ヤンデレ小話

柊原 ゆず

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誘惑

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 誰だって大きなおっぱいは好きでしょう?私は自らの胸を強調する服を着て夜の街を歩く。チラチラと蠅のように右往左往する男の視線に笑みを浮かべて、今日のターゲットを物色する。暫くして、見るからに挙動不審な男を見つけた。長袖の上からでも見て取れる、細く運動などしたことのないような四肢。大きな丸眼鏡の奥にある黒い瞳は忙しなく動く。私の胸元を見て、慌てて視線を外して、しかし再び私の胸元をそろりそろりと見る。草食系男子という言葉がピッタリな男だ。反応を見るに彼は『初めて』なのだろう。私は舌なめずりをする。今夜はこの男に決めた。

「こんばんは。オニーサン、今時間あるかしら?」
「アッ、は、ハヒ!あ、ありましゅ!」

 顔を真っ赤にして言葉を震わせる男に笑みを浮かべて、彼の腕に自分の腕を絡ませる。

「ひ、わ、わわ!」

 胸を押し付けるのを忘れずに。男は上ずった声を上げた。私は笑みを深めて、彼をホテルに誘う。が、彼は首を振った。

「あ、あの……僕のッ、い、家に……いきま、せんか……?」

 まさかのお誘いだった。私にとっては『目的』が果たせればどこでもいいだが、驚いたふりをする。

「あら、いいのかしら?」

 こくこくと頭を縦に振る男の言葉に甘えて、男の家に向かう。見覚えのある道に、彼の家が自分の家から近いことに気付く。こんな偶然もあるものかと思いながら、男の家の玄関に足を踏み入れた。

「ドア、開けてください……リビングに、なっているので」

 男の言葉に従い、私は廊下の先にあるドアを開けた。が、部屋の中の様相に目を剥いた。

「……な、何よ、これ……」

 部屋の壁には写真が隙間なく貼られていた。女性の写真だ。それも自分の。それらは目線の合わない写真ばかりだった。まさか盗撮されていたなんて。振り向いて逃げようとしたが、背後から腕が回されそれは叶わなかった。

「ひ、ヒヒ……ようやく、捕まえました」

 鼓膜を粘着質な声が撫でる。男は背後から私を抱きしめていた。

「あ、あなた、誰なの?!」
「僕……?僕は貴女に焦がれる者、です」

 抵抗しようと腕に力を込めるが、男はびくともしない。細い四肢だと思っていたが、服で隠れていただけで筋肉のついた男であることが分かった。

「僕みたいな男なら、好き勝手に血が吸えると思いました?大好きですよね……童貞の血が」

 男がすり寄るように私の首元に頬を押し当てる。無遠慮に深呼吸をする姿に背筋が粟立つ。

「ああ、貴女の匂いをこんなに近くで嗅げるなんて……!」
「や、止めなさい!」
「すみません……。つい興奮してしまって。まずは貴女をおもてなししないと、ですよね」

 カチャリ、という音が部屋に響く。私は抵抗虚しく手錠をかけられてしまったようだ。男はソファーに私を無理矢理座らせる。

「これ、外しなさいよ!」
「嫌です。外したら、僕の傍を離れてしまうでしょう?」
「当たり前じゃない!」
「それは嫌です。ようやく捕まえたので。……それに、ここにいれば、貴女が望めばいつだって血が飲めるんですよ。わざわざ探す手間も、省けます」

 男はポケットから折り畳み式のナイフを取り出して自らの手首に傷をつけた。傷口から血液が流れる。鉄の匂いが鼻腔を刺激する。思わずごくり、と喉を鳴らしてしまった。

「美味しそうですか?それなら、良かったです」
「……さっさと飲ませなさいよ」
「いいえ、飲ませません」
「なっ……!何でよ!そのために家に連れてきたんでしょ?!」
「生涯僕の血しか、飲まないと誓ってくれるなら、飲ませてあげます」
「はあ?!嫌に決まってるでしょ!」
「ああ、残念です。僕は貴女の大好物である、童貞の血ですよ?混じりけのない、純潔そのものです」
「……」
「僕は愛する人だけに、この身を捧げようと思っていたのです。僕のこの身体は、愛する貴女に、捧げます。貴女が童貞の僕を望むのならば、僕は喜んで受け入れますよ」

 うっとりと恍惚とした笑みで話す男は気が狂っているとしか言えない。血は飲みたいが、男に服従する気はない。私は自分で狩った人間の血液しか摂らないと決めているのだ。

「嫌ですか?」
「勿論よ」
「では、このままですね。可哀想に」

 男は笑みを湛えながら私を見つめた。

「いつまで耐えられるか、楽しみですね」

Fin.
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