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二章 無意味の象徴
99話 『一人二人』
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──ああ、痛い痛い痛い痛い痛い。
誰もいない。いなくなった。繋いでいた手はどこかに消えて、今は縋るものが何もない。怖い。たった一人。怖い、怖い、怖い。痛い痛い。痛い痛い痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
「グルオオアアアアアアアアアアアアアアアア──ッ!!」
胸の中が、喉の中が、口の中が焼ける、灼ける焼ける焼ける焼ける……! 痛い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い! 途方もない耳鳴りが鼓膜を引き裂こうとしている。痛い痛い痛い痛い痛いうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい痛くてうるさくてどうにかなる……! うああああああああ……。痛い痛い痛い熱いうるさい熱い熱い熱い熱い痛い痛い痛くて、熱い熱い熱い痛い熱いうるさい熱い痛い──……。
※※※
「ウソ……」
目を見開き、立ち止まる一行の前には黄色い炎の海が広がっていた
「暑い……」と、呻いているのはさくらだ
「うっ、ごほっ、ごほっごほっ……ぅ、ぁぁ……お、ねえ、ちゃん……?」と、咳き込みながら起き上がろうとしてオオカミの背から落ちてしまい、目を回したのはナツメで、三人と三匹のオオカミは呆気に取られていた
『こ、れは……』
「火、吐くんだね……。やっぱり、『竜』だから……?」
『いや……火ではないだろう……。よく見てみろ。あの炎のようなものは、木を燃やしているのではない。あれは……石? 石化、させているのか?』
「──あうっ、……まだ、い、ぃ痛い、です……」
「ここ、どこなの? お姉ちゃんは? お姉ちゃんは……!? ねえ、お姉ちゃんはだいじょーぶなの!?」
「分からない。……でも、きっと大丈夫。ナツミちゃんは、頑張り屋さんだから……。まだ、なんでナツミちゃんがあんな事をしたのか、聞かなきゃだけど……」
レイを背負うオオカミの隣に、リーダーらしい風体のオオカミはナツメを背に乗せて並んでいた
彼を見詰めるが、彼は首を横に振って何も話さない。唸りもしない。ただ、首を横に振って細めた目を炎の彼方に送るだけだ
「たぶん、知らないんだよ。このオオカミも、ナツメちゃんと同じで仲間の事が心配なんだよきっと。だから、もう少し待っててあげよ?」
「……でも、お姉ちゃんが、いたの。お姉ちゃんが、走って行って……何も、言わずに……。一人に、なっちゃう……」
オオカミの毛を堪えるように力強く掴んで、唇を噛んで、鼻を啜る。顔は小鬢に隠して見せない
けれども、レイは彼女の心の置き所を作るように目を細めると一言だけ、柔らかく、そのまま伝えた
「一人じゃないよ」
小鬢の奥で少女の顔が反応し、ゆっくりとレイの方を見た。眉根を下げ、湿っぽい瞳を大きく開けて、見た
その瞳に答えるように頷いて理由を述べていく
「ボクは……あんまり憶えていないけど、きっと何か理由があるんだよ。だってナツミちゃんはナツメちゃんのこと、とても心配してた。どこに行った時も、何かを見つけたみたいに嬉しそうな顔をしてた。──朦朧としてたから定かではないけど……。でも、大丈夫。ナツメちゃんは一人じゃない。見捨てられてなんか、いないよ」
「ほんと……? お姉ちゃんは、私のこと……嫌いになったんじゃないかって思った……。私はお姉ちゃんのこと、探してたけど……お姉ちゃんはそうじゃないんじゃないのかな……って」
──今まで溜まっていたものを吐き出すように息を吐きだそうとして、くはっ、と息を吐くように笑った。歪みそうな口元を両手で押さえて、深呼吸を繰り返す
「ナツメちゃん」
「……私、は──」手を下ろして、顔を上げる「お姉ちゃんを、また、探す。お姉ちゃんが私を嫌いじゃないのなら、ずっと探す。追いかける。一人になりたくない。誰もいなくなってほしくない。お姉ちゃんもきっと、一人になりたくないと思うから。ずっと二人でいたい、『ずっとお姉ちゃんといたいよ』って言うの。だから、お姉ちゃんを追いかける。どれだけ離れてても、きっと──……」
『ッ! しまった……!』
ナツメを背負うオオカミが突然、駆け出した
当然、ナツメはその背中から転げ落ち、その直後にナツメの頭の横に小さく幼い足が突き刺さる
「あれぇ……? よけられたー。ちゅごーい!」
「えっ……?」
声も出ないナツメの代わりにレイの口から出た声は、拍子抜けした間抜けた声だった
「何が……? えっ、だって……え?」
目の前の信じられない光景に目と呼吸を奪われ、間抜けた声しか出せないレイは同意を求めるように周囲を見回す
すると丁度、レイの乗っていたオオカミがその地点から飛び退いて距離をとる。しかし、レイはそれについて行けずにその場に頭から転がり落ちた
「え、あ……な、なんで、そんな、こと……?」
「どーちたのー? あっ! わかったー! びっくりちてるんだね! えへへー!
つごいでとー!」
自慢げに胸を張る少女を見上げ、同時に背骨が音を鳴らして復活する
「だいどーぶ? いま、ぼぎっ! ──っておとがちたよ?」
心配そうにレイの顔を覗き込む彼女の瞳を見ると、すぐに視線を外して宥めるようにため息を吐いた
「大丈夫だよ。ごめんね、心配させて。でもさ、危ないよ? 逃げないと……でしょ? こっちに来ちゃだめだよ。ね? だから早く逃げて?」
「だいどーぶ! あのねっ、カエデたまに『あとちまつ』をまかたれてるのっ! だからだいどーぶ! わたち、つよーから!」
──目の前の幼い腕が唸りを上げて差し迫るのを横に転がって回避して童女を見る目を細めると、童女は無邪気な顔で首を傾げた
「──つごいっ! よけたよけたっ!」
「危ないでしょ? こんな事しないでよ……」
上目遣いで童女を見上げて諭すが、童女は聞く耳を持たずに心底驚いて賞賛しているようで、目を見開きながら胸の前で拍手喝采を上げている
「お姉ちゃんを探しに行くから、邪魔しないでよ……!」
童女を睨めつけて、頭を押さえながら深い息を吐いて四つん這いになり、ゆっくりと立ち上がる
「──だーめっ! みんな、ここでころつんだもんっ!」
童女は、悪びれる事もなく、嬉しがる事もなく、ただただ顔に貼り付いた満面の笑みには何も映らなかった
誰もいない。いなくなった。繋いでいた手はどこかに消えて、今は縋るものが何もない。怖い。たった一人。怖い、怖い、怖い。痛い痛い。痛い痛い痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
「グルオオアアアアアアアアアアアアアアアア──ッ!!」
胸の中が、喉の中が、口の中が焼ける、灼ける焼ける焼ける焼ける……! 痛い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い! 途方もない耳鳴りが鼓膜を引き裂こうとしている。痛い痛い痛い痛い痛いうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい痛くてうるさくてどうにかなる……! うああああああああ……。痛い痛い痛い熱いうるさい熱い熱い熱い熱い痛い痛い痛くて、熱い熱い熱い痛い熱いうるさい熱い痛い──……。
※※※
「ウソ……」
目を見開き、立ち止まる一行の前には黄色い炎の海が広がっていた
「暑い……」と、呻いているのはさくらだ
「うっ、ごほっ、ごほっごほっ……ぅ、ぁぁ……お、ねえ、ちゃん……?」と、咳き込みながら起き上がろうとしてオオカミの背から落ちてしまい、目を回したのはナツメで、三人と三匹のオオカミは呆気に取られていた
『こ、れは……』
「火、吐くんだね……。やっぱり、『竜』だから……?」
『いや……火ではないだろう……。よく見てみろ。あの炎のようなものは、木を燃やしているのではない。あれは……石? 石化、させているのか?』
「──あうっ、……まだ、い、ぃ痛い、です……」
「ここ、どこなの? お姉ちゃんは? お姉ちゃんは……!? ねえ、お姉ちゃんはだいじょーぶなの!?」
「分からない。……でも、きっと大丈夫。ナツミちゃんは、頑張り屋さんだから……。まだ、なんでナツミちゃんがあんな事をしたのか、聞かなきゃだけど……」
レイを背負うオオカミの隣に、リーダーらしい風体のオオカミはナツメを背に乗せて並んでいた
彼を見詰めるが、彼は首を横に振って何も話さない。唸りもしない。ただ、首を横に振って細めた目を炎の彼方に送るだけだ
「たぶん、知らないんだよ。このオオカミも、ナツメちゃんと同じで仲間の事が心配なんだよきっと。だから、もう少し待っててあげよ?」
「……でも、お姉ちゃんが、いたの。お姉ちゃんが、走って行って……何も、言わずに……。一人に、なっちゃう……」
オオカミの毛を堪えるように力強く掴んで、唇を噛んで、鼻を啜る。顔は小鬢に隠して見せない
けれども、レイは彼女の心の置き所を作るように目を細めると一言だけ、柔らかく、そのまま伝えた
「一人じゃないよ」
小鬢の奥で少女の顔が反応し、ゆっくりとレイの方を見た。眉根を下げ、湿っぽい瞳を大きく開けて、見た
その瞳に答えるように頷いて理由を述べていく
「ボクは……あんまり憶えていないけど、きっと何か理由があるんだよ。だってナツミちゃんはナツメちゃんのこと、とても心配してた。どこに行った時も、何かを見つけたみたいに嬉しそうな顔をしてた。──朦朧としてたから定かではないけど……。でも、大丈夫。ナツメちゃんは一人じゃない。見捨てられてなんか、いないよ」
「ほんと……? お姉ちゃんは、私のこと……嫌いになったんじゃないかって思った……。私はお姉ちゃんのこと、探してたけど……お姉ちゃんはそうじゃないんじゃないのかな……って」
──今まで溜まっていたものを吐き出すように息を吐きだそうとして、くはっ、と息を吐くように笑った。歪みそうな口元を両手で押さえて、深呼吸を繰り返す
「ナツメちゃん」
「……私、は──」手を下ろして、顔を上げる「お姉ちゃんを、また、探す。お姉ちゃんが私を嫌いじゃないのなら、ずっと探す。追いかける。一人になりたくない。誰もいなくなってほしくない。お姉ちゃんもきっと、一人になりたくないと思うから。ずっと二人でいたい、『ずっとお姉ちゃんといたいよ』って言うの。だから、お姉ちゃんを追いかける。どれだけ離れてても、きっと──……」
『ッ! しまった……!』
ナツメを背負うオオカミが突然、駆け出した
当然、ナツメはその背中から転げ落ち、その直後にナツメの頭の横に小さく幼い足が突き刺さる
「あれぇ……? よけられたー。ちゅごーい!」
「えっ……?」
声も出ないナツメの代わりにレイの口から出た声は、拍子抜けした間抜けた声だった
「何が……? えっ、だって……え?」
目の前の信じられない光景に目と呼吸を奪われ、間抜けた声しか出せないレイは同意を求めるように周囲を見回す
すると丁度、レイの乗っていたオオカミがその地点から飛び退いて距離をとる。しかし、レイはそれについて行けずにその場に頭から転がり落ちた
「え、あ……な、なんで、そんな、こと……?」
「どーちたのー? あっ! わかったー! びっくりちてるんだね! えへへー!
つごいでとー!」
自慢げに胸を張る少女を見上げ、同時に背骨が音を鳴らして復活する
「だいどーぶ? いま、ぼぎっ! ──っておとがちたよ?」
心配そうにレイの顔を覗き込む彼女の瞳を見ると、すぐに視線を外して宥めるようにため息を吐いた
「大丈夫だよ。ごめんね、心配させて。でもさ、危ないよ? 逃げないと……でしょ? こっちに来ちゃだめだよ。ね? だから早く逃げて?」
「だいどーぶ! あのねっ、カエデたまに『あとちまつ』をまかたれてるのっ! だからだいどーぶ! わたち、つよーから!」
──目の前の幼い腕が唸りを上げて差し迫るのを横に転がって回避して童女を見る目を細めると、童女は無邪気な顔で首を傾げた
「──つごいっ! よけたよけたっ!」
「危ないでしょ? こんな事しないでよ……」
上目遣いで童女を見上げて諭すが、童女は聞く耳を持たずに心底驚いて賞賛しているようで、目を見開きながら胸の前で拍手喝采を上げている
「お姉ちゃんを探しに行くから、邪魔しないでよ……!」
童女を睨めつけて、頭を押さえながら深い息を吐いて四つん這いになり、ゆっくりと立ち上がる
「──だーめっ! みんな、ここでころつんだもんっ!」
童女は、悪びれる事もなく、嬉しがる事もなく、ただただ顔に貼り付いた満面の笑みには何も映らなかった
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