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三章 炎は時に激しく、時に儚く、時に普遍して燃える
135話 『とある日の酷い朝2』
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「ふわぁ~あ」
レイカは口に手を当てて大きな欠伸をした。
「まだ四時半よレイカちゃん。朝ご飯はまだよまだ。だから早く戻った戻った」
ネネはむきゅー、とレイカのほっぺたを引っ張って、まだ微睡みの中を彷徨う彼女の視線がネネに向かって上がっていく。ネネと目が合うと、レイカは何度か瞬きをしてその目を見詰める。レイカの意識はもうすぐそこまで差し迫っている。
「んー……、はっ、そうだった!」と、ぴょこんと顔を上げて両手をとある一点に伸ばした。「トイレ! トイレ漏れるぅぅぅ……!」
レイカは股を押さえてその場でくるくると回りながら目をぎゅっと瞑って高く足踏みをしている。ショートヘアがふわふわと脚を上下させる度に揺れる。
「トイレは漏れな──って言うか早く行ってきなさい! 漏らしちゃだめよ!? いい!? 絶対だからね! 絶対!」
全速力でトイレへ駆け込むレイカの後ろ姿を見て、ネネは左手で額を、右手で腰に手を当てて溜め息を吐いた。それからレイの方に振り返って、ネネはレイに言う。
「レイくんも。いっぱい寝ていっぱい食べて、早く病気なんて治さなきゃ」
「わ、分かりました」
ぺこっ、と頭を下げて、レイは平然と歩く。
妙に姿勢の良い動きでリビングを出て行くと、階段を上がるために方向転換する。その時にリビングから見えなくなるのを好機に、両手でお腹を強く抱えるように押さえた。誰も見ていない、そう思えば思うほど、呼吸が荒くなってしょうがない。レイは壁に肩を当てて、なんとか『立っている』風を装えているが、それが無ければ今頃は床に這いつくばっていたろうことは目に見えている。
「ぅ、く……」
口から洩れた声が高くて聞き慣れず、レイは顔をしかめた。
水を流す音が聞こえた。
「にゃふー……。すっきりしたぁー……」
いやぁー、満足満足、とレイカはお腹を擦りながらトイレから出て来る。
それからレイは、背後に誰かがいるような、そんな恐怖に襲われて粟立つ全身を抑えるように、見開いた目のまま、ふー、ふー、と深呼吸を繰り返す。ぞっとしない、とレイは思った。
「え!? レイくん風邪なの!?」
遠くでそう聞こえた気がして、レイは壁に手をつきながら、鉛をお腹いっぱいに詰め込んだように重たくなって、お腹を押さえる。そのままとぼとぼと、逃げるように部屋に戻って行った。
※※※
「えー、じゃー遊べないじゃーん」
ぶーぶー、と唇を尖らせてソファの上に寝転がったままジタバタ暴れていると、ネネがレイカの側まで歩み寄り、ごそごそとエプロンではなく、その下の服の方のポケットに手を入れ、そこから五百円玉を摘むように取り出した。それを顔の横まで持ち上げ、振りかぶり、勢い良くその額の上にビタッとそれを突きつける。
「にゃだぁ──ッッッ!?」
うっすらと涙を浮かべて額を押さえるレイカが慌てて起き上がった瞬間にぽとっ、とソファの上に、レイカの足と足の間に落ちたそれを、片手で額を擦りながら拾って目の前に持っていく。
「五百円?」とネネの方に顔を向ける。
「そっ。それでジュースでも買って来なさい。冷えピタもよろしくね」
そう言ってネネは埃を払うように手を叩き、キッチンに向かって歩いていく。それを目で追っているとネネは一旦立ち止まって上体をレイカの方に向ける。
「……今、ジュースが無いし、レイカちゃん五月蝿いし寝ないし。だから文句言わないの。ほら、早く行った行った。そのジュース飲んでしばらく大人しくしてて」
しっしっ、とまるで犬を遠ざけるように手を振るネネに、レイカは顔を膨らませて抗議しようとしてみたがあまり思いつかず、けれども再びキッチンに向けて足を動かし始めるネネの後ろ姿が見えて、レイカは息を吸い、それから吐いた。
「雑だよネネさん!」
五百円を一度空中に放り投げてキャッチ──できず、ソファの上にぽとんと落ちた。それをもう一度拾って同じことを繰り返すが失敗する。眉をひそめて、繰り返す。
投げて、落とす。投げて、手の甲を跳ねて落ちて、それを拾ってからもう一度中空に放り投げてキャッチを試みる。
「べー。いっつも寝坊するのに、今日に限って起きてくるのが早すぎるレイカちゃんが悪いんですー」
結局何度やっても成功しなかったレイカは諦めて普通に手に握り締めてジュース買って来ることにした。パジャマのままだが、レイカはにゃ、にゃ、にゃ、と声を出しながら上機嫌に廊下をスキップしていく。明るいピンク色のパジャマが踊るように跳ねた。
ネネはテレビの左上に表示されている時間を見る。四時三十五分。
もうニュースは終わっていて、朝の情報番組の一つが放送されている。それをソファの上に、それも端の方に転がっていたリモコンを手にとってチャンネルを変えていく。幾つかのチャンネルを経由して、子供向けアニメに切り替わった。きっちり時間も左上に表示されている。
「……さ、朝ごはんの準備準備」
──レイカは靴を履いていた。ちゃんと紐で留めるものではなくて、足を覆ってしまうような形の、丸くて小さい穴が幾つも空いているサンダル。水色のものを履いて、玄関を出るべくドアに手をかける。──途端に呻き声が、苦しそうな声が聞こえてきて、レイカは振り返った。
「……レイくん」
少し、顔を合わせづらくなった気がして、レイカは顔を左右に振る。ミッちゃんもきっと仲良くなれるって思って……、そう思い、手に掴んだ五百円玉を指が白くなるくらい強く握り締める。その手の甲で目を擦り、ドアを開け放つ。
瞬間、ドアを閉じる。
「あっつ──ッッ!」
六月下旬に差し掛かる頃、外界は真夏ほどの暑さを身に着け始めていた。
──正確には、そこまでの猛暑ではない。ただ、風がなく、日照りの良い朝だと言うだけの話だ。ジリジリと素肌を焼く太陽、白い肌に突き刺さる紫外線、頬を伝う汗。そんなものは一切ない。今のところは。
ただ、クーラーがついていた部屋の中とは違い、温度はもう少し高い。ただそれだけのことだ。
「暑い……。やばっ。早く行って早く帰って来よ。えーっと……なんだっけ? たしか、ジュースと……冷えピタだったっけ? ……うん、たしかそう! よし、行こうっ!」
今度は覚悟を決めて、勢い良くドアを開け放つ。
その時、レイカは焼け死ぬ、と叫びそうになって、喉の奥に飲み込んだ。胸がずしんと重たくなって、痛くなった。首を横に振ると、脚を振り上げて敷居を跨いで家を飛ぶように出た。
「あつあつあつー……。早く買って戻って来よ」
レイカは五百円を片手に道路へと出る。特段広いわけでもない、人が六人かそこらで横並びに歩けば塞がる程度の広さしかないその道路には今は車は通っておらず、自販機めがけて家を出て右側に曲がって歩いて行く。
人はいるにはいるが、数人が歩いているだけだ。レイカと、その前で犬に散歩をさせている男の人に、対岸──と呼ぶようなものではないが、向こうの家沿いにはレイカの同級生が歩いている。まだ話したことはないが、とても綺麗で、なんだか手に持つと壊れそうな人形のような子、と言う印象だ。
そろそろ、自販機に近づいて来た。
レイカは手にした五百円玉を固く握り締めて、青い自販機の前に立った。
幾つもあるジュースの中から、レイカは最初からこれにしようと決めていたものがあった。グレープソーダ。いつもレイが買っては涙を目に浮かべながら飲む、それだ。
丁度百円。五百円玉を自販機に投入し、三段の内、一番上の左から二つ目にあるそれをポチッと押す。ガタガタ、と音を鳴らして落ちてきたそれと、お釣りの四百円を取って、お釣りをポケットに入れてからキャップを回す。
プシュッ、と空気が抜ける音が鳴って、キャップが軽くなる。
カラカラと回して取り外したキャップを片手に、レイカはそれに口を付けて、ちびっとだけ口に含んで、飲む。
「あれ? 全然飲める!」
そうと分かった途端、レイカはペットボトルの口に唇を付けたままぐびっと一気に傾ける。──瞬間、喉が弾けた。
盛大に口から吹き出し、慌ててペットボトルを傾けるのをやめたが、パジャマが肩からびしょ濡れに。顔もジュースで濡れて、シュワシュワしている。目は閉じて飲んだので回避できたが、瞼はびしょ濡れだ。
一体、どれだけその場に佇んでいただろう。レイカはまず、ペットボトルの蓋を閉めた。それから幾らか考え事をして、顔を真っ青にすると、びしょ濡れの手を見詰めて、呟くように言った。
「……やってしまった」
それからすぐに、顔を途轍もない熱が支配して、足早に帰る。
想像以上に伸びる足がなんだか不思議で、レイカはいつの間にか引き結んでいた唇が開きかけたが、なぜかきゅっと引き結んだままにした。
行きは暑く感じたそれが、今はとても涼しかった。嫌なほど涼しくて、少し寒いくらいに。なのに顔だけは涼しくなくて、逆にとても熱かった。
ペットボトルもベトベトして、良い気分とは言えない。
家の屋根が見えてきて、もうすぐそこを曲がれば家の正面のドアだということが分かる。
家に帰って、リビングに行くと、ネネが心配するような、呆れるような、少し怒ってもいるような声で、「早く脱ぎなさい。それ、シミになっちゃうじゃない」と言った。
その場でパジャマを脱いだレイカは下着姿になってしまい──と言うより、一度シャワーを浴びることになったので全部脱いだ。
シャワーをつけると、ぬるま湯が勢い良く射出されて、顔や体や、あちこちにそれが当たる。主に上半身。それを浴びて、レイカは目を細める。ぬるま湯が滴って、下半身も濡れる。
シャー、と音が続く風呂場で、レイカは目を閉じた。
髪をごしごし洗う。くしゃくしゃとはしないけれど、指を髪の隙間に通すようにして結構丁寧に生え際から毛先までしっかりと洗っている。シャンプーも使う。
シャンプーの泡を洗い落として、もう一度顔を濡れた手で擦りながらシャワーを浴びて、ため息を吐いた。
シャワーを止めて出て来ると、いつもの籠にタオルと着替え──下着と制服が置かれていた。
その白いタオルを手にとって、少しだけ見つめてから顔を埋めて、大きく深呼吸をする。
──恥ずかしかったぁぁぁ……。
盛大に息を吐いて、服を着る。
[あとがき]
おはようこんにちはこんばんわ。作者です。
本日は『summerdays』と共に更新です。
季節は夏じゃないけれどあまり気にしない気にしない。
あちらでもあとがき書きましたが、あっちの方が量が物凄く多いです。
あっちは読まない人のために、一応あちらで開示した情報を簡潔に書いておきます。
◆レイくんは精霊と契約していたこと。
◆実は情緒不安定なレイくんの実親(レイトさん)。
◆レイくんは父親の妹──ろおざ(メィリル)さんに養護施設に連れて行かれた。
◆昔はまだまともだったろおざ(メィリル)さん。
◆二弥ちゃんも実は精霊の一体と契約していた。
このくらいですかね。
これから先、章を重ねるに連れて段々とわちゃわちゃしますが、最後まで見ていただければ幸いです。
次回、十月二十九日に更新です。
レイカは口に手を当てて大きな欠伸をした。
「まだ四時半よレイカちゃん。朝ご飯はまだよまだ。だから早く戻った戻った」
ネネはむきゅー、とレイカのほっぺたを引っ張って、まだ微睡みの中を彷徨う彼女の視線がネネに向かって上がっていく。ネネと目が合うと、レイカは何度か瞬きをしてその目を見詰める。レイカの意識はもうすぐそこまで差し迫っている。
「んー……、はっ、そうだった!」と、ぴょこんと顔を上げて両手をとある一点に伸ばした。「トイレ! トイレ漏れるぅぅぅ……!」
レイカは股を押さえてその場でくるくると回りながら目をぎゅっと瞑って高く足踏みをしている。ショートヘアがふわふわと脚を上下させる度に揺れる。
「トイレは漏れな──って言うか早く行ってきなさい! 漏らしちゃだめよ!? いい!? 絶対だからね! 絶対!」
全速力でトイレへ駆け込むレイカの後ろ姿を見て、ネネは左手で額を、右手で腰に手を当てて溜め息を吐いた。それからレイの方に振り返って、ネネはレイに言う。
「レイくんも。いっぱい寝ていっぱい食べて、早く病気なんて治さなきゃ」
「わ、分かりました」
ぺこっ、と頭を下げて、レイは平然と歩く。
妙に姿勢の良い動きでリビングを出て行くと、階段を上がるために方向転換する。その時にリビングから見えなくなるのを好機に、両手でお腹を強く抱えるように押さえた。誰も見ていない、そう思えば思うほど、呼吸が荒くなってしょうがない。レイは壁に肩を当てて、なんとか『立っている』風を装えているが、それが無ければ今頃は床に這いつくばっていたろうことは目に見えている。
「ぅ、く……」
口から洩れた声が高くて聞き慣れず、レイは顔をしかめた。
水を流す音が聞こえた。
「にゃふー……。すっきりしたぁー……」
いやぁー、満足満足、とレイカはお腹を擦りながらトイレから出て来る。
それからレイは、背後に誰かがいるような、そんな恐怖に襲われて粟立つ全身を抑えるように、見開いた目のまま、ふー、ふー、と深呼吸を繰り返す。ぞっとしない、とレイは思った。
「え!? レイくん風邪なの!?」
遠くでそう聞こえた気がして、レイは壁に手をつきながら、鉛をお腹いっぱいに詰め込んだように重たくなって、お腹を押さえる。そのままとぼとぼと、逃げるように部屋に戻って行った。
※※※
「えー、じゃー遊べないじゃーん」
ぶーぶー、と唇を尖らせてソファの上に寝転がったままジタバタ暴れていると、ネネがレイカの側まで歩み寄り、ごそごそとエプロンではなく、その下の服の方のポケットに手を入れ、そこから五百円玉を摘むように取り出した。それを顔の横まで持ち上げ、振りかぶり、勢い良くその額の上にビタッとそれを突きつける。
「にゃだぁ──ッッッ!?」
うっすらと涙を浮かべて額を押さえるレイカが慌てて起き上がった瞬間にぽとっ、とソファの上に、レイカの足と足の間に落ちたそれを、片手で額を擦りながら拾って目の前に持っていく。
「五百円?」とネネの方に顔を向ける。
「そっ。それでジュースでも買って来なさい。冷えピタもよろしくね」
そう言ってネネは埃を払うように手を叩き、キッチンに向かって歩いていく。それを目で追っているとネネは一旦立ち止まって上体をレイカの方に向ける。
「……今、ジュースが無いし、レイカちゃん五月蝿いし寝ないし。だから文句言わないの。ほら、早く行った行った。そのジュース飲んでしばらく大人しくしてて」
しっしっ、とまるで犬を遠ざけるように手を振るネネに、レイカは顔を膨らませて抗議しようとしてみたがあまり思いつかず、けれども再びキッチンに向けて足を動かし始めるネネの後ろ姿が見えて、レイカは息を吸い、それから吐いた。
「雑だよネネさん!」
五百円を一度空中に放り投げてキャッチ──できず、ソファの上にぽとんと落ちた。それをもう一度拾って同じことを繰り返すが失敗する。眉をひそめて、繰り返す。
投げて、落とす。投げて、手の甲を跳ねて落ちて、それを拾ってからもう一度中空に放り投げてキャッチを試みる。
「べー。いっつも寝坊するのに、今日に限って起きてくるのが早すぎるレイカちゃんが悪いんですー」
結局何度やっても成功しなかったレイカは諦めて普通に手に握り締めてジュース買って来ることにした。パジャマのままだが、レイカはにゃ、にゃ、にゃ、と声を出しながら上機嫌に廊下をスキップしていく。明るいピンク色のパジャマが踊るように跳ねた。
ネネはテレビの左上に表示されている時間を見る。四時三十五分。
もうニュースは終わっていて、朝の情報番組の一つが放送されている。それをソファの上に、それも端の方に転がっていたリモコンを手にとってチャンネルを変えていく。幾つかのチャンネルを経由して、子供向けアニメに切り替わった。きっちり時間も左上に表示されている。
「……さ、朝ごはんの準備準備」
──レイカは靴を履いていた。ちゃんと紐で留めるものではなくて、足を覆ってしまうような形の、丸くて小さい穴が幾つも空いているサンダル。水色のものを履いて、玄関を出るべくドアに手をかける。──途端に呻き声が、苦しそうな声が聞こえてきて、レイカは振り返った。
「……レイくん」
少し、顔を合わせづらくなった気がして、レイカは顔を左右に振る。ミッちゃんもきっと仲良くなれるって思って……、そう思い、手に掴んだ五百円玉を指が白くなるくらい強く握り締める。その手の甲で目を擦り、ドアを開け放つ。
瞬間、ドアを閉じる。
「あっつ──ッッ!」
六月下旬に差し掛かる頃、外界は真夏ほどの暑さを身に着け始めていた。
──正確には、そこまでの猛暑ではない。ただ、風がなく、日照りの良い朝だと言うだけの話だ。ジリジリと素肌を焼く太陽、白い肌に突き刺さる紫外線、頬を伝う汗。そんなものは一切ない。今のところは。
ただ、クーラーがついていた部屋の中とは違い、温度はもう少し高い。ただそれだけのことだ。
「暑い……。やばっ。早く行って早く帰って来よ。えーっと……なんだっけ? たしか、ジュースと……冷えピタだったっけ? ……うん、たしかそう! よし、行こうっ!」
今度は覚悟を決めて、勢い良くドアを開け放つ。
その時、レイカは焼け死ぬ、と叫びそうになって、喉の奥に飲み込んだ。胸がずしんと重たくなって、痛くなった。首を横に振ると、脚を振り上げて敷居を跨いで家を飛ぶように出た。
「あつあつあつー……。早く買って戻って来よ」
レイカは五百円を片手に道路へと出る。特段広いわけでもない、人が六人かそこらで横並びに歩けば塞がる程度の広さしかないその道路には今は車は通っておらず、自販機めがけて家を出て右側に曲がって歩いて行く。
人はいるにはいるが、数人が歩いているだけだ。レイカと、その前で犬に散歩をさせている男の人に、対岸──と呼ぶようなものではないが、向こうの家沿いにはレイカの同級生が歩いている。まだ話したことはないが、とても綺麗で、なんだか手に持つと壊れそうな人形のような子、と言う印象だ。
そろそろ、自販機に近づいて来た。
レイカは手にした五百円玉を固く握り締めて、青い自販機の前に立った。
幾つもあるジュースの中から、レイカは最初からこれにしようと決めていたものがあった。グレープソーダ。いつもレイが買っては涙を目に浮かべながら飲む、それだ。
丁度百円。五百円玉を自販機に投入し、三段の内、一番上の左から二つ目にあるそれをポチッと押す。ガタガタ、と音を鳴らして落ちてきたそれと、お釣りの四百円を取って、お釣りをポケットに入れてからキャップを回す。
プシュッ、と空気が抜ける音が鳴って、キャップが軽くなる。
カラカラと回して取り外したキャップを片手に、レイカはそれに口を付けて、ちびっとだけ口に含んで、飲む。
「あれ? 全然飲める!」
そうと分かった途端、レイカはペットボトルの口に唇を付けたままぐびっと一気に傾ける。──瞬間、喉が弾けた。
盛大に口から吹き出し、慌ててペットボトルを傾けるのをやめたが、パジャマが肩からびしょ濡れに。顔もジュースで濡れて、シュワシュワしている。目は閉じて飲んだので回避できたが、瞼はびしょ濡れだ。
一体、どれだけその場に佇んでいただろう。レイカはまず、ペットボトルの蓋を閉めた。それから幾らか考え事をして、顔を真っ青にすると、びしょ濡れの手を見詰めて、呟くように言った。
「……やってしまった」
それからすぐに、顔を途轍もない熱が支配して、足早に帰る。
想像以上に伸びる足がなんだか不思議で、レイカはいつの間にか引き結んでいた唇が開きかけたが、なぜかきゅっと引き結んだままにした。
行きは暑く感じたそれが、今はとても涼しかった。嫌なほど涼しくて、少し寒いくらいに。なのに顔だけは涼しくなくて、逆にとても熱かった。
ペットボトルもベトベトして、良い気分とは言えない。
家の屋根が見えてきて、もうすぐそこを曲がれば家の正面のドアだということが分かる。
家に帰って、リビングに行くと、ネネが心配するような、呆れるような、少し怒ってもいるような声で、「早く脱ぎなさい。それ、シミになっちゃうじゃない」と言った。
その場でパジャマを脱いだレイカは下着姿になってしまい──と言うより、一度シャワーを浴びることになったので全部脱いだ。
シャワーをつけると、ぬるま湯が勢い良く射出されて、顔や体や、あちこちにそれが当たる。主に上半身。それを浴びて、レイカは目を細める。ぬるま湯が滴って、下半身も濡れる。
シャー、と音が続く風呂場で、レイカは目を閉じた。
髪をごしごし洗う。くしゃくしゃとはしないけれど、指を髪の隙間に通すようにして結構丁寧に生え際から毛先までしっかりと洗っている。シャンプーも使う。
シャンプーの泡を洗い落として、もう一度顔を濡れた手で擦りながらシャワーを浴びて、ため息を吐いた。
シャワーを止めて出て来ると、いつもの籠にタオルと着替え──下着と制服が置かれていた。
その白いタオルを手にとって、少しだけ見つめてから顔を埋めて、大きく深呼吸をする。
──恥ずかしかったぁぁぁ……。
盛大に息を吐いて、服を着る。
[あとがき]
おはようこんにちはこんばんわ。作者です。
本日は『summerdays』と共に更新です。
季節は夏じゃないけれどあまり気にしない気にしない。
あちらでもあとがき書きましたが、あっちの方が量が物凄く多いです。
あっちは読まない人のために、一応あちらで開示した情報を簡潔に書いておきます。
◆レイくんは精霊と契約していたこと。
◆実は情緒不安定なレイくんの実親(レイトさん)。
◆レイくんは父親の妹──ろおざ(メィリル)さんに養護施設に連れて行かれた。
◆昔はまだまともだったろおざ(メィリル)さん。
◆二弥ちゃんも実は精霊の一体と契約していた。
このくらいですかね。
これから先、章を重ねるに連れて段々とわちゃわちゃしますが、最後まで見ていただければ幸いです。
次回、十月二十九日に更新です。
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