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四章 進む道の先に映るもの
195話 『君の下へ5』
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「はあっ……はあっ……!」
がらんと、人の消えてしまった町並みを走る影が一つあった。
彼は酷く焦ったような、怯えたような、そんな顔をして走っている。
「どこだぜ!? 返事をしてくれ!」
その叫びは虚しく響き、徒労感と絶望を産んでいく。それでも、諦め切れずにただただ走る。感情の赴くまま、ひたすらに追い求めて止まないその人の元を目指して走る。
その疾走を邪魔する者が現れた。
「……んふ」
甘い、息を吐くようなその所作をする人物の声が聞こえてきて、ハダチは咄嗟に飛び退った。即座に辺りを見渡すが、人影は見えない。しかし、纏わりつくような声が耳から離れず、嫌な視線を感じる気配すらする。
「……いるならとっとと出て来るこったぜ。さもねえと、俺ぁ行くからな」
「あら、つれないわねん」
背後から聞こえてきたその声に咄嗟に振り返りつつ拳を振り切る。
しかしそこに既に彼の姿は無く、小さく舌打ちする。
辺りを見回すが、何者の姿も見えない。しかし、耳の奥にまでどろりと粘っこく纏わりつくような、そんな声が聞こえてきて苦い顔をする。
すぐに首を振って走り出すと、足を引っ掛けられたようにハダチは頭からアスファルトの地面へと転がっていった。その直後に小馬鹿にするような笑いが響いてきて、ハダチは歯を軋ませる。
「いるなら出て来るんだぜ! とっととぶっ潰してやるからよおッ!」
「あぁら、そんな事、言っていいのかしらん?」
「──そもそも、テメェらが先に契約を破りやがったんじゃねーか」
「んふ。貴方、勘違いしているわよん?」
「あァ?」
辺りに目を配らせながら、ハダチは悪態をつく。
「俺が従ってたら、コーイチには手ぇ出さねえっつー契約だったろうが」
「──いいえ。正確には、貴方が私達の邪魔をしなければ、よ。それが間接的であるかどうかも含めてね」
「俺が邪魔ぁしたって言うのかよ……!」
「ええ。したじゃない。あの時、そのコーイチ? くんと一緒に竜を倒そうと画策してたでしょう? そして、それが現実のものになった。運良くその核は取り戻せたのだけれど、貴方は私達の計画の邪魔をした。それだけで、答えはもう出ているのよ」
「……ッッ!」
「『嫉妬』の加護を受けている癖に、お粗末な結果だったわね」
ぎりっ、と歯を食いしばり、ハダチは握り締めた拳を震わせる。
「二重に見張られている事にも気づかず、あんな事をしでかすなんて」
「……っ」
再び走り出したハダチの顔を横から衝撃が襲い、ハダチをお土産屋の一つへと弾き飛ばす。入り口を吹き飛ばし、暴れ回る衝撃に店内は一瞬の内に暴風に晒され、破壊され尽くされた。
「ぅぐ……ぁああ……」
倒れた陳列棚の上、そこに身を預けるハダチは額から滴る血に触れ、軽く舌打ちをして立ち上がる。血を手の甲で拭き取り、正面を見据える。そこに、見えない敵がいると考えて。
「……元々、コーイチが何も無いなら俺はテメェらに手を貸す事もなかったんだぜ」
一つ、深呼吸をして、ハダチは告げる。
「今ここで、決着、着けてやるぜ……!」
※※※
「よっ、と……」
建物から飛び下りて、数時間前に見た景色、その場所へと降り立ったレイ。
「あんなにも高い所から下りて……凄いですね!」
「あははは……。そんな事ないよ」
はにかんで笑うレイを、後から鋭利に尖る鋭い髪を壁に突き刺して舞い降りるように下りてきたろおざは、とん、と静かに地面に足をつける。
「……あそこ、ね」
ろおざが見据える先、そこには重圧感のある屋敷が聳えていた。
それをレイも見つめ、小さく唇を引き結ぶ。
「行くよ……」
「ええ……」
互いに頷き合い、一歩、踏み締めた。
──次の瞬間、衝撃が体を迸って浮かせ、次の一歩を踏み出させるのを阻止した。
「な、あァ──っ!?」
来たる三度目の大地の鳴動にレイは大きく目を見開いて大地に引き寄せられるように落ちていく体の末路を想像し、目をきつく瞑って歯を食いしばる。
「──ッ!」
しかし、その最悪に至る衝撃は訪れず、そっと右目を開ける。
地面は、すぐ目の前にあった。レイの体は宙に浮かび、彼女の髪によって四肢を吊り上げられていた。すぐに髪の先を辿って振り向くと、地面に己の髪を突き刺して姿勢を保っていたろおざが苦々しい顔をして呟くように言った。
「心臓に悪いわよ……ほんと……」
大地の鳴動は収まり、辺りに静寂が訪れる。
その不気味な静けさに嫌な予感と、思い出される気泡の向こうの黒い巨大な影。それらに不安を募らせつつろおざに下ろすように頼んだ。
地面に下ろされたレイは力なくふらりと立ち上がりぼそっと呟く。
「──どう、すれば」
その呟きを聞き逃さなかったろおざは目を鋭く細めて「どういう事?」とレイに声をかける。
「……ぼくの、せいだ」
「だから何が──」
「全部全部、ぼくの……」
遠くから悲鳴が、慟哭が響き渡った。
それは悲哀に、苦痛に、憎しみに塗り固められていて、恐怖に歪み切った、断末魔のような叫びでもあった。
「な、なんなの……!?」
鈍い地鳴りが辺りに響き渡る。
突然の出来事にろおざが辺りを見回している中、ミズキは僅かに濡れ始めたレイの声に耳を傾けて、そっとその顔を覗く。
「……もう、嫌だよ」
──ヴォわぉおあぁァああアアア……!
悲しみ嘆くかのような、苦しみ喘ぐかのような、そんな慟哭にも似た叫びが辺りに響き渡る。その声は鼓膜を叩き、そっと、ろおざの頬に涙を伝わせた。
その瞳は、かつてないほど大きなその影を見つめ、ぽつりと呟くように漏らした。
「何……あれ……」
遠く、そこにはドス黒い、泡を重ねたような、そんな形のものが建物を優に超えている姿が見えた。
その泡の集合体のような、大きく膨れ上がる体には、大小様々な目、口、鼻、腕、脚。人の部位が形作っているのが見える。その姿に、ろおざは軽く戦慄した。
その隣、ミズキはレイの顔を覗き込み、大きく目を見開いた。
レイのその顔は、何も映してはいなかった。右目から溢れる涙は顎を伝い、影が落ちる地面へと滴っている。その瞳は感情を示さず、レイはジッとその場に立ち尽くす。
その様相に、遠くで叫ぶ怪物に、ミズキは全身が粟立つのを肌で感じながらレイの正面に移動し、立てた指先に水を纏わせ、その顔に軽く水を飛ばした。
「冷たっ──!?」
「レイくん、急ぐですよ! あんなのが来たら……そのナツミちゃんも、助けられないですから!」
「でも……」
言いにくそうに顔を背けて目を伏せるレイにほとんど距離を感じさせないくらいにまで詰め寄って、首を傾げ、表情を引き締めて尋ねる。
「どうしたです?」
「あんなのが出て来たら……ナツミちゃんを助けても、もう……」
悔しげに目を細めたレイを見つめ、誰にも気付かれないような吐息をした。胸の奥がそっとほぐれるような、そんな安心を感じてその口元は緩み、穏やかな笑みが一瞬だけ浮かんでしまう。
「──なら、レイくんは目の前で困ってる人がいても、その後どうなるか分からないからって、助けないんですか?」
「だって……」
「人を助けるのに、考える必要なんて無いですよ」
大きく目を見開き、弾かれたようにミズキの顔を見た。
「考えて、怖い答えが出てしまっても、それでも、足を止めなければきっと、助けられますから」
私の場合は助けられたですが、と冗談めいて言うミズキの顔を、レイは驚きながらじっと見つめていた。それはまるで、道を照らす光を見つけたかのようで。
「…………」
レイは、固唾を飲んで一つ、息を吐く。
遠くから泣き叫ぶような声が響いてきて、レイはそちらを睨みつけながら「ミズキさん」と正面に佇んでいる彼女を呼びかけた。
「はいです」
「物分りが悪くて、ごめんなさい」
「それも、レイくんの魅力の一つですよ」
「……ぼくは、皆を助けたい。皆が笑って終わる事のできる、そんな最後が良い」
「はいです」
「ナツミちゃんを見つけて、あの怪物を倒して、いっしょに帰ろう……!」
「はいっ!」
※※※
一つの街道を走るバスの姿があった。
「何あれ何あれ何あれ何あれ!?」
一人の生徒が好奇心に駆られて窓から顔を出して眺めるバスの背後、そこには黒い異形のものが雪崩れるように街道を圧し潰し向かって来ているのだった。
前を走るバスの姿は近く、並んだその数は五台。
運転手はクラクションを鳴らしながらブレーキを踏むものの、前のバスは一向に速度を速める気配が無く、奥歯を噛み締めていた。
「静かに! 静かにしてくださいっ!」
一人の若い女性が好奇心、恐怖、不安、焦燥に駆られた生徒達に呼びかけるも、それは虚しく聞き流され、苦々しく唇を噛んだ。
それを眺めながら、滝本は息をついた。
「…………」
「りえちゃん……」
呼ばれて、滝本は疲れ切ったような、落ち込んだ目を隣に座る友人へと向ける。
「落ち込んでても、仕方ないよ……」
「……ああ、分かっているさ」
そう言いながら目を手元に落とす。力無く握られた自分の拳が見えた。
「だったら……」
「それでも、諦められないんだ」
窓際の席に座る滝本を宥めるように何度も、何度も声をかけるが、それでも滝本の瞳は気力を取り戻さない。その様子に声をかける事を辟易していると、窓の外に一人の女生徒の姿を見つけて目を見開いた。
それも、彼女の方も、こちらを見ていたのだ。
咄嗟に身を乗り出して窓に張り付くが、すぐに彼女の姿は見えなくなってしまう。
「いったい……」
「うおおっ!? 見ろよアレ! ヤバイヤバイ!」
一番後ろの席の男子生徒が、バスの後ろを見ながら叫んだ。その声に振り返ると、それを聞いた生徒達が何人も、雪崩れるようにそちらへと向かって行くのが見えた。
「りえちゃん、行く……?」
彼らを見ながら尋ねると、滝本は小さく吐息した。
「……いいや、私は良いよ。見たければ、見に行くと良い」
「私は……」
遠くから爆発音が響いてきて、一瞬だけ身が縮こまる。
「りえちゃん……元気、出してよ」
「……今はまだ、無理そうだ」
突如、バスが止まった。その勢いに前の椅子に顔をぶつけかけた二人は、きょとんと目を丸くする。瞬間、天井が弾き飛んで悲鳴が巻き起こる。見上げたそこには暗澹たる闇を携えた手が、腕が伸びた幹のようなものが空を遮っていて、目を剥いた。
「何、これ……」
それの発生源と思しき背後を、こっそりと椅子に隠れて見やる。
そこには暗黒に立ちはだかり、その進撃を阻止して見せた一人の少女の姿があった。
車椅子に乗る彼女の生糸のような金色の髪が風ではためいていた。
[あとがき]
今日で連続更新終了!
次回は六月七日。それじゃあまたね!
がらんと、人の消えてしまった町並みを走る影が一つあった。
彼は酷く焦ったような、怯えたような、そんな顔をして走っている。
「どこだぜ!? 返事をしてくれ!」
その叫びは虚しく響き、徒労感と絶望を産んでいく。それでも、諦め切れずにただただ走る。感情の赴くまま、ひたすらに追い求めて止まないその人の元を目指して走る。
その疾走を邪魔する者が現れた。
「……んふ」
甘い、息を吐くようなその所作をする人物の声が聞こえてきて、ハダチは咄嗟に飛び退った。即座に辺りを見渡すが、人影は見えない。しかし、纏わりつくような声が耳から離れず、嫌な視線を感じる気配すらする。
「……いるならとっとと出て来るこったぜ。さもねえと、俺ぁ行くからな」
「あら、つれないわねん」
背後から聞こえてきたその声に咄嗟に振り返りつつ拳を振り切る。
しかしそこに既に彼の姿は無く、小さく舌打ちする。
辺りを見回すが、何者の姿も見えない。しかし、耳の奥にまでどろりと粘っこく纏わりつくような、そんな声が聞こえてきて苦い顔をする。
すぐに首を振って走り出すと、足を引っ掛けられたようにハダチは頭からアスファルトの地面へと転がっていった。その直後に小馬鹿にするような笑いが響いてきて、ハダチは歯を軋ませる。
「いるなら出て来るんだぜ! とっととぶっ潰してやるからよおッ!」
「あぁら、そんな事、言っていいのかしらん?」
「──そもそも、テメェらが先に契約を破りやがったんじゃねーか」
「んふ。貴方、勘違いしているわよん?」
「あァ?」
辺りに目を配らせながら、ハダチは悪態をつく。
「俺が従ってたら、コーイチには手ぇ出さねえっつー契約だったろうが」
「──いいえ。正確には、貴方が私達の邪魔をしなければ、よ。それが間接的であるかどうかも含めてね」
「俺が邪魔ぁしたって言うのかよ……!」
「ええ。したじゃない。あの時、そのコーイチ? くんと一緒に竜を倒そうと画策してたでしょう? そして、それが現実のものになった。運良くその核は取り戻せたのだけれど、貴方は私達の計画の邪魔をした。それだけで、答えはもう出ているのよ」
「……ッッ!」
「『嫉妬』の加護を受けている癖に、お粗末な結果だったわね」
ぎりっ、と歯を食いしばり、ハダチは握り締めた拳を震わせる。
「二重に見張られている事にも気づかず、あんな事をしでかすなんて」
「……っ」
再び走り出したハダチの顔を横から衝撃が襲い、ハダチをお土産屋の一つへと弾き飛ばす。入り口を吹き飛ばし、暴れ回る衝撃に店内は一瞬の内に暴風に晒され、破壊され尽くされた。
「ぅぐ……ぁああ……」
倒れた陳列棚の上、そこに身を預けるハダチは額から滴る血に触れ、軽く舌打ちをして立ち上がる。血を手の甲で拭き取り、正面を見据える。そこに、見えない敵がいると考えて。
「……元々、コーイチが何も無いなら俺はテメェらに手を貸す事もなかったんだぜ」
一つ、深呼吸をして、ハダチは告げる。
「今ここで、決着、着けてやるぜ……!」
※※※
「よっ、と……」
建物から飛び下りて、数時間前に見た景色、その場所へと降り立ったレイ。
「あんなにも高い所から下りて……凄いですね!」
「あははは……。そんな事ないよ」
はにかんで笑うレイを、後から鋭利に尖る鋭い髪を壁に突き刺して舞い降りるように下りてきたろおざは、とん、と静かに地面に足をつける。
「……あそこ、ね」
ろおざが見据える先、そこには重圧感のある屋敷が聳えていた。
それをレイも見つめ、小さく唇を引き結ぶ。
「行くよ……」
「ええ……」
互いに頷き合い、一歩、踏み締めた。
──次の瞬間、衝撃が体を迸って浮かせ、次の一歩を踏み出させるのを阻止した。
「な、あァ──っ!?」
来たる三度目の大地の鳴動にレイは大きく目を見開いて大地に引き寄せられるように落ちていく体の末路を想像し、目をきつく瞑って歯を食いしばる。
「──ッ!」
しかし、その最悪に至る衝撃は訪れず、そっと右目を開ける。
地面は、すぐ目の前にあった。レイの体は宙に浮かび、彼女の髪によって四肢を吊り上げられていた。すぐに髪の先を辿って振り向くと、地面に己の髪を突き刺して姿勢を保っていたろおざが苦々しい顔をして呟くように言った。
「心臓に悪いわよ……ほんと……」
大地の鳴動は収まり、辺りに静寂が訪れる。
その不気味な静けさに嫌な予感と、思い出される気泡の向こうの黒い巨大な影。それらに不安を募らせつつろおざに下ろすように頼んだ。
地面に下ろされたレイは力なくふらりと立ち上がりぼそっと呟く。
「──どう、すれば」
その呟きを聞き逃さなかったろおざは目を鋭く細めて「どういう事?」とレイに声をかける。
「……ぼくの、せいだ」
「だから何が──」
「全部全部、ぼくの……」
遠くから悲鳴が、慟哭が響き渡った。
それは悲哀に、苦痛に、憎しみに塗り固められていて、恐怖に歪み切った、断末魔のような叫びでもあった。
「な、なんなの……!?」
鈍い地鳴りが辺りに響き渡る。
突然の出来事にろおざが辺りを見回している中、ミズキは僅かに濡れ始めたレイの声に耳を傾けて、そっとその顔を覗く。
「……もう、嫌だよ」
──ヴォわぉおあぁァああアアア……!
悲しみ嘆くかのような、苦しみ喘ぐかのような、そんな慟哭にも似た叫びが辺りに響き渡る。その声は鼓膜を叩き、そっと、ろおざの頬に涙を伝わせた。
その瞳は、かつてないほど大きなその影を見つめ、ぽつりと呟くように漏らした。
「何……あれ……」
遠く、そこにはドス黒い、泡を重ねたような、そんな形のものが建物を優に超えている姿が見えた。
その泡の集合体のような、大きく膨れ上がる体には、大小様々な目、口、鼻、腕、脚。人の部位が形作っているのが見える。その姿に、ろおざは軽く戦慄した。
その隣、ミズキはレイの顔を覗き込み、大きく目を見開いた。
レイのその顔は、何も映してはいなかった。右目から溢れる涙は顎を伝い、影が落ちる地面へと滴っている。その瞳は感情を示さず、レイはジッとその場に立ち尽くす。
その様相に、遠くで叫ぶ怪物に、ミズキは全身が粟立つのを肌で感じながらレイの正面に移動し、立てた指先に水を纏わせ、その顔に軽く水を飛ばした。
「冷たっ──!?」
「レイくん、急ぐですよ! あんなのが来たら……そのナツミちゃんも、助けられないですから!」
「でも……」
言いにくそうに顔を背けて目を伏せるレイにほとんど距離を感じさせないくらいにまで詰め寄って、首を傾げ、表情を引き締めて尋ねる。
「どうしたです?」
「あんなのが出て来たら……ナツミちゃんを助けても、もう……」
悔しげに目を細めたレイを見つめ、誰にも気付かれないような吐息をした。胸の奥がそっとほぐれるような、そんな安心を感じてその口元は緩み、穏やかな笑みが一瞬だけ浮かんでしまう。
「──なら、レイくんは目の前で困ってる人がいても、その後どうなるか分からないからって、助けないんですか?」
「だって……」
「人を助けるのに、考える必要なんて無いですよ」
大きく目を見開き、弾かれたようにミズキの顔を見た。
「考えて、怖い答えが出てしまっても、それでも、足を止めなければきっと、助けられますから」
私の場合は助けられたですが、と冗談めいて言うミズキの顔を、レイは驚きながらじっと見つめていた。それはまるで、道を照らす光を見つけたかのようで。
「…………」
レイは、固唾を飲んで一つ、息を吐く。
遠くから泣き叫ぶような声が響いてきて、レイはそちらを睨みつけながら「ミズキさん」と正面に佇んでいる彼女を呼びかけた。
「はいです」
「物分りが悪くて、ごめんなさい」
「それも、レイくんの魅力の一つですよ」
「……ぼくは、皆を助けたい。皆が笑って終わる事のできる、そんな最後が良い」
「はいです」
「ナツミちゃんを見つけて、あの怪物を倒して、いっしょに帰ろう……!」
「はいっ!」
※※※
一つの街道を走るバスの姿があった。
「何あれ何あれ何あれ何あれ!?」
一人の生徒が好奇心に駆られて窓から顔を出して眺めるバスの背後、そこには黒い異形のものが雪崩れるように街道を圧し潰し向かって来ているのだった。
前を走るバスの姿は近く、並んだその数は五台。
運転手はクラクションを鳴らしながらブレーキを踏むものの、前のバスは一向に速度を速める気配が無く、奥歯を噛み締めていた。
「静かに! 静かにしてくださいっ!」
一人の若い女性が好奇心、恐怖、不安、焦燥に駆られた生徒達に呼びかけるも、それは虚しく聞き流され、苦々しく唇を噛んだ。
それを眺めながら、滝本は息をついた。
「…………」
「りえちゃん……」
呼ばれて、滝本は疲れ切ったような、落ち込んだ目を隣に座る友人へと向ける。
「落ち込んでても、仕方ないよ……」
「……ああ、分かっているさ」
そう言いながら目を手元に落とす。力無く握られた自分の拳が見えた。
「だったら……」
「それでも、諦められないんだ」
窓際の席に座る滝本を宥めるように何度も、何度も声をかけるが、それでも滝本の瞳は気力を取り戻さない。その様子に声をかける事を辟易していると、窓の外に一人の女生徒の姿を見つけて目を見開いた。
それも、彼女の方も、こちらを見ていたのだ。
咄嗟に身を乗り出して窓に張り付くが、すぐに彼女の姿は見えなくなってしまう。
「いったい……」
「うおおっ!? 見ろよアレ! ヤバイヤバイ!」
一番後ろの席の男子生徒が、バスの後ろを見ながら叫んだ。その声に振り返ると、それを聞いた生徒達が何人も、雪崩れるようにそちらへと向かって行くのが見えた。
「りえちゃん、行く……?」
彼らを見ながら尋ねると、滝本は小さく吐息した。
「……いいや、私は良いよ。見たければ、見に行くと良い」
「私は……」
遠くから爆発音が響いてきて、一瞬だけ身が縮こまる。
「りえちゃん……元気、出してよ」
「……今はまだ、無理そうだ」
突如、バスが止まった。その勢いに前の椅子に顔をぶつけかけた二人は、きょとんと目を丸くする。瞬間、天井が弾き飛んで悲鳴が巻き起こる。見上げたそこには暗澹たる闇を携えた手が、腕が伸びた幹のようなものが空を遮っていて、目を剥いた。
「何、これ……」
それの発生源と思しき背後を、こっそりと椅子に隠れて見やる。
そこには暗黒に立ちはだかり、その進撃を阻止して見せた一人の少女の姿があった。
車椅子に乗る彼女の生糸のような金色の髪が風ではためいていた。
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