当たり前の幸せを

紅蓮の焔

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三章 炎は時に激しく、時に儚く、時に普遍して燃える

131話 『ノスタルジックな声』

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 レイカがしゃがみ込んで、それからレイがすぐに励まして家に着いた時のこと。
 ネネさーん、と叫んで、レイカは豪快にドアに手をかけて後ろに引っ張った。
 その後ろにはレイと二弥が横並びに立っている。

 ガチャ、と音が鳴り、開くはずだったドアが開かず、レイカは目を点にした。それからすぐに振り向いてレイに助けを求めると、レイは苦笑して首を横に振る。
 そのことに愕然と口を開けて項垂れていると「はいはーいッス」と声がして、レイはぴょこっと顔を上げてにゃはーっ、と嬉しそうに頬の色を変えて両手を挙げた。

「コウくん!」

「あれ? 嬢ちゃんスか? 早くないスか、帰ってくるの」

「今日から短縮授業なんだよー? 知らなかったのー?」

「あー……そッスか。それはわかったッス。けど……」

「うん? どーしたの?」

「いや、その子、誰かな……って思っただけッス」

 ぴっ、と指した指が二弥に向けられ、そのことに一瞬たじろぐ二弥をレイは横目で見定めるようにちらりと目を細めて見ていた。
 レイカはコオロギに、えっとねー、と視線を右上に向けて少し間を開けてから言う。

「ちょっと前に向かいに引っ越してきた女の子! 名前はにやちゃん!」

「ふんふん。……へー、にやちゃんって言うんスか。俺はコオロギッス。好きなように呼んでくれて構わないッスよ」

「……は、はい」

 目を伏せて言う二弥は、レイカ達に聞こえないように、見えないように口を動かしていた。それをレイだけは、聞いていた。聞き逃さなかった。
 ──たしかに、話していた。誰かと。
 ジッと、レイは二弥を見詰めている。何と、何を話しているのかを見定めるため、ジッと、ジッと、凝視する。その口以外を視界から除外するようにゆっくりと視界の外へ追い出し、司会の外側からゆっくり白く濁って見えなくなってくると、その右目は動く口だけに集中する。

 い、い、ひ、と、た、ち、だ、ね、に、や、ちゃ、ん。

『良い人達だね二弥ちゃん』と、たしかにそう言った気がして、レイの口が開いた。喉の奥から様々な感情に流された言葉たちがのっしりと這い上がってきて──、

「レイくん?」

「ぁ……」

 我に返ったレイは、自分の手が、二弥の手首を強く握り締めていることにようやく気が付いた。すぐに手を放すと、二弥は自分の手を守るように抱えて、レイカの後ろに隠れるようにレイから距離を取って唇を引き結ぶ。
 レイの方はいつの間に自分の手が伸びたのか、記憶の不明瞭な箇所に必死に何かを充てがって記憶を補填しようと瞳孔を震わせる。丸くした目がしばらくの間、自分の手を見詰めていた。

「……ごめん、ね。二弥ちゃん。──痛かった、よ、ね? 平気?」

 赤くなった手首を見て、レイは怖がらせないようにと微笑みを投げかけるが、彼女の引き結んだ唇が解かれることはなく、彼女はただ、怖がるように震えた自分の手首を見詰めて、今にも泣きそうに、けれども悔しそうにも見えるように目を細めて、鼻を啜る。

「うにゃーっ! 雰囲気悪くしてどーするの! ダメでしょレイくん!」

「ほ、本当にごめんね……! お詫びになんでもするから……」

「とにかく一旦、家の中に入るッスよ」そう言って、コオロギは家の前を通り過ぎて行く人達を見て、「目立つッスから」と付け加えた。

 彼らが通り際にチラチラとレイ達を見て、しかしすぐに興味が無かったかのように再び前を向いて歩き──または走り出すのだ。その視線に気づき始めた時、それが纏わりつくようでどうもレイには居心地が悪かった。

 振り返り見ると、そこには通って行く同じ中学校の制服を着た少年少女が歩いている。それを見て、レイは家の中に入って行くレイカ、二弥、コオロギに続いて最後に家の中に入って行った。家の中に入るとすぐに鍵を閉めて、ドアに背を預けた。レイは先程の視線から逃れられたことにホッと胸を撫で下ろし、一息吐く。

 それと同時にまた先程とは別の居心地の悪さが残っているのが感じられ、レイは胸を撫で下ろしていた腕から力を抜いた。だらりと、腕がカーテンのようにしなだれ落ちる。
 背を預けているドアは鍵によって固定され、外界との接触を防いでいる。

 レイくーん、とリビングから手を振ってレイカが叫んだ。「コウくんがアイスあるってー! 一緒に食べよー! あと、仲直りもねっ!」

 指を指して念押しされたレイは頷きながらうん、と戸惑い気味に返事をした。
 左目があった所からどろりと『何か』が溢れそうになって、レイはいつも通り靴を脱いで、リビングへと歩いて行く。
 靴下がフローリングを擦る音が聞こえて足を引きずっているのだと気が付き、足をもう少し上げるように意識しながら歩いて行く。

「レーイーくんっ! 今ね、にやちゃんと一緒にどれで遊ぼーか考えてるとこ! 一緒に考えよ!」

 二人は並んでソファに座っていた。レイカは膝の上に箱を乗せて、その箱に入っているソフトをあれこれと鼻高々に説明しながら見せている。
 コオロギはリビングにはいなかった。
 呼ばれたレイは反応するのが遅れ、二回目でようやく世界に欠如していた何かがはまったかの戻ったかのような、感覚の蓋が開いたかのような感覚に襲われ、目を見開いてえっ、と驚きの声を上げる。それから改めてリビングを見回し、レイカ達を見つけてあ、と声が漏れたと同時に小さく頷き返して、ようやくうん、とまともな返事を返すことができた。

 それからまだ現実感が薄いような、微睡みの中を停滞しているかのような、そんな右目をレイカ達に向けたまま、レイはその場に立ち尽くしていた。
 ──ふと、

『ああ──、やっと、わかった』

 口が勝手にそう動いて、レイカが振り返る。次いで二弥も振り向く。その四つの瞳が射抜いたのは、まだカバンを肩にかけたままのレイだ。
 訝しげにレイをその場に縫い付けて留まらせる瞳が、動こうとしない。

「……ど、どうしたの?」

「……? だって今……」

「あ、これ、やりたいな……お姉ちゃん」

「ん? どれどれぇ……」

 前回よりも距離が縮まり仲が良くなった二人を見詰めて、レイは胸を焼かれるような、絞めつけられるような気持ちを意識した途端、ああ──、と思う。
 ──嫉妬、してるんだ。とも思う。

 それに気が付いた自分に、レイは嫌そうに眉間に皺を寄せて呆れたように息を吐く。
 拳を握り、きゅっと唇を噛んでいた。

「──ボク、ちょっと疲れちゃったから、部屋に戻るね」

「えーっ! 一緒に遊ぼーよー!」

「……ほんと、ごめんね」

「にやちゃんも一緒に頼も! ねっ! ほら! レーイーくんっ! レーイーくんっ! もいっちょレーイーくんっ!」

「今は、本当に──」

『遊びたいな』

 ぇ──、と驚きに目を丸くする。
 開いた口が塞がらず、口に手を当てるとレイカがぱあっと笑顔を弾けさせた。二弥の方では少し嬉しそうに口を緩め、けれどもどこか怖そうに顔を硬くしていて複雑な表情を浮かべていた。その小さな双眸に、赤い『何か』が渦巻いていた。

「じゃあレイくんもこっちに来て一緒にやろっ! これね、協力してステージをクリアしていく、横スクランゲームだよっ!」

 ニコッとソフトケースを顔の横に持ち上げて嬉しそうに笑う。
 その表情にレイは、勝手に動いた口から出た声よりも大事なことがあるんだと、ふーっ、と下を向いて息を吐いた。
 くしゃくしゃの笑顔で悔しげに悲しげに、けれども嬉しそうに懐かしそうに笑う、様々な感情が押し寄せてきて、レイの顔はくしゃくしゃになってしまった。

 ああもう──、

 レイは思う。

 ──何なんだ、この……っ、わけが、分からないっ……。





[あとがき]
 次回は十六日!
 四章は四章でやっぱり書くの遅いけれど、頑張りますっ!
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