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第二章

十九話

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「ここは私がお相手になりましょう。フォルティエナ嬢は一先ず下がっていてください」
 ユケル騎士団長はそう言って、再度動き始めたBOSSモンスターの近くへと素早く移動した。
 そして、振り下ろしてきたモンスターの大きな片腕を、横から一気に斬りつける。
 いきなり本体から断たれた反動で、BOSSの腕は勢いよく外側へと吹っ飛び、ドスンと大きな音を立てて落ちた。
 片腕を失ったモンスターはもう片方の腕を振り下ろし、ユケル騎士団長に再度攻撃を試みるが、抵抗も虚しく……残っていた腕もあっという間に斬り落とされてしまう。
 体の中の赤紫色のコアは腕の再生を行おうと再び光り始めたが、強豪な騎士を相手にそんな暇など与えてもらえるはずもなく、今度はコアごと本体を真っ二つに両断された。
 するとコアの機能は完全に停止したのか、あの巨大な水晶の体はその場でガラガラと音を立てて崩れ始める。
 アレクの闘い方を豪快と表現するならば、ユケル騎士団長の戦闘スタイルは軽やかで優雅だ。
 どちらも無駄のない動きをしていることに変わりはないのだが、やはり剣の扱いに長けている上級者たちの強さは桁違いに違った。
(……さすがは王国騎士の団長様なだけはある)
 粉々になって積み上がった水晶の破片のそばには、あの赤紫色に光っていた巨大なコアが半分に割れた状態で床に転がっている。
「この核はあとで王国の研究者を派遣して調べさせます。フォルティエナ嬢はそれでもよろしいでしょうか?」
「あ、あぁ……構わない」
 ユケル騎士団長の戦い方に終始圧倒されていただけの私は、彼の言葉にただ頷くのがやっとだった。
「感謝いたします」
 彼はそう言って、騎士にふさわしく丁寧で洗練されたお辞儀を披露する。

 ふと……レイはどうなったのかと彼女の現況が急に気になり出した。
 私は思わず階段の方へと走るが、すぐに追いかけてきたユケル騎士団長に腕を掴まれ動きを止められてしまう。
「フォルティエナ嬢、待ってください。一人でどこへ行かれますか?」
「ユケル殿、離せっ! レイが……」
「レイ? もしかして王都の牢から逃げだした例の女性のことですか?」
「……そうだ」
 何事にもあまり動じないクールさと端正な顔立ちを持つ彼だが、私の言葉を聞いて、さも不思議そうな顔で首を横に傾けていた。
 てっきりレイは、すでにユケル騎士団長や他の騎士たちに捕らえられてしまったのではないかと危惧していたのだが……彼の様子からどうも違うらしい。
「彼女、この洞窟にいるんです? に来るまでに私とはすれ違わなかったのですが……」
「……レイはその格好に酷く怯えていたから、あなたが通り過ぎるまで、どこかの陰に隠れていたんじゃないか?」
 ここは分岐点や行き止まりの道がいっぱいあった。
 小さい女の人一人くらい、いくらでも隠れられそうだ。
「そう……ですか。怯えていたのですか。私は今回お忍びで参ったので、隠密部隊の服をまとっているだけなのですが……この格好があなたを保護するにあたって、裏目に出てしまいましたかね」
 ユケル騎士団長はそう言って、複雑な顔で笑みを浮かべた。
 彼の着用している上下黒い服装は、王国の隠密部隊の制服だったようだ。
 まぁ隠密という名前から、暗殺とかも平気でやってそうな危ない集団なのは間違いないが。
 ユケル騎士団長が王国の騎士だということは、私が彼に直接会っていて偶然知っていただけだ。
 初めて彼を見たレイからすれば、同じ服装で勘違いをしてしまうのは当然だろう。

 とりあえずいつまでもここに残っていても仕方がないので、私たちは洞窟内の元きた道を引き返すことにした。
 そして私は、階段のところに放り投げていた鞄を拾って中を確認するが、入っていたサファイアは一応無事だった。
「ユケル殿、あなたはさっきお忍びだと言っていたが……」
「ええ、そうです。レイグラート様に極秘でと頼まれまして……単独であなたを迎えに参りました」
「私は帰るつもりなどないが」
「それは困りましたね。それになんだか随分と話し方が砕けておられるようですが、今のあなたがフォルティエナ嬢の素のお姿なのでしょうか?」
「まぁ……そうとも言えるし、そうじゃないとも言える」
 私はこっちが素だが、フォルティエナにとってはじゃない。
 こちらは後からやってきて勝手に身体を乗っ取っているようモノだから、私の方では素でもじゃあこの体の本性か? と聞かれるとそれは違うという答えになる。
 ややこしいことこの上ないのだが……。
「私は帰らないし、レイも逮捕させないし、なんなら王太子には婚約破棄してもらっても構わない」
 足場の悪い洞窟内を少しだけ早足で進みながら、私はユケル騎士団長にキッパリとそう言い切った。
「そこまで意思が固まっているのなら、何を言っても無駄でしょうね……なら私にあなたたちの行き先まで同行する許可をください。了承していただけるのなら、護衛としてあなた方に付いていきます」
「そこはレイに相談して……だな」
 あれだけ怖がっていた彼女だ。
 今のユケル騎士団長の格好には、尋常じゃないトラウマのようなものがあるのだろう。
 一緒に行動することは許してくれないかもしれない。

    ◇  ◇  ◇
 
 私とユケル騎士団長が洞窟の外へ出ると、心配そうに待っているレイの姿があった。
「フォ、フォル! 無事だったのね! あ……そ、その人は……」
 後ろにいるユケル騎士団長の存在に気がついたレイは、途端に怯えた顔をする。
「レイ、この人は王国のシド・ユケル騎士団長と言って、お忍びで私たちの元へ遣わされた方だ。あのBOSSモンスターから助けてもらった。今は隠密部隊の格好をしているけれど、実際は正規の騎士だよ。私たちを捕まえるために来たわけではなくて、護衛としてこのまま同行したいらしい」
「そ、そう……よく分からないけれど、あのモンスターからフォルを助けてくれたってことよね? つまりは私を襲った人たちの仲間じゃない……偉い騎士様?」
 私はレイの言葉に頷いた。
 ユケル騎士団長の顔を見た時は、青い顔で怯え気味の彼女だったが、正規の王国騎士だと伝わると多少は安心できたようである。
 急に顔色が良くなった。
「すみません、少々気になっていることがあるのですが、隠密部隊がレイさんを襲ったというのは事実でしょうか? あなたは学園にいるところを王国の者に普通に逮捕されたのではないのですか?」
「ぜ、全然違うわ! 廊下を歩いていたらいきなり眠らされて、起きたら知らない変な部屋に……そしてその場でユニーク魔法の能力を封印されたのよ! 今は消えて見えないけれど、この額のところに魔法で火の焼印をされてね! その時はあまりの痛みに気を失ってしまったけれど……気がついたら私はあの地下牢にいたんだわ。あれ封印って王国がやらせたんじゃないの?!」
 レイの言葉を聞き、ユケル騎士団長はかなり深刻そうな顔で首を横に振った。
「逮捕の時に魔力封じの手錠はかけるでしょうが、抵抗もしない相手に対して、焼印を入れて勝手に魔法を封印するなどという野蛮で旧式なやり方は、昨今の時世で認められるはずがありません。これは……王国の由々しき事態です」
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