ヤンデレ小話

柊原 ゆず

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永遠の愛に酔い痴れる

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※ぬるいですが、殺人や特殊性癖の表現があります。嫌な予感がした方はブラウザバックをお願い致します。





 初めて彼女を目にした時、時が止まったように動くことができなかった。彼女の濡れた茶色の瞳、血に濡れたような真っ赤な唇、動く度に揺れる黒髪。僕は胸を強く打たれた。生涯で初めての衝撃だった。

「お嬢さん、こんな森の中でどうしたのですか」

 警戒心に身を固くした彼女に、怖がらせないよういつもよりも高い声で尋ねる。彼女は視線を落として、ぽつりと呟いた。

「……逃げてきたの。訳は、聞かないで」

 訳ありのようだ。僕はにこりと笑みを浮かべる。

「ええ、分かりました。どうやら訳ありのようですね。逃げたということは、追手が来るのも時間の問題ですかね」

 彼女は顔を青くする。どうやら無策で逃げてきたようだ。その愚かさも愛しく感じる。

「安心してください。僕はこの森には詳しいのです。近くに僕の住む屋敷があります。そこで匿ってさしあげます」
「……どうして、そんなことを?」

 彼女は疑いの眼差しで僕を見つめる。僕は笑みを湛えたまま、答えた。

「貴女が見るからに困窮しているからですよ。そんな人間を放っておくほど僕は冷徹ではないのでね」

 結局、彼女は僕の後ろを付いてきた。屋敷に着くと、七人の執事が出迎えた。

「おかえりなさいませ、お坊ちゃま」
「ただいま」
「……後ろの方は?」
「客人だよ。もてなしておくれ」
「はい。かしこまりました」

 立ち竦む彼女は執事達に屋敷を案内され、彼らの作る料理を恐る恐る口にした。

「……お、美味しい……!」
「そうでしょう?僕の執事は料理を作るのが得意でね。料理に使われる食材の殆どは彼らが手塩に掛けて育てた野菜や魚なんだ」

 彼女は食事をあまり与えられてこなかったのか、夢中で平らげた。警戒していた彼女は一晩経てばすっかり警戒を解いていた。本当は、よく笑う女性だったようだ。

「助けてくれて、本当にありがとう」

 彼女は深々と頭を下げる。

「困っている人を助けただけさ。そうだ、帰る場所がなければ暫く一緒に住むかい?」
「い……いいの?」

 彼女が遠慮がちに僕を見上げる。大きな瞳には喜びが隠しきれていないようだ。

「勿論。……ああ、自己紹介がまだだったね。僕はフロリアン。フローと呼んでくれ」
「ありがとう、フロー。私はスノウよ」





 スノウはお礼にと、執事と共に働くようになった。みすぼらしかった身体は一ヶ月も経てばすっかり肉付きの良い健康的な身体になっていた。

「フロー……?どうして……?!」
「頃合いだからだよ」

 僕は彼女の細く白い首に手をかけていた。抵抗しているつもりなのか、僕の腕に彼女の手が蔓のように絡みつく。

「美しいスノウ。僕は君を一目見て恋に落ちたんだ。君の亡骸はさぞ美しいだろう」
「い、や……!」

 抵抗していた彼女の腕がだらりと下がる。人形のように動かなくなった彼女。
 ……美しい。心臓が激しく鼓動する。ああ、やはり思った通りだった。僕は荒い息を吐き出しながら、彼女の頬をなでる。涙で濡れた頬。光を失い硝子玉になり果てた瞳。鮮やかさを失った唇。ベッドに散らばる黒髪。どれもが官能的だ。今は温もりがあるが、冷えた躯は格別だろう。

「坊ちゃま」
「ああ、頼むよ」

 七人の執事が彼女を浴室へ運ぶ。綺麗に『処理』を施した彼女と会えるのが楽しみだ。今夜、僕と彼女は愛を育む。想像しただけで身体の中心が熱を帯びる。興奮に、身が震えた。
 彼女の準備が整うまで、ゆっくり待つことにしよう。僕は執事が用意したワインを口に含み、目の前のコレクションを眺めていた。

Fin.
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