5 / 12
真坂 深頼 4
しおりを挟む
恋心なんて自分には縁が無いものだと決めつけていた。
誰かを好きになることがなかったからか、
それとも好きになろうとする自分が分からなかったからか。
「また、考え事?案外似つかわしく無い事をするのね」
また、誰かが僕の前に立った。
僕は、その声の主を知っている。
深頼ちゃんに負けず劣らずの秀才ぶりを見せるが、本人がかなり影が薄いために、生徒会のメンバーにもかかわらず目立たない彼女。
「似つかわしく無い、ってのは何か語弊があるよ。僕だって他の人同様に考えたり、悩んでみたりするんだからさ。」
彼女の名前は「椿 鏡花(つばき きょうか)」。
テストの校内順位はいつも2位。1位の真坂 深頼ちゃんに激しく嫉妬しているのがもろバレていて、そしてもって事あるごとに僕に突っかかってくる僕と同じ一年生の女子生徒。
綺麗に整われた髪型に、服装に、そしてかなり手入れをしているであろう彼女愛用のメガネ。
多分だが、彼女は少なからず深頼ちゃんに対抗意識でも向けているんじゃ無いかと思う。
まあ、醜い争いだ。
「あなた、また変な事考えているんでしょう?」
「そんな事無いよ。」
「聞いてるわよ。真坂さんと仮のお付き合いをしているんですってね。」
「凄いな。学校中に回ってるのかなその情報。」
「不純だわ。」
「いや、不純では無いよ。ちゃんと双方の合意でもって、僕は彼女と”仮の”お付き合いをしているだけだからね。その言葉はちょっと語弊がありまくりだよ。」
「まあ、どうだっていいわそんな事。おかげで私は彼女より一つ頭を飛び出たのだからね。誰がどうであろうと、私にしたら大した興味は湧かない。」
「……………あ、ああそうなんだ。」
「そう。よく憶えておきなさい。」
誰が憶えておくかそんな事。
やはり、話にたがわぬ性格の持ち主だった様だ。
ハッキリ言わせれば嫌味の塊だな。
「あなた、また変な事考えていたでしょう?」
「エスパーか何かですかあなたは?」
僕はさり気なく彼女の前でため息を吐いた。
まだ、1日は長いようだ。
最後の授業のチャイムが鳴り響き、1日の授業は無事すべて終了した。
僕はといえば机の上で突っ伏してしばし終わったという余韻に浸っていた。
多分放置されていたらそのまま寝てしまう位に僕は疲れていた。
と。
「カタリくん。一緒に帰らない?」
僕は突然声をかけられ思わずビクついてしまったが、その声の主が彼女であると分かったとき、少し安心した。
「うん、今支度するからちょっと待ってて真坂さん。」
「その、”真坂さん”はやめてよ。私さん付けされるのってあまり好きじゃ無いんだよね。”深頼”で良いよ。ほら、言ってみて?」
「み、深頼…ちゃん。」
「まあ、いっか。及第点ってとこだね。じゃ、帰りましょ?」
「う、うん。」
ちょっと顔から大量の火が吹き出しそうだ。
心の中でそう呼びたいという願望が実現してしまったからだ。
まあ、心の中の語りでは彼女のことをちゃんと名前で呼んでいるーー更に言えばそれで余韻に浸っていたーーーわけたが。
2人の影だけが背後の地面に映(は)えている。
僕はといえばずっと彼女の横に居て照れ隠しで彼女から目を逸(そ)らしていた。
ついでに僕の赤面した顔も彼女から見えないように隠していた。
慣れない………………。
鳳華のシナリオだと此処から彼女との距離も縮まるってことだったが、これはどういう事なんだろうか。
やはり、鳳華に従ったばかりにこんなザマになってしまうってオチか。
しかし、僕なりに思案した結果ようやく僕は彼女の自宅まで上がる事が出来るのだ。
これは大躍進だ。僕自身の強運に感謝せねば。
というよりも、最初から自分の運に賭けておけば良かった。明らかな失敗だ。
「カタリくんはさ、何か食べたい物とかリクエストは有るの?」
「フェッ!?い、いや無いよ。何でも好きだし、何でも食べるよ。」
「うーん、それだと困るんだよなぁ。」
「困る?どうして?」
「あ、いやいや!こっちの話だから!!まあデータとして君の食生活を知るのも一興かなぁってね!」
変に動揺している。何だろ、何かちょっとだけ気にかかる。
ちょっと聞いてみたい気だってしなくも無いが、その真相を知って、幻滅する様な事があったら嫌だ。
そんなくらいじゃ気持ちなんか揺らぐ事は無いが、だけどあまり知りたくは無い。
「どうかした?」
「あ、ううん。僕の方も大した事じゃ無いから。いつもの考え癖。」
実際にはそんな癖は無い。
自分で今勝手に作り出した幻想だ。
だけど、単なる理由作りにそれを持ってきたのは正解だ。
現に彼女は納得している様な表情だった。
「うわ、あれ見て!」
と、彼女は目の前の店先を指差した。
見ればそこには長蛇の列があった。
かなり長い。ざっと距離を見積もる事は目視では難しいが少なくとも2、30人くらいはいるんじゃ無いか?
一体どんなイベント事があって彼らは並んでいるのか。
無論だが、僕は詳しくは知らない。
「何のイベントかな?…………新世代型アクションmmorpg「ジュノの魔導図書館」、本日発売。だって。知ってる?」
「mmorpg?確か、オンラインゲームの種類だよね。やった事なかったから良くは知らないけどあれだけの列を作るんだ、かなり話題のゲームであるのは間違いないよ。」
あいにくだが、僕はその手の話題には疎い。
彼女に詳しく説明できるだけの予備知識なんか一切持ち合わせてはいなかった。
かといって、やりたいとか面白そうだとは思わない。
これっぽっちも興味が無い。
だから、僕は店の看板にデカデカと貼り付けられたポスターの前をチラッと見ながらも、無視していた。
だが、ちょっと気にかかる名前があった。
一瞬だったから良くは見えなかったが、
「プログラマー ”榊 凌牙”」
の文字が見えた。…ような気がした。
確か、黒川がいつだったかに僕に憶えているかどうか尋ねてきた名前だ。
僕は小学校の頃の卒業アルバムをまだ大切に保管していた為に、その名前の人物は自分が小学校四年生から五年生にかけてクラスの担任の先生である事を憶えていた。
アルバムの後半に掲載されている”卒業生文集”では、その先生の事を書いていた児童が何人かいた。
人望厚い先生だったのが文章で分かった。
ちなみに、僕の書いたのはくだらない事だった。
だが、何かがきっかけでその先生は教師活動を辞めてしまった。
だから最期の小学校六年生の時は違う先生がいきなり来て結構戸惑ったものだった。
同姓同名の別人って事もある。
深く考えたところで、僕には何ら影響は無い。
なら、もうよそう。
今は今を生きていくしか無いんだ。
今を大切に、楽しく。
昔は昔のままで………………。
「また考え癖?」
僕はハッとなった。
「また、僕考え込んでた?」
「でたでた。」
彼女がうなづいた。
僕は改めて自分にはそんな癖が本当はあったんじゃ無いかと思い始めていた。
「まあ疲れている時とかって上の空になるときもあるかもよ。私はなった事はなかったけどね。」
「頻繁じゃ困るけどね。自分でもよく分かってないんだ」
「それって大丈夫なの?」
「心配になるくらいじゃ無いから大丈夫だよ。」
そうして僕は彼女の自宅近くまで差し掛かり、彼女と手を振り別れ、そのまま自分だけの帰路に着いた。
明日は日曜日。彼女の自宅までの地図を貰ったから迷うような心配はないだろう。
筋金入りの方向音痴なんて訳じゃないしね。
やばい。胸が高鳴って落ち着けない。
こんな調子じゃ明日彼女にアドバイスなんか出来そうもない。
”仮の恋人同士”でしかないから期待しても仕方ないかも知れないが、それでも僕は言いようもない緊張感に包まれていた。
それがまさに次の日に迫っていると分かればもう収まる気持ちはとどまる事を忘れた。
「明日が勝負だ。いや、明日しかないだろうな。こんなチャンスは二度はない。」
僕はそうして空に誓った。
次の日。
僕はいつもなら着ることはないチェック柄のシャツを着て最低限の身だしなみを確認した後、一呼吸整えて意気揚々と自宅を飛び出した。
「ん?お兄ちゃんどっか行くの?」
妹の柚子葉(ゆずは)だ。なるべく悟られないようにしよう。
「ちょっとね。急用があってさ、出かけなくちゃならなくなったんだ。」
「じゃあ、帰る時に私の好きな”午後の紅茶”買って来て。」
「それは自分で買ってこい。」
「えーー?だって面倒だよ?歩くんだよ?もう疲れたよぉ~。」
「ねだってもダメだ。戸締り忘れないでよ。」
「………………うーー。」
妹は恨めしそうにこちらを見ていた。だが、小間使いにされるほど兄としての威厳たるを落とす訳にはいかない。
それに彼女との約束だってある。こればかりは譲れないし、この大事なチャンスは逃す訳にはいかない。
そして、僕はその場を後にした。
地図によれば大した距離を歩くことはなさそうだ。
と。
「これ………かな?着いたみたいだ。」
そこにはかなり立派な家が建っていた。
僕が思わず尻込みしてしまう位にその家は風格があった。
古き時代を思わせる、いわゆる”日本庭園”ってやつだろうか?庭がかなり広い。
まるでどっかの映画に出てきそうな家だ。
しかしでもって周りの景観とかなりミスマッチだ。
ちょっと浮いているっていうか、周りの住宅たちに囲まれて自己主張が激しい家だ。
僕はとりあえず門の前でふらふらと辺りを物色しながら半ばソワソワしていた。
やはり外見の雰囲気のせいだ。
今、僕は頭の中に現れた嫌なイメージを払拭しようと奮闘している。
もしかしたら、黒いスーツを着たいかにもな奴が銃を持って門から出て来たらって思うと不安で仕方ない。
そんなこんなでどうしたものかと腕組みしながら考えていた時だった。
「カタリくん…?どうしたの、そんなとこで?」
不意に声をかけられてしまった。
見ればそこには買い物袋を持った深頼ちゃんがいた。
しかも、何故かエプロンをしている。
「いや、あははは!そ、そう言えばそうだね。なんでだろ?」
「私の料理を食べてくれるんでしょ?ほら、中に入って!」
「あ…………うん。ゴチになります。」
中へ入った僕は、まず外見通りの内装だと率直に思った。
いやはや、こうも立派だとずっと恐縮してしまう。
現によく分からない汗をかいている。
内装はテレビとかで見たザ・日本家屋って感じだった。
庭先には鯉が跳ねている池があり、時折あの、カコーンっていうーー作者も名前が分からないーーやつがかなり風情があって、ここは本当に鳳仙町なのか疑いそうになる。
だが垣根の奥に見えている民家を見ると言いようもない安心感が湧き上がる。
と、一つの部屋の前で先導する彼女が足を止めた。
そして襖(ふすま)の戸をゆっくりと開けていく。
「さあ、入って。」
言われるままに僕は中へと足を踏み入れた。
そこは簡素な部屋だった。
余計なものを一切取っ払ったような。それほどまでに何も無かった。
有るのは僕ら2人の並ぶ影だけだった。
「ちょっとこの部屋で待ってて。支度してくるから。」
「あ、うん。ゆっくりでいいよ。」
「いい感想考えておいてね!」
彼女は僕に満面の笑みを交わしてくれた。
さて、部屋には今僕しかいない。
この無限にも感じる時間感覚を一体どうしたらよいか。
とりあえず、さっき見た彼女のエプロン姿は可愛い。
この感想だけは用意しておきたい。
何だか、私生活を垣間見たかのようだった。
「にしても、彼女かなりのお金持ちなのかな。」
確か、父が実業家だったか。
だが、それは雑誌で見ただけの情報だ。
彼女は父親に関しては何も話さなかった。
別に話したくない事を無理に訊き出したかったわけではないから今まで訊かなかった。
かといっても母親に関してはそれも何も言わなかった。
ただ、「私はお母さんに囚(とら)われている……」としか。
囚われている……ってどういうことだったんだろ。
束縛されているって事か?
「お待たせ!」
と、彼女がふすまを開けた。
彼女の手には手作りのパンが用意されていた。
「来る前にねちょっと準備して今パパッと焼いて来たの。良かったら食べてみて。」
僕はちょっと感動していた。
だが、それをこらえいつも通りの表情を作りそれを一口口にする。
上手い………………!
これほどまでに上手いのを食べたことが無かった。
「どう?カタリくん、美味しい?」
「うん!上手い!!すごいよ、プロ並みだよ!これならあいつも喜ぶ!!」
「なんか褒めすぎなような気もするけど…….。でもありがとう。」
彼女は頬を赤らめ、少し照れくさそうにしていた。
どうしてか僕にはそれが眩しく見えて仕方なかった。
彼女の作ってくれたパンはシンプルなバターが中に封入されたパンだった。
それがたとえ不味かろうが、美味かろうが、僕は彼女にそれなりの評価をしてあげるつもりだった。
それで彼女の”仮の彼氏”としての役目を果たそうと思ったんだ。
「どうかな?レンくん…………気に入ってくれるかな?」
「間違いないと思うよ!だってこんなに美味しいから!」
「ふふ、ほとんどキミ”美味しい”しか言ってないじゃない。」
「ぐ、グググググ!!?」
確かにそうだ。
だが美味かったのは事実だから仕方ない。
まあ、それじゃアドバイスの意味なんかないんだが。
彼女は優しく僕に笑いかけてくれた。
多分だが、彼女なりのフォローがその笑いだったのだ。
僕まで赤面してしまった。
辺りはもう夕陽の赤で染まっていた。
「今日は来てくれてありがとう。」
「いや、気にしなくていいよ。アドバイスをするのが僕の”仮の彼氏”としての役目だからね。」
「………君が親友で良かった。」
「…………え?」
「あ、ううん!何でもない!私も君の考え癖が移ったみたい!じゃ、また明日学校でね!」
「う…………うん。またね!」
僕らは手を振りお互いを見送った。
彼女の最後の言葉が気にかかるが、それはもういつもの事だと自分に決め付けさせ勝手に納得した。
それに。彼女の自宅を見ることも出来て、尚且つ彼女の手料理だって食べることができたんだからこれ以上の幸せなんかないだろう。
僕はその軽い足取りで自宅までの道を歩いた。
自宅に着いて、まず先に向かったリビングに妹がいた。
「あ、お兄ちゃんおかえり~!」
「ただいま。」
ふと、僕はテーブルの上にあった荷物に目がいった。
「ん?この荷物どうしたの?」
「ああ、お兄ちゃん宛に荷物来てたよ。代わりにサインしたから感謝しといてね~?」
嫌味な妹だ。本当に僕の妹なんだろうか?
自分の部屋に戻り僕はその荷物を確認した。
宛先は確かに僕だ。
だが肝心の送り主の名前は分からなかった。
書いてなかったのだ。
封を切り、中身を取り出した。
そこにあったのは、手袋だった。
妙な紋章がついてある赤い手袋。
外質は革でできてあり、少し硬かった。
そして、中には更に手紙があった。
手紙には以下のようなことが書いてあった。
我が教え子である 「四乃原 語」くん
昔のこと、まだ憶えているかい?
まあ、大して僕とはクラスにいる期間が無かったから憶えていないのも仕方がないかもしれない。
なら、うろ覚えだって構わない。
昔、僕がゲームのプログラミングをするのが趣味だとか、夢だったとか話したことがあったね?
まあ、あるきっかけで僕は教師の任を解かれてしまったが今ある企業で僕のプログラミングの技術を買われてね。
そこで仕事をしているんだ。
ここは、天職だったよ。
僕の出すアイディアはすべて採用してくれたし、
僕の創り出した世界は彼らの期待を遥かに凌駕した。
ようやく、僕の想いがね
実現するようだよ。
ようやく、僕の世界がね
実現するようだよ。
ようやく、あの彼女とね
逢えるよ…………。
当時、僕のクラスメイトだった君に、君たちに、僕からささやかなプレゼントをあげる。
君たちは僕の試作品の「ジュノ」の世界に選ばれたんだ。
ようこそ。そしておめでとう。
今日から君たちは「βテスター」だ。
君たちの元担任 「榊 凌牙」より
「榊(さかき)…………凌牙(りょうが)?」
何処かで見たような気がする。あれは確か…。
そうだ。昼間に見た、行列ができていたあの店のポスターだ。
やはり間違えじゃなかった。先生だ。
意外だ。ゲームプログロマーになっていたなんて。
にしても、この手紙を読んでも結局赤い手袋については分からずじまいだった。
とりあえず嵌めてみれば分かるのだろうか?
僕はそれを手に取り、嵌(は)めてみた。
『オールシステムを起動させます。初期設定に必要な幾つかのプロセスを通過しました。次に個人データ認証を確認します。確認出来ました。生体反応、基本値。コード「ジュノの魔道図書館」をインストールします。』
と、僕の身体に光がほとばしった。
それは一種の閃光だ。
『インストール終了。おめでとうございます。あなたは6人目のβテスターに選出されました。「ジュノの魔道図書館」の世界をごゆっくりとお楽しみ下さい。』
と、光は消え去った。
あの妙な電子音声すら今はもう聞こえない。
この一連の出来事を僕の脳は全く理解できてない。
それをまるであったのか、無かったのかすら今の僕には思考不能だった。
「何なんだ、一体。」
と、突然僕の携帯が鳴った。
見れば、それは黒川からだった。
「黒川、どうかした?」
しかし、黒川から返事はない。
ただ、息の荒さだけが僕の耳越しに伝わってくる。
それは、この状況を表していて。
それは、この先の未来すらも予期しているかのような。
それは、僕の理解を遥かに超えていて。
それは、焦りだった。
「カタリ…………カタリか!?良かった。テレビは見たか?」
「テレビ?いや、まだ見てはいないよ。…なんかあった?」
「その能天気な口振りじゃ、まだ確かにお前は狙われる気配はなさそうだ。」
「…………だから、どういう」
「小学校のころ、俺らのクラスに童夢ってやつがいたな?憶えてるか?席が確か一番後ろの窓際で、いつもマスクで口を隠していて、誰とも関わらず、いつもいつも独りぼっちだった”冴鶴 童夢”って奴だ。」
「ああ、何となく覚えている。いきなりクラスから居なくなったっけ。」
「逮捕されたんだよ。先生を刺した罪でな。だが少年法の適齢年齢時期だったために彼は精神病院行きになり、学校もそれにより自主退学した。ニュースにもなったんだぞ忘れたのか?」
確かに、あの当時はかなり騒がれていた。
だが、誰を刺したかまでは全く記憶にない。
「誰が刺されれたんだっけ?」
「お前、本当に忘れちまったんだな。
俺らのクラスの元担任の
”榊 凌牙”って人だよ。ほら、前に話たろ?」
な…………何…………だって?
そんなまさか、そんな大事な事を僕が忘れてたなんて。
だから、それが原因で…………!
「だけど、その童夢が一体どうしたんだ?まだ刑務所の中なんだろ?」
「…………脱走した。」
「!?嘘だろ…………!」
「さっきニュースでやってた。そして同時にニュースで言っていたのが”神崎 紫穂”って奴が童夢に殺されたらしい。ちなみに、そいつは俺らの小学校のころのクラスメイトだ。」
「………………。」
言葉が出なかった。現実じゃ無いんじゃないかって錯覚すらも起きる。
「そいつは両手に紋章の入った手袋を履いていたそうだ。」
「…………!手袋なら僕も持ってる!僕宛の荷物に入っていたんだ。」
「やっぱりか……。これは憶測なんだが、多分童夢の目的は俺たちだ。」
「な、なんで?」
「そこまでは分からない。だが、用心しろ。その手袋だが、もしかして”榊 凌牙”から送られてこなかったか?」
「そう!しかもこの手袋も紋章がある。でも何で分かったの?」
「…………前にさ、榊 凌牙を憶えてるかって聞いたことあったろ?」
「ああ、あったね。」
「あの時、俺のとこに一つの荷物が届いていたんだ。差出人は不明。だが、中に入っていた手紙を見て分かった。俺たちの小学校のころの担任の先生だって。それであの手袋だ。嵌めたときさ、光を浴びたろ?分かるんだ。俺も浴びて、あの訳わからない声を聴いたんだから。それでこのニュースだ。まるで、先生はすべてを理解していたみたいだよな…………。」
「な、何だよそれ。て事は、僕はどうなるんだ。」
「外…………見てみろよ。意味が分かるぜ。」
「…………外?」
僕はカーテンを開き、外を見た。
僕はその光景に…………開いた口が塞がらなかった。
見た事もない草原。
見た事もない城。
遠くには青い紋章が浮かび、次の瞬間には爆発した。
終いには空にドラゴンやら、よく分からない何かが飛び交っている。
「…………何だよ……これ?」
「見えてるか?…………それがあの気味悪い音声が言っていた『ジュノの魔道図書館』の世界だ。」
僕は、言葉すら紡ぐことができなかった。
誰かを好きになることがなかったからか、
それとも好きになろうとする自分が分からなかったからか。
「また、考え事?案外似つかわしく無い事をするのね」
また、誰かが僕の前に立った。
僕は、その声の主を知っている。
深頼ちゃんに負けず劣らずの秀才ぶりを見せるが、本人がかなり影が薄いために、生徒会のメンバーにもかかわらず目立たない彼女。
「似つかわしく無い、ってのは何か語弊があるよ。僕だって他の人同様に考えたり、悩んでみたりするんだからさ。」
彼女の名前は「椿 鏡花(つばき きょうか)」。
テストの校内順位はいつも2位。1位の真坂 深頼ちゃんに激しく嫉妬しているのがもろバレていて、そしてもって事あるごとに僕に突っかかってくる僕と同じ一年生の女子生徒。
綺麗に整われた髪型に、服装に、そしてかなり手入れをしているであろう彼女愛用のメガネ。
多分だが、彼女は少なからず深頼ちゃんに対抗意識でも向けているんじゃ無いかと思う。
まあ、醜い争いだ。
「あなた、また変な事考えているんでしょう?」
「そんな事無いよ。」
「聞いてるわよ。真坂さんと仮のお付き合いをしているんですってね。」
「凄いな。学校中に回ってるのかなその情報。」
「不純だわ。」
「いや、不純では無いよ。ちゃんと双方の合意でもって、僕は彼女と”仮の”お付き合いをしているだけだからね。その言葉はちょっと語弊がありまくりだよ。」
「まあ、どうだっていいわそんな事。おかげで私は彼女より一つ頭を飛び出たのだからね。誰がどうであろうと、私にしたら大した興味は湧かない。」
「……………あ、ああそうなんだ。」
「そう。よく憶えておきなさい。」
誰が憶えておくかそんな事。
やはり、話にたがわぬ性格の持ち主だった様だ。
ハッキリ言わせれば嫌味の塊だな。
「あなた、また変な事考えていたでしょう?」
「エスパーか何かですかあなたは?」
僕はさり気なく彼女の前でため息を吐いた。
まだ、1日は長いようだ。
最後の授業のチャイムが鳴り響き、1日の授業は無事すべて終了した。
僕はといえば机の上で突っ伏してしばし終わったという余韻に浸っていた。
多分放置されていたらそのまま寝てしまう位に僕は疲れていた。
と。
「カタリくん。一緒に帰らない?」
僕は突然声をかけられ思わずビクついてしまったが、その声の主が彼女であると分かったとき、少し安心した。
「うん、今支度するからちょっと待ってて真坂さん。」
「その、”真坂さん”はやめてよ。私さん付けされるのってあまり好きじゃ無いんだよね。”深頼”で良いよ。ほら、言ってみて?」
「み、深頼…ちゃん。」
「まあ、いっか。及第点ってとこだね。じゃ、帰りましょ?」
「う、うん。」
ちょっと顔から大量の火が吹き出しそうだ。
心の中でそう呼びたいという願望が実現してしまったからだ。
まあ、心の中の語りでは彼女のことをちゃんと名前で呼んでいるーー更に言えばそれで余韻に浸っていたーーーわけたが。
2人の影だけが背後の地面に映(は)えている。
僕はといえばずっと彼女の横に居て照れ隠しで彼女から目を逸(そ)らしていた。
ついでに僕の赤面した顔も彼女から見えないように隠していた。
慣れない………………。
鳳華のシナリオだと此処から彼女との距離も縮まるってことだったが、これはどういう事なんだろうか。
やはり、鳳華に従ったばかりにこんなザマになってしまうってオチか。
しかし、僕なりに思案した結果ようやく僕は彼女の自宅まで上がる事が出来るのだ。
これは大躍進だ。僕自身の強運に感謝せねば。
というよりも、最初から自分の運に賭けておけば良かった。明らかな失敗だ。
「カタリくんはさ、何か食べたい物とかリクエストは有るの?」
「フェッ!?い、いや無いよ。何でも好きだし、何でも食べるよ。」
「うーん、それだと困るんだよなぁ。」
「困る?どうして?」
「あ、いやいや!こっちの話だから!!まあデータとして君の食生活を知るのも一興かなぁってね!」
変に動揺している。何だろ、何かちょっとだけ気にかかる。
ちょっと聞いてみたい気だってしなくも無いが、その真相を知って、幻滅する様な事があったら嫌だ。
そんなくらいじゃ気持ちなんか揺らぐ事は無いが、だけどあまり知りたくは無い。
「どうかした?」
「あ、ううん。僕の方も大した事じゃ無いから。いつもの考え癖。」
実際にはそんな癖は無い。
自分で今勝手に作り出した幻想だ。
だけど、単なる理由作りにそれを持ってきたのは正解だ。
現に彼女は納得している様な表情だった。
「うわ、あれ見て!」
と、彼女は目の前の店先を指差した。
見ればそこには長蛇の列があった。
かなり長い。ざっと距離を見積もる事は目視では難しいが少なくとも2、30人くらいはいるんじゃ無いか?
一体どんなイベント事があって彼らは並んでいるのか。
無論だが、僕は詳しくは知らない。
「何のイベントかな?…………新世代型アクションmmorpg「ジュノの魔導図書館」、本日発売。だって。知ってる?」
「mmorpg?確か、オンラインゲームの種類だよね。やった事なかったから良くは知らないけどあれだけの列を作るんだ、かなり話題のゲームであるのは間違いないよ。」
あいにくだが、僕はその手の話題には疎い。
彼女に詳しく説明できるだけの予備知識なんか一切持ち合わせてはいなかった。
かといって、やりたいとか面白そうだとは思わない。
これっぽっちも興味が無い。
だから、僕は店の看板にデカデカと貼り付けられたポスターの前をチラッと見ながらも、無視していた。
だが、ちょっと気にかかる名前があった。
一瞬だったから良くは見えなかったが、
「プログラマー ”榊 凌牙”」
の文字が見えた。…ような気がした。
確か、黒川がいつだったかに僕に憶えているかどうか尋ねてきた名前だ。
僕は小学校の頃の卒業アルバムをまだ大切に保管していた為に、その名前の人物は自分が小学校四年生から五年生にかけてクラスの担任の先生である事を憶えていた。
アルバムの後半に掲載されている”卒業生文集”では、その先生の事を書いていた児童が何人かいた。
人望厚い先生だったのが文章で分かった。
ちなみに、僕の書いたのはくだらない事だった。
だが、何かがきっかけでその先生は教師活動を辞めてしまった。
だから最期の小学校六年生の時は違う先生がいきなり来て結構戸惑ったものだった。
同姓同名の別人って事もある。
深く考えたところで、僕には何ら影響は無い。
なら、もうよそう。
今は今を生きていくしか無いんだ。
今を大切に、楽しく。
昔は昔のままで………………。
「また考え癖?」
僕はハッとなった。
「また、僕考え込んでた?」
「でたでた。」
彼女がうなづいた。
僕は改めて自分にはそんな癖が本当はあったんじゃ無いかと思い始めていた。
「まあ疲れている時とかって上の空になるときもあるかもよ。私はなった事はなかったけどね。」
「頻繁じゃ困るけどね。自分でもよく分かってないんだ」
「それって大丈夫なの?」
「心配になるくらいじゃ無いから大丈夫だよ。」
そうして僕は彼女の自宅近くまで差し掛かり、彼女と手を振り別れ、そのまま自分だけの帰路に着いた。
明日は日曜日。彼女の自宅までの地図を貰ったから迷うような心配はないだろう。
筋金入りの方向音痴なんて訳じゃないしね。
やばい。胸が高鳴って落ち着けない。
こんな調子じゃ明日彼女にアドバイスなんか出来そうもない。
”仮の恋人同士”でしかないから期待しても仕方ないかも知れないが、それでも僕は言いようもない緊張感に包まれていた。
それがまさに次の日に迫っていると分かればもう収まる気持ちはとどまる事を忘れた。
「明日が勝負だ。いや、明日しかないだろうな。こんなチャンスは二度はない。」
僕はそうして空に誓った。
次の日。
僕はいつもなら着ることはないチェック柄のシャツを着て最低限の身だしなみを確認した後、一呼吸整えて意気揚々と自宅を飛び出した。
「ん?お兄ちゃんどっか行くの?」
妹の柚子葉(ゆずは)だ。なるべく悟られないようにしよう。
「ちょっとね。急用があってさ、出かけなくちゃならなくなったんだ。」
「じゃあ、帰る時に私の好きな”午後の紅茶”買って来て。」
「それは自分で買ってこい。」
「えーー?だって面倒だよ?歩くんだよ?もう疲れたよぉ~。」
「ねだってもダメだ。戸締り忘れないでよ。」
「………………うーー。」
妹は恨めしそうにこちらを見ていた。だが、小間使いにされるほど兄としての威厳たるを落とす訳にはいかない。
それに彼女との約束だってある。こればかりは譲れないし、この大事なチャンスは逃す訳にはいかない。
そして、僕はその場を後にした。
地図によれば大した距離を歩くことはなさそうだ。
と。
「これ………かな?着いたみたいだ。」
そこにはかなり立派な家が建っていた。
僕が思わず尻込みしてしまう位にその家は風格があった。
古き時代を思わせる、いわゆる”日本庭園”ってやつだろうか?庭がかなり広い。
まるでどっかの映画に出てきそうな家だ。
しかしでもって周りの景観とかなりミスマッチだ。
ちょっと浮いているっていうか、周りの住宅たちに囲まれて自己主張が激しい家だ。
僕はとりあえず門の前でふらふらと辺りを物色しながら半ばソワソワしていた。
やはり外見の雰囲気のせいだ。
今、僕は頭の中に現れた嫌なイメージを払拭しようと奮闘している。
もしかしたら、黒いスーツを着たいかにもな奴が銃を持って門から出て来たらって思うと不安で仕方ない。
そんなこんなでどうしたものかと腕組みしながら考えていた時だった。
「カタリくん…?どうしたの、そんなとこで?」
不意に声をかけられてしまった。
見ればそこには買い物袋を持った深頼ちゃんがいた。
しかも、何故かエプロンをしている。
「いや、あははは!そ、そう言えばそうだね。なんでだろ?」
「私の料理を食べてくれるんでしょ?ほら、中に入って!」
「あ…………うん。ゴチになります。」
中へ入った僕は、まず外見通りの内装だと率直に思った。
いやはや、こうも立派だとずっと恐縮してしまう。
現によく分からない汗をかいている。
内装はテレビとかで見たザ・日本家屋って感じだった。
庭先には鯉が跳ねている池があり、時折あの、カコーンっていうーー作者も名前が分からないーーやつがかなり風情があって、ここは本当に鳳仙町なのか疑いそうになる。
だが垣根の奥に見えている民家を見ると言いようもない安心感が湧き上がる。
と、一つの部屋の前で先導する彼女が足を止めた。
そして襖(ふすま)の戸をゆっくりと開けていく。
「さあ、入って。」
言われるままに僕は中へと足を踏み入れた。
そこは簡素な部屋だった。
余計なものを一切取っ払ったような。それほどまでに何も無かった。
有るのは僕ら2人の並ぶ影だけだった。
「ちょっとこの部屋で待ってて。支度してくるから。」
「あ、うん。ゆっくりでいいよ。」
「いい感想考えておいてね!」
彼女は僕に満面の笑みを交わしてくれた。
さて、部屋には今僕しかいない。
この無限にも感じる時間感覚を一体どうしたらよいか。
とりあえず、さっき見た彼女のエプロン姿は可愛い。
この感想だけは用意しておきたい。
何だか、私生活を垣間見たかのようだった。
「にしても、彼女かなりのお金持ちなのかな。」
確か、父が実業家だったか。
だが、それは雑誌で見ただけの情報だ。
彼女は父親に関しては何も話さなかった。
別に話したくない事を無理に訊き出したかったわけではないから今まで訊かなかった。
かといっても母親に関してはそれも何も言わなかった。
ただ、「私はお母さんに囚(とら)われている……」としか。
囚われている……ってどういうことだったんだろ。
束縛されているって事か?
「お待たせ!」
と、彼女がふすまを開けた。
彼女の手には手作りのパンが用意されていた。
「来る前にねちょっと準備して今パパッと焼いて来たの。良かったら食べてみて。」
僕はちょっと感動していた。
だが、それをこらえいつも通りの表情を作りそれを一口口にする。
上手い………………!
これほどまでに上手いのを食べたことが無かった。
「どう?カタリくん、美味しい?」
「うん!上手い!!すごいよ、プロ並みだよ!これならあいつも喜ぶ!!」
「なんか褒めすぎなような気もするけど…….。でもありがとう。」
彼女は頬を赤らめ、少し照れくさそうにしていた。
どうしてか僕にはそれが眩しく見えて仕方なかった。
彼女の作ってくれたパンはシンプルなバターが中に封入されたパンだった。
それがたとえ不味かろうが、美味かろうが、僕は彼女にそれなりの評価をしてあげるつもりだった。
それで彼女の”仮の彼氏”としての役目を果たそうと思ったんだ。
「どうかな?レンくん…………気に入ってくれるかな?」
「間違いないと思うよ!だってこんなに美味しいから!」
「ふふ、ほとんどキミ”美味しい”しか言ってないじゃない。」
「ぐ、グググググ!!?」
確かにそうだ。
だが美味かったのは事実だから仕方ない。
まあ、それじゃアドバイスの意味なんかないんだが。
彼女は優しく僕に笑いかけてくれた。
多分だが、彼女なりのフォローがその笑いだったのだ。
僕まで赤面してしまった。
辺りはもう夕陽の赤で染まっていた。
「今日は来てくれてありがとう。」
「いや、気にしなくていいよ。アドバイスをするのが僕の”仮の彼氏”としての役目だからね。」
「………君が親友で良かった。」
「…………え?」
「あ、ううん!何でもない!私も君の考え癖が移ったみたい!じゃ、また明日学校でね!」
「う…………うん。またね!」
僕らは手を振りお互いを見送った。
彼女の最後の言葉が気にかかるが、それはもういつもの事だと自分に決め付けさせ勝手に納得した。
それに。彼女の自宅を見ることも出来て、尚且つ彼女の手料理だって食べることができたんだからこれ以上の幸せなんかないだろう。
僕はその軽い足取りで自宅までの道を歩いた。
自宅に着いて、まず先に向かったリビングに妹がいた。
「あ、お兄ちゃんおかえり~!」
「ただいま。」
ふと、僕はテーブルの上にあった荷物に目がいった。
「ん?この荷物どうしたの?」
「ああ、お兄ちゃん宛に荷物来てたよ。代わりにサインしたから感謝しといてね~?」
嫌味な妹だ。本当に僕の妹なんだろうか?
自分の部屋に戻り僕はその荷物を確認した。
宛先は確かに僕だ。
だが肝心の送り主の名前は分からなかった。
書いてなかったのだ。
封を切り、中身を取り出した。
そこにあったのは、手袋だった。
妙な紋章がついてある赤い手袋。
外質は革でできてあり、少し硬かった。
そして、中には更に手紙があった。
手紙には以下のようなことが書いてあった。
我が教え子である 「四乃原 語」くん
昔のこと、まだ憶えているかい?
まあ、大して僕とはクラスにいる期間が無かったから憶えていないのも仕方がないかもしれない。
なら、うろ覚えだって構わない。
昔、僕がゲームのプログラミングをするのが趣味だとか、夢だったとか話したことがあったね?
まあ、あるきっかけで僕は教師の任を解かれてしまったが今ある企業で僕のプログラミングの技術を買われてね。
そこで仕事をしているんだ。
ここは、天職だったよ。
僕の出すアイディアはすべて採用してくれたし、
僕の創り出した世界は彼らの期待を遥かに凌駕した。
ようやく、僕の想いがね
実現するようだよ。
ようやく、僕の世界がね
実現するようだよ。
ようやく、あの彼女とね
逢えるよ…………。
当時、僕のクラスメイトだった君に、君たちに、僕からささやかなプレゼントをあげる。
君たちは僕の試作品の「ジュノ」の世界に選ばれたんだ。
ようこそ。そしておめでとう。
今日から君たちは「βテスター」だ。
君たちの元担任 「榊 凌牙」より
「榊(さかき)…………凌牙(りょうが)?」
何処かで見たような気がする。あれは確か…。
そうだ。昼間に見た、行列ができていたあの店のポスターだ。
やはり間違えじゃなかった。先生だ。
意外だ。ゲームプログロマーになっていたなんて。
にしても、この手紙を読んでも結局赤い手袋については分からずじまいだった。
とりあえず嵌めてみれば分かるのだろうか?
僕はそれを手に取り、嵌(は)めてみた。
『オールシステムを起動させます。初期設定に必要な幾つかのプロセスを通過しました。次に個人データ認証を確認します。確認出来ました。生体反応、基本値。コード「ジュノの魔道図書館」をインストールします。』
と、僕の身体に光がほとばしった。
それは一種の閃光だ。
『インストール終了。おめでとうございます。あなたは6人目のβテスターに選出されました。「ジュノの魔道図書館」の世界をごゆっくりとお楽しみ下さい。』
と、光は消え去った。
あの妙な電子音声すら今はもう聞こえない。
この一連の出来事を僕の脳は全く理解できてない。
それをまるであったのか、無かったのかすら今の僕には思考不能だった。
「何なんだ、一体。」
と、突然僕の携帯が鳴った。
見れば、それは黒川からだった。
「黒川、どうかした?」
しかし、黒川から返事はない。
ただ、息の荒さだけが僕の耳越しに伝わってくる。
それは、この状況を表していて。
それは、この先の未来すらも予期しているかのような。
それは、僕の理解を遥かに超えていて。
それは、焦りだった。
「カタリ…………カタリか!?良かった。テレビは見たか?」
「テレビ?いや、まだ見てはいないよ。…なんかあった?」
「その能天気な口振りじゃ、まだ確かにお前は狙われる気配はなさそうだ。」
「…………だから、どういう」
「小学校のころ、俺らのクラスに童夢ってやつがいたな?憶えてるか?席が確か一番後ろの窓際で、いつもマスクで口を隠していて、誰とも関わらず、いつもいつも独りぼっちだった”冴鶴 童夢”って奴だ。」
「ああ、何となく覚えている。いきなりクラスから居なくなったっけ。」
「逮捕されたんだよ。先生を刺した罪でな。だが少年法の適齢年齢時期だったために彼は精神病院行きになり、学校もそれにより自主退学した。ニュースにもなったんだぞ忘れたのか?」
確かに、あの当時はかなり騒がれていた。
だが、誰を刺したかまでは全く記憶にない。
「誰が刺されれたんだっけ?」
「お前、本当に忘れちまったんだな。
俺らのクラスの元担任の
”榊 凌牙”って人だよ。ほら、前に話たろ?」
な…………何…………だって?
そんなまさか、そんな大事な事を僕が忘れてたなんて。
だから、それが原因で…………!
「だけど、その童夢が一体どうしたんだ?まだ刑務所の中なんだろ?」
「…………脱走した。」
「!?嘘だろ…………!」
「さっきニュースでやってた。そして同時にニュースで言っていたのが”神崎 紫穂”って奴が童夢に殺されたらしい。ちなみに、そいつは俺らの小学校のころのクラスメイトだ。」
「………………。」
言葉が出なかった。現実じゃ無いんじゃないかって錯覚すらも起きる。
「そいつは両手に紋章の入った手袋を履いていたそうだ。」
「…………!手袋なら僕も持ってる!僕宛の荷物に入っていたんだ。」
「やっぱりか……。これは憶測なんだが、多分童夢の目的は俺たちだ。」
「な、なんで?」
「そこまでは分からない。だが、用心しろ。その手袋だが、もしかして”榊 凌牙”から送られてこなかったか?」
「そう!しかもこの手袋も紋章がある。でも何で分かったの?」
「…………前にさ、榊 凌牙を憶えてるかって聞いたことあったろ?」
「ああ、あったね。」
「あの時、俺のとこに一つの荷物が届いていたんだ。差出人は不明。だが、中に入っていた手紙を見て分かった。俺たちの小学校のころの担任の先生だって。それであの手袋だ。嵌めたときさ、光を浴びたろ?分かるんだ。俺も浴びて、あの訳わからない声を聴いたんだから。それでこのニュースだ。まるで、先生はすべてを理解していたみたいだよな…………。」
「な、何だよそれ。て事は、僕はどうなるんだ。」
「外…………見てみろよ。意味が分かるぜ。」
「…………外?」
僕はカーテンを開き、外を見た。
僕はその光景に…………開いた口が塞がらなかった。
見た事もない草原。
見た事もない城。
遠くには青い紋章が浮かび、次の瞬間には爆発した。
終いには空にドラゴンやら、よく分からない何かが飛び交っている。
「…………何だよ……これ?」
「見えてるか?…………それがあの気味悪い音声が言っていた『ジュノの魔道図書館』の世界だ。」
僕は、言葉すら紡ぐことができなかった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
「魔物の討伐で拾われた少年――アイト・グレイモント」
(イェイソン・マヌエル・ジーン)
ファンタジー
魔物の討伐中に見つかった黄金の瞳の少年、アイト・グレイモント。
王宮で育てられながらも、本当の冒険を求める彼は7歳で旅に出る。
風の魔法を操り、師匠と幼なじみの少女リリアと共に世界を巡る中、古代の遺跡で隠された力に触れ——。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
レオナルド先生創世記
ポルネス・フリューゲル
ファンタジー
ビッグバーンを皮切りに宇宙が誕生し、やがて展開された宇宙の背景をユーモアたっぷりにとてもこっけいなジャック・レオナルド氏のサプライズの幕開け、幕開け!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる