転生したら捨てられたが、拾われて楽しく生きています。

トロ猫

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2巻

2-1

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  変わりゆく日常 


 木陰の猫亭がリニューアルオープンして一週間が経った。
 猫亭での仕事は以前とは変わらないのだが、食堂が広くなった事でお客さんも増えた。
 ランチ時は厨房と食堂を中心に忙しくお手伝い。一緒に働くネイトの妹のケイトはさすが満腹亭というブラックな食堂で働いていただけあり、客捌きゃくさばきだけでなく要領もいい。ネイトたち――スミス家のきょうだいは優秀だ。ちなみにスミスとはネイトたちの名字だ。
 忙しかったランチの時間が終了し、後片付けを終え全員が席に着くと、ジョーが今日の従業員用のランチをテーブルに並べる。

「みんな、お疲れ。さぁ、遠慮せずに食え食え」

 今日のランチはササミチーズフライ定食とブルのシチュー定食だった。従業員はどちらも食べる事ができるから得だ。
 お腹がペコペコだった全員が一斉に大皿に載った料理を取り分け口に運ぶ。
 みんなが食べる姿を笑顔で眺めながらジョーがケイトに声をかける。

「どうだ、仕事は慣れたか?」
「はい、旦那さん。ここは働きやすく、お客さんはみんな優しいです」
「そうか、それはよかった。それで、今後は夜のシフトにも入ってほしい。代わりにもう明日から朝は入らなくて大丈夫だ」
「分かりました。旦那さん」

 朝食は一種類のみで、トレーを運んでお金を受け取るだけの作業だ。朝は、主に宿の利用客ばかりだから朝食の注文数もランチに比べれば少ないのでケイトが朝のシフトから抜けても大丈夫だろう。

「僕もお手伝いしたいです」

 静かに一緒にランチを食べていたマルクがジョーを見上げ言う。

「お? マルク、急にどうしたんだ?」
「ミリーちゃんも五歳からお手伝いしてると聞きました。僕もお手伝いさせてください」
「うーん。俺は構わんが、お前の兄ちゃんには話したのか?」
「それは、まだ……」
「兄ちゃんと話し合ってからまた聞きにこい」

 ジョーがマルクの頭を撫でながら宥めるように言い、隣にいるケイトもマルクを説得する。

「そうだよ、マルク。今夜にでもお兄ちゃんと話しよ。ね?」

 マルクが分かったと返事をしながら小さく頷く。
 最近やたらと仕事の話を尋ねてくると思ったら……そんな事を考えていたんだね。まぁ、家業のある家のお手伝いは五歳からみんなしている。そうでなくとも家事や洗濯の手伝いは幼いころからみんなしているし、マルクもそれを見ているから、手伝いの申し出をしたのだろう。


 夕食の仕込みの手伝いを終わらせマリッサとジークの世話を交代。マルクに勉強を教えながらジークをあやす。ジークはハイハイを始めてからプクプクだったボディが少しスマートになった。活発になった分、もう少し食事の量を増やしたほうがいいのかな?
 行動範囲も以前よりうんと広がった。どこでもつかまり立ちをしようとしたり、なんにでも突進したりするようにもなった。手の力が強くなった事でなんでも握り、口の中に入れたりしようとするので目が離せなくなった。保護リュックを背負っているので後ろに転んでも大丈夫なのだが――

「うんぎゃああああ!」

 ジークが顔から床へダイブしてオデコをぶつけ叫ぶ。
 あー。今日もやっちゃったか。一度泣き出したらしばらくは止まらない。大粒の涙で泣くジークをあやす。

「ジーク、痛いの痛いの飛んでけー」

 こっそりとジークのオデコにヒールをかける。急に痛さが消えたジークがキョトンとした顔でこちらを見上げる。

「あう。あむ。あー」

 訳したら、なんでだ! 痛くないぞ! と言っているようだ。
 ジークはまだ言葉を話す事はできないが、人差し指を唇に当てジークにささやく。

「ジーク、内緒だよ。ねぇねとの約束ね」
「あぅあ」


  ◆


 今日は商業ギルドを訪れる。レシピ登録を始めて十か月経った。
 登録販売したレシピの売れ行きは順調。お金は以前よりも貯まっているだろうと思う。商会に関する事はジョーがやってくれているので詳細までは分からない。
 ケチャップはオークカツを購入した中央街の同じ店が販売契約を済ませたそうだ。
 ぐへへ。
 ジョーとマリッサはレシピのお金はミリーが使いなさいと手をつけない。私も利益を使って投資とか商売をして成り上がるぜ! みたいな野望など今はないので、とりあえずお金は貯めている。それに……税金も結構高く前世のような所得控除などは存在しないらしい。
 お金もあるので、いつか砂糖は買いに行く予定だけどね。
 砂糖の事を考えながらぐふふとニヤつく。

「お主、何をニヤついておるのだ」

 ギルド長の爺さんが呆れながら尋ねる。

「お菓子について考えておりました」
「……そうであるか。フェイトはどうであった?」
「天にものぼれる味でした」

 絵を描く前金として爺さんに貰った、フェイトという金平糖のようなお菓子を思い出し再びニヤニヤと笑う。

「くく。それほどに気に入ったか。して、肖像画の件は覚えておるな?」
「はい。大丈夫ですよ。ちゃんと約束は守ります」
「うむ。可能なら今週中にでも描いてほしいのだが……マリスたちから画師がお主と分からんようにするやり方をまだ決めていない」

 私だと分からないようにか。向こうからは見えないが私からは見える環境……
 ちょうどいい覗き部屋があるのを思い出し思わず、あっと声を上げてしまう。

「ん? なんだ?」
「うーん。一応、方法が一つだけあるのはあるんですけど……」
「ほお? 方法とは? 言ってみろ」
「第二応接室ですよ」
「あそこがどうした?」

 これは、覗き部屋の件は知らない感じなのかな? まぁ、私も別にあそこを秘密にしても何も得はないので爺さんに教えるのは問題ないのだが……

「教えてもいいんですけど、怒らないと約束してください」

 爺さんがいぶかしげな顔をしながらこちらを睨む。怖いって!

「うむ……分かった。怒らないと約束する」
「本当ですよ?」
「二言はない」

 爺さんの顔が怖いので念のためにもう一度聞いておく。

「……本当ですか?」
「しつこいぞ。怒らないから早く言え」

 本当かな? やや不安だが、爺さんを例の裏側へと行ける歪みのある壁へと連れていく。
 ――が、歪みまで身長が足りず手が届かない。
 飛ぶ魔法は使えないので、爺さんをジィっと見上げる。爺さんに頼むか。

「なんだ、その顔は?」
「私を抱き上げてください」

 爺さんは一瞬躊躇したが、仕方ないなと私の両脇を持ち上げる。

「これでいいのか?」
「ありがとうございます。でも、もう少し右です」
「ここか?」
「はい。えーと、今から押される感覚がありますが、私を落とさないでくださいね」
「ああ。ん? 押される感覚?」

 壁の仕組みがどのような原理か分からないので説明しようがない。クルンを感じれば爺さんも分かるだろう。壁紙の歪みを押すと、壁は以前と同じようにクルンと回って私たちを反対側、壁の裏へと運んだ。
 初めて地面に転がらずこの仕掛けを通る事ができ感動する。
 爺さんが私を持ち上げていた手に力を込めながら尋ねる。

「こ、ここはどこだ?」
「下ろしてください」

 ジタバタと暴れたので床へポイされる。
 ライトを唱え、奥の部屋へと案内しようとしたら爺さんが焦ったようにやや大声で怒鳴る。

「おい! ここはどこだ?」
「えーと。壁の裏側ですかね?」
「裏側? 隠し通路か! お主はいつからこの事を知っておったのだ⁉」

 ライトで下から照らされた爺さんの顔がもうホラーでしかない。

「怒らないと約束したじゃないですか!」
「うむ……怒ってはおらん。びっくりしただけだ。で、ここがなんだというのだ?」
「こちらです。見たら理解すると思います」

 爺さんを第二応接室が見える、シガールームと私が勝手に呼んでいる部屋へと案内する。
 こちらからのみ見えるマジックミラーに映る応接室には人がいて、契約書が取り交わされているようだった。
 爺さんが驚愕の表情で鏡に映る応接室を眺める。

「こ、これは……。ここは第二応接室か? この位置なら壁にある絵が魔道具なのか」
「そうなんです。偶然見つけて私もびっくりしました。声は聞こえないんですけどね」
「防音と魔力漏れを防ぐ魔法が各部屋に施してあるからな。だが、これが壁の一部で監視用の魔道具なら防音の魔法を施す意味はないな」
「魔力は防げていないですよ。この前、魔法を使用した時に応接室の人に気づかれましたから」

 爺さんがゆっくりと振り向きジト目を向けてくる。

「いつ? 誰にだ?」
「アズール商会のお姉さんがギルド長とお話をしていた時です」
「ああ、あの時か。それで、ミーナ嬢は不自然に壁の絵の話を持ちだしたのか。彼女は魔力の感知能力に長けていると聞くからな」

 爺さんが何やら鏡の端でもぞもぞとしだす。

「そんなに魔力に鋭いのですか?」
「まぁ、他よりも敏感という話だ。うむ……これはやはり魔道具だな。このような大きな物は久しく見ていなかったが」

 爺さんが私の見落としていた鏡の端の内側にあるスイッチを押すと、第二応接間の声がシガールームにも聞こえ始めた。

「これは、完全に覗き部屋ですね」
「このような物があるとは前のギルド長はひとことも言っておらんかったぞ」
「知らなかったという可能性もありますよ。そこの壁に地図や名前が書いてあるんですが、古くてインクが擦れているし、虫食いにもあってます」
「ああ。これか、よく見えんな」

 爺さんが地図のある壁に向かいライトを唱えかざしたが、出ているのは豆電球ほどの灯りだ。ぼんやりとしか見えない。

「デカライト」

 ライト十個分のオリジナル魔法デカライトを唱えると、爺さんが驚いて一歩下がる。

「なんだ、それは……」
「よく見えるでしょ? デカライトです」

 デカライトのおかげで地図のある壁はよく見えるようになった。応接室にいる人たちはアズール商会のお姉さんとは違い、特に魔法には気づいていない。

「『デカライトです』ではないわい。お主の魔力はどうなっておるのだ」
「秘密です」

 爺さんがため息をつきながら壁にある名前の確認を始める。

「これはまた随分と古いな。読めない箇所も多いが、このエグモント・カレラは商業ギルドを建てた人物だ」
「この覗き部屋も当初からあったんですかね?」
「覗き……うむ、可能性は高い。しかしこれならばクリスに知られず肖像画が描けるな」

 爺さんがニヤっと笑いながら私に視線を移す。私も、もちろんそのつもりで爺さんをこのシガールーム改め覗き部屋に連れて来た。けれど、ここで作業となると問題がある。

「まぁ、先ずは掃除ですね。絵を描く間、ここに滞在するなら綺麗にしたいです」
「ふむ。しかしあまり人を入れたくないな。覗き見をしているなどと他言されたらギルドの信用にも関わる。そうだな、お主は掃除が得意であったろう?」

 清々しい笑顔を向ける爺さんを見上げ、作り笑いをしながら返事をする。

「ワカリマシタ」

 結局、私が立候補(?)し、覗き部屋でクリーンを連発。無事掃除が完了した。
 爺さんのひ孫のクリスは魔力が高いので、念のためにライト等の魔法は使わない事にした。ランプの魔道具などを爺さんが準備している内に肖像画を描く日になった。
 第二応接室で爺さんがマリスとクリスに画師を紹介するのを覗き部屋から眺める。

「こちらが画師の先生だ。姿を見せたり会話をしたりするのを好まない御仁であるので、その様にくれぐれも頼む」

 画師に扮するのは爺さんの秘書のミカエルさんだ。真っ黒のフードマントに全身を包み、白い仮面を被っている。どう見ても怪しい人。
 ミカエルさん、こんな事までさせられて……ちゃんと特別手当とか貰っているのかな?

「よ、よろしくお願いします。私はローズレッタ商会のマリスと申します。こちらが息子のクリスです」

 マリスが画師の異様な姿に困惑しながらも丁寧に挨拶あいさつをしながらクリスを紹介したが、クリスはマリスの手を振り払い、前回と同様の生意気な態度をとる。

「さわんな」
「クリス、じっと座っている事くらいできるだろう。画師の先生が描き終わるまで大人しく座っていればお前の欲しい情報をやる約束を忘れるな。これは取引だ。いいな?」
「……分かってる」

 何かしら親子で取引をしたのだろうか。商人の一家らしい。
 爺さんとマリスが退室すると、クリスはマジックミラーの近くに座り、ミカエルさんは絵を描くふりをしてスタンバイする。

「先生、本日はよろしくお願い致します」

 急にクリスが立ち上がりミカエルさんに一礼する。

(あれ? クリスって爺さんや父親以外は礼儀正しいの?)

 いや、コイツは私のクッキーを盗み食いした奴だ。とにかく今は絵に集中しよう。
 しばらく絵を描く事に集中していたら、予想より早く肖像画が仕上がった。

(これは、一番の出来じゃない? いい感じに仕上がった)

 マリッサたちの絵を描いた時より綺麗に描けたのは、紙や鉛筆の質も関係しているのかな? これなら爺さんも満足するだろう。
 クリスは黙っていれば美少年だ。肖像画はお見合い用だと聞いている。この美少年っぷりだったら相手の女の子もうっとりだね。
 しかし十一歳でお見合いとは。この国でも早い方だと思う。東区の住人では非常識だといわれる年齢だが富裕層や貴族はまた事情が違うのかもしれない。前世の私は二十代の終わりに初めてお見合いパーティに参加した。ケーキの有名店を貸し切って行われると聞き、それに釣られて参加。ケーキを食べていたらいつの間にかパーティは終わってた。後日友達に「お前はケーキバイキングに行ったのか⁉」と叱られたのが懐かしい。

「できたか?」

 約束の時間になり爺さんが覗き部屋にやって来る。マリスには別件の仕事を押し付けたという。息子には反抗的な態度をとられ、祖父には仕事を押し付けられるマリスに少しだけ同情した。

「はい。よい仕上がりだと思いますが、どうですか?」
「上出来だ。素晴らしい。クリスの奴も黙っていれば良い顔立ちをしておるな。計画通りにクリスが第二応接室を退室したら、絵をミカエルに渡せ」
「了解であります! 隊長!」

 手を上げ元気に答える。
 爺さんが、第二応接室に向かいクリスを呼びだそうとするが、言い合いになる。

「あーあ。また喧嘩してる」

 あの二人、実は似たもの同士? ギャーギャーと喧嘩をしながら第二応接室から二人が退室する。
 フー、やれやれとひと息つきクルンと壁を回し床に転げる。

「ミリー様! 大丈夫ですか?」

 どこからともなく出て来て転んだ私をミカエルさんが抱き起こす。

「大丈夫です。ミカエルさんこちらが絵です。よろしくお願いします」
「本当にミリー様が描かれていたのですね。素晴らしい絵です。ありがとうございます」
「いえ、ミカエルさんこそ大変ですね」
「仕事なので……」

 ――違うと思います!


 マリスはクリスの肖像画を見て大変喜び、私は代金として小金貨五枚を貰った。私、この世界で画師として生活が成り立つんじゃない?
 帰りにギルドの入り口でマリスとクリスを見かける。ジョーはすぐに二人に気づいたが、何も言わずに私を抱っこして早足でギルドを出た。


  ◆


 リンゴ狩りじゃあああ。
 またリンゴの美味しい季節がやってきた。マイクの父親のゴードンさんに連れられ森へと来ている。

「ミリー、今日こそ俺が勝つからな」

 マイクが途中で拾った棒を振り回しながら宣言する。

「是非とも頑張ってくれ、少年」
「くっ。今回は蔓を使うのはなしだからな」

 前回、私が蔓を使ってリンゴ狩り勝負に勝った事を未だに根に持っているようだ。

「マイク君は遂に普通に勝負しても勝てないと気づいた? まぁ、今回は蔓はナシとします」
「うるせぇよ」

 マイクがプンスカ怒りながら前を歩く。今回は蔓を使う予定ではなかったので問題はない。
 早速、リンゴの木を発見したマイクが走り出し、我先と実を摘み勝ち誇った表情で声を上げる。

「ミリー見ろよ! もう五個取ったぞ」

 おうおう……下からあんなに引っ張って。リンゴってのはね、下から引っ張っても取れにくいんだよ。上にあげないとね。
 風魔法で固定したリンゴを棒で捻りあげるとなんの抵抗もなく収穫する事ができた。コツを掴めば次々と楽に採れる。風魔法を使ってるけど……マイクも土魔法で踏み台を出してるしね。これくらい、いいよね?
 さて、採れたリンゴは去年より三個多い二十八個。今年のリンゴはどれもサイズが去年よりも大きい感じがする。それでも北部から仕入れているだろう果物屋で売られているリンゴよりも一回り小さい。今年は柘榴ざくろが見つかりそうにないし、リンゴが多くても持ち帰れそう。

「ミリー、二十五個だ。どうだ?」
「もうちょっとで賞だね。こっちは二十八個だよ」
「三個差かよ!  でも、前より近づいてきてるからな」

 マイクは悔しそうに私のかごをみたが、三個という小差に少し誇らしげだ。

「うんうん。その内に抜かされそうだわ」


 リンゴ勝負が終了した後、ローズマリーやセージなどのハーブ類も発見したのでかごに入れる。そろそろ帰ろうかという時に魔物避けの鈴の音が鳴り響いた。

「マイク! ミリーちゃん! 魔物かもしれないから下がれ」

 ゴードンさんが声を押し殺し私たちを背に隠す。茂みからガサガサと何かが動く音がして緊張が走ったが、現れたのは立派な角を持った鹿だった。鹿はジッとこちらを見てすぐに走り去って行った。魔物じゃないよね?

「ゴードンさん、あれは普通の鹿なの?」
「そうだね。鹿にはできるだけ害を与えないようにしないといけないんだよ」
「そうなの?」
「そうだ。バルティ様の化身かもしれないからね」

 ああ、そうだった。バルティ様が地上に堕ちて鹿となり未だにこの世界を彷徨さまよっているという設定だったね。互いに害を与えない存在ならばそれでいい。
 帰り道にグミの木を発見したのでマイクと大興奮でその熟した実を幾つか口に入れ、残りを袋に入れる。アキグミなのか熟していない実は渋く、マイクがいくつか間違えて食べ、ペッと地面に吐き出していた。前世でもグミの実は田舎の子供のおやつだったね。


 無事に森から帰宅。マイクたちと別れ元気よくただいまと声を上げ猫亭に入ると、カウンターにいたマリッサに出迎えられる。

「ミリー、おかえりなさい。あらあら、こんなにたくさんリンゴを採ってきたの? 食べ切れるかしら?」
「お母さん、そんな心配はしなくても大丈夫だよ。絶対、全部食べられるよ。リンゴチップスにもできるしね」
「食いしん坊ね」

 厨房に向かいジョーにも帰宅の声をかける。

「お父さーん。帰ったよ。今年はリンゴが二十八個も採れたよ。あと、ローズマリーとセージとグミの実があったから料理に必要ならいくつか取っていいよ。それと、今回はいつものパイとはちょっと違うリンゴのデザートが作りたいの」
「お? そうなのか。分かった。じゃあ、後で一緒に作るか」
「うん」

 今回はリンゴで作りたい菓子がある。タルトタタンだ。砂糖なしでもできるんだが……今、私の猫の財布には小金貨が五枚入っている。肖像画の代金だ。これを使って砂糖を購入したい。
 クリスの絵を描いた事は爺さん、ミカエルさんと三人の秘密だ。なので、ジョーとマリッサにはお金を持っている事はまだ言えていない。レシピのお金もあるのだけれど……ジョーがいないと引き出しできないだろうしね。さて、どう誤魔化そうかな。

(とにかく、早く使うか貯めるかしたい)

 子供用の猫財布に日本円で五十万ものお金が入ってると思うと気が気でない。猫の財布は首からぶら下げているのだが、一日に何度もお金がちゃんと入っているかを確認してしまう。

「ミリーちゃん、おかえり!」

 四階の部屋に戻ると、ジークを抱っこしたマルクが嬉しそうに出迎えてくれる。

「マルク、ジーク、ただいま。今日の食堂は忙しかった?」
「朝はそうでもなかったかな。でも昼は忙しかった。僕は片付けだけだったけどちょっと疲れちゃったかな」

 そう、マルクもついに猫亭でお手伝いを始めた。今は週二回だけのシフトだがそのおかげで私は今日、朝から森へ行く事ができた。

「今日は、リンゴを二十八個も採ったからあとでお父さんにパイを作ってくれるようお願いしたよ。それから、これはおやつに食べて。グミって実だよ。熟しているのは美味しいから」

 袋から一番熟したグミの実を出してマルクに数粒分ける。

「わーい。ありがとう! パイも楽しみ!」
「あーあー」
「んー。ジークにはグミの実はまだちょっと早いかな。あとでアップルソースを作ってあげるから、今は我慢してね」

 夕方までジークの世話をしてマルクに勉強を教えた。マルクには四則計算を徐々に教え始めてもいいかなと思ってる。来年からと考えていたが、マルクは頭が良くスルスルとなんでも知識を吸収するので大丈夫だろう。

「マルクも食堂で働き始めたし、そろそろ計算のお勉強を始めようか?」
「本当⁉ お兄ちゃん、計算が苦手だから僕が勉強して教えてあげたいんだ」

 マルクがキラキラとした目を向けてくる。確かにネイトは計算が不得意なので、食堂では夜の配膳を手伝うに留まっていた。

「あうーあー」

 ジークが大きな声を上げ椅子を掴みながら自分の存在をアピールする。

「ジークにはまだ計算は早いよ。でも、そろそろ本格的につかまり立ちしそうだね。ジークも成長してるよ。このこの~」

 プニプニと頬をつつくとキャッキャとジークが喜ぶ。
 爺さんは何をモタモタしてるんだか。早く会わないとジークがどんどん成長してしまうよ。もういっその事今度、商業ギルドにジークを連れて行こうかな?


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