当たり前の幸せを

紅蓮の焔

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四章 進む道の先に映るもの

177話 『ぶつけられて』

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 放送が終わり、滝本は渇いた笑みを浮かべた。

「何を言っているんだか。荒唐無稽にも程があるだろう。そうだ、もう少しまともな事を……ああ、いや、これは──ははは……、度し難いな」

 額に手を当てて渇いた笑いを浮かべる滝本に、和田が訝しげに、顔を覗き込むように「どうしたの、りえちゃん」と聞いた。滝本はそれに気が付くと、額から手を離し、和田の方に目を移す。

「──いや、声の主が、どうしてこうも他人に信じてもらえないような事を言ったのかが不思議でならなくてね。それを否定したくとも、相手の行動がそれを真実と言っているからまた笑いが込み上げてくる」

「……何を言ってるのかは分かんないけど、とにかく、さっきの女の人の話は、頭おかしい事言ってるから、信じなくて良いの?」

 疑問がその顔に深く刻まれる。その頬を軽くつねって柔らかくふにふにと動く頬を見てから「違うよ」と微笑みを浮かべて言う。

「彼女がそれを言う意図が分からない。すぐにバレるような嘘は、嘘とは言わない。嘘であって嘘でないようなものなど、言う価値が無い」

「……ごめんりえちゃん。もちっと分かりやすく」

「つまり、彼女は本当の事を言っている可能性が高い、と言う事だ」

「でも、地震起こすなんてできるわけないよ?」

「そこなんだ。誰にでもすぐに疑われるような事を言う意味が無い。では、何故言うのか。それを信じ込ませる策が相手にはある、と言う事だ。嫌でも信じ込ませるような何かが」

「なんか、怖くなってきた」

「私もだよ。的外れであれば私が恥ずかしめば済む話だが──違えば、本当に命に関わるだろう。ただ、どちらにせよ先生方の下へ急いだ方が良いだろう。声の主が言っていた一時間後が来る前に、一足先に集合地点に移動しよう」

 滝本はぐるりと周りを見渡し、そして、目を剥く。

「剣崎くんと、杉浦さんは……?」

 ※※※

「おい、どこに行くんだよ」

 レイが皆の下を離れ、既に十分近くが経過した頃、杉浦が痺れを切らしたようにそう聞いた。

「……どうして、ついて来たの……?」

 立ち止まり、振り返らずにそう聞く。杉浦も足を止め、一つ、深く息を吐いた。

「お前が、急に、どっか行くからだろうが」

 吐き捨てるようにそう言って、杉浦は顔を背ける。
 レイは目を閉じ、振り返って、目を開く。彼女も顔を正面に向けて、レイを見る。その顔は怒っているようで、悲しんでいるような、そうした寂寥感のようなものを漂わせた表情を浮かべていた。

「杉浦さんは、滝本さん達と一緒にいてよ。──ボクの心配なんて、らしくないよ」

「それを言うならお前こそだろうが。……自分から行動するとか、らしくねえよ」

「……ボクは別に、いつも通りだよ」

「違うな。アタシは、ふざけんなってお前の事を、見てたから、知ってんだよ」

「……は?」

「ミッチーがいなくなって、なんで、彼氏だったお前が、平気で、アタシの方が……こんなにも、苦しまなくちゃならねえんだよ……!」

「ミズキさんがいなくなって! 何も無いわけないっ! 何も無かったら、こんな事になんてなってない……! ボクは、ミズキさんとずっと一緒にいたい! ──なのに、平気? ふざけないでよ。ボクがミズキさんに、どれだけ救われていたかも知らないくせに!」

「ならなんでそんなに平気なんだよ! なあおい! 口ではどうとでも言えんだよ! そんな薄っぺらい言葉なんかで信じられるか……!」

 どろりと、頬を涙のように一筋の黒い筋が伝う。
 杉浦はそれを見て、顔をしかめた。

「……なんだよ、それ」

 それを拭きながらレイは答える。

「──ボクは、ミズキさんを守る為の手段を、手に入れた。だけど、ミズキさんを守ろうとして、失敗した。だからボクは、それを、大切なものを守る為の手段に変えたんだ。だから、ボクはそのために走る」

 ──背後で、狼が短く唸る声が聞こえた。
 振り返ると、そこには成人男性一人程度の大きさ程ある狼が、レイを見つめていた。

「──そのために、ボクは、どんな事でもすると決めたんだ」

 振り返らずに、レイは言う。

「ごめんね、怒鳴っちゃって」

 それから体の方も狼に向き直り、レイは尋ねる。狼は『オヒサシブリデス』と、息を吐くような声でそう言った。

「……いったい、どうしてここにいるの?」

『ドウカ、ナツミサマヲ、タスケテホシイ』

「分かった。でも、代わりにお願いを聞いてほしいな」

『……ナンナリト』

「彼女を守ってほしいんだ。──君達がこんな街中にいるって事は、危険な状況になってるんでしょ」

『ワカッタ。──アリガトウ』

 狼に微笑んで見せて、レイは振り返る。

「ついて来て。でないと、君を守れない」

 動かない杉浦に目を細め、前を向く。
 姿勢を低くする狼を見て、その背に跨ると杉浦に手を伸ばした。杉浦は、戸惑っているようで、その場で固まって動かない。
 そんな彼女に、レイは一言告げる。

「君に、ボクの覚悟を見せるよ」

 杉浦は、躊躇うように、戸惑うように、けれど、その手を握った。

 ※※※

 ──狼が立ち止まると、辺りを見渡した。少し先にナツミと一人の女性が行動を共にしていて、女性がナツミの前に立ち、化物と戦っている姿を目視できた。
 振り返らずに、レイは背後の杉浦に言う。

「振り落とされないように、この狼に捕まっていてね」

 そう言って、レイは狼の上に屈むように足を乗せ、斜め横に飛び下り、転がって着地する。それからすぐに立ち上がり同時にナツミ達の下へと走り出した。

 風を切って走り、数秒も経たない内に狼を追い抜き、ナツミが振り向く。
 幼いその目が、大きく瞠られた。

 瞬間、レイは女性に「しゃがんで!」と叫び、その声に従った女性の頭の上を飛び、蹴りを化物の顔面に叩き込んだ。化物の潰れた犬か、ライオンのように見える顔を踏んで、その反動でナツミの隣に着地する。

「お、お兄ちゃん……?」

「ナツミちゃん、こんにちは」

 ぱちくりと瞬きを繰り返すナツミに、レイはそっと微笑んで見せる。化物を尻目に見て、動かない事を確認するのとほぼ同時に狼が着いた。

「あ、オオカミさん……」と、ナツミは申し訳無さそうに目を伏せる。

「あなたはいったい……?」と、立ち上がって女性はレイに尋ねる。

「どういう、事だ……?」そして杉浦は倒れた化物に目を向けながら尋ねた。

「……順番に、ね?」

 それからレイは女性に軽い自己紹介を、杉浦には「これが、ボクの、守るための手段」と答えた。

「……剣崎さんは、男の子だったんですね」

「──どういうこと?」

「声が聞こえてきた時は、一瞬、女の子だと思ったので」

 あまり声変わり、してないんですね。と女性は笑いながら言う。

「さて、では質問ですが、剣崎さんは何者ですか? ナツミちゃんとはどういった経緯でお知り合いに?」

「ボクは見ての通り、中学生です。ナツミちゃんとは、少し前に、出かけた先で彼女と、その家族と出会いました。そこで、仲良く」

「──ナツミちゃんのご両親と面識は……?」

「母親と、面識が。その時、父親はいませんでしたし、いないと聞いています」

「……なるほど、では、最後です。 ナツミちゃんは母親と二人で」

「三人ですよ」

「──即答ですね」

「ナツミちゃんと、ナツメちゃん。双子です」

「分かりました」

「信用されないのも、分かります。鎌を掛けるのも良いですが、そう言うのは、感心しないです」

「──ごめんなさい。そこは私の配慮がなっていませんでした。……では、改めて」と女性は納刀した刀を腰に提げたまま、自分の胸に手を当てて言う「私の名前は有馬 夕。気軽に、ゆう姉とでも呼んでくれたら嬉しいな」

「……ゆう姉は、ナツミちゃんと何をしてるの?」

「あ、お兄ちゃん。この人は悪い人じゃないよ。守ってくれてたの」

「──うん、分かったよ。ところで、ゆう姉はこの犯人を知ってる?」

「ううん。でも、化物の出処なら知ってるよ。私の家──『有馬』ってちょっと有名な家なんだけど、そこからだと思う」

「どういうこと……?」

「私の家、ちょっとだけ特殊だから。現実離れしたものがあるなら、そこしか思いつかない」

「……なら、そこを潰せば、皆は安全になるんだ?」

「それは、たぶん、無理。家と連絡が取れないから、今向かってた所であの『獣』と遭遇しちゃったから」

「分かった。なら、ついて行くよ。何か異変が起きて、それを正せば解決するのなら」

「うん、ありがとう。解決するかは、なんでこうなったのか分かんないから分かんないけど、君がいると心強いよ」

 ゆうは、にこっと微笑んで「こっち」とレイ達を先導して歩いて行った。
 隣に立つナツミに「平気?」と尋ねる。うん、と頷きが返ってきて、レイは「そっか」と笑って見せて、歩き出した。

「──剣崎」

 その時、狼から下りていた杉浦が尋ねると、レイは立ち止まって顔だけで振り返り少し気怠そうに「なあに? 杉浦さん」と聞き返した。彼女は目を伏せて三白眼を隠し、目を合わせないままに、

「お前は、いったい、何者だ……?」

 そう聞いた。

「ボクは、ミズキさんの彼氏で、大切なものを守りたいって思う、ただの男の子だよ」

 レイがそう言うと、杉浦はそれ以上何も聞かなかった。
 その気まずいような、声の出せない空気を肌で感じながら、ナツミはレイの隣を歩きながら、そっと、その手を摘んだ。

 ※※※

 ──朝、少年は目を覚ました。

 部屋の外は静かで、時計を見ると短針は七と六のちょうど間を指していた。もう既に機能していない長針は一を指したまま動かない。

 さて、とまだ幼い少年はベッドから這い出た。
 彼は目を擦りながらカーテンを掴み、それから首を振る。カーテンの隙間から差し込む光が、彼には眩し過ぎた。

 ぎりり、とカーテンからよろめくように離れた。

「はぁっ……はぁっ……」

 過呼吸になっていた。薄暗い部屋の中、目に涙が浮かぶ。

 口を両手で押さえ、呼吸を少しずつ整えていく。吸って、吐いて。吸って、吐いて。何度も繰り返す内に少年の涙も収まり、最後に一息ついた。

 ──やっぱり、ムリだ。

 頭の中で、思い出したくもない過去が想起される。

 頭を振ってそれを振り払い、少年は逃げるように部屋から出て行った。

 少年は部屋から出て、姉の部屋に向かう。
 ガチャリとドアを開け、部屋に入ろうとして視界に不和を覚える。自分の足下に目を向けると、そこには見知った顔があって。

「姉さん、起きてよ」

 幸せそうに寝息を立てている姉を揺すりながらどうしてこんな所で眠っているのか、と考える。しばらくして、寝相が悪いからだと推測。と言うか、結論に至る。

「んん~……?」

「ほら、起きて姉さん。もう七時半だよ」

「ええ~……。あと五分~……」

「いつもそう言ってぎりぎりなんじゃないの……?」

「分かったよぉ~……。分かったからぁ……」

 まだ眠たそうに目を擦る姉を見て、少年はため息を吐く。吐いて、しゃがんで、大きなあくびをする姉を半目で見ながら「朝ごはん食べるよ」と伝える。

「あぁぁ……待ってぇ~……。お姉ちゃんも~」

「分かったから一旦立ち上がって!? 姉さん重たいから!」

「もぉ~。女の子にそんにゃことぉ──すやぁ」

「なんでまた寝るの!?」

 そんな叫びが、朝の町内に響き渡った。





[あとがき]
 四章が節目!なんだけれど、ここまでで半分行ったか怪しいレベル。ヤバい。長くなるって覚悟してたけれど、ここまでとは……。マジで早く更新できるようにしなくては……!
 次回は四月二十七日にします。そこから、五月まで毎日更新で。それじゃあまたね!
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