当たり前の幸せを

紅蓮の焔

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二章 無意味の象徴

107話 『救出』

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 崖を登り切った後、すぐに走り出したナツメを追うような形でレイとコーイチも彼女の後を追いかけて走って行った。そうして、今現在、レイ達三人は一匹のオオカミと対峙していた

 ──崖の上の山道ともすら呼べない道を走ること数分。正面から走って来たのはオオカミだった。彼のオオカミはレイ達と数メートル近く離れた所で立ち止まり、前身を低く身構えて乳白色の牙を剥き出しにする

「グルルルルルル……」

 低く唸り、生命の危機を察知する鐘を強引に振り回され、鳴らされる事に後ずさりしつつも、決して背は見せない。オオカミはレイの後ろに並んでいる、コーイチへと細く歪めた視線を向けているが、共にいるレイ達にも同様の敵意を剥き出しにしている
 その事に疑問を抱えながらも一列になっているレイ達は大きな動きを見せずに、オオカミから距離を置こうと必死だ。それを知ってか知らずか、レイ達が一歩下がると、すかさずにオオカミも一歩、前に進み出る

 距離が離れるどころか縮まる一方で、レイの後ろに隠れているナツメは握り拳を作りながら苦汁を飲み続けているような顔でオオカミを突き刺せるほど鋭く睨みつけたが、即座に短い吠え声として木霊し、すぐに目尻を鋭さの欠片もないなまくらにした

「──協力してくれるとか言ったの誰だよ……!」

 ナツメが先程の低い吠え声で尻もちをついた途端に、オオカミはゆらゆらと尻尾を振り始めた。ナツメの脇に手を入れて立ち上がらせたコーイチがレイとナツメの後ろで小さく叫ぶと、オオカミは敵意の限界に達したのか低く吠えながら地面を蹴ってレイ達に襲い、跳び掛かってきた

「ぅ、おぁッ──!」

 ギギッ──と引っ掻き音と共に左腕たてで防御したレイが押し倒されそうになり仰け反るが、その背後からナツメとコーイチがレイを支えてなんとか耐える事に成功した。だがしかしオオカミは、地に足を着けた瞬間にそのまま牙をレイの盾に突き立てたまま押し退け始める

「な、んで──っ!」

 オオカミは怒り猛った眼差しでレイを貫き、その背後に居するコーイチまで貫き通し睨みつける。邁進、猛進を続けるオオカミは止まることも止まる所すらをも知らない様子で低く唸り、威嚇しながら詰め寄って来る。しかしながら、耐え続けているレイ達は動かないように、とは努力しているのだがそれが功を奏す事はなく、ゆっくりとではあるが、来た道を押し返され続けてしまっている
 仮に地面に根が張れるなら結果は変わったかもしれないが、レイ達にそんな事はできやしない

 地面を小さく抉りながらレイ達を少しずつ後退してさせていくが、決め手を持ちかねている様子で盾を離さんと咥え続けている。正確には牙を当てつけて猪突猛進して来ているのだが──、かと言って、レイの方も剣を振るう余裕は無い。両手と体全体を隅々まで使ってこの状況なのだ

「ぅ、ぐ、ぐ、ぐ、ぐ……」

 壁に押し込もうとするように体重をかけているにも関わらず、オオカミが止まる気配を見せる事は微塵も無い

「くっそ、が……! いつまで来るんだよこいつ……! しつこいなァ──ッ!」レイを背中から前に押し付けるように支えるコーイチが歯を軋ませながら叫ぶ

「う、ぐ、ぎぃ──ッ!」レイが盾に顔を押し付けながら苦しげに声を漏らす

「邪魔、しないで、よ──ッ!」ナツメがレイに横顔を押し付け、両手で背中を、腰を押しているが押し返している気配はしない

 三人がそれぞれ苦しげに声を出し、踏ん張るが状況はさして変わらず、刻一刻と後退させられ続けている
 その状況に耐えかね、遂にレイが右腕に剣を纏わせる。それと同時に風の刃が目の前のオオカミを切り刻み、紅い薔薇を連想させる赤く細い糸を見せられたレイは大きく目を見開いて口を閉じることが出来ずに、倒れたオオカミを見下ろしている

「グルルルルル……」

 オオカミは倒れてからも威嚇をやめずにレイ達に瞳を向けてその奥にギラギラと炎を滾らせていた
 そして、オオカミをそんな状態にした者はオオカミの走って来た方向から、二本の足を使い、しっかりと大地を踏んで歩いて来た。その光景に、レイは目を見開く

「先ほど、ぶりです」

 長い金色の髪が、そよそよと彼女が動くたびに揺れる

「……さくら、さん……?」

「リーダー……」

 コーイチが声を低くしてレイの隣に出て来た。彼女との再会までに、沢山の話を聞いた。その感情が今、解き放たれた

「リィィィイイイイイイダァァァアアアアア──ッッッ!!」

 コーイチの体が跳ね上がり、次の瞬間にはさくらの頭を引っ掴んで頭突きを喰らわせていた

「ひぐっ──ぅッ!」

 その衝撃でコーイチの手から離れた頭を大幅にフラつかせて尻もちを着いたさくらは片手に体を預け、もう片手で額を押さえて目を細めて渇いた微笑を浮かべて上目遣いを使う

「……コーイチくん、今朝ぶり、ですね」

「おい、リーダー……」

 額から血が垂れ、鼻を避けて口の端から口に入っていく。しかしそれを気にする様子もなく、コーイチは目を細めて暗雲を払い、光を目が求めていた

「はい……? なんでしょうか……?」

「リーダーは……アレを、おびき寄せるために、オレらを利用したってのは、本当か?」

「結果的には……そう、なります……」

「ッ──! なら、あの約束は、皆をこの力で守って、皆で楽しく、安心して、幸せに暮らすっつー目標はなんだったんだよ……。なんのためだったんだよ……なあ? リーダー。オレらは、ただアレを暴れさせに来たのか?」

「……その約束を果たすためには、『彼ら』を説得しなければならない。私はまだその人達と関わりを持っていないのでそれは実現不可能です。今の所は。騙すような真似をしてすみません。しかし分かってください、決してあなた方の命を奪おうとしたわけではないのです。私は、私は──家族を、取り戻したい。彼らに奪われた家族を、未だ苦しむ家族を、救けたい。そのために、あなた方の力を借りるつもりでした。残念ながら、あのような事になってしまったのですが……」

 悲しげに空を見上げた後、手を下ろしてから唇の端を噛んでコーイチの方に視線を戻した。コーイチは、それをずっと見ている

「なら、最初からそう言えば良いだろーが……」

「こうして、魔力の高い人達に接触したのも、私の家族の奪還に、協力して欲しかったからなんです。あなた達を──騙していたのは、とてもじゃないけど、信じてもらえないと思っていたからです。……それに、もう無理でしょうね……。彼女は暴れ出してしまった。『彼ら』は以前よりも私達に警戒して、尻尾を見せなくなる……。彼女を助ける手立てなんて、もう私には思いつかない……。何度も試しました。何度も削って、そのたびに『竜』が泣いて、けれど耐えて耐えて、削って、だけど……削り切った先、その中心に彼女はいました。だけど、もう無理です。一体化してしまっている……。引き剥がす事が、できない……。けれど、私にはあなた達を外まで連れて行く義務がある。ここから、出してあげます」

「リーダー」

 コーイチがしゃがんでさくらと目線の高さを合わせた。さくらは、その少し釣り上がっている目尻と、光が宿る瞳に少し表情を強張らせた

「あの『竜』の中に、リーダーの助けたい奴はいるんだよな?」

 こくんっ、と一度だけ頷き、それを見たコーイチは空を見上げて人差し指を天高く掲げた。その指が指し示すのは、今はもう暴れていない『竜』だ

「そいつを助けられる方法をオレは知ってる。ハダチと考えてたからな」

「本当ですか!?」

「ああ。だから、助ける」

「ありがとう、ございます……!」

 涙を流して目を両手で拭いているさくらを見てから振り返り、レイ達を見つめ、いたずらっぽく笑う

「行くぞ、お前ら。オレらはあの『竜』を止める。倒す。それくらいのやる気じゃないと勝てる気がしねぇし、助けられる気もしねぇからな」

「私は、行かない」

 ナツメは服の裾を掴んで、目を伏せて、やっぱりコーイチに再び視線を向ける。コーイチが目を瞠り、眉間を引き寄せるのを見て、ナツメは掴む力を強くした
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