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ほんとは好きなんですよね、僕のこと

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 大学のサークルで出会った先輩は、いつも明るく優しい。けれど万人に対してではない。先輩は僕と目が合うと、すぐに目線を逸らして、会話をしようとしないのだ。
 先輩は僕のことが嫌いなんだろうな、という予想は腹が立つけれど合っていると思う。他の奴にはヘラヘラと笑う顔も、僕の前では引き締まって、まるで猫のようだった。ツンとすました可愛げのない猫。そんな態度をへし折ってやりたくて、僕は先輩の弱点を探ることにした。
 まずは先輩のSNSを探す。おバカな先輩はSNSにおける個人情報の管理がガバガバで、すぐに特定ができた。どうやら、声優が好きなようだった。先輩がサークルで仲の良い友人と声優の話で盛り上がっていたのを思い出す。先輩は、声優のライブがあると必ず行き、ツイーターでフォローしている配信者の配信にも積極的に視聴しているようだった。
 先輩の好きな声優や配信者の声を聴く。低いが高圧さの感じない声の持ち主が多いようだ。先輩曰く「優しい低音ボイスに癒される」らしい。
 試しに僕も声を出す。どちらかと言えば低い声だと思う。優しさはいくらでも繕えるだろう。何度も低い声を出してから、僕はこれだ、と思った。
 高性能のマイクを買い、先輩の好きな低い声をイメージして練習を繰り返した。録音して自分の声を聴き、何度も何度も繰り返した。満足のいく声は出せなかったが、後々改良していけばいい。ひとまずシチュエーションボイスを中心としたASMR動画を数作上げる。それから、ツイーターを始めることにした。先輩を含め、配信が好きそうなアカウントを何人かフォローする。暫くすると、先輩からフォローが帰ってきた。

『動画見ました!とても素敵な声ですね♪』

 僕と知らずまんまと釣られてしまった先輩に、口元がつり上がるのを感じる。僕は努めて紳士的に返信をする。他の人間と交流するのは面倒だが、不自然にならないようにフォローの数を増やしていった。丁度フォロワーが百人を超えたところで、記念と称して配信を始めてみた。
 先輩を含め、何人かリスナーが集まった。僕はにこやかに配信を始める。練習した声で、コメントやアイテムのレスポンスは早く、誠意を込めて。手ごたえはあまりなかったが、最初はこんなものだろう。僕は週に二回を目安に配信を始めた。先輩はよほど僕の声を気に入ったのか、毎回配信に来てくれた。

「あ、ゆうぽんさん!こんばんは~!いつもありがとうございます!」

 僕は貴女のことを覚えているのだ、とアピールすれば先輩から喜びのコメントが送られる。背筋がゾクゾクとして、甘美な刺激に酔い痴れる。先輩が沼に足をとられて、ズブズブと僕のところまで落ちてゆく。大嫌いな僕に熱を上げていたと分かったら、先輩はどんな顔をしてくれるのかな。
 先輩、アンタが望むなら僕はどんなことでも囁いてあげますよ。僕から離れられなくなるくらいにね。
 だって、僕ばかりが先輩のことを考えているなんてズルいじゃないですか。

つづく?
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