9 / 22
そして歴史は繰り返される
しおりを挟む富澤 隆一は落合 夏未を愛している。自分に魔法が使えたならば、彼女を襲う全てのものから守る魔法をかけるだろう。助かったわ、ありがとう。そう言って笑う彼女に心底安心して、彼女の囁く愛に包まれて眠りにつくことができるのに。けれど魔法などあるはずもなく。霊安室で横たわる彼女は悲しいほど美しいが、この世の者ではなくなっていた。交通事故だった。車に撥ね飛ばされ、彼女は頭を強く打ち付けてしまったそうだ。痛々しい傷を見たくなくて、彼女がよく被っていたニット帽を頭に被せた。そうすると、彼女は眠っているだけなんじゃないかという錯覚に襲われる。
「ねえ、起きてよ……。夏未、君はいつもねぼすけさんだね。ねえ、夏未。ねえってば……!」
水をかけられたように、視界が滲む。夏未の身体は冷えきっていて、彼女の死が僕の指先に伝わってくる。何故、彼女がこんな目にあわなくてはならなかったのだろう。僕の怒りや悲しみが瞳からあふれ出て止まることはなかった。
明日は僕と夏未の結婚記念日だ。安月給の僕だけど、この日は奮発して少し値の張るレストランを予約した。食前酒にはロゼを、食後には彼女の好きなチョコレートケーキをお願いした。そして僕は机の上で、ペンを走らせる。
『高校生の私へ。明日の花火大会で『富澤 隆一』に会うと思うけど、絶対に喋らないで。『富澤 隆一』はアンタを不幸にする。だから絶対に、絶対に付き合うな』
夏未が好みそうな便箋に手紙を入れ、瓶の中に放り込む。夏未の実家近くの浜辺に行き、それを海に捨てた。何故こんなことをしようと思ったのか分からない。僕は夏未を幸せにしたかった。けれど僕と結婚しなければ彼女は命を落とすことはなかった。僕の後悔や無力がそうさせたのかもしれない。高校生の夏未に届くわけがないけれど、書かずにはいられなかった。さようなら、僕の後悔。僕の心の中には夏未が生きている。明日、僕は夏未の分まで結婚記念日を祝うよ。だから夏未、天国で待っていてくれ。
「あれ?この瓶、中に何か入ってる」
浜辺を散歩していた少女は瓶の中にあるものを取り出した。
「手紙だ!何々?『高校生の私へ。明日の花火大会で『富澤 隆一』に会うと思うけど、絶対に喋らないで。『富澤 隆一』はアンタを不幸にする。だから絶対に、絶対に付き合うな』……?ウソ、未来の私からの手紙?でも、字がちょっと違うような……?」
少女、夏未は首を傾げる。それから、『富澤 隆一』という人物がクラスメイトだということを思い出した。
「へえ、富澤クンと明日の花火大会で会うのか。付き合うなって書いてあるけど、どういうこと?私を不幸にするってこと?」
夏未は鼻で笑った。
「私を不幸にできるならしてみなさいよ。できるものならね」
明日の予定が決まった。花火大会に行き、『富澤 隆一』と付き合う。夏未は瓶の中に手紙を戻し、家に持ち帰るのだった。
Fin.
0
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる