当たり前の幸せを

紅蓮の焔

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三章 炎は時に激しく、時に儚く、時に普遍して燃える

132話 『ああ、嬉しいな』

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 ネネが帰って来たのはレイ達がゲームをし始めてすぐのことだった。

 リビングを覗くようにして「ただいまー」と呼んだネネに、レイと二弥はおかえりなさい、おじゃましています、と口々に言ったものだがレイカだけはゲームに集中していて「とりゃーっ!」と叫びながらコントローラーを頭の上に振り上げてプレイしていたランゲームのゴールに到達し、クリアする。

「やたーっ! クリアー!」

「た、だ、い、まー……?」

 怒気の孕んだ声で確認するように、レイカの米神を拳で挟み込む。ネネは怒りを隠すようにその顔を翳らせてゆっくりと口角を上げていく。
 拳を米神に当てられたレイカは、たらたらと冷や汗を流して引き攣った笑みを浮かべることしかできなかった。それを見ていたレイが堪えかねてレイカの弁護に回ろうとして口を開けた途端、ネネがレイへ、ダメよと、目で訴えてきているのがピリピリと粟立つ肌で感じ取り、レイは口を閉じてしまった。

 味方のいなくなったレイカは、あははははぁ……、と諦めたような、どこか投げやりな笑いを零してコントローラーを慎重に自分の右隣に──二弥の左隣に置くと、一度、深呼吸をする。目を閉じて、心を落ち着かせるように。しかし、一度では飽き足らず幾度も繰り返していく。二度、三度、四度──そして、その数が十を超えた所でレイカは目を開けてネネの顔を振り向き仰ぐ。
 翳った笑みをその表情に貼り付ける彼女は、見るからに怒っている。

「それじゃ、ちょっとレイカちゃんを借りて行くわね」

 語尾にハートが付くような言い方でウインクして、レイカの脇の下へ手を伸ばし羽交い締めにすると、隣に二弥がいて暴れることのできなかったレイカはいとも容易く引きずられてリビングから出て行ってしまった。
 部屋の中にはレイと二弥の二人だけ。先のこともあってか、レイは二弥から目を逸らすように顔を背け、ステージ選択画面のまま放置されているゲーム画面が、今はとても眩しかった。あと、音が大きく五月蝿く感じていた。

「あ、あの……!」

 レイは虚を突かれたように表情を硬くして、目を丸くしてこわごわと二弥へ目を向ける。
 二弥は腰まで伸びている髪を手首から指に巻き込んでその毛先を指でいじり、強張った顔はどこか躊躇いが混じっているようで、それを隠すように目を閉じ、深く息を吸い込んでレイに顔を傾ける。

「……しー、ちゃん」

 呟くように、確かめるように言ったその声は、何度かその口の中で繰り返され、微睡みから開放されるように彼女は深く息を吐き出した。
 赤い灯火のように淡く光る双眸が一瞬だけ煌めき、その瞳が黒を飲み込むようにぎゅるりと赤く変化していく。

「ぇ──っ?」

 煌めいたその双眸がレイを射抜き、次の瞬間には顔のすぐ前まで差し迫っていた。
 赤く燃える瞳が、迫り来る。

「しーちゃん……っ!」

 ──押し倒されていた。彼女はしきりに、会いたかった、ずっと探してた、と押し倒したレイの体の上で身をよじって、その顔を寂しさを埋めるように押し倒したレイの胸の上で潤んだ声を上げている。

「なんで、こんなに近くにいるのに……気付かなかったんだろうね……。お姉ちゃんね、しーちゃんがこんなに近くにいてくれて、嬉しい。でもねでもね、お姉ちゃん、ちゃんと探したんだよ? ──皆とあの場所で別れてから、一生懸命、何度も死んじゃうかと思った。でも、やっと見つけられた……。ねえしーちゃん、お姉ちゃんと皆を探そ? また、皆とあの樹の下で暮らそう? しーちゃん達だけは、お姉ちゃんの味方だよね? ねっ? また、前みたいに仲良くしよ?」

 言い終わって、顔を上げたその幼い瞳、根元から茶色に染まり始めた黒い髪がふわりと揺れる。期待の籠もったその赤い双眸を向けられ、レイはただただ他人事のように、傍観するように、無表情で二弥を見詰めていた。

「しーちゃん?」

「ボクは」

『いーちゃん』

「──ッッッ!?」

「ああ、やっぱり──……しーちゃんなんだ♪」

 楽しそうに、嬉しそうに、彼女は恍惚の笑みを浮かべて蕩けるような甘ったるい瞳でレイを見詰め、しーちゃん、と嬉しそうに何度も呼ぶ。何度も、何度も。

「ああーっ!? レイくん!?」

 押し倒されているレイを上から見下ろす形でレイカが驚きの声を上げる。
 その声を鼓膜が捉えるのと同時に二弥はハッと我に返り、「ぁ、ぁ、ぁぁ……」と泣きそうな顔をして動揺していると、再び我に返り、慌てて、けれどもレイの体の上からそっと慎重に下りて頭を下げた。

「ごごご、ごめごめごめっ、ごめん、なさ──っい……っっっ!」

 頭を下げた二弥は、辛そうにスカートを強く握り締めて皺を作っている。レイカはそんな二弥を見て眉根を下げて唇を尖らせ、レイの顔に近づいて手で口元を隠して囁くような声で言う。

「何があったの……?」

「実は……」

 レイカが連れて行かれてからの事のあらましを簡単に説明し、それを聞き終わったレイカは腕を組んでむむむむむ、と難しい顔をして目を閉じていた。
 その間、二弥はずっと居心地が悪そうに顔を伏せていて、ソファに座るレイカの正面に立っている。ただ、伏せられたその表情はさきほどレイカに向けていた楽しげなものとは違い、痛々しげに歪められていた。

「うにゃぁ……」と、レイカは少し不満げに二弥を睨めつけている。

「ごめんね、レイカちゃん……。ほら、抵抗しなかったボクが悪いんだから……その、責めないであげてくれると嬉しいな」

「それはそうだけど……」

 少し柔らかくなった目はちらりとレイを見上げた後ですぐにスカートに皺を作って顔を伏せている二弥に向けられ、ふー……、と難しい顔を少しだけ柔らかくしてぴょんっ、と跳ぶように立ち上がる。
 それから一拍開けて「にやちゃん」と声をかける。その声には悔しさのような、苛立ちのような、けれども諦めているような、力がうっすらと弱々しく感じられる程度に入っている声音で言う。

「──ごめん、……その、怒っちゃって……」

 レイカの謝罪を聞いて、二弥は握るスカートの皺を更に深くした。
 垂れる頭で表情が伺えないながらもレイの脳裏には、痛々しく、悲しげに眉間に皺を寄せる顔がありありと浮かび上がり、自分の落ち度だと責めるように目を伏せて左腕の肘より少し上へ手を伸ばし──、

「ああっ……!」とレイカが蹲るようにむしゃくしゃしてきた頭を掻きむしる。それに驚いたレイと二弥は顔を上げて「なんか、こうゆーの、違うっ!」そう、頭を振り上げてビシッとレイカは正面に、二弥に指を指した。

「にやちゃんはレイくんのことが好きなんだよね! だから抱きついちゃった! 私はそれを発見してなんかっ、こうっ、うにゃぁぁぁぁ! ってなった! 今はこーゆーことになってるんでしょ! ねえレイくん!」

「ぇ……」

「もーっ! なんで分かんないのぉ、ぉ、ぉ……!」

 喉の奥を塞いだまま叫んだように涸れた声で身をよじって頭をわしゃわしゃ掻きむしる。二人は目を丸くしたまま黙ってレイカを見詰めていた。
 ──とにかく、とレイカは大きく息を吸い込む。

「私は二人に、こう……そうっ! やきもち! ……え、やきもち……? ……いや、これナシね! とにかくこう、なんか……うにゃぁぁぁ……! 嫌なの! ……それに、仲間外れにされたみたいだし……、二人だけで仲良くならないでよ! さっきまでケンカしたりしてたのに! ズルい!」

 二人はただただ開いた口が閉じない、と言った風な間が抜けた顔をして、言い終えて肩を上下させているレイカの顔をまじまじと見詰めている。
 言いたいことを言い切ったレイカは、ハッと我に返り、羞恥心に顔を赤くした。

「な、なんか言ってよ……。恥ずかしいじゃん……」

「ぁ……」と声を洩らしたのは顔を赤くした二弥だった。「その……えっと……ごめん、なさい……」

「謝らなくても良いんだってばぁぁぁ……! だから、レイくんと二人きりで仲良くならないでよねっ! 最近、ネネさんとかとじゃあんまり楽しくなくて……やっぱり、レイくんとか年が近い方が楽しいもん! それに、どーしても抱きつきたくなったなら、今度はわわ私も! 一緒ににやちゃんに抱きついてあげるから!」

 あ、別に女の子が特別好きってわけじゃないからね、と最後に付け加えて、レイカは一息だけ吐く。それからもう一度大きく吸い込んだ。その勢いで上体を反らして、背後を見る。いつも通りの変わらない、誰も見えない部屋がそこにはあった。

「だから──」と上体を振りかぶる。その顔は、少し前とは比べ物にならないほど晴れ晴れしくにゃふふ、と笑っていた。「私ともちゃんと仲良くなってよ! なんか、抜け駆けされたみたいに感じるからっ!」

 二弥は正面切って言ってきたレイカの真剣な、少し恥ずかしそうに赤くなっている顔を見て、泣きそうになっていた。彼女の心が今、ゆっくりとお湯が注がれるように満たされていく。ぽろぽろと涙が、こぼれていく。

「ぇ……」

「ほ、んと……? お友達……なって、くれるの……?」

「ももももちろん! そんな意地悪しないよ! なる! なろ! 友達!」

「ゔん、ありがどぉ……」

「どーいたしまして!」

 二弥が、膝から崩れ落ちて、泣いた。
 天を仰ぎ、溢れる涙を手で拭いて、それでもとめどなく出て来る涙はやむことはなくて。
 気が付けば外には、赤い日が差していた。





[あとがき]
 前回の予告、間違ってました。すみません。
 三日更新なので、今度は二十日ですっ。
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