当たり前の幸せを

紅蓮の焔

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二章 無意味の象徴

98話 『守』

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 ──目を覚ましたら、誰かが落ちてきた。

 その子は小さな体を木の枝に引っ掛けて衝撃を和らげたみたいだけど、落ちて来ない。

 だいじょーぶ? そう声をかけた。

 その子は何も答えずに木から飛び下りてどこかに走って行く。行ってしまう。

 目が霞んで誰なのかよく見えない。目を擦る。ぱちぱち。うん、これでよく見える。

 ──あれ、お姉ちゃん……?

 待って、待ってよ。行かないで。なんで置いてくの? イヤだよ。一人はイヤだ。お姉ちゃん、お姉ちゃん……、

「おね──ぇちゃん……っ!」

 口の奥が、首の中がすごく痛い。──呼んだのに、お姉ちゃんは止まってくれなかった。

『──飛び下りて、自殺する気か……?』

 オオカミが小さな音を立てて落ちてきた。見上げたら、真っ白なオオカミは口を大きく開けていた。
 ──蛇みたいだ。あの時みたいだ。死ぬ。死んじゃう。イヤだ。お姉ちゃんを追いかけなきゃ。また、やるんだ。皆を止めちゃえ。そしたら、お姉ちゃんを追いかけられる。

「──とま、っちゃえ……ぇっ!」

 右手をまっすぐ上に向けたら、急に皆が止まる。さっきとおんなじだ。──あの時と、おんなじだ。皆が止まって、それから、お姉ちゃんだけが動けて──……、

「おい、かけなきゃ……」

 上げていた手を地面に下ろして、立つ。お姉ちゃんが行ったのは、あっちだった。お姉ちゃんを追いかけなきゃ。行くんだ。行かなきゃ。目印なんてどうでもいい。お姉ちゃんがいたんだから。

 ──お姉ちゃん、逃げないで、行かないで。一人に、しないで。

 お母さんもいなくなったのに、お姉ちゃんまでいなくなったら、どうしたら良いのか分かんなくなっちゃうよ。おねがい、お姉ちゃん。行かないで。側にいさせて。なんでもするから。お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃん……。

「なん、だか……苦し──」

 お姉ちゃんの事を考えていると、胸が痛くなってきた。頭もぼーっとしてて、なんだかものが見えづらくなってきてる気がしてきた。

「──お、ねえ、ちゃん……」

 暗くなってきた。力が、入らない。行かなきゃ。追いかけなきゃ。目が、見えなくたって、追いかける。誰もいない場所なんて、いらない。お姉ちゃんと、お母さんが、いる場所が、好き……だから。──また、誰かが、いなくなるのは、いやだ。それも、一人に、なるのは、もっと、いやだ。

 ──皆と、いたい……。

 ※※※

「──この子は、ナツミちゃんじゃないよ」

『何……?』

「この子はナツメちゃんで、ナツミちゃんとは双子なんだよ」

『ぬぅ……』

 ナツメを咥えて展望台へと上がってきたオオカミは、仲間に背負われて山の中に避難していたレイ達を鼻で見つけるとすぐに追いかけてきて、現在は数匹のオオカミ達とナツミの模索及び撤退を余儀なくされていた

「ねえ、君達はどうしてここまでしてくれるの? ボクは分からないけど……さくらさんのことが嫌いなんでしょ?」

『──私達は、いや、我らが王は、シルフィード──さくら、だったか。あやつの裏切りで命を落とした。我らはそれが憎い。今、あやつを背に乗せている者はまだ敵対意識が低いものを選んだが……。それでも嫌悪感を剥き出しにし、少量の敵意をぶつける程度には我らはあやつを憎んでいる。……それでも、我らが王は民が死ぬ事を是としなかった。ただ、それだけだ』

「それじゃあ、ボクの事も嫌いなんだね。さくらさんと、仲間と言ったら仲間だし」

『きさまは……いや、それよりも仲間を招集しなければならない。これ以上死者が出るのは心が痛む』

 オオカミは背にナツメを投げると高く響き渡る声で吠えた

『──これで、我らが仲間は追いかけてくるだろう』

「動いてるけど……大丈夫なのかな?」

『足跡と臭いを辿って来るだろうからな。……きさまと話すと話が脱線するな。あの『竜』は、恐らく魔力を注ぎ込まれて抑え込めなかった器の外に魔力が溢れ出し事象を引き起こしている状態──詰まる所、『暴走』だ』

「──なら、落ち着かせたら良いの?」

『精霊王の魔力は自然と共有している分、無尽蔵だ。地形によっては変わるが……。ここは山の中。あの精霊王の魔力が尽きる事はあり得ないだろう。撃退か、逃亡か。しかしここはあやつの『領域』内。あやつの言う事を聞かなければまず出られない』

「領域──って、何?」

『……驚いた。そんな事も知らないのか。──まあいい。領域とは、体内魔力が世界に侵食する範囲の事だ。それは体内魔力の数百分の一と言われているが、真正は定かではない』

「そうなんだ。……じゃあさ、その、領域をなんとかしたらいいんじゃないの?」

『水に溶けた塩は取り分けられるか?』

「出来るけど……あっ、時間がとってもかかるってこと?」

『──すまない。例えが悪かった。領域を操作する事はできない。誰にもな』

「じゃあ、やっぱりナナセさんを救け出すのなんてできないと思うんだけどなぁ……」

『だろうな。──私も、あやつが何を考えているのか分からない。しかし、生き延びる為にはあやつに縋るしかないからな……。今のところは……』

 レイはオオカミの背中の上で起き上がろうとしてはみたものの、小気味のいい音と共にオオカミの上にぽふっと倒れ込んだ

「──これね、痛いと思ったら、背骨が折れていたみたいなんだ。だから足もずっと動かせなくて、すっごい大変。だから早く治したいし、もう治ったか何度も試してるのにちっとも治ってない。痛みは──初めの頃と比べたら大分マシにはなったけどね」

 ため息混じりに残念、と小さく呟いた。それとほぼ同時に二匹の前を歩いているさくらを背に乗せたオオカミが立ち止まって振り向く

『──分かった。きさまは、もう動けるか?』

「なんで?」

『厄介な相手が出て来るようだ。あの者と出会う前にここから立ち去る』

 そう言って体を回転させるオオカミを横目に、空高くを振り向き仰ぐ。そこには、叫ぶように大きく口を開け始めた『竜』が、確かにそこにいた
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