当たり前の幸せを

紅蓮の焔

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四章 進む道の先に映るもの

176話 『リスタート』

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 ──レイは酷く汗をかいていた。

 前を行く彼ら──萌葱を除いた彼らと別れ、レイは行動していたはずなのだ。それなのに、気が付けば、ここにいた。見た事のある光景だな、と思う。少し俯いて、レイは首を横に振って前を向いた。

「今は、うん。そうだ、ナツミちゃんを……」

 そう呟いて、レイは辺りを見渡す。もしかしたら、と一縷の希望を掛けて。

 ※※※

 湖に到着した。ちらちらと辺りを見渡してみても、そう簡単には見つからない。
 ため息を吐くと、肩を叩かれた。

「どうしたんだい? 剣崎くん。こんなにも美しい景観にため息を吐くのは、この景色に失礼だとは思わないかい?」

「もーほっときなよ、どうせ何言っても言われても分かんないって」

 和田がそう言うと、その鼻に人差し指を当てる。それに和田が目を剥いて固まると、滝本は叱りつけるような、言い聞かせるような口調で言う。

「そうやって初めから決めつけるのは悪い癖だと思うね」

「うぐっ……」

「剣崎くんは──どうにも浮かない顔をしているね? 何か嫌な事でも?」

 顔を接近させてくる滝本に、レイは顔を反らして一歩、後ずさった。
 その反応に良い顔をしないが、追求はせずにため息を吐くに留めてくれた。が、それを許さなかったのはその隣に立つ和田。彼女だった。

「りえちゃんにちゃんと答えろよ。……あんたがどんな事してきたのか知んないけどさ、そう言うのって、ただ印象悪くするだけだし」

「……努力、します」

「滝本さーん……!」

「おおっ?」

 背中に飛び付かれ、仰け反ってしまう。何歩か前に足を出して留まると振り向いた。
 そこには涙目の萌葱がいて。滝本はそっと微笑んで見せた。

「萌葱さんか。どうしたんだい?」

「後ろでケンカしてて怖いよぉ……」

 泣きつく萌葱の頭を撫でていると、和田が肩を回しながら向かって行き、

「──りえちゃん、あいつらちょっとシメてくる」

 その言葉に男性陣は「ひぃっ!?」と悲鳴を上げたが、レイは視線を滝本に戻した。

「ん? 私の顔に、何か付いているのかい?」

「あ、ううん。……その、ごめんね。そっけない態度を取っちゃって……」

「それは気にしていないさ。それよりも、班長として、班員の事を気に掛けるよ。本当に、何もないのかい? 言いづらい事なら、後で聞くが……」

「ああ、ううん。それは、本当に平気。だから、うん。心配してくれてありがとう」

「……どういたしまして、と言っておこうか」

「……ありがとう」

 それから数秒も経たずして、レイの服の裾を引っ張る力を感じ取り、そちらを向く。そこには、年端もいかない少女が立っていて、レイを見上げている。

「おにーさん」

「君は──」

 レイは苦々しく目を向ける。頭の中で、しつこいほどに一つの言葉が巡り巡る。

 ──その日に、時間遡行したと言う人が現れた。

「ねえねえ、おにーさん」

 どっくん、どっくんと頭の中で鼓動が鳴り響く。まるで、頭の中が空っぽになったみたいだな、と感想し、頭の中で首を振ってから、レイは少女にまだぎこちない笑みを向ける。

「どうしたのかな、君」

「あのねあのね、神様が教えておいてほしいことが」

「あ、分かった。迷子なんだ」

「違うよー! ちーがーうーっ!」

「あははは、強がらなくても大丈夫だよ。きっと君のお母さんやお父さんも見つけてくれるから。そうだ。移動するタイミングで交番に届けてあげるよ」

「もーっ! だーかーらぁぁぁあああ!」

「何をしているんだい?」

「あ、滝本さん。──実はね、この子、迷子なんだ。だから、この近くに交番があったはずだから、届けてあげようかな、って思ってた所」

「たしかに、その方が良いだろう。ちょうど、次にどこに行こうか考えていた所だ。交番の場所を確認するついでに次に向かう場所も選ぼう」

 滝本はそう言って、しおりをカバンから取り出した。

「交番は……ここか」としおりを見ながら呟き、そこを一緒に覗き込む和田は「あ、なら商店街じゃないかな?」と交番の近くの通りを指さす。

「ああ──いや、近くの交番なら、こっちの博物館の方が近い。ほら、向こうに、少しばかり見えるだろう?」

「わ、ホントだ。ならそっちに行こう」

「よし、決まりだ」

 そう言って、滝本はレイの方を見る。
 レイは「ちーがーうーのーっ!」と腕を振り回す少女を宥めながら、振り返った。

「次に向かうのは博物館だ。行こう。こうしている間にも、時間は過ぎていくからね」

 滝本は原っぱに背を預け、仰ぎ寝転がっている二人にしゃがんで、上から陰を作る形で彼らに次の目的地と一応の注意をする。彼らもそれには激しく同意した。

 ※※※

 交番に届けた時、少女は「私も行くー!」と駐在員に捕まえられながら、レイ達について来ようとじたばた暴れていた。それに手を振って、一同は博物館を目指し歩いていた。

 その道すがら、レイはひたすらにナツミの姿を探し、しかしそれでも見つけられなかった。

「もうすぐ十二時かぁ」

 ふと、萌葱がそんな事を呟いた。それに返すように、滝本は「この近くに」と言いながら修学旅行のしおりを取り出す。

「たしか、飲食店があったはずだ。まずはそこで腹ごしらえをして行こう」

「はーい」

 萌葱が手を上げて返事をすると、滝本はしおりに書かれた地図を眺めた後、「こっちだ」と先導してその飲食店へと向かった。東と吉田の二人は「よっしゃー!」とか「飯が食えるー!」などを叫びながら滝本の後を追いかける。

 少し遅れて、レイは歩き出す。しかし、一人、姿が見えない。振り返る。いた。

「……杉浦、さん?」

 声をかけると、彼女は苦々しい目でレイを見て、それから目を背けて「……なんだよ」と呟くように素っ気なく言った。

「その……皆、行っちゃうから、追いかけないと……」

「──ああ」

 それだけを言うと、杉浦はとぼとぼと歩く。目の前を通り過ぎて、遠くなっていく決して小さくはない小さな背中を眺め、レイは、唇を噛んだ。

 ※※※

 ──そこは、ファミリーレストランのように見える。小洒落たガラス戸からは中の様子が確認でき、子連れの親や数人の女性などの割合が多く見られるのだろうそれは、今は学生達がそれらに対抗するように大勢いた。もとい、五分五分くらいの割合でいた。
 ここは博物館から歩いて数分の場所だ。それなりに人もいて、けれど席はまだ二割ほど空いている。

「さて」と滝本が振り返り、皆を一瞥する。

「このレストランで食事を摂ろうと思うのだが」

 速攻で同意した和田、萌葱。レストランにテンションを上げて話を聞いていない東と吉田も、そちら側と見ても良いだろうと滝本は判断。

 ちらりと、レイの方を見た。レイはこくっと頷いて見せる。続いて、杉浦へと目線を移す。彼女は、滝本のその視線に気が付いていないのか、ずっと俯いたまま、返事をしない。

「杉浦さんは、この店で昼食を摂る、と言う事でも構わないだろうか」

 杉浦は顔を上げ、少しだけぼうっとしたような、意識がここには無いような目で滝本を眺め、それから数秒後に「あ、ああ」とぎこちなく頷いた。

「それでは入ろう。私ももう、空腹だ」

 そうして中に入ろうとして──果てしない衝撃に体が浮き上がった。

 眼前の建物が軋りを上げた。アスファルトの地面に亀裂が入る。まだ、断裂はしていない。来ると分かっていても、やはり、ある程度楽になるだけでそうは変わらないのだとレイは痛感していた。今回は嘔吐はせずに済んだ。

「──な、んだ?」

 固まっていた七人はその場で山ように倒れ、レイは下敷きにされてしまう。背筋が寒くなり、レイは、固唾を飲む。自分の上に倒れていたのは、男子の一人、東だった。
 込み上げてくる吐き気を飲み込み、震えた息を吐いた。

 思考を切り替え、一応、怪我はない事をできる範囲で確認したレイは、隣で山になり損ね、尻餅をついて俯いていた杉浦と目が合う。

 彼女は何かを言いかけ、口をつぐんだ。

「皆、無事か……?」と滝本が中央辺りから尋ねてくる。

「あ、うん。へーきだよ。りえちゃん」

「私も~……」

「お、俺も。──てか、足がやべぇ。ビビって立てねえー……」

「あー、怖かったぁー。地震凄すぎて現実味なさ過ぎて笑えてくる」

「──良かった、皆、無事なようだね」

 滝本がほっと息をつくと、山が少しずつ剥がれていき、レイの上に乗っていた東が立って、レイは起き上がった。寒気がする。

 酷く、鳥肌が立っている。気持ちが悪い。話せていたから、もう、慣れていたと思っていた。思い込んでいた。──違った。男の人は、怖い。触れるだけで、こんなにも、怖くなる……。勝手に体が震えて、どうしようもなくなる。克服、したんじゃなくて、慣れていたんじゃなくて──避けていたんだ。ずっと──

 ──ボクは、まだ、怖いままだった。男の人が、怖い……。

「──大丈夫かよ」

「……ぇ?」

 そう、声をかけたのは、杉浦だった。
 レイは瞠目し、瞬きを挟んで「何が?」と尋ねた、

「顔色、悪いから」

「だい、じょうぶだよ。心配させて、ごめんね……?」

「……そうか」

 それだけで、会話は途切れ、終わる。
 レイは顔を背ける彼女を見て、それから震える自分の手に目を落とした。

 がたがたと、震えている。喉の奥から、焼け付くように込み上げてくる嘔吐感がある。酷く頭が痛む。影が、視界を覆う。顔を上げると、滝本が立っていた。

「顔色が優れないね。……立てるかい?」

「ぁ……うん」

「もし気分が悪くなっているなら、そう言ってほしい。私は、君を心配していると言う事を忘れないでほしい」

「──分かった」

「もう一度聞く。君は、平気か?」

「……少し、気分が悪いな」

「立てるかい?」

「なんとか」

「なら、こまめに休憩を挟みながらだが、先生方の下へ向かおう」

 ──ブツッ、と何かが途切れる音がした。

 レイの顔が緊張に強張る。
 滝本の顔が音源を探して青空を仰ぐ。

『えー、おほん、聞こえていますか?』

 破壊の足音が徐々に近づいて来るのを、レイは肌身で感じ取っていた。

 破壊と混乱と狂気は、もうすぐそこだ。





[あとがき]
 今回は更新を忘れませんでした。
 とはいえ、最近は色々とコツを掴んできたような感じがして、上達したように感じてます。……処女作を読み返したからかもしれませんが。
 さて、次回は四月二十一日です。もう少し執筆が早ければ更新も早められるんですけれど……はい、頑張ります。
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