探偵は近くにいる

柊原 ゆず

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探偵は近くにいる

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 俺はこれまで真摯に仕事と向き合ってきた。警部に昇進したのも自分の仕事ぶりが認められたからだ。『推理の松尾』、同期や上司は俺をそう呼んで評価した。俺は数々の難事件を自身の推理によって解決してきた。周囲から期待の眼差しを受けるほどに、俺の背中には冷たい汗が伝う。
 誰にも言えやしないが、俺の推理だと言われているものは実のところ、俺の推理ではない。名前も姿も分からない『探偵』の推理だ。俺は仕事柄メモを取るためにメモ帳を予備で用意していたのだが、ある日、そこに汚い字で何か書かれていた。

『連続殺人犯は今夜再び現れるだろう』
『信用ならないなら見張ってみろ』
『場所は恐らくアオンモールの裏だ』
『奴はスリルを楽しむ人間だろう』

 アオンモールとは、最近建設されたショッピングモールだ。最近出来たとあって、連日人で賑わっている。果たしてそんな場所で殺人をするのだろうか。だが、スリルを楽しむのならばこの場所はうってつけなのかもしれない。俺は半信半疑ながら、上司に許可を得て同僚と共に見張りをすることにした。

「おい、本当にこんな場所に現れるのか?」
「……奴は恐らく殺人にスリルを求める人間だろう。いつ目撃者が現れるか分からない、スリルを楽しむにはここがうってつけだ」

 訝しむ同僚に、俺はメモの言葉を駆使して納得させる。暫く見張っていると、全身黒ずくめの男がやって来た。ポケットから、光を受けて何かが光る。ナイフの類だろうか。夜道に、もう一人、男が通りかかった。近付いていく男。ついにポケットから折り畳み式のナイフが顔を出す。

「おい!何をしている!」

 男に襲い掛かろうとするその瞬間、声を上げる。黒ずくめの男が目を見開き、踵を返し逃亡を図るが、すぐに捕まえることが出来た。取り調べの結果、現場に残されていたDNAと男のDNAが一致し、犯人逮捕に至った。俺はメモのおかげで犯人を逮捕することができたのだった。





 それから、家に帰り眠りにつくと、翌朝メモが書かれていることが増えた。俺が眠っている間に誰かが侵入してきたのか?しかし貴重品が盗まれている気配はなく、メモだけが記されている。実害はないが気味が悪い。監視カメラを玄関とメモのある部屋に設置してみたが、カメラには自分以外映らなかった。代わりに、カメラを設置していないキッチンにチラシが置いてあった。その裏に、メモと同じように汚い字で内容が書かれていた。まさか、家の中に隠れているのか?そう思って家中を探してみたが人っ子一人いなかった。一体どういうことだ?この不可思議な状況を相談するにも信憑性に欠けるだろう。俺は考えた末に、実害はないので気にしないことにした。メモは相変わらず汚い字で何かが書かれている。俺はこの『探偵』と共に事件を解決していくことになった。





 ある日の夜。

『最近の事件はお前の周囲で起こっている』
『何故だと思う?』

 メモにはそう書かれていた。何だ?何が言いたい?

『今夜、その答えが分かるぞ』
『楽しみだ』

 それ以外にメモは何も見つからなかった。何か不気味さを感じながらも、俺は眠りについた。その夜、俺は夢を見ていた。俺は自宅のキッチンから包丁を取り出し、玄関を出た。玄関には以前設置した防犯カメラがある。カメラを一瞥し笑みを浮かべた俺は、人気のない夜道で、すれ違った女をナイフで刺した。急所である心臓を一突きだ。傷口から噴き出した血が俺の服を汚す。俺は恐ろしくなって、目を覚ました。
 目を覚ました俺は洗面所に立っていた。鉄の匂いに顔を顰める。そして鏡を見て俺は血の気が引いていく。鏡の前には血で染まった自分の姿がそこにあったのだ。信じられない光景に、俺は腰を抜かしてしまう。地面に座り込んだ拍子に、一枚のメモが地面に落ちた。

『ようやく会えたな』

Fin.
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