194 / 263
四章 進む道の先に映るもの
188話 『八つ当たり』
しおりを挟む
班員の下に戻って来たレイは、滝本に見つかって手を振られ名前を呼ばれる。
そこには、レイ以外の班員全員が集まっていて、皆レイを待ち侘びた面持ちでジッと見つめてきた。その視線に急かされるように、レイは滝本の下へと小走りする。
「遅かったね?」
そう滝本に問い質され、レイは「えっとねー」と少し前の出来事を思い出し、胸の奥がじんわりと温かくなってくるのを感じ、そこに手を当てて確かめながら、小さく頷いた。
「少し、知り合いと会ってたんだ。ごめんね?」
両手を顔の前で合わせて、伺うように滝本の瞳をじっと見つめる。
その視線に、滝本は「うっ」と喉を詰まらせるような声を出して、数回の瞬きの後顔を背けて、手に拡げていた修学旅行のしおりを閉じた。
「いや、構わないさ」
そう言って、一呼吸を置いてレイに目線を戻した。
「しかし、もう少し早く戻って来てもらえると嬉しかったよ」
「次から気を付けます」
「ああ、是非そうしてくれ」
「りえちゃん……」
レイに笑いかけた滝本の袖を引っ張り、レイと距離を取らせたのは和田だった。
彼女はレイを訝しげに眺めて、それから滝本の耳に手を当ててひそひそと話し始めた。
「りえちゃん、もうちょっと警戒しよーよ」
「ん? どうしてだい?」
「だってさ……」
その先を少し言いづらそうに言葉に詰まらせ、滝本はその態度に既視感を覚えた。それは、不安と嫌悪が入り混じったような声音で。
「──ああ、なるほど。分かったよ。できるだけ、君を心配させないよう心がけよう」
その言葉を聞き、それからちらりと警戒するような目線をレイに投げて、目が合うと同時に目を逸らした。その、イロモノに対するような、扱いに困っているような、そんな態度に、レイは目を伏せる。
「……約束だよ?」
「ああとも。約束だ」
そう約束して、和田は滝本から離れた。
「さて、お墨付きが貰えた所で、次に向かう場所だ。次は商店街の方へと足を運ぼうという話になった。剣崎くんはそれで構わないかい?」
「うん、いいよ」
「よし分かった。では向かおう」
にこりと笑いかけた滝本に、レイも笑みを返して見せる。
歩き出した滝本に東と吉田がはしゃぎながら続き、その少し後ろを萌葱が続く。それを眺めていたレイに和田が「なあ」と声をかけた。
「えっと、どうしたの?」
「これ以上、りえちゃんに──滝本さんに、付き纏うな」
「えっ?」
瞬きをして、驚きに頭が追いつかない様子でレイが声を上げると和田は顔を憎らしげに歪めて「良いな?」と確認するように、忠告するように言った。
「絶対に、近づくなよ」
「はい……」
その気迫に気圧され、怯えるようにそう答えた。突き刺さるような視線と、言葉の数々。それらが纏わりつくようにレイの体をその場に立ち尽くさせる。
レイの様子を少しだけ眺め、和田は冷たく、吐き捨てるような目を向けながら滝本らの下へと小走りで走って行った。
その様子を眺めていた杉浦は、レイの横を通り過ぎる際、ちらとレイの顔を見た。品定めするような鋭い目付きが、レイを捉えていた。その目は、どこか諦めたような怒りに満ち満ちていて、その刺々しさに咄嗟にレイは腰を引いた。
「──なんだよ」
「えっ、あ……」
自分でも分からなかった咄嗟の行動。それに良い顔をしなかった杉浦はため息交じりに「ちょうどいい」と振り向いて、レイに尋ねる。
「お前にとって、ミッチーは、どんな存在だったんだよ……」
「ぼくにとっての、ミズキさん……?」
静かに細められた目がその質問を是として、レイに再び問いかける。
「どうなんだ……」
「ぼくにとって、ミズキさんは、恩人だよ」
「おん、じん……?」
「うん。恩人」
「……なら、恩を返そうとは思わなかったのかよ」
「思ったよ」
「だったら……!」
「──でも、いなくなった人には、何も返せない」
諭すようなその口調に、杉浦は歯を噛んだ。
「でも、その人のために何かをしようとする事は、できるから」
その、一切揺るがない瞳に、杉浦は苦々しく悔しげに顔を歪めて「もういいっ」と逃げるように、煮え切らない表情のままレイに背中を向けた。
もう随分と遠くなっていた滝本達の後を、レイは追いかけた。
※※※
──手に持った食器の上を冷水が滑り落ちて行くのを眺めながら、ネネは小さくため息を吐いた。ニュースを聞くために点けたテレビの内容すら、あまり入って来ない。
それと言うのも、幾つかの理由によるものだと自覚はしているのだけれど、それでもやっぱり、落ち着かないと言うか、肩が重たいと言うか。とにかく、気が滅入っていた。
ちらりと、テレビを視界に入れた。気分転換でもしようかと考えて、首を振ってやめた。心身ともに疲れ切っているのがもう分かっていた。それでも、やめられない。仕事があるから。
「……はあ、そうね。歌でも歌おうかしら」
リビングに小さな鼻唄が響いて、ネネは目を閉じながら泡立つスポンジを手に持つ食器に擦りつける。鼻唄を歌い、ネネはリズム良く爪先で床を鳴らして食器を洗っていった。
テレビから天気予報が流れてくる。それによると夕方から雨が降ってくるらしく、洗濯物は早めに取り込もうと思った。
「落ち込んでてばかりいても仕方ないわ。一呼吸一呼吸」
一度深呼吸をして、滅入っていた心を少し落ち着かせた。
すると、目の前──否、ほぼ真横、自分の手元を覗き込むようにして立っていた少女の姿を視界の端に捉えて、ネネは大きく目を見開く。
「きゃあぁっッ!!」
その姿に見覚えがあって。けれど、絶対に、もう動く所は見られない、もう触る事も、話す事もできない彼女が、ここにいるはずもなくて。
ネネは深呼吸をして、胸に手を当てて、青天の霹靂に見舞われたその顔は、しばらくの間消えることは無かった。
「どーしたのネネさん!?」
慌てて二階から下りてきたレイカに「きっ、気にしないで」と返して、ネネは信じられないとばかりに瞬きを繰り返して大きく、深く、息を吐いた。
「ちょ、ちょっと──ええ。ちょっと、驚いただけよ」
何度か胸を撫で下ろして、ネネはレイカにそう笑いかけた。
確かに、見えた。そこには、いるはずのない少女の姿が。
死んだはずの、岩倉ミズキの姿が。
でもそれは、決してあり得ないことで、だから、何も言わない。
だって今はもう、彼女の姿はどこにも見えないのだから。
※※※
慌てて走るその姿は、まるで風のようだった。
少しだけ、彼女は呼吸のリズムを自ら乱して口を閉じ、その中を唾で湿らせる。
次に開いた時に出て来たのは締め上げられるような苦しみを訴えてくる肺から出された空気だった。その直後に息を思いっきり吸い込み、吐いて、走り続ける。
いつもならもう少し早かったはずなのに──少し、舞い上がっていたのかもしれない。そうは思いつつ、ホリは動かす足を早める。
遅刻するかしないかの分水嶺に立たされている彼女は、それはもう急いでいた。
点滅する青信号を全力で渡り、道を歩く大人たちの横を風になって通り過ぎ、声すらもまともに出せないくらい、必死に走り続けた。
そんな彼女の猛進を、目の前で赤に変わった信号が食い止める。
土煙を上げんばかりの勢いで急ブレーキをかけて立ち止まったホリは、膝に手をついて肩で呼吸どころか虫の息も良い所だった。
「あ……」
その彼女が顔を上げた所、少し向こうにしずかと思しき背中が見えて、そのまま呼吸を忘れて茫然とその背中に見入っていた。普段の柔らかさよりも、その小ささが目立つような後ろ姿に、ホリは一度瞬きをした。
そして呼吸を忘れていた事に気づき、息を飲んだ。
口に手を当てて咳き込む。噎せてしまったが、ホリはすぐに深呼吸をして、できるだけ呼吸を整えながら背筋を真っ直ぐ伸ばして目を閉じた。
大きく息を吸って、吐く。
見上げた空はとても青くて、ホリは何か、良い事があるかもしれないと、根拠無くそう思った。目を開けると、それと同時に信号が青に切り替わる。
「やっ、おはよう、川田さん」
手を挙げて、小走りで近づいて行くと、やはり彼女はしずかだった。
「んー? あー、ホリさんだー」
笑みを向けてくる近寄りやすさに、ホリも笑顔を返した。
──やっぱり、良いことあった。
そう、心の中で呟いた。
※※※
例えば、もうすぐ、はたまたは今、全てが無くなってしまうかもしれない、そんな出来事を前に、人は平静を保ってはいられなくなると、レイはそう思う。
それは、何度も見てきた光景の一つで、自分もそうなったから、分かる。
失ってしまうのが怖いとか、目の前の圧倒的な力に怯えるとか、そんな理屈めいた事は考えてなどいない。その時はただ、受け入れられなくなるか、ただただ頭の中が白く染まってしまう。現実から目を背けて逃げてしまうから。
──地震が終わり、レイはすぐに立ち上がった。
辺りを見回すと、しっかりと班員が揃っていた。しかし、滝本は周囲の人々の動揺に呑み込まれ、自身もパニックに陥ってしまっていた。
一度目も、こんな感じだったっけ。
少し考え事をしてから、滝本に「ねえ、滝本さん」と声をかける。
「な、なんだい……?」
「ぼくね、思ったんだけど……」
少し躊躇いがちに顔を背けたレイを胡乱げに見て、滝本は深く、深く息をついた。
その瞳を閉じながら、疲れたように手を差し伸べて小さく頷く。
「──言ってみてくれ」
「あのね、先生達の所に戻った方が良いんじゃないかなあ、って……」
「……そう、だな。うん。そうしよう。分かった。うん、そうだ。それが良い」
そう何度も頷いて、滝本は班員達をそれぞれ集めた。
「少し取り乱したが、すまない。どこから聞こえてきた声か分からず、かつその放送内容に困惑してしまった。班長として情けなく思う。──しかし、そもそも、私達は学生なんだ。あんな放送があったからと言って、何かができるわけでもなし。ならば一度、集合場所に向かおうではないか。──きっと、皆そうするだろう」
どこか自分を言い包めているような、そんな語調で、滝本はそう語る。
語り終えるが早いか、滝本は歩き出した。そんな滝本の様子に、それぞれの面々は芋づるのように付いていく。しかし、和田だけは違った。彼女はレイを睨みつけて葉を軋ませる。
「……りえちゃんに、何吹き込んだの……?」
そのあからさまな敵意にレイは薄ら笑いを浮かべて、和田に返した。
「ぼくはただ先生達の所に戻った方が良いんじゃないかなあって、そう言ったんだよ」
「──ほんと、あんた信用できない」
悪態をついて、和田は滝本を追いかけた。
[あとがき]
レイくんにとってミズキちゃんは、まるで光のような存在だったのだと思います。
ちなみにこれは設定ではなく作者の感想です。
次回は五月二十日です。四章書き終わったら毎日更新にしようかな。そうしよう。
少なくとも五章入るまでは……。
そこには、レイ以外の班員全員が集まっていて、皆レイを待ち侘びた面持ちでジッと見つめてきた。その視線に急かされるように、レイは滝本の下へと小走りする。
「遅かったね?」
そう滝本に問い質され、レイは「えっとねー」と少し前の出来事を思い出し、胸の奥がじんわりと温かくなってくるのを感じ、そこに手を当てて確かめながら、小さく頷いた。
「少し、知り合いと会ってたんだ。ごめんね?」
両手を顔の前で合わせて、伺うように滝本の瞳をじっと見つめる。
その視線に、滝本は「うっ」と喉を詰まらせるような声を出して、数回の瞬きの後顔を背けて、手に拡げていた修学旅行のしおりを閉じた。
「いや、構わないさ」
そう言って、一呼吸を置いてレイに目線を戻した。
「しかし、もう少し早く戻って来てもらえると嬉しかったよ」
「次から気を付けます」
「ああ、是非そうしてくれ」
「りえちゃん……」
レイに笑いかけた滝本の袖を引っ張り、レイと距離を取らせたのは和田だった。
彼女はレイを訝しげに眺めて、それから滝本の耳に手を当ててひそひそと話し始めた。
「りえちゃん、もうちょっと警戒しよーよ」
「ん? どうしてだい?」
「だってさ……」
その先を少し言いづらそうに言葉に詰まらせ、滝本はその態度に既視感を覚えた。それは、不安と嫌悪が入り混じったような声音で。
「──ああ、なるほど。分かったよ。できるだけ、君を心配させないよう心がけよう」
その言葉を聞き、それからちらりと警戒するような目線をレイに投げて、目が合うと同時に目を逸らした。その、イロモノに対するような、扱いに困っているような、そんな態度に、レイは目を伏せる。
「……約束だよ?」
「ああとも。約束だ」
そう約束して、和田は滝本から離れた。
「さて、お墨付きが貰えた所で、次に向かう場所だ。次は商店街の方へと足を運ぼうという話になった。剣崎くんはそれで構わないかい?」
「うん、いいよ」
「よし分かった。では向かおう」
にこりと笑いかけた滝本に、レイも笑みを返して見せる。
歩き出した滝本に東と吉田がはしゃぎながら続き、その少し後ろを萌葱が続く。それを眺めていたレイに和田が「なあ」と声をかけた。
「えっと、どうしたの?」
「これ以上、りえちゃんに──滝本さんに、付き纏うな」
「えっ?」
瞬きをして、驚きに頭が追いつかない様子でレイが声を上げると和田は顔を憎らしげに歪めて「良いな?」と確認するように、忠告するように言った。
「絶対に、近づくなよ」
「はい……」
その気迫に気圧され、怯えるようにそう答えた。突き刺さるような視線と、言葉の数々。それらが纏わりつくようにレイの体をその場に立ち尽くさせる。
レイの様子を少しだけ眺め、和田は冷たく、吐き捨てるような目を向けながら滝本らの下へと小走りで走って行った。
その様子を眺めていた杉浦は、レイの横を通り過ぎる際、ちらとレイの顔を見た。品定めするような鋭い目付きが、レイを捉えていた。その目は、どこか諦めたような怒りに満ち満ちていて、その刺々しさに咄嗟にレイは腰を引いた。
「──なんだよ」
「えっ、あ……」
自分でも分からなかった咄嗟の行動。それに良い顔をしなかった杉浦はため息交じりに「ちょうどいい」と振り向いて、レイに尋ねる。
「お前にとって、ミッチーは、どんな存在だったんだよ……」
「ぼくにとっての、ミズキさん……?」
静かに細められた目がその質問を是として、レイに再び問いかける。
「どうなんだ……」
「ぼくにとって、ミズキさんは、恩人だよ」
「おん、じん……?」
「うん。恩人」
「……なら、恩を返そうとは思わなかったのかよ」
「思ったよ」
「だったら……!」
「──でも、いなくなった人には、何も返せない」
諭すようなその口調に、杉浦は歯を噛んだ。
「でも、その人のために何かをしようとする事は、できるから」
その、一切揺るがない瞳に、杉浦は苦々しく悔しげに顔を歪めて「もういいっ」と逃げるように、煮え切らない表情のままレイに背中を向けた。
もう随分と遠くなっていた滝本達の後を、レイは追いかけた。
※※※
──手に持った食器の上を冷水が滑り落ちて行くのを眺めながら、ネネは小さくため息を吐いた。ニュースを聞くために点けたテレビの内容すら、あまり入って来ない。
それと言うのも、幾つかの理由によるものだと自覚はしているのだけれど、それでもやっぱり、落ち着かないと言うか、肩が重たいと言うか。とにかく、気が滅入っていた。
ちらりと、テレビを視界に入れた。気分転換でもしようかと考えて、首を振ってやめた。心身ともに疲れ切っているのがもう分かっていた。それでも、やめられない。仕事があるから。
「……はあ、そうね。歌でも歌おうかしら」
リビングに小さな鼻唄が響いて、ネネは目を閉じながら泡立つスポンジを手に持つ食器に擦りつける。鼻唄を歌い、ネネはリズム良く爪先で床を鳴らして食器を洗っていった。
テレビから天気予報が流れてくる。それによると夕方から雨が降ってくるらしく、洗濯物は早めに取り込もうと思った。
「落ち込んでてばかりいても仕方ないわ。一呼吸一呼吸」
一度深呼吸をして、滅入っていた心を少し落ち着かせた。
すると、目の前──否、ほぼ真横、自分の手元を覗き込むようにして立っていた少女の姿を視界の端に捉えて、ネネは大きく目を見開く。
「きゃあぁっッ!!」
その姿に見覚えがあって。けれど、絶対に、もう動く所は見られない、もう触る事も、話す事もできない彼女が、ここにいるはずもなくて。
ネネは深呼吸をして、胸に手を当てて、青天の霹靂に見舞われたその顔は、しばらくの間消えることは無かった。
「どーしたのネネさん!?」
慌てて二階から下りてきたレイカに「きっ、気にしないで」と返して、ネネは信じられないとばかりに瞬きを繰り返して大きく、深く、息を吐いた。
「ちょ、ちょっと──ええ。ちょっと、驚いただけよ」
何度か胸を撫で下ろして、ネネはレイカにそう笑いかけた。
確かに、見えた。そこには、いるはずのない少女の姿が。
死んだはずの、岩倉ミズキの姿が。
でもそれは、決してあり得ないことで、だから、何も言わない。
だって今はもう、彼女の姿はどこにも見えないのだから。
※※※
慌てて走るその姿は、まるで風のようだった。
少しだけ、彼女は呼吸のリズムを自ら乱して口を閉じ、その中を唾で湿らせる。
次に開いた時に出て来たのは締め上げられるような苦しみを訴えてくる肺から出された空気だった。その直後に息を思いっきり吸い込み、吐いて、走り続ける。
いつもならもう少し早かったはずなのに──少し、舞い上がっていたのかもしれない。そうは思いつつ、ホリは動かす足を早める。
遅刻するかしないかの分水嶺に立たされている彼女は、それはもう急いでいた。
点滅する青信号を全力で渡り、道を歩く大人たちの横を風になって通り過ぎ、声すらもまともに出せないくらい、必死に走り続けた。
そんな彼女の猛進を、目の前で赤に変わった信号が食い止める。
土煙を上げんばかりの勢いで急ブレーキをかけて立ち止まったホリは、膝に手をついて肩で呼吸どころか虫の息も良い所だった。
「あ……」
その彼女が顔を上げた所、少し向こうにしずかと思しき背中が見えて、そのまま呼吸を忘れて茫然とその背中に見入っていた。普段の柔らかさよりも、その小ささが目立つような後ろ姿に、ホリは一度瞬きをした。
そして呼吸を忘れていた事に気づき、息を飲んだ。
口に手を当てて咳き込む。噎せてしまったが、ホリはすぐに深呼吸をして、できるだけ呼吸を整えながら背筋を真っ直ぐ伸ばして目を閉じた。
大きく息を吸って、吐く。
見上げた空はとても青くて、ホリは何か、良い事があるかもしれないと、根拠無くそう思った。目を開けると、それと同時に信号が青に切り替わる。
「やっ、おはよう、川田さん」
手を挙げて、小走りで近づいて行くと、やはり彼女はしずかだった。
「んー? あー、ホリさんだー」
笑みを向けてくる近寄りやすさに、ホリも笑顔を返した。
──やっぱり、良いことあった。
そう、心の中で呟いた。
※※※
例えば、もうすぐ、はたまたは今、全てが無くなってしまうかもしれない、そんな出来事を前に、人は平静を保ってはいられなくなると、レイはそう思う。
それは、何度も見てきた光景の一つで、自分もそうなったから、分かる。
失ってしまうのが怖いとか、目の前の圧倒的な力に怯えるとか、そんな理屈めいた事は考えてなどいない。その時はただ、受け入れられなくなるか、ただただ頭の中が白く染まってしまう。現実から目を背けて逃げてしまうから。
──地震が終わり、レイはすぐに立ち上がった。
辺りを見回すと、しっかりと班員が揃っていた。しかし、滝本は周囲の人々の動揺に呑み込まれ、自身もパニックに陥ってしまっていた。
一度目も、こんな感じだったっけ。
少し考え事をしてから、滝本に「ねえ、滝本さん」と声をかける。
「な、なんだい……?」
「ぼくね、思ったんだけど……」
少し躊躇いがちに顔を背けたレイを胡乱げに見て、滝本は深く、深く息をついた。
その瞳を閉じながら、疲れたように手を差し伸べて小さく頷く。
「──言ってみてくれ」
「あのね、先生達の所に戻った方が良いんじゃないかなあ、って……」
「……そう、だな。うん。そうしよう。分かった。うん、そうだ。それが良い」
そう何度も頷いて、滝本は班員達をそれぞれ集めた。
「少し取り乱したが、すまない。どこから聞こえてきた声か分からず、かつその放送内容に困惑してしまった。班長として情けなく思う。──しかし、そもそも、私達は学生なんだ。あんな放送があったからと言って、何かができるわけでもなし。ならば一度、集合場所に向かおうではないか。──きっと、皆そうするだろう」
どこか自分を言い包めているような、そんな語調で、滝本はそう語る。
語り終えるが早いか、滝本は歩き出した。そんな滝本の様子に、それぞれの面々は芋づるのように付いていく。しかし、和田だけは違った。彼女はレイを睨みつけて葉を軋ませる。
「……りえちゃんに、何吹き込んだの……?」
そのあからさまな敵意にレイは薄ら笑いを浮かべて、和田に返した。
「ぼくはただ先生達の所に戻った方が良いんじゃないかなあって、そう言ったんだよ」
「──ほんと、あんた信用できない」
悪態をついて、和田は滝本を追いかけた。
[あとがき]
レイくんにとってミズキちゃんは、まるで光のような存在だったのだと思います。
ちなみにこれは設定ではなく作者の感想です。
次回は五月二十日です。四章書き終わったら毎日更新にしようかな。そうしよう。
少なくとも五章入るまでは……。
0
あなたにおすすめの小説
三歩先行くサンタさん ~トレジャーハンターは幼女にごまをする~
杵築しゅん
ファンタジー
戦争で父を亡くしたサンタナリア2歳は、母や兄と一緒に父の家から追い出され、母の実家であるファイト子爵家に身を寄せる。でも、そこも安住の地ではなかった。
3歳の職業選別で【過去】という奇怪な職業を授かったサンタナリアは、失われた超古代高度文明紀に生きた守護霊である魔法使いの能力を受け継ぐ。
家族には内緒で魔法の練習をし、古代遺跡でトレジャーハンターとして活躍することを夢見る。
そして、新たな家門を興し母と兄を養うと決心し奮闘する。
こっそり古代遺跡に潜っては、ピンチになったトレジャーハンターを助けるサンタさん。
身分差も授かった能力の偏見も投げ飛ばし、今日も元気に三歩先を行く。
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
ガチャで領地改革! 没落辺境を職人召喚で立て直す若き領主
雪奈 水無月
ファンタジー
魔物大侵攻《モンスター・テンペスト》で父を失い、十五歳で領主となったロイド。
荒れ果てた辺境領を支えたのは、幼馴染のメイド・リーナと執事セバス、そして領民たちだった。
十八歳になったある日、女神アウレリアから“祝福”が降り、
ロイドの中で《スキル職人ガチャ》が覚醒する。
ガチャから現れるのは、防衛・経済・流通・娯楽など、
領地再建に不可欠な各分野のエキスパートたち。
魔物被害、経済不安、流通の断絶──
没落寸前の領地に、ようやく希望の光が差し込む。
新たな仲間と共に、若き領主ロイドの“辺境再生”が始まる。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
金の羊亭へようこそ! 〝元〟聖女様の宿屋経営物語
紗々置 遼嘉
ファンタジー
アルシャインは真面目な聖女だった。
しかし、神聖力が枯渇して〝偽聖女〟と罵られて国を追い出された。
郊外に館を貰ったアルシャインは、護衛騎士を付けられた。
そして、そこが酒場兼宿屋だと分かると、復活させようと決意した。
そこには戦争孤児もいて、アルシャインはその子達を養うと決める。
アルシャインの食事処兼、宿屋経営の夢がどんどん形になっていく。
そして、孤児達の成長と日常、たまに恋愛がある物語である。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる