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四章 進む道の先に映るもの
189話 『知りたい事と知られたくない事』
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レイは滝本らの後ろ、少し離れた所について追いかけていた。人混み酷く、追いかけるのでも手一杯。ここで逸れたと、そう言ってしまえばすぐにでも離脱できるのに、どうしてもできなかった。それは『見捨てているのか』と、そう誰かが耳元で問いかけてくるから。
人混みの向こう側、滝本達を視界の中央に捉えている。人の頭や肩で途切れ途切れではあるものの、しっかりとその方向を見据えて進んでいた。
「レイくんレイくん、私、役に立ってるですか?」
「うん、ありがとう、ミズキさん」
人混みの上、レイより少し前を飛んでいるミズキを見上げて、レイはそう笑みを浮かべた。その笑みに笑顔を返したミズキは、少し高度を下げてレイの下まで下りてきた。
「レイくんは驚くと思ってたのに、意外でした」
「ぼくも、何も知らないままじゃないんだから」
そう自慢げに鼻を鳴らすレイに、ミズキは優しい、嬉しそうな笑みを向ける。
その笑みを受け取って、レイは「それに」と付け加えた。
「ミズキさんがいないと……きっと、勝てない」
「勝てない、です?」
「うん」と返事をした所で、レイは前を進んでいた滝本達の変化に気が付いて、そちらに目を向けた。彼らは、他の生徒達と合流して何事かを話している。その姿を見届け、レイは頭上のミズキを見上げた。
「ミズキさんに、力を貸して欲しいんだ」
「任せてくださいです! 私がレイくんの手となり足となるです!」
ありがとう、とそう言おうと手を伸ばし、ミズキの手をすり抜けてしまい、レイは口を茫然と開けさせた。何にも触れなかった自分の手を眺め、レイは何度も瞬く。
「あっ、レイくん、杉浦さん達、行っちゃうですよ?」
「──」
「レイくん?」
心配するような目で見つめてくるミズキに、レイは呼吸を詰めた。覗き込んでくる瞳に、咄嗟に笑顔を見せて「だ、だいじょーぶだいじょーぶ」と返して、レイは深呼吸した。
「──ミズキさん、これから行かなきゃいけない所があるんだ」
「分かったです。そのお手伝いをすれば良いんですね」
「うん、手伝って欲しい」
「分かったです」
雑踏の向こうに遠ざかっていく滝本らを側目で見送り、レイは「行こう」とミズキに声をかけ、彼女達とは違う方向へと歩き始めた。その際、頭上から薄ら寒い視線を感じて上を向いた。
そこには、そんなレイを建物の上から見下ろし、愉悦に浸った顔で笑う少女の姿があった。
──瞬間、背中を駆け上がった怖気に、ミズキは焦った様子でレイの近くまで飛んでいって、声をかける。
「レイくんレイくん」
「ん、どうかした?」
雑踏の間を進みながら、レイは少し強張った声で自分の名を呼ぶ精霊の方に顔を向けて、ぱちくりと瞬きした。その、的を射ていない様子の顔に、ミズキは「あ、いえ……その……」とバツの悪そうに目を伏せる。レイは首を傾げて、前を向いた。
「何かあるなら言ってね。──もう、誰も失いたくないから」
憂えるようにそう口にするレイに再び声をかけようと口を開いた所で、レイは通りの端に辿り着いた。立ち並ぶ建物群が前に現れ、レイはそれを見上げて、拳を固く握る。
その背中を見つめながら、ミズキは眉をひそめて顔を伏せる。
「──早く、行かなきゃ」
そう、焦燥感を滲ませながら呟いた。しかし、胸をぎゅっと苦しげに押さえるレイを後ろから眺めて唇を噛むと、ミズキは立ちはだかるようにレイの前に移動した。
突然の事に、レイは目を見開いて足を止め、自分を見るミズキの顔を見つめる。
「な、に──?」
訝しげに首を傾けるレイに、ミズキは一つ、落ち着かせるように息を吐いて、レイに微笑んで見せる。その、柔らかく、優しい微笑みにレイは居心地の悪さを感じて少しだけ眉尻を下げた。
「レイくん、どうして、そんなに急いでるですか」
その、悲しげな眼差しに認められて、レイはさっと顔を伏せて「歩きながら話すよ」と、それだけを言って、レイは再び歩き始めた。
「──レイくん」
引き留める声を聞かず、レイは歩いて行く。ミズキを避けて行ったレイに、振り返ってその背中に大きな声で叫ぶ。
「レイくん!」
「……なに?」
立ち止まるレイは振り返らず、その背中は、どこか萎縮したように縮こまっているように見えた。そんな、小さく見える背中を見つめながら、ミズキは言う。
「──レイくんの、嫌いな所があると言ったの、覚えてるですか?」
ぱち、と瞬きをして少しの間を置いて「うん」と頷いた。
その姿に、何かしらの安堵を覚えて、ほっ、と息を吐く。
「……たしか、口調だったっけ」
「──もう一つ、あるです」
それは、とミズキは悔しそうに顔をしかめて、その顔を伏せ、告げる。
「レイくんが、私を、頼ってくれない、事です」
「────」
「レイくんは、どうして私を頼ってくれないです? 私じゃ、何が足りないですか……」
その、懇願にも似た訴えに、レイは向けた背を返す事もできない。それは、何もできなかった悔しさであり、何もできなかった自分自身への怒りであり、そして──
「──彼氏、だから」
──そんな自分の持つ、最後の矜持だった。
「……え」
「ぼくは君を、守りたいんだ。──ううん。ミズキさんだけじゃないよ。みんな、皆を、ぼくは守りたい。誰かがいなくなったり、誰かを守れなかったりしたのは、すごく怖くて、辛くて、悲しくて……。だから、彼氏と言うか、ぼく自身がそうしたくて……。もう、後悔、したくないから……」
思い出す自らの失態の履歴に歯噛みして、見つめるのを堪えがたいように目を細めた。
一つ、息を吐いて伏せていた顔を上げる。レイは、背中越しにミズキに宣言した。
「ぼくは、この力を、皆を守るのに使いたい。その皆の中に、ミズキさんも入ってるから。だから、危険な目には、絶対に合わせないよ。ミズキさんに頼って、危ない事をされるのは、怖くて、堪らないから……」
そう、弱々しく、寂しげに、レイは歩いて行く。
「──なら、どうして呼んだですか」
「──っ」
刺々しいその返しに、レイは動かし始めた足をすぐに止め、歯を噛み合わせた。
歯噛みするレイにミズキはそのまま続ける。
「危険な目に合わせたくないなら、呼ばなきゃ良かっただけです。それなのに、じゃあ、私を呼んだのはどうしてです? 困って、助けて欲しいからじゃ、ないんですか? ──頼りたかったからじゃ、なかったんですか?」
さっと、眼帯を押さえたレイは一つ、深い息を吐いた。その所作に、ミズキは眉をひそめてかける言葉を続けようと口を開き──それを、失った。
「──あ」
背を向けるレイは、肩をわなわなと震わせて、その場に立ち止まっている。
その態度に、その背に、その理由に、ミズキは気が付いた。気が付いてしまった。
「……ごめんね」
濡れた声で、レイがそう告げる。その様子にミズキは慈しみにも似た微笑みを浮かべて、ゆるゆると首を横に振ってレイの正面に進み出る。
「謝らなくても良いですよ」
「力を貸してって、そう言ったのに……」
「見栄を張るのが遅かったですね」
俯くレイは、小さく、ほんの少し、絞り出すような声で「うん」と呟いた。
その声をしっかりと聞き届け、その後、ミズキは「顔を上げてくださいです」と優しく、そっと言った。その声に、居心地が悪そうに、おどおどと目を背けながら顔を上げた。その目には、少しばかりの涙が滲んでいて。
「嬉しいですけれど、ちゃんと言ってほしいです。見栄なんて無くても、レイくんは強くて、カッコいいって事を、私は知ってるですから」
そう言われても、レイはやはり、バツの悪そうな顔をしたまま目を背けて口を開かない。恐縮しきって体が動いていないみたいに、怒られているかのような、そんな態度を取るレイにミズキはふと、見覚えのある表情を垣間見る。
その表情を見て、数秒の沈黙の後、ミズキは頭の中で組み上がった結論を述べた。
「もしかして、思い出したですか?」
──レイは今にも泣き出しそうな、何かを怖がっているような、そんな顔をして、声にならない悲鳴を喉を鳴らして上げて、ミズキの顔を見つめた。
見つめてくるその瞳を、ミズキは悲しげに、憐れむように、けれども、どこか嬉しそうに。口元を緩めて目を細め、じっと見つめ返した。──それしか、できなかった。
※※※
──時を同じくして、牢に閉じ込められていた少年、渡会祐希は、自分を牢から解放してくれたカエデに頼まれた仕事をこなしていた。しかしこなすと言うよりも、待っていた、の方が正しい表現かもしれない。
「────」
今、祐希の前には子供の胴くらいある卵が、木に囲まれるように、護られるように、枝に縛られながらその中央に置かれていた。しかし、その真っ白な、何の穢も見当たらない卵を見ているだけ、それなのに祐希は不思議と精神を擦り減らしたりはしなかった。それどころか、どこか安心を覚えるような、心地よい温もりすら感じられるほどこの任された仕事に満足して、ため息を吐いた。
──不死鳥の卵。
それが産み落とされ、長年この場所で孵化するまで面倒を見られ続けていた。しかし、不思議なのはそれだけではない。
ちらりと、祐希は自分の足下に目を向ける。そこには無数の枝が複雑に絡み合い、床の様相を呈していた。それらの隙間から見える青くぼやける、緑の大地が薄ぼんやりとだが確認できて、ごくりと固唾を飲んだ。
そのまま目を卵に戻すと、卵がぴき、ぱき、と音を立ててヒビが入っていく。その様子を眺めながら、少年は「あと少し、あと少し」と、それだけを延々と繰り返していたのだった。
ちらりと、卵から目を離して隣に座る男を見る。
彼もその視線に気づいた様子で祐希の方に目を向けて、小首を傾げた。
「あ、いや……なんでもないです。はい……」
両手を振って潔白を証明すると、彼も興味を無くしたように再び入り口の方に顔を向けた。祐希が目にした男、その姿は、上半身が裸の、異質な太り方をした赤ずきんを被った男だった。彼のその外見に、祐希はちらちらと目を向けてしまう。
──パキッと、卵に小さな穴が空いた。
[あとがき]
最近よくこけるようになってきました、作者です。
久々にこの定形文句使いましたね。
それはさておき、今回はレイくんの考えを改めさせるのと、不死鳥は孵ったばかりだったという事を分かっていただければそれで……。
さて、次回は五月二十七日! 今月末には、一番上にあるやつ、つまりは『IFシリーズ』投稿します。興味のある方は一読ください。それじゃあまた次回!
人混みの向こう側、滝本達を視界の中央に捉えている。人の頭や肩で途切れ途切れではあるものの、しっかりとその方向を見据えて進んでいた。
「レイくんレイくん、私、役に立ってるですか?」
「うん、ありがとう、ミズキさん」
人混みの上、レイより少し前を飛んでいるミズキを見上げて、レイはそう笑みを浮かべた。その笑みに笑顔を返したミズキは、少し高度を下げてレイの下まで下りてきた。
「レイくんは驚くと思ってたのに、意外でした」
「ぼくも、何も知らないままじゃないんだから」
そう自慢げに鼻を鳴らすレイに、ミズキは優しい、嬉しそうな笑みを向ける。
その笑みを受け取って、レイは「それに」と付け加えた。
「ミズキさんがいないと……きっと、勝てない」
「勝てない、です?」
「うん」と返事をした所で、レイは前を進んでいた滝本達の変化に気が付いて、そちらに目を向けた。彼らは、他の生徒達と合流して何事かを話している。その姿を見届け、レイは頭上のミズキを見上げた。
「ミズキさんに、力を貸して欲しいんだ」
「任せてくださいです! 私がレイくんの手となり足となるです!」
ありがとう、とそう言おうと手を伸ばし、ミズキの手をすり抜けてしまい、レイは口を茫然と開けさせた。何にも触れなかった自分の手を眺め、レイは何度も瞬く。
「あっ、レイくん、杉浦さん達、行っちゃうですよ?」
「──」
「レイくん?」
心配するような目で見つめてくるミズキに、レイは呼吸を詰めた。覗き込んでくる瞳に、咄嗟に笑顔を見せて「だ、だいじょーぶだいじょーぶ」と返して、レイは深呼吸した。
「──ミズキさん、これから行かなきゃいけない所があるんだ」
「分かったです。そのお手伝いをすれば良いんですね」
「うん、手伝って欲しい」
「分かったです」
雑踏の向こうに遠ざかっていく滝本らを側目で見送り、レイは「行こう」とミズキに声をかけ、彼女達とは違う方向へと歩き始めた。その際、頭上から薄ら寒い視線を感じて上を向いた。
そこには、そんなレイを建物の上から見下ろし、愉悦に浸った顔で笑う少女の姿があった。
──瞬間、背中を駆け上がった怖気に、ミズキは焦った様子でレイの近くまで飛んでいって、声をかける。
「レイくんレイくん」
「ん、どうかした?」
雑踏の間を進みながら、レイは少し強張った声で自分の名を呼ぶ精霊の方に顔を向けて、ぱちくりと瞬きした。その、的を射ていない様子の顔に、ミズキは「あ、いえ……その……」とバツの悪そうに目を伏せる。レイは首を傾げて、前を向いた。
「何かあるなら言ってね。──もう、誰も失いたくないから」
憂えるようにそう口にするレイに再び声をかけようと口を開いた所で、レイは通りの端に辿り着いた。立ち並ぶ建物群が前に現れ、レイはそれを見上げて、拳を固く握る。
その背中を見つめながら、ミズキは眉をひそめて顔を伏せる。
「──早く、行かなきゃ」
そう、焦燥感を滲ませながら呟いた。しかし、胸をぎゅっと苦しげに押さえるレイを後ろから眺めて唇を噛むと、ミズキは立ちはだかるようにレイの前に移動した。
突然の事に、レイは目を見開いて足を止め、自分を見るミズキの顔を見つめる。
「な、に──?」
訝しげに首を傾けるレイに、ミズキは一つ、落ち着かせるように息を吐いて、レイに微笑んで見せる。その、柔らかく、優しい微笑みにレイは居心地の悪さを感じて少しだけ眉尻を下げた。
「レイくん、どうして、そんなに急いでるですか」
その、悲しげな眼差しに認められて、レイはさっと顔を伏せて「歩きながら話すよ」と、それだけを言って、レイは再び歩き始めた。
「──レイくん」
引き留める声を聞かず、レイは歩いて行く。ミズキを避けて行ったレイに、振り返ってその背中に大きな声で叫ぶ。
「レイくん!」
「……なに?」
立ち止まるレイは振り返らず、その背中は、どこか萎縮したように縮こまっているように見えた。そんな、小さく見える背中を見つめながら、ミズキは言う。
「──レイくんの、嫌いな所があると言ったの、覚えてるですか?」
ぱち、と瞬きをして少しの間を置いて「うん」と頷いた。
その姿に、何かしらの安堵を覚えて、ほっ、と息を吐く。
「……たしか、口調だったっけ」
「──もう一つ、あるです」
それは、とミズキは悔しそうに顔をしかめて、その顔を伏せ、告げる。
「レイくんが、私を、頼ってくれない、事です」
「────」
「レイくんは、どうして私を頼ってくれないです? 私じゃ、何が足りないですか……」
その、懇願にも似た訴えに、レイは向けた背を返す事もできない。それは、何もできなかった悔しさであり、何もできなかった自分自身への怒りであり、そして──
「──彼氏、だから」
──そんな自分の持つ、最後の矜持だった。
「……え」
「ぼくは君を、守りたいんだ。──ううん。ミズキさんだけじゃないよ。みんな、皆を、ぼくは守りたい。誰かがいなくなったり、誰かを守れなかったりしたのは、すごく怖くて、辛くて、悲しくて……。だから、彼氏と言うか、ぼく自身がそうしたくて……。もう、後悔、したくないから……」
思い出す自らの失態の履歴に歯噛みして、見つめるのを堪えがたいように目を細めた。
一つ、息を吐いて伏せていた顔を上げる。レイは、背中越しにミズキに宣言した。
「ぼくは、この力を、皆を守るのに使いたい。その皆の中に、ミズキさんも入ってるから。だから、危険な目には、絶対に合わせないよ。ミズキさんに頼って、危ない事をされるのは、怖くて、堪らないから……」
そう、弱々しく、寂しげに、レイは歩いて行く。
「──なら、どうして呼んだですか」
「──っ」
刺々しいその返しに、レイは動かし始めた足をすぐに止め、歯を噛み合わせた。
歯噛みするレイにミズキはそのまま続ける。
「危険な目に合わせたくないなら、呼ばなきゃ良かっただけです。それなのに、じゃあ、私を呼んだのはどうしてです? 困って、助けて欲しいからじゃ、ないんですか? ──頼りたかったからじゃ、なかったんですか?」
さっと、眼帯を押さえたレイは一つ、深い息を吐いた。その所作に、ミズキは眉をひそめてかける言葉を続けようと口を開き──それを、失った。
「──あ」
背を向けるレイは、肩をわなわなと震わせて、その場に立ち止まっている。
その態度に、その背に、その理由に、ミズキは気が付いた。気が付いてしまった。
「……ごめんね」
濡れた声で、レイがそう告げる。その様子にミズキは慈しみにも似た微笑みを浮かべて、ゆるゆると首を横に振ってレイの正面に進み出る。
「謝らなくても良いですよ」
「力を貸してって、そう言ったのに……」
「見栄を張るのが遅かったですね」
俯くレイは、小さく、ほんの少し、絞り出すような声で「うん」と呟いた。
その声をしっかりと聞き届け、その後、ミズキは「顔を上げてくださいです」と優しく、そっと言った。その声に、居心地が悪そうに、おどおどと目を背けながら顔を上げた。その目には、少しばかりの涙が滲んでいて。
「嬉しいですけれど、ちゃんと言ってほしいです。見栄なんて無くても、レイくんは強くて、カッコいいって事を、私は知ってるですから」
そう言われても、レイはやはり、バツの悪そうな顔をしたまま目を背けて口を開かない。恐縮しきって体が動いていないみたいに、怒られているかのような、そんな態度を取るレイにミズキはふと、見覚えのある表情を垣間見る。
その表情を見て、数秒の沈黙の後、ミズキは頭の中で組み上がった結論を述べた。
「もしかして、思い出したですか?」
──レイは今にも泣き出しそうな、何かを怖がっているような、そんな顔をして、声にならない悲鳴を喉を鳴らして上げて、ミズキの顔を見つめた。
見つめてくるその瞳を、ミズキは悲しげに、憐れむように、けれども、どこか嬉しそうに。口元を緩めて目を細め、じっと見つめ返した。──それしか、できなかった。
※※※
──時を同じくして、牢に閉じ込められていた少年、渡会祐希は、自分を牢から解放してくれたカエデに頼まれた仕事をこなしていた。しかしこなすと言うよりも、待っていた、の方が正しい表現かもしれない。
「────」
今、祐希の前には子供の胴くらいある卵が、木に囲まれるように、護られるように、枝に縛られながらその中央に置かれていた。しかし、その真っ白な、何の穢も見当たらない卵を見ているだけ、それなのに祐希は不思議と精神を擦り減らしたりはしなかった。それどころか、どこか安心を覚えるような、心地よい温もりすら感じられるほどこの任された仕事に満足して、ため息を吐いた。
──不死鳥の卵。
それが産み落とされ、長年この場所で孵化するまで面倒を見られ続けていた。しかし、不思議なのはそれだけではない。
ちらりと、祐希は自分の足下に目を向ける。そこには無数の枝が複雑に絡み合い、床の様相を呈していた。それらの隙間から見える青くぼやける、緑の大地が薄ぼんやりとだが確認できて、ごくりと固唾を飲んだ。
そのまま目を卵に戻すと、卵がぴき、ぱき、と音を立ててヒビが入っていく。その様子を眺めながら、少年は「あと少し、あと少し」と、それだけを延々と繰り返していたのだった。
ちらりと、卵から目を離して隣に座る男を見る。
彼もその視線に気づいた様子で祐希の方に目を向けて、小首を傾げた。
「あ、いや……なんでもないです。はい……」
両手を振って潔白を証明すると、彼も興味を無くしたように再び入り口の方に顔を向けた。祐希が目にした男、その姿は、上半身が裸の、異質な太り方をした赤ずきんを被った男だった。彼のその外見に、祐希はちらちらと目を向けてしまう。
──パキッと、卵に小さな穴が空いた。
[あとがき]
最近よくこけるようになってきました、作者です。
久々にこの定形文句使いましたね。
それはさておき、今回はレイくんの考えを改めさせるのと、不死鳥は孵ったばかりだったという事を分かっていただければそれで……。
さて、次回は五月二十七日! 今月末には、一番上にあるやつ、つまりは『IFシリーズ』投稿します。興味のある方は一読ください。それじゃあまた次回!
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