21 / 64
地獄から舞い戻る親友
しおりを挟む雛祭を明けた翌週、2人の御曹司ーー星源光輝、近江律は摩耶の様子に絶句した。
いつも活力に満ち溢れているはずの摩耶がまるで廃人のようになっている。
「摩耶、一体どうしたんだ?」「死にかけに見えるが大丈夫か?」
「学校……。秋也……。お金……」
光輝と律の2人が案じて声をかけるが、摩耶は相変わらずボソボソとうわ言を呟くだけで返事は帰ってこない。
フォロー力に自信がある2人でもこれでは事情もわからないし、どうにもならない。
「雛祭で何が起こったんだ?」「天政はなんで姿を表さないんだ」
雛祭の結果が報告がされないため、覆いの外にいて事態を把握できていない2人はさらに困惑を強めていく。
まだ朝ということもあり、噂自体そうそう上がらず、しかも雛祭りの参加者は限られているのでこの状況を形成するのに一役買っていた。
「もしかして失敗したんじゃ?」
「天政はブランドメーカーの息子だし、あいつの目は確かだ。デザイナーの性格からそのデザイナー本人が作った作品を見破ることくらい造作もなくやってたんだぞ。そんなわけないだろ」
「じゃあこの状況はどう説明するんだよ」
混乱の末、生じた光輝の懸念に対して律は否定するが、摩耶が廃人化し、天政が離反している現状を考えればとてもではないが否定しきれなかった。
本心ではそうであって欲しくないと思っていても、状況は雄弁と完膚なきまでに敗北したことを示唆していた。
光輝も本心では敗北したなどとは思いたくはないが、状況からどうしても認めざるを得なかった。
しばらくの間、2人は沈黙し、人がまばらな教室には摩耶のうわ言だけがポツポツと聞こえるだけとなった。
2人がひとまずのところ解散しようかと教室を出ようかと思うと、扉の前に男子生徒が現れ、2人はその顔を見て、驚き足を止めた。
「お、お前は!? 冬夜か?」「どうしてここにいるんだ? 今は理事長に追い打ちをかけられているはずじゃ!」
「余裕ができたから戻ってきただけだ。どけ」
疑念を口にする2人に対して口少なに答えると、道を開ける2人の間を通り抜け、摩耶の元に向かう。
冬夜は明らかに変わっていた。
前までの現在成功している状態で、その経緯を問い掛けられれば、喜んで武勇伝を語っていたはずだが、今回はどうでもいいことのように流している。
まるで変わった冬夜の様子に廃人状態にある摩耶も心が揺れ、うわ言を止めて、彼を見つめる。
「その様子だと秋也にまた負けたようだな」
発された言葉の以外さに摩耶の意識が冬夜に固定された。
プライドの塊のような人間が、自分が負けた事実を肯定したのだ。
それは嫌というほど冬夜の高慢さに振り回された摩耶には天地がひっくりかえたも同じようなこと。
廃人状態でなければ、腰を抜かして地面に尻餅をついていたところだっただろう。
「大方、派手にやって奨学金を解除されたってところか。……学費なら私が払ってやらんこともないぞ」
学費が払ってもらえる。
その言葉が響いた瞬間、摩耶の意識は一気に覚醒した。
「は、払えるの?」
「無論、小遣いだけでは無理だが、会社の金を使えば余裕で払える」
「大好き♡」
冬夜の払えるという返答を聞くと、摩耶は彼の体に寄りかかり頬にキスをする。
「だが条件がある」
「え?」
摩耶は続けられた想像してなかった言葉に驚き、冬夜から身を離して、再び彼の顔をまじまじと見た。
冬夜は鹿爪らしい顔をしており、何が目的か、さっぱりわからない。
何かやばいことを要求されるのではないかと摩耶がビクビクしていると、冬夜は口を開いた。
「次の修学旅行、お前らは自分からは何もせず私の言うことを聞け」
摩耶の想像とは違って、冬夜の要求は遥かに軽いものだった。
そんなことなら前回も同じようなものだったし、全く問題ない。
むしろ秋也に突き放され、まだ精神的ダメージが抜け切ってない摩耶からすれば渡りに船だ。
「私が今度こそ秋也に引導を渡す」
摩耶が返事を返そうと思うと思いが先走ったのか、冬夜はそう口走る。
「いいわね。冬夜」
溢れ出る闘志に摩耶は期待を抱いた。
前回とはモチベーションが比べ物にならない。
元々有能な人間なので、やる気さえあればうまくいく可能性も少なくはないはずだ。
摩耶が一番排除して欲しいのは陽菜だが、秋也にちょっかいをかければ摩耶も出張って来ることは間違いない。
退学の危機の絶望から一転、摩耶は勝利の希望を抱き始めた。
0
あなたにおすすめの小説
魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語
ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。
だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。
それで終わるはずだった――なのに。
ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。
さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。
そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。
由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。
一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。
そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。
罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。
ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。
そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。
これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。
英雄一家は国を去る【一話完結】
青緑 ネトロア
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。
- - - - - - - - - - - - -
ただいま後日談の加筆を計画中です。
2025/06/22
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ふたりの愛は「真実」らしいので、心の声が聞こえる魔道具をプレゼントしました
もるだ
恋愛
伯爵夫人になるために魔術の道を諦め厳しい教育を受けていたエリーゼに告げられたのは婚約破棄でした。「アシュリーと僕は真実の愛で結ばれてるんだ」というので、元婚約者たちには、心の声が聞こえる魔道具をプレゼントしてあげます。
【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる