人で、俺は患者で、セフレで……恋人じゃないんだから!

気がつくと馬車内の人たちの視線が俺とノヴァさんに集まっていた。

恥ずかしい、勘弁してくれ!

「本当か? シエルからそんな光線が出ているのか?」

ノヴァさん、そこ確認しないで下さい!

「出てるよ! ママがパパを見つめてるときと同じ、ラブ光線が出てるの見たよ!」

出してない! そんな光線出した覚えはない!

「そうか、そうなのか……!」

ノヴァさんが嬉しそうに眉根を下げ、頬を赤らめる。納得しないで下さい!

「リナちゃん、俺たちはね……」

「私の妻だ、君の言うとおり新婚旅行の途中だ」

ノヴァさんがリナちゃんの言葉を肯定し、俺の腰に手を回す。
 
「ふぇっ?!」

ノヴァさん急に何を言い出すんですか?

「やっぱりそうなんだぁ! あたしの予想通りだった!」

リナちゃんが目をキラキラと輝かせる。いやそんなキラキラした清らかな目で見ないでくれ! そんな関係じゃないんだから!

「ちょっ、ノヴァさん……」

ノヴァさんの服をぐいぐい引っ張るが、ノヴァさんは微動だにしない。

「でもお姉ちゃんの左手に指輪がないよ?」

リナちゃんが俺の左手をじっと見る。左手の薬指に結婚指輪をはめるのはどの世界でも同じか。まぁ日本人が描いた漫画の世界なんだし当然と言えば当然だな。

「今、はめる」

「はいっ?」

ノヴァさん指輪なんか持ってたのか? つうか二人で話を進めないでくれ!

ノヴァさんは袋から小箱を取り出し、中に入っていた指輪を素早く掴み、音速で俺の左手の薬指にはめた。

薬指で青い石が光を反射しきらめいている。

ちょっ……! 俺の許可なく勝手に!

心臓がバクバクと脈打つ、嬉しくて泣きそうになってる自分が悔しい。

本気じゃないくせに……! 小さな女の子の勘違いに付き合ってるだけのくせに……!

ノヴァさんにとっては、おままごとみたいなもんなのは分かっている、分かっていてもときめいてしまう自分が悲しい……!

ノヴァさんは相当の遊び人だな。前もって指輪を袋に入れとくとか、段取り良すぎだろ。整ったルックスと、相手を虜にするテクで今まで何人落として来たんだか……。

キッとノヴァさんを睨みつける。ノヴァさんは耳まで真っ赤に染め破顔していた。

そういう顔しないでほしいな。余裕たっぷりのキザなほほ笑みとか浮かべていてくれないと、怒るに怒れない。

「あたしお隣のお姉さんが道具屋のお兄さんと教会で口づけするシーンを見たときより、ドキドキしてるかも!」

なぜかリナちゃんまで顔を真っ赤にしていた。前にもこんな顔をした少女を見たことがある、映画館でハッピーエンドの映画を見たあと、隣の席の少女がこんな顔をしていたな。恋に恋しているというか、夢を見ているというか。

「こらリナいい加減にしなさい! ご迷惑でしょ! お二人ともすみません」

リナちゃんはお母さんにしかられ、仕方なく前を向いた。でもときどき振り返ってはニコニコと笑っていた。

取り敢えずこの指輪をなんとかしないと。

「ノヴァさん、悪ふざけが過ぎますよ」

リナちゃんに聞こえないように、ノヴァさんの耳元でささやく。

「受け取ってほしい、私の気持ちだ」

ノヴァさんが俺の左手を掴み、真っすぐに俺を見つめる。

ノヴァさんのアメジストの瞳が妖艶なほど美しくて、心臓がドキリと音を立てる。

「いや、でも……」

俺たちは新婚じゃないし、恋人同士でもないのにこんなのもらえないよ。

「その指輪にはお守りの効果がある、旅の間だけでも身につけていてくれないか? 嫌なら王都に着いたら返してくれて構わない」

こういう言い方ずるいな。イケメンのたらしは言うことが違う。

「わっ、分かりました。王都につくまで預かります」

取り敢えず預かるって形でいいかな。

「そうしてもらえると嬉しい」

ノヴァさんが目を細め、口角を上げた。

そんな顔をされたら、ノヴァさんが俺を好きだと勘違いしてしまう。



◇◇◇◇◇
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