幼なじみに婚約破棄された僕が、隣国の皇子に求婚されるまで・BL・完結・第9回BL小説大賞、奨励賞受賞作品

まほりろ

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五十五話「魔法の空間《ツァウバー・ラウム》②」

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「シエル、大丈夫か?」

ノヴァさんが心配そうな顔で俺の肩に手をおく。

「……っん、……ぅっ……はぁはぁ………、ら、らいじょうぶ……れす。問……題ありませ、っん……。ぁぅっ……ハァハァ……す、すぐに…追いつき、ますから……先、に行ってくださ……い」

息が上がっていて上手く話せない。ノヴァさんは息を切らすどころか、汗すらかいてないのに……本当に俺って足手まとい。

「無理をするな、山道は初心者には厳しい」

額から汗がにじみ出て、拭っても拭っても溢れ出てくる。目に汗が入って涙まで出てきた。足が震えて力が入らない。

「少し休もう」

ノヴァさんが俺の額を流れる汗をタオルで拭い、水筒を手渡してくれた。

赤黒く太く長い水筒を掴み、口をつける。この水筒口を大きく開けないと飲みづらいな。

中身はハチミツ水かな? 甘い匂いと味がする。

「っん……ぁっ……ふぁ……っ、美味しかったです。ノヴァさん、ありがとう」

上手く飲み込めなくて口から溢れてしまった水滴を、ノヴァさんがタオルで拭ってくれる。

「もっと飲むか?」

「大丈夫です。これ以上飲むとお腹がたぷんたぷんになって歩けなくなりそうだから」

ノヴァさんは汗一つかいてないのに、こんなに簡単にへばってしまうなんて俺のヘタレ。しかし悔しいがこれがS級冒険者と一般人の差だ。

「そういえば、ノヴァさんはどこから水筒を取り出したんですか?」

素朴な疑問を口にしてみる。ノヴァさんは剣以外手にしていなかったはずだ、どこからタオルと水筒を?

魔法の空間ツァウバー・ラウムと言って、異空間にアイテムを収納できる魔法がある」

「へぇ~」

便利な魔法だな。

「私の場合、普通のアイテムを収納している魔法の空間ツァウバー・ラウムと、宝物を入れている魔法の空間ツァウバー・ラウムの二つ持っている」

「そうなんですか」

宝物は別の空間に入れてるんだ。ノヴァさんの宝物ってなんだろう? 金貨一万枚の服をポーンとプレゼントしてくれるぐらいだから、きっとお金じゃ買えない貴重な物が入ってるんだろうな。

それこそ竜の血とか、ユニコーンの角とか、マンドラゴラの根とか、伝説の剣とか、大きな宝石とか。

一度ノヴァさんのコレクションを見てみたいな。

「休んだんでちょっと元気になりました。山頂を目指しましょう」

「無理をするな。ここからは私が背負っていく」

「はい?」

ノヴァさんが俺の前にかがむ。

この世界にもおんぶの概念はあったらしい。

ノヴァさんおんぶも知ってたんだ。出会った次の日、ティミディテの森でも出来ればお姫様だっこではなくおんぶしてほしかったな。

「すみません、ノヴァさんの足を引っ張ってばかりで」

俺が歩くよりノヴァさんに背負ってもらった方が速いので、ここは素直にノヴァさんの好意に甘えよう。

ノヴァさんの大きな背に身を預ける。

「気にしなくていい、シエルは羽のように軽い」

俺を背負ったままノヴァさんがスタスタと山を登っていく。俺が歩くより、俺を背負ったノヴァさんが歩く方が十倍速い。ノヴァさんは俺のペースに合わせてゆっくりと歩いていてくれたんだな。

「ごめんなさいノヴァさん……俺足手まといで、モンターニュ村で待っていた方が良かったですね……」

モンターニュ村で待っているか、ラック・ヴィルの街で待っていた方が良かったかな。

しかしトマの依頼を受けたのは俺だし、その俺が安全な所で待っているなんて無責任だ。そう思って山を登って来たのだが、この役立たずさ。自分の不甲斐なさを痛感している。

ノヴァさんの隣に立っても邪魔にならないように、もっと強くなりたい。

「シエルがトマを助けなければ、私はモンターニュ村に来ることもキメラ討伐に関わることはなかった。私を動かしているのはいつでもシエルだ」

ノヴァさんの優しさに胸がドキドキと音を立てる。

「それにシエルを村に残す方が心配だ」

「モンターニュ村にはキメラの毒が溜まっているからですか?」

そうなると村に残る方が危険かもしれない。

「それもあるが、一番の理由はシエルを一人にしたくないからだ」

「えっ……?」

「私のいないところでシエルが他の男と話をしているところを想像するだけで、胸が張り裂けそうになる! 清らかで可憐なシエルを一人にするなど私には出来ない! シエルは私の側に置き守る! 故にシエルを背負い山を登ることなどなんともない! 気にするな!」

「ノヴァさん……!」

俺の胸はさっきからキュンキュン鳴りっぱなしだ!

思わず顔がにやけてしまう。ノヴァさんに背負われていて良かった。こんなだらしない顔、ノヴァさんには見せられない。



◇◇◇◇◇
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