当たり前の幸せを

紅蓮の焔

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二章 無意味の象徴

100話 『慟哭』

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 雄叫び。それを形容するのはこれが一番かもしれない

 『竜』が、地面を離れて空を暴れ、大地を恐怖させる雄叫びを喉の奥から突き出し始めた

 夕焼けが目立ち始めた空を暴れ、のたくり、絶叫を上げている。『竜』の、細く長い鞭のような尻尾が振られるたびに空の上で暴風が巻き起こり、その被害は少なからず大地の上にももたらしていた

 ──貼り付いた満面の笑みを少しも残さずにひっぺがすように、辺りに轟音が撒き散らかされる。レイの背後で地面が盛り上がり、跳ね上がるように爆散する

「ぅ、おっ……」

 爆発の余波を背にまともに喰らって前傾すると同時、もう一度、彼女の手が伸びてくる。しかし、レイの意識は背後を見る事に削がれていて、今ちょうど振り返ろうとしている

 振り向いた時には、横から押し倒されていた

「うわっ……!」

「はあっ、はぁっ、はぁっ……」

「ナツメちゃん? あれ……? なんで……」

「は、早く……逃げて……!」

 再び、気が付いた時には既に手が引かれている状態になっていた。流石の童女も、目を見開いて目の前の光景に呆気に取られて口から言葉が出なくなっていた

「わ、分かったけど──!」

 すぐに地面を蹴りながら立ち上がったレイは走る勢いのままナツメを抱え込み、抱き上げて既に走って行ったオオカミ達の後を遅れて追おうと黄色い炎の海へと飛び込む──

「にがたないよ!」

 ──が、上着を引っ張られてその勢いが止まる。挙句には左回転して振り回され、進行方向とは反対側の木に強く叩きつけられた
 叩きつけられ、根元に倒れ落ちたレイの腕の中にはナツメがひしひしと抱き抱えられていた。それを見るや作る拳を震わせ、これまでにない笑顔を見せる

 ──彼女は倒れて蠢動しゅんどうするレイまで歩いて行き、しゃがんで、顔の横までキリキリと引き上げた拳をレイへと突き付ける

「ッッ──ぁぁぁぁぁぁあああああ……っ!」

 骨が砕け、肉が裂ける音がした

「あれれ?」

 血が止めどなく溢れる。右手。人差し指と中指の間から大きな亀裂の入った掌。見え隠れする折れて突き出た骨。ぷらぷらと空中を遊ぶ親指と人差し指。流れる紅い血が草葉の頭を地面に垂れさせる

「あわっ、おててからちがどぱどぱでてるぅっ! つごーい! ふたがなきゃ!」

 亀裂を繋ぎ合わせるように親指と人差し指を持ち上げてくっつけようと捏ねているが、突き出た骨が皮膚に突き刺さってそこから血が滲み始める。失敗だ

「むぅ……。もうっ、カエデたまにおねがいつる!」

 元に戻すのを諦めて、盾の奥から覗き込んでくるレイをぷくぅー、とほっぺたをおっきくしてぷんすかして指をさす

「づるいづるい! わたちはぜんぜんつかえないのにぃっ!」

 両手をぶんぶん振って、ほっぺを更におっきく膨らましてはぽすぽす地面を踏みつける

 ──目の前で怒りをもろに表している童女を見上げ、盾で身を隠して四つん這いのような姿勢から、片手でナツメを抱き抱えたまま走り出した
 怒りを表現していて、少し反応が遅れた童女は追いかけようと左足を振り上げるが、それと同時に右足も振り上がって背中から倒れてしまった

 むくっと起き上がって首を傾げながら足を見てみるとその原因が分かった

「あれぇ? くつのひもがぐちゃぐちゃあ……」

 両足の靴紐を絡められていたのだ。二人の後ろ姿を見つけようにも既に見失った後で、この広い山の中でもう一度出会うのは困難だろう

「──むつかちぃ……」

 靴紐を諦めて靴を脱ぐと立ち上がって辺りを見回す。火の海。黄色い炎があちこちで燃えている
 空を見上げ、童女はべーっとべろを『竜』に向けて出した

「先々行っちゃ危ないでしょ? あら、どうしたのその手。あっ、それに靴も履いてないじゃない。汚いでしょ。履きなさいな」

 トアが燃えている炎をウサギのようにぴょんっと横に飛んで躱しながら「うひゃっ」と声を漏らして童女に近づいて行く

「だってぇ……ひもがぐちゃぐちゃあってなって、あとね、ていやっ! ってパンチちたらおててもぐちゃあってなったの」

「はいはい。分かったから、その靴貸しなさい。直してあげるから」

「はーい」

 靴をぽいっと放り投げてトアに渡すと、そこらへんに落ちていた枝を拾ってしゃがみ、左手で地面に落書きし始める。ウサギだ

「何をどうしたらこうなるのよ……」

「えっとねー……かってになってたー」

「かってにって──アンタねぇ……」

 呆れた様子でため息を吐くと靴紐を解く作業に取り掛かる。靴紐を解き終わった頃にはウサギの顔はぐちゃぐちゃな線で掻き潰されていた

 ※※※

「ねえ、お姉ちゃんは──」

 童女の姿が見えなくなって、見つけた穴に隠れてほっと一息吐いて小休止を挟んでいた。そこで、少し話をしていた

「──お姉ちゃんは、なんで逃げたんだろ……。私、お姉ちゃんに声をかけたんだよ? でも、お姉ちゃん、逃げていっちゃって……。でもっ、き、きっと、聞こえてなかったんだよね? ね? だって、私を、ナツメを、探してたんでしょ?」

「そうだね」

「うん。だいじょーぶだよね……。おかーさんも死んじゃって、一人は、寂しいもん……」

 遠くで『竜』が泣く

「それじゃあ、行こっか。ナツミちゃんがどこに行ったかは分からないけど、探せばきっと見つかるよ。他の人も見つけて、今生きている人達で帰ろう」

「ん……」

 膝を抱き寄せて縮こまるナツメを側目に、穴から空を見上げる。青かった空はそこにはもう無く、そこにあったのは赤く染め上げられた夕焼け。そこから響くは絶え間ない悲鳴で、延々とそれは続いている

 その叫びが湿っぽくなり始めているのは、きっと、辛いからだろうな。

 一人は、寂しいもんね。

 レイは胸に手を当てて深く息を吸い込み、吐き出した。もう一度。今度は体の隅々まで酸素を行き渡らせて、全てを取り除くように、深く、大きく吐き出した

「よし……」

 振り返ると、ナツメが膝を抱えて座り込んでいた

「探しに行こう。ナツメちゃん。きっと、すぐに見つかるよ」

 気休めなのは目に見えて分かっていた様子だが、出方を伺う選択肢は消えていて、断る理由も消えていて──だったら、と差し伸べられた手を両手で掴んだ

「……うん。探す」

 引き寄せられるように立ち上がり、レイに引き続いて穴から這い出ると『竜』の叫びがより一層大きくなった

「きっと、大丈夫だよね」

 二人は歩き出した


[あとがき]
 遂に百話突破! 読んでくれてる人、ありがとうございます!
 ……おっかしーなぁ。
 元々、百話にくるのは三章の終わり辺りだったはずなんだけどなぁ……。
 めちゃくちゃ長いなぁ……。
 この時、作者は「終わりそうで終わらないな、二章」と呟きました。
 ともかく!
 このような拙作を読んでくれている方、ありがとうございます!
 まだまだ続くけど、最後まで見てくれると嬉しいっ!
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