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十六話「距離が近いです」*

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「立ち話もなんですからどうぞ中に」

フリード公子にうながされ、部屋に一歩踏み入れる。

勇者様とバルドリックがぼくの後に続く。

「悪いが君たちはダメだ」

フリード公子の言葉に驚いて、彼を見上げる。

フリード公子は身分で差別するような人ではないはずなのに。

「フリード公子、彼らはぼくの友だちです」

「ラインハルト殿下はモーントズィッヒェル公爵領にお忍びで参られた。ぶしつけな質問で恐縮ですが世間話をしにここへ来た訳ではないのでしょう?」

フリード公子の言葉に返事に困る。

「政治的な話であるのならお友達と言えど民間人に聞かせることはできません。殿下が日が暮れる前に王都に帰らないと困ったことになるのではありませんか? 後で罰せられるのは殿下ではなく彼らなのですよ」

要するに友だちを交えてのんびり世間話をしている暇はないから、勇者様とバルドリックには別室で待機してもらいたいということか。

日が暮れる前に帰らないと、勇者様はともかくバルドリックの胃には穴が開く。ぼくのアリバイ工作に協力した孤児院のみんなにも迷惑をかける。

「分かりました。彼らには外で待機してもらいます。できれば彼らにも部屋を用意してほしいのですが」

「もちろんです。ラインハルト殿下のご友人を粗末に扱うはずがありません」

フリード公子が手をたたくと、ロマンスグレーの髪の長身の執事が現れた。

「私の大切な客人だ丁重におもてなしするように」

執事が勇者様とバルドリックを別室に案内しようとする。だが勇者様はぼくの手を離そうとしない。

「リヒト心配しなくても大丈夫だよ、フリード公子は信頼できる人だから。話はすぐに終わるから別室で待ってて」

「……分かりました」

勇者様が名残惜しそうにぼくの手を離す。勇者様はフリード公子を鋭い目つきで睨んだ後、執事さんについて別室に移動した。

勇者様はフリード公子が好きなんだよね? なんで睨んだんだろう? 勇者様はツンデレなのかな?

しばらくして先ほどの執事さんとは別の執事さんがお茶とお菓子を運んできてくれた。ぼくは長いソファーに腰掛け、お茶をいただく。

紅茶の甘い香りが心地よい。

フリード公子は向かいのソファーには座らず、ぼくのとなりに腰掛けた。しかも一センチも開けずぴったりとくっついて。距離が近い。

フリード公子とラインハルトはいとこ同士だ。だけど仲良しって訳ではない。

ラインハルトがフリード公子を「妾の子」と言ってさげすんでいたから、どちらかと言えば険悪な関係だ。

ゲームのフリード公爵は勇者と協力し、ラインハルト王を打ち倒し、民をラインハルト王の悪政から救っている。

三年も会ってなかったフリード公子をどうやって説得しよう?

国のため、民を救うためと言えば、|ぼく(ラインハルト)のことは嫌いでも協力してくれるハズ。

「三年ぶりですね、ラインハルト殿下」

フリード公子がぼくの手を取り、じっとぼくの目を見る。

近くで見るとフリード公子は本当に綺麗な人だった。まつげは長いし、髪の毛はつやつやだし、キラキラエフェクトかかってるし、男だけと美人という言葉がよく似合う。

「ぼくの誕生日パーティーにいらしてくれなかったので寂しかったです」

フリード公子がぼくの言葉を聞き、眉根を寄せる。

「なぜだか殿下の誕生日パーティーの招待状も、新年会の招待状も、建国記念の招待状も、陛下と王妃様の誕生日パーティーの招待状も、私の元には届かないのです」

「えっ?」

そんなハズはないちゃんと送ったハズだ。

愛人の子であれどフリード公子はモーントズィッヒェル公爵家の跡継ぎで、王の甥、招待状が届かないなんてあり得ない。

「そして王都には私の筆跡ではない字で【父の病状が思わしくないので、欠席いたします】という返事が届くのです。この意味がお分かりですか?」

ドクン……!

と心臓が嫌な音を立てる。

「誰かがフリード公子の王城入りを拒んでいる……?」

「その通りです」

よくお分かりになりましたねと言ってフリード公子がぼくの頭をなでる。

推しキャラに頭をなでられて、単純に嬉しい。

ダメだ! フリード公子は勇者様と相思相愛になるんだから!(予定)

「ではぼくがフリード公子に出した手紙も」

「私の元には届いておりません」

「そうだったのですか」

フリード公子に出した手紙が本人の元に届いていなかったなんて。

フリード公子の名を語り手紙の返信を書いていたやつが、ぼくとフリード公子を会わせたくない派閥の黒幕? 少なくとも関係者ではあるはず。

「フリード公子は、ブルノン・エーアガイツ公子をご存じですか?」

「もちろん存じております。隣国シュネー国の子爵令息。あまり良い評判は聞きませんが」

知っているなら話は早い。

「ぼくは彼を断罪したいのです」

唐突な言葉にも、フリード公子は動じない。

「先ほど殿下と一緒にいらした紫の髪の少年のために、ですか?」

予想していなかった言葉に、ぼくは虚を突かれた。

「えっ?」

間の抜けた声を出してしまう。

「彼とその姉を守るために広場で大立ち回りをしたそうですね」

二週間前、勇者様とリーゼロッテをブルノンから守るため王都で騒ぎを起こした。モーントズィッヒェル公爵領にまでうわさが届いていたのか、恥ずかしいな。

「お聞かせください。殿下にとってあの姉弟、いえリヒトという紫の髪の少年はどのような存在なのですか?」

フリード公子がぼくの手を取り、もう片方の手をぼくの頭の後ろに回す。距離が近い。あと数センチでぼくの唇とフリード公子の唇がふれ合ってしまう。

目の前にいるのはゲームの一推しキャラフリード公子。宝石のようなキラキラした瞳で見つめられたら、心臓がドキドキしてしまう。

「どうって言われましても……」

リヒトは未来の勇者でこの世界を救う存在で、いわば国のいや世界の宝だ。でもこの段階でそれは話せない。

将来勇者様の味方になるフリード公子になら話しても大丈夫かもしれないが、万が一にも他の人に聞かれて魔王サイドに知られたら困る。

今の勇者様はか弱い子供。その存在を誰かに知られる訳にはいかないのだ。

「友人です」

今の段階では友人としか答えられない。

「本当にただのご友人なのですか?」

「はい」

リヒトを勇者様だと明かせない以上、リヒトのことは友人としか言えない。

リヒトが強くなるまでは勇者だと明かす訳にはいかないのだ。

「ブルノン公子を断罪したいのは、民のためです」

「そうですか、それはよかった」

フリード公子が口角を上げる。フリード公子の顔が近づいてきて、フリード公子とぼくの唇が重なった。



◇◇◇◇◇
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