当たり前の幸せを

紅蓮の焔

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四章 進む道の先に映るもの

196話 『その先に行きたくて』

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 大きく聳える屋敷の門扉は、厳かにその場に建っていた。

 見上げて、それを眺める。西洋を思わせるようなその様相と、幾つかそれとは似つかわない障子が窓越しに何部屋か見られた。

 その雰囲気に圧倒されながら、レイは重厚感のある門扉へと近づいて行った。

「……開けるよ、警戒してね」

「分かってるです」

「ええ……」

 その返事を背中越しに聞いたレイは扉に両手を押し当て、すぅ、と息を吸い込み、止めた。力を込める両腕。そこから力強く踏み込んで行き──、

「あか、ない……?」

 そのまま歯を食いしばり、更に力強く踏み込んで、肩を押し当てるように前に進む。しかしその足はずりずりと床を擦っては足を後ろに追い返していく。
 その圧倒的な無力感に顔をしかめたレイは扉から手を離して大きく息を吐いた。

「レイくんレイくん」

「──ん? なに? ミズキさん」

「えーっと……。扉は、引くんじゃ……?」

 言われて、レイはハッとした。
 恐る恐る扉を引いてみると、それはいとも簡単に開いてしまう。

「開いた……」

 そのやり取りを見ていたろおざは一つ、息をついた。

「ひとまず、あの子を探して、それから対策を練りましょう」

 開いた玄関のその先、そこではまるでダンスホールのように広い部屋がレイ達三人を出迎えるのだった。
 それぞれ、誰からと言わず警戒しながら中に入っていくと、叩かれるような音が響いて目を剥き振り返る。そこには閉じられた扉の姿があった。

「……不気味ね」

「……たぶん、誰もいないですよ」

 そう呟く二人に「だよね……」と静かに同意しながら一つ息をついた。

 飛び跳ねる鼓動の音を落ち着けるように手で左胸を撫で下ろす。そのまま首を巡らせてその広い空間を流し見てその異様な光景に込み上げてくる不安を押し込めて、息を詰めた。

「どこから探そう……」

 その部屋には、幾つもの扉が至る所に、本当に至る所に、壁、床、天井、ありとあらゆる所に見つけられた。

「レミちゃん、こういう時はね──」

 ガチャリと、足下の扉をしゃがんで開いたろおざが死んだ目で告げた。

「片っ端から開ければ良いのよ」

 ※※※

 ──さあ、一緒に壊れた世界を楽しみましょう!

 瞬間、世界に体が振り回された。

「──ッ!?」

 尻餅をつき、跳ねて頭を、肩を、背中を、首を、ありとあらゆる箇所を殴られる。
 その幼い手を掴んで引き寄せたウィルは銀色の瞳を細めて、揺れる世界の中でも確かに地に足をつけて立っていた。
 ナツミは、自身が揺れを感じていない事を悟り、未だ軋む感覚さえある体中の痛みに堪えながらうっすらと目を開ける。揺れる視界の中、彼女は不敵な笑みを浮かべて恐怖を逆撫でするような、薄ら寒い視線を向けて来ているのをナツミは見た。

 やがて揺れが収まると、その場に静寂が降り立ち、視線の応酬がされる。
 ウィルは未だ少女の手を放さずに立っている少年、ウィスプに目で合図し、その視線を受け取ってウィスプは手を放した。

「あ、れ……?」

 ふと我に返った少女はぱちくりと瞬きをして、目の前に立つカエデを見つける。
 カチャリと、折り畳みナイフを片手に、地震前とそう変わらない様子でその場に立つカエデの下へ走って行った。

「かえでたまぁっ!」

「──どういうおつもりで?」

 あくまで笑顔を崩さずに尋ねながらもう片手で少女、アオイの頭を撫でるカエデ。彼女に「いえ……」と柔らかな口調で、親しげな様子でウィルは答える。

「人質がいたら、やりづらいでしょうから」

「……情け、ですか」

「ただのはなむけですよ」

 それに、とウィルは部屋をぐるりと見渡し、やはり親しみ深い笑みを浮かべたまま、カエデに告げる。

「魔王軍は、随分と昔に滅んだはずなんですけれど……その点に関しても、聞かなければならないので。貴女にも、有馬家の皆さんにも」

「────」

「だから、貴女には死んで傀儡になってもらいます」

 にこりと、爽やかな笑顔を向けたままウィルは、何気ないような顔でそう言い放った。
 一瞬、ナツミはウィルの言った言葉を理解できなかった。それは声音と言葉の相違か、あるいは言動と予告の温度差の問題か。それは定かではないが、ナツミは言葉を失い、ただ固まった。

「あの……くぐつ、って……?」

「少し、離れていて下さいね。大丈夫。すぐに終わりますから」

 ウィルは抱きついていたナツミの頭を撫で、そっと自分から引き剥がすとにこにこと変わらぬ笑みを浮かべたままカエデへと近づいて行く。

「……精霊には、どうにも嫌われているようですね」

 敵愾心を怯ませず、カエデは笑みを浮かべて言った。

「かえでたま……」

 不安そうに見上げて来るその少女にちらりと目を配り、それから一呼吸置いたカエデは、歩いて来る青年を敵意を宿した笑みで迎える。

「貴女の画策は、ここで打ち止めです」

「さあ、それはどうでしょうか」

 警戒しているような、呆れたような、そんな目を向けて、ウィルは小さく吐息した。
 その様子を見て取り、カエデは辺りに目を向ける。

「──世界が危機に瀕した時、現れる人が勇者だと、私は考えています」

 そう、カエデは手元でナイフを遊ばせながら語り続ける。

「例えば青の巫女、例えば白銀の魔女……。そうした者達は、この世界には一体何人いるのでしょうか」

「────」

「仮にいたとして、彼らは役目を果たせるのか、その役目とは? その意味は? ──私は、その全てを知っている。あなた達が長年に渡ってひた隠しにしてきた魔力や、それの原初を。その始まりの魂こそが、勇者に宿る素質。可能性の力なのです」

「────」

「あなた達『有馬家』がいつ発足したのかまでは分かりかねますが、世界の均衡を管理しようとするあなた達は、間違っている。それを壊すために、それを正すために、全ての人に平等に可能性を与えるために、私達はいる……!」

 そう重く叫んだカエデの背後から、幾人かの黒い影が飛び出してナツミと夕へと走って行く。まるで風のようなその速度は、咄嗟にウィルが振り向いた時には既に遅く、二人はカエデの背後から現れた忍者達に捕らえられてしまっていた。

 地面に押さえつけられた夕は抵抗を試みるものの上手くいかず、首筋に刃を当てられたナツミは恐怖に慄いた顔で生唾を飲み込んだ。

「その為になら、私は喜んで世界を滅ぼす……っ!」

 パシッとナイフを握り締めてその刃先をウィルへと向けて、憎々しげに、やはり強気な笑みを湛えてそう宣言した。

「このまま、まだまだ遊んでもらいますよ」

 ウィルを捉えたその瞳は、確かに決意の炎を宿らせていた。

 ※※※

 ──十数分前。

 ハダチは内装が見られない程に荒らされた土産屋から抜けて姿の見えないトアと対峙していた。辺りにそれらしい姿は無いものの、声がどこからともなく響いてきていた。

「あの子の事、とっても愛してるのね。──分かるわよ、その気持ち」

 ねっとりと熱く、纏わりついてくるような声音が響き、その声の主の姿を想像して、嫌気が差して、吐き気を催して、憎々しげに顔を歪める。すると、それを面白がるような、鼻を通った「んふっ」と熱の籠もった声が、辺りから響く。

「でも、その愛は叶わない。応援していない訳じゃないわよん? ただね、その愛を持っているのは貴方だけだもの。あの子は……そうね、良くても相棒か、親友くらいにしか思っていないのじゃないかしら」

「……てるぜ」

「ええ、そうでしょうね」

 同意の言葉を述べられ、腹の中身が沸々と浮いて来るような感覚を覚えた。その感情に振り回されまいと歯を噛んで堪えると、不思議と笑みが溢れてしまった。
 そんな自分に、見えない敵に、犯した過ちに怒りを感じて顔を歪ませた。

「──死ねよボケ」

「あらあ……言うようになったじゃない?」

 舌打ちをして、ハダチは片手を腰に当てて周囲を見回す。その爪は深くその服に皺を刻んで血を滲ませた。

「テメェの目的は何なんだってんだぜ? オレを殺りに来たんじゃねえのかよ……!」

「ええ、そうなんだけれど──」

 ふぅ、と耳元で生温かい吐息を感じてハダチは咄嗟にその反対方向へと飛び退る。その耳を拭い、自分のいた場所をきつく睨みつけた。そうするとくすくすと笑う男の声が響いてくる。

「冥土の土産、のようなものかしら?」

「ふざッ──」

 見えない相手の、まるでほくそ笑むような姿が目に浮かび、鋭く、獣の様な眼光でその場を射抜いた。

「ふざッ、けろよ、ォォ……ッ!」

 踏み込む地面をひび割って弾丸のような速度で自分のいた場所へと迫ったハダチ。奴のほくそ笑む顔を、ムカつく顔を、そんな想いを固く握った拳に込めて振り被った。

 しかし、その拳は空振り、勢いに乗ってハダチの体が回転する。

「ばいばーい──」

 どこか物寂しそうな、そんな声が聞こえてきて、次の瞬間、背中を何者かに弾かれる衝撃が、荒々しい暴風のような何かが襲った。

「ぐ、ぎィ……ッ!」

 歯を食いしばった。その暴風を受けた背中を軋ませながら建ち並ぶ古めかしい外装の店の壁に叩きつけられ「く、ふ……っ」と肺の中の空気が全て押し出される。

「がハッ、ごほっ、ゴホッ……!」

 アスファルトの上に落ちたハダチは咳き込みながら、じんわりとその目に涙を浮かべたまま、ゆらりと、ふらふらと、まだ立ち直れていないような状態で立ち上がる。

 自分の立っていた場所、まだ残る咳を軽く吐き出し、そこを睨めつけて再び走り出す。目元に浮かんでいた雫が弾丸の軌跡を描いて、まっすぐにその道を示した。

 振り上げた脚は何者にも当たらず、振った腕は無惨にも空を切り、風を切り、その目的を、標的を捉えさせない。見えない敵が滑稽だと笑う姿を想像し、その猛攻は更に加速する。

 脚を、腕を、体を、辺り構わず振り回して。当たれと、心の中でそう叫びながら殴って、蹴って、叩いてまた蹴る。

「────っッ!?」

 足を振った瞬間、見えたのは腰を低くして拳を構えるトアの姿であった。

「そろそろ、おねんねなさい」

 その目は、ただただ可哀想なものを見るように、ハダチを捉えていた。

 その目は、まるで、母親の目のようでもあった。





[あとがき]
 五月は更新多かったけれど……六月はそんなに早くないかも。ストックも残り少ないし……。やるとしてもG20サミットの時に特別に更新するくらいでしょうか。
 まあ、次回は十四日に更新です。
 四章も終わりに向かっていってますし、今年中には四章終わるよ。きっとね。
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